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ドラゴンイーター迎撃指令!

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ドラゴンイーター迎撃指令!

リアクション

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 人の形をしているけれど、ヒトでない。中国古典 『老子道徳経』(ちゅうごくこてん・ろうしどうとくきょう)は、そんな魔導書のひとりだ。
 その、彼女の指先がキーボードを叩いていく。
 魔導書が、コンピュータに向かう。字面だけを見れば奇妙なものだ。皮肉といってもいいかもしれない。なにしろアナクロ極まりないものと、デジタルの権化。対極に位置する者たちが向かい合っている。つまりアナクロにデジタルが、縦横無尽使いこなされているのだから。
 そう。プログラムに、なにも問題は無い。
 そして押されたエンターキーが、すべての完了を告げる。
 モニター画面上へと呼び出された、オール・グリーンの文字とともに。
「……しかし、ほんとになんでもそつなくこなすなぁ。シャオは」
 キャスター付の椅子の背を回して振り返った魔導書に、そのパートナーたち、セルマ・アリス(せるま・ありす)ウィルメルド・リシュリー(うぃるめるど・りしゅりー)は感心したように、そんなリアクションを返す。
「大したことじゃあないわ。基本的には薬草の知識でしかないもの。それをコンピュータ上の作業に置き換えただけのこと」
「いやいや、すごいぜ? ほんと」
「うむ。わしもそう思う」
 頷きあう二人。
 結局のところこの三人のうちで、岩竜忌草からの成分抽出に深くかかわったのは彼女だけだ。
 セルマも、ウィルメルドも抽出が開始されるそのときまで、半ば雑用係程度の働きしか出来なかった。
「お疲れさん、シャオ」
 自身の薬学知識をフル動員して、より効率的に、より高濃度の成分をとりだす方法を他の皆と議論し、実現に尽力した相棒に、セルマはねぎらいの言葉をかける。
「まだよ。ドラゴンイーターの苦手な成分が抽出できたとして、それで終わりじゃない。あとは実際に、散布していかないと」
「ああ、そっちは任せろ」
 そこから先は、自分たちの役目だ。セルマは腕まくりの仕草で、意気込んでみせる。
 パソコンや、机や。実験器具が並ぶ理科室の中央には急造の、岩竜忌草の成分抽出装置が据え付けられている。
 そこに投入された岩竜忌草は成分を搾り出され、そうして得られた濃度の濃い、ドラゴンイーターへの有効成分が液体のまま、無数のタンクへと次から次に流れるように、充填されていくのだ。
 そう、ひとつ、ひとつ。人ひとりが背負えるくらいの、大量に集められたその、タンクの中へ。
「アレが集められてよかったな。もともとバケツにでもぶちこんでばら撒いてくくらいのつもりだったし」
 ひとつずつに噴射ノズルの装備されたそれらは本来、除草のための薬品や、広い面積に液体肥料を散布するための携帯式の噴霧装置だ。
 携帯、というには背負い歩くそれはいささか大型ではあるが。人ひとりが持ち歩き、使用するという点では、そう言ってまったく、間違いではない。
「感謝するぜ? これで随分、やりやすいしな」
「礼はいいさ」
 三人のやりとりを黙って聞いていた青年が、セルマの言葉を受けて頭を左右に振る。
「起こっている、事が事だからな。蒼空学園じゅうと、近隣の施設からかき集めてくればこのくらいは揃えられるもんだ」
 言ったのは、源 鉄心(みなもと・てっしん)である。彼がこの噴射装置を兼ねたタンクの山をかき集め──撒布地域の効率的な配置についての計画立案を行うメンバーたちの音頭をとった。
 セルマが、細かく指示の記載された地図を手に取る。
「この分担で、間違いないんだな?」
「ああ。各ポイント、想定した通りの量でいけるはずだ。この分量配分でおそらく、問題ないはず」
「りょーかいっ」
「あの、でもでもっ」
 その、鉄心のすぐ脇に控えていたティー・ティー(てぃー・てぃー)が、口を挟む。
 鉄心のパートナーである彼女としては、やはりパートナーの立てた計画について少しでも不安要素というのは取り除くか、明確にしておきたいのだろう。
 たとえ、冷や水を浴びせて、異議を唱える形となったとしても。
「なんだ、ティー?」
「根本的な疑問なんですけど。そもそもどうしてこの草が苦手だとわかったんですか?」
 一瞬、皆がきょとんとした。……そういえば、なんでなんだろう。
「それはじゃな」
 唯一、ウィルメルドだけが違った。
「それは、わしら竜族の昔からの知恵なんじゃよ」
「知恵?」
 ──そうとも。ウィルメルドは、頷く。
「わしら竜族の中には、子が生まれるとまず、この草を離乳食がわりに食べさせる種族がおっての。毎日、毎日。少しずつ、ドラゴンイーターの嫌う要素を蓄えさせていくんじゃ。そりゃあまあ、一度に身体に蓄積する量はもちろん僅かじゃよ、でも」
「チリも積もれば山となる、か。考えたな」
「ご名答。そうやって、だから自分で身を守れるくらいに成長するまでの間だけ、その連中はドラゴンイーターから幼い子供を守る。あとはドラゴンイーター自体が寄りついてこないし、寄ってきても自分で撃退できるからの」
 嫌いな匂いを体内から、身体全体から発散させているものを、誰が食べたいと思う?
 ウィルメルドの説明に、腑に落ちたとばかり、鉄心が首を上下させる。
「なるほど。……けれど、それならわたくしからもひとつ」
「ん、なんじゃね?」
 もうひとり。やはり、鉄心のパートナー、イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)が学生らしく手を挙げて質問をする。
「そうやってドラゴンたちが赤ちゃんをドラゴンイーターたちから守っているというのはわかります。そのおかげで餌が十分ではないせいで、ドラゴンイーターが本来さほど爆発的に繁殖することがないということも。ただ」
「ただ?」
「今回こうやって大量に採取したことで。自然に生えている数が減って、却って繁殖しやすい環境になったりはしませんの?」
「あ……」
 一様に、皆が口を噤んだ。
 そりゃあ一応は、学園の校長である涼司から、「必要ないぶんまでは採取しないように」「採りすぎるな」と指示は出されてはいるが。
 それでも実際、ドラゴンの親たちが当たり前に摘む量に比べれば、遥かに多くが生態系から失われていることに変わりはない。
「それは……これから先になってみないとわからない、ってとこだろうな」
「ああ。今は考えても、どうしようもない」
 鉄心とセルマが交互に、そう言った。
 涼司のことだ、そのあたりもきちっと対策はしてくれるだろうよ。付け加えたのはセルマのほうだ。
「信頼してるんだな」
「まあな。校長だし」
 と、シャオの手元でパソコンが、電子音を鳴らす。
「ん。どうやら第一陣のぶんの充填が完了したみたいね」
「そうか。──よし。本番、だな」
 鉄心が、セルマを見る。
 セルマも見返して、……そして両手をぱん、と小気味よく打ち鳴らす。
「うっしゃ! 行くか!」
 その電子音も、セルマの叩いた手も。きっと、学園に鳴り響く福音だから。