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薔薇に捧げる一滴(ひとしずく)―NL編―

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薔薇に捧げる一滴(ひとしずく)―NL編―
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甘いばかりじゃない

 桃のエリアは、その名前だけで甘ったるい空気を演出するのだろうか。奥へと進んだカップルはともかくとして、お茶会の様子はどうだろう。先ほど山のようにお菓子を取っていた珠輝リアはといえば、すでに2皿を平らげて3皿目に突入している。
「――ところでリアさん」
「ふぇ?」
 いつものようにわけのわからない破廉恥トークをしていたので、他人に迷惑をかけない限りはと目の前に広がるお菓子たちに免じて無視してあげたというのに、急に真面目なトーンで話しかけてくるものだから、気を抜いていたリアは口に物を入れたまま返事をしてしまった。
「お返事は食べ終わってからで構いません、リアさんに1つ聞いておかなければいけないことがありまして」
 にっこりと微笑むその顔。それで24時間365日固まっていてくれたなら、どれだけ世界平和に貢献出来ることだろう。頭の片隅ではそんなことを思いつつも、先ほどから変な様子を見せていた珠輝から何を切り出されるのか、紅茶で一息をついて話し合いに望もうとしたとき。
「リアさんは、どんな女性が好みなのですか?」
「……はぁ?」
 いきなり真面目な顔をして何を言い出すんだと、また無視を決め込もうとしたのだが断り切れない理由を突きつけられてしまう。
「いえ、ノン気だと2日目を断ったくらいですから、よっぽど理想的な女性像があるんだなと思ったのですが……」
 違うんですかと聞かれれば、答えないわけにもいかないだろう。これは珠輝の好意で相手探しを手伝おうかと言っているようなものだ。
「いや、好みという好みがあるわけじゃ……ないんだけど」
 ふと思い返す、幼なじみ。あの人は今、どこで何をしているのだろうか。一目だけでも無事な姿を見たいのに、学ぶことがある自分には探しに行くことも出来はしない。
(それにこれは、憧れみたいなもの……だよね)
「強いて言えば、だけど……僕を引っ張ってくれる人かな」
「ほう、姉さん女房ですか。確かにその世代の方々はふくよかなヒップが安産型で――」
「殴るよ?」
 笑顔で構えられた拳を前に、珍しく引き下がった珠輝はリアの後ろを指さした。
「では、あのような恋がお望みですか?」
 振り返ってみると、そこには元気な女の子が少し年上の少年を連れ回している風景があった。飛鳥 桜(あすか・さくら)アルフ・グラディオス(あるふ・ぐらでぃおす)は、珍しい薔薇は全部見てまわるつもりで園内を回っていたのだが、その主導権はどう見ても桜にあった。
「すっごーい! ホントに葉も真っ白だぁ」
「……だから、急に走り出すなって」
 話しながら歩いていたかと思えば、何かを見つけて走り出す。途中で休憩しようかとお茶のスペースを見つけて振り返ればもう居ないということが何度あっただろうか。その度に探すアルフは疲れ切っていて、今度こそ休憩させてもらおうと思っていた。
 そんな2人を傍目から見ているリアは、その元気の良さに苦笑しながらも椅子に座り直してお菓子の皿を見つめる。
「そうだね、女の子はあれくらい元気があってもいいんじゃないかな」
「ふふふ、そうですよねぇ。まるで、カフェ巡りに連れって行って下さるリアさんと私そのものですよね!」
「……珠輝、そんなに僕を怒らしたいのかい?」
 立ち上がったリアに対して、未だ余裕の表情を浮かべている珠輝は余計に怒りを膨らませる。これはもう、いつものをお見舞いしてやろうかとリアが構えたそのとき、お茶会には似合わない大声が聞こえてきた。
「アルフなんか知らないっ!」
 さっきまで仲の良さそうだった2人が喧嘩でもしたのか、桜は1人で走り去ってしまう。声をかけようかと思ったリアは、彼女の泣き顔を見て声をかけるべきは自分じゃないとアルフの方へ歩み寄った。
