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リアクション
3・迷う(隠密科)
隠密科棟も、他の大部分の建物と同じく木造だ。窓の外には結構な面積の中庭が広がっている。
隠密科の八雲 緑(やくも・るえ)は、丹羽匡壱が大八車で配って歩いたビニル製の妖怪マスクを手にどうしようか悩んでいた。
「これは・・・いらないです」
緑はゲイルから、妖怪役を頼まれた。共に無口な二人は通じ合うものがあるようだ。
「ケーキの食べ放題券でどうですな」
珍しく頭を下げるゲイルの物言いに、少し同情したのが運のつきだ。性に合わない役割を押し付けられてしまった。
先ほどから、ずっと通路に立っている。
イルミンスール魔法学校のナカヤノフ ウィキチェリカ(なかやのふ・うきちぇりか)は精霊らしくふわふあ飛ぶように歩きながら、リリィ・クロウ(りりぃ・くろう)の前にいる。
「なんだか遠回りな気がします……この道で合っていますよね?」
リリィは地図を見ながら、心配そうに呟く。
周囲の様子から、自分がなぜか隠密科棟にまぐれ込んでいることに気がついた。
「天守閣とは方向が違うようです」
ナカヤノフに声を掛けた、その瞬間、それまでの廊下の明かりが消えた。
「虚実を結ぶ」
小さな声が聞こえた。声に続いて、水音が聞こえてくる。
「小豆とごうか、人取って食おうか、ショキショキ」
何かを研ぐ音だ。
「取り殺されるのはちょっと困っちゃう。少し前までは還っても復活出来たんだけどね〜今はリリィが居るから還るわけにはいかないの。」
全ては、ゲイルと緑の仕業だ。
しかし、そうと気がつかない二人は、恐る恐る逃げ出そうとするが、いつの間にか四方が壁に囲まれ動くことができない。
音のするほうにナカヤノフが話しかける。
「見逃してくれないかな〜?」
と内心で怖がりながら説得。
あずきあらいと呼ばれる妖怪は、その小さな体躯でにやっと笑った。
ナカヤノフは、得意の氷術で攻撃をしかける。
しかし。
「涼しいねぇ。有難いありがたい」
あずきあらいはびくともしない。
「お願い、これは・・!」
雷術を使うが、妖怪には電気も通じないようだ。
「それにしても、得意の魔法をすべて失敗とは!いつもより多めに空回っていますね」
ジタバタするナカヤノフに隠れてリリィは冷静である。
「あの妖怪、あんまり怖くないです」
しかし、ナカヤノフは負ければ死だと思い込んでいる。
「いいかげんにしてっ!本当に呪い殺すよ!」
ナカヤノフは手持ちの魔法を次から次へと投げつけた。
急に明かりが戻る。
あずきあらいのいた場所には、お菓子のセットと天守閣への地図が置かれている。
「なんだか、馬鹿にされたような〜」
憮然とするナカヤノフを尻目にリリィはお菓子の袋を手にとった。
「アイスですわ、さあ、食べながら天守閣に向かいましょう。まだ百物語に間に合うでしょう」
ナカヤノフは、まだ納得できない様子だが、甘いアイスで少し機嫌が直ったようだ。
緑がゲイルに愚痴っている。
「一度で疲れました」
「今宵の我慢ですな…人の気配がしますな」
ゲイルは軽く緑にウィンクを投げかけると、さっと姿をけした。
蒼空学園の火村 加夜(ひむら・かや)はパートナーになった強化人間ノア・サフィルス(のあ・さふぃるす)と手をつないで歩いてきた。
怯えているのは、ノアのほうだ。
「加夜の手をぎゅって握っていい?」
「そうですね、はぐれないように気をつけていきましょう」
「離さないように気をつけて〜」
「大丈夫です」
前方で悲鳴が聞こえる。
「なんだろ、出たのかなぁ、妖怪って怖いの〜?ボク、怖かったら加夜の後ろに隠れちゃうかも」
「どうなのでしょう」
長引く悲鳴に加夜の表情もこわばっている。
「な、泣かないよ〜・・・、たぶん。可愛い妖怪っているのかな〜。お、お友達ってなれる〜?ドキドキ、びくびく、わくわく」
目の前に迫る愛らしい少女たちを見て、ゲイルと緑は、少し可愛い妖怪を出す作戦にした。
