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リアクション
6・百物語(騒動)
夜が深くなっている。
青白い光が照らしたのは、葦原明倫館の桜浦 紫菖(ゆすら・ししょう)だ。隠密科に通うニンジャである彼は、これまでの仕掛けも分かっている。天井から降って来る仕掛けに騒ぐ生徒たちと違って、彼は少し、この百物語に飽きてきている。
自分の番が来て、紫菖がおもむろに話し始めたのは、どれもパートナー・朝顔とのやりとりだ。
「俺の周りは怪談だらけで・・・早朝起きると天井から女の首がぶら下がっている。毎日林の中や襖の外から誰かに見られている感じがする。夜見回りに行こうとすると足が重くなって動けなくなる…」
他にも、紫菖はここぞとばかりに朝顔の失敗談や一途ゆえに重苦しいエピソードを披露する。
俺にこんな不幸があるのは・・・きっと前に俺の寮に住んでいた女の祟りだ」
うんうん、頷いているのは指を折って話を聞いていたティファニーだ。
「いいよ、ろうそくたくさん消せるね、10本ぐらい一気に減るよ」
話を途中まで聞いて、天井裏も戦意を喪失したようで、何も落ちてこない。
紫菖は、ティファニーにつれられ、ろうそくを一気に吹き消した。
次に灯かりに照らされたのは、百合園女学院の鬼道院 理香子(きどういん・りかこ)だ。
いかにも百合園らしいいいとこのお嬢様に見えるが、声ははつらつとしている。
「芦原明倫館ってね、どーゆー訳か知りませんけどねぇ〜ッ出るんですよ〜」
天井裏が色めき立つ。
いよいよ本格的な怪談話だ。
「え、何が出るのか?いやだな〜・・・察してくださいよ〜・・・そう、亡霊です。出るんですよね〜、落ち武者がァ、古代大戦の犠牲者がァ!」
がたっ。
天守閣の外に広がる闇が揺れる。
「でもね、それだけぢゃないんですよねぇ〜出るんですよ、ここは!!傾奇者の亡霊がァ〜!!!」
がたっ。
漆黒の闇に、さんばら髪の武者が、傾奇者の生首を手に立っていた。その首からは、ぽたっ、ぽたっと血が滴っている。いつのまにか、皆が座る天守閣座敷にも血の海が広がっていた。
息を呑む一同。
ふっと、闇の武者が消えた。
座敷ももとに戻っている。
一番震えているのは、理香子だ。
「えッ!?」
素っ頓狂な声をあげる。
隣に座っていた紫菖が声をかける。
「心配すんな、ここは葦原明倫館だ。忍術なんてお手のもんだ」
ティファニーがやってきた。
「こんな仕掛けはなかったのに・・・」
誰がどんな仕掛けをしているのか、もうティファニーにも分からない。
理香子のパートナーの前田 慶子(まえだ・よしこ)は、天下御免の傾奇者、前田慶二の英霊である。
空中に浮かぶ生首や落ち武者を見て、恐れるどころか、心浮き立ったようだ。
急にふらふらと立ち上がった。
ティファニーが理香子の手をとってろうそくへと連れて行く。
また火が消えた。
理香子が席に戻ると、慶子の姿が消えていた。
次に青い灯かりが照らしたのは、これまで案内役をしていたティファニーだった。
「やっとミーの番!歌いますー」
百物語の趣旨を理解しているのかしていないのか、とにかく百の怖い話を集めようと思ったティファニーは短くて怖い詩の多い、マザーグースを暗唱してきた次へと歌うティファニー。
歌い終わると、ティファニーはニコッと笑って、自分でろうそくの場所まで歩いていった。
歌った数だけろうそくを吹き消す。
「もし物語、足りなかったら、まだまだあるヨ、安心して!」
ティファニーは、残ったろうそくの数を数えている。
さて、蒼白い灯かりはすぐに城山 結奈(しろやま・ゆな)で止まった。葦原明倫館の生徒である。涼しげな黒い瞳がまっすぐにハイナを見ている。
順番が来たことを知り、結奈は一礼した。
「それでは、私の怪談話を…。とっても、凄く短いのですが」
「短いといっても、ティファニーに比べればでありんすよ」
ハイナは、まだろうそくを数えているティファニーを見やって結奈に話の続きを促す。
小さく結奈が頷いた。
「私の友人から聞いた話なのですが。葦原島のはずれに廃屋があります。ここでは長く一人暮らしをしていた女性がいて、人知れず死んだそうです。その後、幽霊となり廃屋に近づく者に取り憑いて、自分の仲間を作ろうとして殺してしまうということです。」
「聞いたことあります」
誰かがつぶやいた。
「実は、私にこの話をしてくれた友人なんですが…行った後に、話してくれたみたいなんです。廃墟の話。 …連絡、とれないんですよね。あれから。どうしてるんでしょうね?…ただの連絡不通なら、いいんですけどね」
にこやかに微笑んで、「これで私の話は終わりです」と、結奈は一礼して告げた。
座がざわめく。
急にティファニーの姿が消えたのだ。
房姫が小さな声をあげる。
「今の結奈さんのお話、昨日、ティファニーに聞きました。ティファニー…この日のために葦原島の怪談話を集めていましたから」