「追いかけないのかい?」
「……別に、関係ないだろ」
 ぶっきらぼうな物言いに、リアはアレフの胸ぐらを掴んで睨み付けると、今にも殴りかかりそうな勢いで怒鳴りつけた。
「さっきまで仲良さそうにしていたじゃないか! それなのに彼女を泣かせるなんて……きっかけは些細な事じゃないのか!?」
 当事者でもない自分が口を突っ込んでいい問題かはわからない。けれど、今なら謝ることも引き留めることも出来るのにそれをしないアルフに腹がたったのだ。
「桜が、泣いて……?」
 このくらいの口喧嘩なら日常茶飯事だし、いつも陽気で明るい桜が泣くだなんて到底思えない。けれど、こんなに必死になっているリアが嘘を付いているとも思えないが、本当だとしても喧嘩した手前どんな顔をすればいいのかわからなくて立ち尽くしてしまう。
「……この薔薇園は迷路のようになっているそうです。見失うとやっかいですよ」
 1人椅子に座ったまま優雅に紅茶を飲んでいる珠輝にまで言われ、焦るようにリアの手を無理矢理外すと、突き飛ばすようにして桜が向かった方に走り出す。
「ごめんなっ! ありがとう」
「ったた……急ぐのはわかるけど、何も突き飛ばすことないだろ」
 地面に座り込んだまま溜息を吐いていると、目の前に差し出される手。
「全くです。左右のバランスが大事だというのに、歪んでしまったらどうしてくれ……」
 最後まで言い切る間を与えないように、自身の羽根で軽く浮かんで空中飛び膝蹴りをお見舞いするリア。しかしそれは軽々と避けられてしまった。
「今度という今度は、絶対に許さないからな!」
 こうして、穏やかな風に揺れる薔薇の横では白熱したバトルが繰り広げられることとなった。
 その一方で、地図を持って先導してくれるリュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)を頼もしく思いながら、白波 理沙(しらなみ・りさ)は隣を歩いている。友達同士ではあるけれど、周りの空気に当てられたのか心持ちいつもより近い距離で、意識をしないと手が触れてしまいそうでドキドキする。
「あ! あれじゃないかな? ここまで甘い香りが漂ってくるよ」
 理沙の希望である甘い薔薇の所までたどり着いた2人は、足を止めて眺めてみる。見た目は小さいだけの普通の薔薇なのに、香りは砂糖漬けにしたときのように甘い。お茶会が催されるため立てられたのか、まだ新しそうな看板にはこのまま食用出来るように改良された薔薇であることと、手土産にしてもこの場で食べてもどちらでも良いことが書かれていた。
「凄い薔薇だね……理沙ちゃんはどうする? 今食べてみる?」
「うーん……記念に持って帰ろうかな」
「じゃあ、オレが取ってあげるから理沙ちゃんは座って待っててよ」
 トゲで怪我をしないようにという気遣いで申し出ると、気に入った1本をリュースに伝えて理沙は休憩スペースへ向かう。その背中を見送ってから、リュースは制服のポケットに忍ばせておいた小さな紙袋を取り出した。
(……喜んでくれるといいな)
 甘い香りをさらに甘くするかのような仲の良い2人をよそに、1人でやって来ている小林 翔太(こばやし・しょうた)は、目を閉じて甘い香りを胸一杯に吸い込んだ。
「うわぁ、美味しそうな香り! ……お土産は1輪だけなんだよね」
 記念に持ち帰るつもりだけれど、これだけあったら味見もしてみたいもの。残念ながらお茶会のお菓子としては振る舞われていないらしく、翔太は薔薇の前で悩み始めた。
「この薔薇、そんなに気に入っているのですか?」
 そんな翔太に声をかけたのは緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)。パートナーの紫桜 遥遠(しざくら・ようえん)と仲良く連れ添っていて、声をかけられた翔太は笑顔で答えた。
「だって、凄く美味しそうだから。きっと、この花びらも甘いんだろうなぁ……」
 うっとりとした様子に苦笑しながら遙遠が意見を聞くように遥遠と顔を見合わすと、無言でも通じ合ったのかゆっくり頷いた。
「よろしければ、遙遠たちの分を差し上げましょうか」