「可愛いといえば。一反木綿ですな」
よく分からない選択だが、いつものように、明かりが消えて、加夜とノアの前に一反木綿が現れる。
本来の一反木綿は、人の首に巻きついたり、顔に巻きつき窒息させるなど恐ろしい妖怪だが、ゲイルたちが作った幻覚の一反木綿は、皆が知る乗り物としての妖怪と同じだ。
目の前に一反木綿が現れて、加夜は反射的に声を出した。
「あの…乗ってもいいですか」
「少しなら」
声は、一反木綿とは違う方向から出てきた。
「あれぇ〜?おかしいなぁ?天守閣ってどこ」
秋月 葵(あきづき・あおい)が歩いていた廊下は突然途切れ、中庭に放り出された。
明かり代わりの『光精の指輪』の人口精霊さんで庭を照らす。春には盛大に桜の花見が催された中庭は木々が多く、木の葉が月光を遮っている。
鈴虫の鳴き声に混じって時折、うめき声のようなものが聞こえる。
「んーこの雰囲気、妖怪出そう・・・肝試しするのに最適だよね」
問いかけられた秋月 カレン(あきづき・かれん)は返事をしない。
小さなカレンは妖怪が分からないのだ。
「妖怪って怖いものなの?でもカレンは怖くナイヨ、だって・・・あおいママと一緒だもん☆」
葵の手をぎゅっと握っている。
「お手手離しちゃだめなの〜」
妖怪よりも夜の闇が怖いようだ。
「あおいママ、妖怪って何?」
「んーと、ぬりかべとか?」
なんとなく、頭に浮かんだ妖怪の名を口にする葵。ぱっと浮かぶということは好きなのかもしれない。
「今度はぬりかべですな」
ゲイルが緑に呟く。
「例の、ですぞ」
緑はすっかり疲れていたが、ゲイルの言葉に従った。
「虚実を結ぶ」
小さな声を共に、ご存知、ぬりかべが現れる。
カレンが驚いて、葵の後ろに隠れた。
「ほんとに出たぬりかべ…」
ぬりかべは大きくなったり小さくなったりしながら、葵とカレンの前をとおせんぼする。
「んー、困った、あんまり怖くない」
葵が叫ぶと、ぬりかべは、すまなそうに消えた。
その後には、またお菓子袋と地図がある。
カレンが早速その袋の中のアイスを食べる。
「妖怪、本当に怖くナイネ」
「んーと」
葵は頭を抱える。怖い妖怪がいることを説明するには、時間が掛かりそうである。
「オレ、道に迷ったみたいだ」
シャンバラ教導団天海 北斗(あまみ・ほくと)は、軽装甲高機動型の機晶姫で、機体はほぼ軽量素材で構成されている。
「護、地図見てよ」
北斗は、兄である天海 護(あまみ・まもる)に地図を渡す。
護は困ったように微笑んだ。
体が弱い護は、今回のイベント参加には消極的だった。しかし、北斗に誘われしぶしぶ参加したのだ。
天海兄弟は、今、葵とカレンの反対側にいる。
二人を見たゲイルは、護の病弱な体質を見て取った。心臓も強くないようだ。
「脅すのはどうかと」
緑も頷く。
「季節はずれだが桜の花びらを用意してある」
ゲイルはそう語るや否や、中庭中央の大木に飛び乗り、花びらを降らせた。
「これは…」
「桜だ」
室内に閉じこもる護と対照的に北斗は日々外を飛び回っている。季節はずれの桜の花びらに狂喜する北斗。
うっかり、庭園を模した中庭の小川に足をつけてしまう。
「アッーーーーーー」
北斗は、陸戦地上用設計の為、防滴ではあるが防水構造ではない。そのまま止まってしまった。
「北斗!」
突然の叫び声に驚いたのは、ゲイルだ。
安全を考えて妖怪を避けたのだ。
表に飛び出すゲイル。その場には葵がカレンと共にいた。
葵はなぜか、大八車を引いて北斗の前に現れた。
「乗ってかない?保健室の前で待っている人がいるんだ」
「ありがとう、助かったよ」
突然現れた葵に護は驚く。その瞬間、影のようなものが北斗を大八車に載せていた。
「さ、行こう!」
「ニンジャかな?」
護が周りを見回したときには、もうその影はいなかった。
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