「ティファニーが幽霊に連れ去られたということでありんすか?」
ハイナが間延びした声を出した。
「大丈夫でありんすよ、今日の百物語を一番愉しみにしていたのはティファニー。厠にでも行ったのであろうよ」
「でも・・・」
結奈は思わぬ話の流れに立ち上がり、ろうそくのある場所へ向かい、ティファニーを探す。
「ろうそくの火を」
ハイナの声がする。
結奈はふっーと一本吹き消した。
「結奈さん、ティファニーが戻るまでろうそくの係りを変わってくれますか」
房姫の少し戸惑った声がする。
小柄な美少女、葦原明倫館の詩刻 仄水(しこく・ほのみ)は、先ほどから空気が変わっていることに気がついていた。
なにやら物の怪が迷いこんでいるようだ。心になかにまで忍び込んでいるようにも感じる。
青い明かりは仄水の席を照らした。語る順番が来た。
仄水はふうッと息を吐くと、物の怪に挑むように語りだす。
「私の実家がある市の事なんだけど、市役所の近くに森があってさ。市役所のある南側は人の出入りもあって行事の時には賑わってるんだけど、何故か北側には地元の人は絶対に入らないし、行くなって止めるんだよね。」
また、みなの心にその森の木々や切り立った崖が見える。
「ある時、エアガンで遊びに森に入って行った男の子達がいたんだけど、熱中し過ぎて森の奥に入っちゃったんだって。森の奥は崖になってたみたいなんだけど」
心に浮かんだ崖がクローズアップされる。
仄水は言葉を続ける。
「そこで見たんだってさ。崖の向こう。宙に浮く、無数の黒い影を」
ギャ。短い悲鳴がどこからか聞こえた。
「男の子達は慌てて逃げたんだけど、一人だけ行方不明になったまま今も見つかってないみたい。後から聞いた話、昔その先には集落があったけど、崩落で跡形もなく押しつぶされたんだってさ。」
「まだ、死んでいない、その子。見えるの」
どこからか呟く声がする。
結奈がやってきた。
「仄水さん…」
頷く仄水。ろうそくを消す。
「仄水さん…」
結奈が再びつぶやく。
「房姫さま」
仄水が声をあげた。
「私もろうそく番、やります」
青い光は、次に神崎 優(かんざき・ゆう)のもとで止まった。
水無月 零(みなずき・れい)は、心配と不安に駆られ思わず優の手を掴む。蒼空学園から優は、零と神代 聖夜(かみしろ・せいや)陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)と共にやってきた。
暑すぎる夏の夜のイベントとして、この場の空気を楽しみに来ていた。しかし、既に百の物語が語り終えていないのにもかかわらず、まるで妖怪が降り立ったような寒気がある。
零は、優の手を握り締めている。
「大丈夫だ」
優は微笑みで零を安心させようとするが、零は手を離そうとしない。これから語ることが優にとってどんなに大事なことかを知っているからだ。
優は、光にいざなわれて話し始める。
「あまり怪談を知っている訳でも無く、考える事も苦手なので過去に自分が体験した物で印象的だった物を話す」
優は一息ついた。
「俺がまだ小さいく何の対処も出来なかった頃、古ぼけて不気味な建物から自分を呼んでいる声が聞こえた。そして、そのまま建物に入った。中に人がいてこっちにおいでと手招きするので奥へと進んでいくがだんだんと不安になり、断りを入れて帰ろうとしたら突然凄い形相で掴まれ、嫌な予感がして周りを見渡すとそこら中から霊に体中を掴まれ、身動きが出来ずそのまま気を失ってしまった」
ここから優の記憶はない。
場にいたものは、先ほどから流れている空気で、優の恐怖を追体験している。共にきた、零も、聖夜も、陰陽の書 刹那も同じだ。
ルナウルフの生き残り、聖夜は優と契約するまで一人で過ごしてきた為、そう言った系の怖いという感覚が解らなかった。今、頭の中に浮かぶ映像で、優の恐怖を始めて知る。
刹那は、滅多に自分の過去の事を語らない優が語る彼の一部に耳を澄ました。
優は言葉を続ける。
「気が付くと自分の家で訳を聞くと、親が心配になり探している所に見付けて救い出しお払いをしてくれたようだ」
失った記憶は共有できない。
なので、優がなぜ、その場所に呼ばれたのかはわからない。
しかし。
零はまだ、優の手を握っている。
結奈と仄水が優を迎えに来た。優は零と共にろうそくのもとに赴く。
残りが少なくなったとはいえ、朝までに全て消すのは不可能なように思える。しかし、優には不吉な予感があった。この百物語は達成されてしまうだろう。
仄水がそっと呟いた。
「百物語は、99話でやめ朝を待つのがしきたり、先ほど房姫さまが言ってた」
本当にそうだろうか?ざわめく心のまま、優は、そっとろうそくの炎を吹き消す。
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