「え、いいの!? きっと、凄く美味しいよ?」
「持ち帰ってしまったら、また来たくなってしまいますし。欲しがっている方に差し上げる方が薔薇も喜ぶでしょうから」
 キラキラした目で見つめる翔太に、遙遠は2輪の薔薇を差し出した。
「わぁあっ、ありがとう! ね、せっかくだから一緒に味見しない?」
 受け取った1輪の薔薇から1枚花びらを取ると、ずいっと差し出してみる。あんなに喜んでいたのにお裾分を貰えると思っていなかった2人は、驚きながらも同じように1枚ずつ花びらをとった。
 わくわくしている翔太が真っ先に口の中へ放り込み、おずおずと2人も口に含んでみた。元が小さな薔薇なので、それはほんのりとした甘さを口の中に残すだけとなったが、くどくない甘さはお茶菓子にも最適なものだろう。
「美味しいね! どうしてこれが、お茶菓子として並んでないのかな」
「薔薇の香りはするのに、苦くもないし……遥遠はどう?」
 1歩引いたところで2人のやりとりを見ていた遥遠は、自分に話題を振られると思っていなくて少し驚いた顔をしている。けれども翔太は3人で楽しく話しているつもりだったので、その反応に心配そうに顔を覗き込んだ。
「もしかして、甘いの苦手だった?」
「いえ……良いと思いますよ」
「良かったぁ! それじゃあ僕、お茶菓子を全制覇したいからまたね! 薔薇、ありがとうっ!」
 嬉しそうに手を振って走っていく翔太を見送り、訪れる沈黙。
「明るい子だったね、弟がいたらあんな感じなのでしょうか」
「そう、かもしれないですね」
 なんとなく機嫌の悪そうな遥遠に小首を傾げながら、広い薔薇園だから歩き疲れてしまったのかと、地図を見て現在地と休憩所を確認する。
「この甘い薔薇沿いに歩いていけば休憩所がありそうですから、もう少しだけ頑張れますか?」
「別に、疲れたわけではありません」
 ふい、と顔を逸らしてゆっくり歩きだすので、遙遠は追い越さないようについて行く。
「……今からはまた、2人きりだね」
 何でもないようなことを話しながら2人で歩くのも、さっきのように参加者と話してみるのも楽しい。けれど、こんなに素敵な薔薇園にいるのなら、好きな人と2人きりの方が楽しいのかもしれない。遙遠が手を伸ばして捕まえると、遥遠は微笑みながら振り返ってくれた。
 微妙な女心はわからないけれど、それが答えなんだろうと気付いたので、また全部の薔薇を見て回ろうと歩いて行く。他の参加者と楽しむのはまたの機会にとっておいて、今日は2人きりで過ごそうと遙遠は繋いだ手を離さないように握りしめた。
 同じパートナーとは言え、対等な関係もあればそうでない関係もある。サミュエル・ハワード(さみゅえる・はわーど)と賈 く……もとい{bold文和{/boldは、サミュエルが憧れている側のはずなのに不思議な関係だった。
「文和さーん、これ見えますか? 良かったら俺が抱っこして……」
「戯けがっ! 私を愚弄するか。見えるに決まっているだろう、そこに黄色の薔薇があることくらいな」
(文和さん、ソコにあるのは10数年前マデは珍しかった青い薔薇デスよ。やっぱり見えてナイんだ、可愛いなア)
 にやにやと生暖かい目で見てくるので、自分が何かおかしなことを言ったのかとこっそりつま先立ちをして確認してみようかと格闘し始めたりもして、その行動がサミュエルをさらににやけさせることに気付いてはいないようだ。
「そんなにコレが気に入りマシたか? じゃあ俺が取ってあげますネ」
 サミュエルが薔薇を取ろうと伸ばした手は文和に捕まれてしまい、それでバランスを取りながら自分より高い位置にある薔薇に狙いを定めて賢明に手を伸ばした。普通の植物だったなら、簡単に茎を折ることも出来たかもしれないが、薔薇の茎は意外と丈夫なので少し難しい。
「――ッ!」
 何より、棘がある分コツがいるだろうに、素手で取ろうとした文和は指を刺してしまった。目線さえ合っていればそんな失敗もなかっただろうが、標的を捕らえきれていない文和には難しすぎたようだ。
「大丈夫デスか!? 絆創膏、絆創膏……!」
「そう大騒ぎするものではない!」
 冷静に傷を舐めてしのごうとしている文和と違い、サミュエルはあわあわと鞄を漁る。こんなこともあろうかと、準備だけは万端でやってきたのだ。
「あった! ハイ、文和さん。これでモウ大丈夫デスよー」
「ふん、そんなものいらん! これしきの傷はすぐ治る。しかし、服に付くのは困るので、付けてやってやらんことも……」
 ブツブツと文和が何かを言っているうちに、サミュエルがペタリと絆創膏を貼ってしまう。文和の小言など日常茶飯事なので、気にすることもないらしい。
「はいっ! どうですか? きつくナイですかー?」
「……サミュ、これはなんだ」
「絆創膏ですネー」
 にっこにっこと緩みきった頬を見せるので、文和はサミュエルに絆創膏の貼られた指を突き出してやるが、変わらず「可愛いなァ」などと呟いていて、こちらが問題視している点には気がついていない様子だ。
「貴様っ! この桃色の物体が絆創膏と言うか!? 百歩譲ってそうだとしても、なんだこの馬鹿らしい熊の絵はっ!」
「可愛いでしょう? くまさん柄かうさぎさん柄か迷ったんデスけど、もしかして切らしてるアヒルさんが」
「いらんわぁああああっ!!」
 ぜぇはぁと荒い呼吸を繰り返す文和の髪に、先ほどの薔薇を差してやると、サミュエルは満足げに笑う。
「やっぱり、絆創膏よりも文和さんが1番可愛いです」
「かっ……可愛いとかあるわけがない! 馬鹿めがっ!」
 ペシペシと長袖で叩いてみるも大した効果があるわけでもなく、顔を真っ赤にした文和にサミュエルはだらしのない顔をしたままだ。
(文句言っても外そうとしないんだカラ……文和さんは可愛い上に優しいなぁ)
 これが、憧れ信頼している人物に対する扱いなのかは甚だ疑問ではあるが、当人同士でしかわからない愛情表現もあるのだろう。
 さて、桜を追いかけたアルフはと言えば、地図を頼りに桜が寄りそうなところを回ってみる。珍しい薔薇を楽しみにしていたから、そのどこかにいるはずだと思ったのだが、なかなか見つからない。
(まさか、奥まで行ったんじゃないだろうな)
 地図に載っていない細い路地を見て、最悪の事態が頭を過ぎる。もし、このまま桜に会えなかったら――。
「桜っ! どこにいるんだ!?」
 意を決して細い路地を進んでいくと、ガサガサと動く人影が見えた。
「桜かっ!?」
「アル、フ……?」
 座り込んで半泣き状態ではあるが、桜を無事見つけることが出来た安堵感から、アルフも同じように座り込んでしまう。
「あんま心配かけさせんな、頼むから」
「……ごめん」
 俯いた桜に頭をガシガシ掻きながらラルフも言葉を探す。
「あー……俺も、ごめん。チョロチョロすんなとか、俺も連れてけとか勝手だったよな。1人でゆっくり見たかったんなら――」
「ち、違うんだ! 1人になりたかったのは、これのためなんだよ」
 頭の横で1つに束ねていた紐を解き、普段と違う雰囲気になる。何を始めるのかと思えば、その紐を丁寧に結んで1輪の薔薇を差し出した。
「いつもこうして一緒にいてくれて……ありがとう」
 普段から気軽に伝える言葉でも、改めて言うとなんだか照れてしまう。顔に掛かる髪を弄るようにして表情を誤魔化してみるが、自分自身は誤魔化せない。
(お礼を言っただけじゃないか、どうして僕が照れる必要があるんだよー!)
 笑い飛ばされてしまったらどうしようかとも心配していたが、ひとまずはアルフが薔薇を受け取ってくれたことにホッとする。けれども、その表情はきっと今の自分よりも真っ赤だと思う。
「ど、どうかした? ヘンかな、今更過ぎた?」
 沈黙が辛くて言葉をかけてみるが、口元を押さえながら横を向いてしまったアルフの表情は読み取れない。唯一わかるのは、耳まで真っ赤にしているということだけだ。
「……から、……ろよ」
「え、なに? 良く聞こえないよ」
「いや、その……だから、な」
 しどろもどろになっているアルフの言葉をしっかり聞こうと1歩前に寄れば、同じように1歩下がられる。
「一体なんなんだよ」
「……もう1人にさせないから、一緒にいろって。そんだけだ」
 ちらりと様子をみるようなアルフと目が合うけれど、伝わったと言わんばかりに赤くなる頬のせいでもう1度聞き出してからかうなんてことは出来ないだろう。
(だから、なんでボクが赤くなるんだよ!)
 両手で冷やすように包んでみるけれど、火照った頬には効果がない。少しでも気まずい空気を緩和しようと、アルフは背を向けて立ち上がった。
「ここならまだ戻れる。さっさと休憩にすっぞ」
 ぶっきらぼうな口調でも、歩くペースは落としてくれる。いつだってラルフはさりげなく傍にいてくれたんだ、あのときから。
「――ありがとう」
 もう1度、聞こえないくらいの小声で呟いて桜も後を追いかける。1人になんてならないように、自分自身も強くなろう。この背中を預けてもらえるくらいに、見失わないように。新たなる決意を秘めながら、桜は未だに目を合わしてくれそうにないラルフの隣に追いついて、小さく笑みを零すのだった。
 その頃桃エリアのメイン広場では、普段から執事としてパートナーに仕える椎名 真(しいな・まこと)が、お茶を振る舞われるという慣れない立場に緊張しながら双葉 京子(ふたば・きょうこ)とお茶を楽しんでいた。
「本当に立派な薔薇園だね。色も種類もたくさんあって、みんな楽しそうだよ」
「うん、やっぱり恋人同士が多いのかな?」
(……ちょっぴり羨ましいな)
 何かを伝えるようにじっと真の顔を見る。いつもは執事という立場から1歩引いて自分と接する真も、持て成しを受ける側ならこうやって同じテーブルに座ることが出来るのだから、もしかして……という期待を込めていたのだが。
「……? あ、紅茶冷めちゃってるよね。新しいの持ってきてもらおうか」
(違うんだけどなぁ……でも今はまだ、このままでもいいよね)
 小さく溜息を吐いて、主従関係であっても傍にいれるのだから贅沢は言わないようにしようと自分に言い聞かせる。少しでも自分から切り出してしまったら、無駄に気を遣わせてしまうかもしれない。
「ごめんね、気がつかなくて」
「うん、本当にねー」
 いつもならそんなバッサリとした切り返しは返ってこないのに、くすくすと笑いながら色んな意味を込めての返事をするものだから、真はあわあわと戸惑ってしまっている。
「ふふっ、あのねまこ――」

 ――ザァアアアアッ!!

 突然の突風に言葉を遮られてしまう。幸い、周りは薔薇に囲まれていたので飛んでくるのは薔薇の花びらばかりで、参加者に怪我人は出なかった。
 そう、突風の割には茶器が僅かにカタカタと音を鳴らしただけで、テーブルから落ちたりせず転倒するだけに止まったのは、不幸中の幸いというにはあまりにも不自然過ぎるのだが、それよりも異常なことが起これば気にする者など誰もいない。
「あーびっくりした。京子ちゃん、大丈夫?」
 俯いてしまっている京子の髪に引っかかっている花びらを取ろうとしたとき、その腕は払いのけられてしまった。
「きょう、こ……ちゃん?」
「作り物ならいらない。守ってくれるのも優しさも、全部私に仕えてるからなんだよね? そんなの、いらないっ!!」
 涙を必死に堪えている、潤んだ瞳。穏和な彼女が声を荒げることも珍しければ、こんなことを言い出すのも初めてのことで、いったい何が起こっているのか真は思考が追いつかなかった。
(ついさっきまで隣で笑っていたのに、なんで……)
「なんで黙るの? 本当だから答えられない? それとも――」
「京子ちゃんッ!」
 捲し立てようとする京子の肩を掴み、しっかり目を合わせた真は苦い顔をしていて、一瞬京子は怯んだ。
「君は……誰なんだ?」



「校長っ! 一体、これは……」
 薔薇園中が、薔薇の花びらに包まれてしまう。視界が塞がれ、外の様子が確認できない直は冷静にジェイダスの手元を見て、この仕掛けの犯人であることに気付いた。
「――押してしまいましたか」
 小さく呟いたルドルフの言葉に、彼も知っていたことなのかと怪訝な顔をする。
「エリアを保護している魔力が、一時的だろうが上昇している。このままでは参加者が危険な目に――」
「その程度であれば、捨て置けばいい。アレには相応しくないだろう?」
「しかしっ!」
 スイッチを押した手を離さないまま呟かれた言葉に噛みつく直を、ルドルフが無言で制す。
「私にとって貴重な雫、手に入れる資格があるというなら証明してみせれば良いだけのことだろう?」
「仰る通りです。しかしながら、危険区域に相当するあのエリアだけはお任せ頂けますか」
「……好きにしろ」
 一礼して下がるルドルフは直を呼び、共に高台から降りていく。その姿を見送って、ヴィスタは薄く笑いを浮かべて2人の食器を片付けた。
「損な役回りですね、生徒の成長を見たいがために憎まれ役になるというのは」
「ついでだ。アレが大事であることも、相応しい者にならくれてやっても良いというのも本当だからな」
(あの人も、とんでもねぇ人に魅入られたモンだな)
 未だ空には、薔薇の花びらが舞う。次に薔薇園が見えるとき、そこにはどんな世界が広がっているのか――。
 ジェイダスは笑みを濃く浮かべながら、景色が晴れるのを待つのだった。