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ドラゴンイーター迎撃指令!

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ドラゴンイーター迎撃指令!

リアクション

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 いかに機械化の進み、完璧なほどに整備のされきった蒼空学園とはいえ、そこにまったく、緑や自然がそのままの形で残っていないというわけではない。
 特に、その敷地の隅。山林地帯に、学園敷地が広いからこそ面し、それを納めて、未だ開発されず豊かな緑のままの森を維持している部分も少なからずある。
 季節は春。草木芽吹く季節にそれらは、強く命の色濃い緑を木々に、生い茂らせていく。
「どうだ、状況は」
 その自然の緑に囲まれた中にあって、山葉涼司が足を踏み入れたそこは間違いなく今、異端と言えた。
 森、深き場所。そこに不釣合いな、化学繊維のビニールシートが人工物そのものの青い光沢で、涼司たちを見下ろしている。
 それは、テント。
 骨組みの、金属の柱や細い梁に支えられた、それだけで数十メートル四方はあろうかという広い、雨露を防ぐテントだ。
「まだ、なんとも言えない。残念だけれど、まだよくもなってないし、悪くもなってない。……ってところ、かな」
 花音を連れて訪れた涼司を迎えるのは、そこで立ち働く者たち。
 そのうちの一人、ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)が力なく肩を竦めて、ふるふるとその首を左右に振ってみせる。
 わざわざ、百合園女学院から手伝いにきてくれている──無論それは彼女だけでも、百合園からだけでもない──、不眠不休の作業の疲労の色が隠しようもなく、その表情には濃く映し出されている。
 学園の危機を、救うため。力を貸してくれている。
 かけがえのないひとつの命を救うため、その力を振るってくれている。
「そんなに、悪いんですか。ええっと……彼? の具合は」
 花音が心配そうに、しかし疑問に首を傾げてみせる。
「そーだね、花音。彼であってるよ。このコ、雄個体だもん。彼で正解」
「ルカさん」
 彼女たちの視線が注がれていたのは、広いテントの中心に横たわる、巨大な肉体。
 そして応えたルカルカ・ルー(るかるか・るー)が治療を続けていたのも、そこに倒れている「彼」の巨体だ。
 旧知の涼司たちに言葉を返しながらも、彼女の手は休むことなく、作業を続行する。相棒のドラゴニュート、カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)の通訳を頼りに、ひとつひとつ治療を重ねていく。
 傷ついた、巨大なドラゴニュートへ。ドラゴニュート同士の意思の疎通は、治療の手がかりとしてなによりも重要な情報源と言っていい。
 普段の快活さを、真剣さが凌駕している。
 集中しきった表情で彼女はドラゴニュートの傷口から異物を──それは「彼」を襲ったドラゴンイーターの細胞片だ──ピンセットにてそっと抜き取り、シャーレへと移し、カルキへと受け渡す。そして細胞を
抜き取ったその傷口へと、消毒を施していく。
「……全身がこの具合で、ずたずたなんです。どうにか意識は取り戻してくれましたけど……あたしたちも結局ひとつひとつ、傷の手当てをしていくより他になくって」
 申し訳なさそうに、ミルディがドラゴニュートを見つめる。
 傷が痛むのだろう、時折ドラゴニュートは薄く開いた瞳を歪めて、喉から掠れた、うめきにも似た弱弱しい声を発している。
「今、また襲われでもしたら……きっと、今度こそ。大怪我じゃあ、すまない」
 すなわち、命を落とす。言外にそのことを告げ、ミルディは唇を噛み、俯く。
 不意に遠くで、ずん、と大きな音がした。
 こうしている今も、集まってくれた有志の皆が、あるいは学園の仲間たちがドラゴンイーターを駆除すべく、戦ってくれている。
 風下にあるとはいえ、ドラゴニュートの傷が重篤である以上ここから動かすことは出来ない。……ここで、守りきるしかない。
「すみません。彼の治療を誰か、お願いします」
 その声に一同、振り返る。
 テントの入り口を覆う幌を揺らし入ってきたのは、治療チームの一人。九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)が負傷した青年に肩を貸し、運んでくる。
 治療班の護衛も兼任する彼女はそっと、地肌がむき出しの足元に青年を下ろし、座り込ませる。
「カムイ。お願い」
 ジェライザの声に、レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)が応じ、自身のパートナーに頷いてみせる。
「はい。……どこが痛みますか」
「背中をやつらの皮膚で斬り裂かれたらしい。横にしよう」
「お願いします」
 レキからの指示。受けたカムイ・マギ(かむい・まぎ)がジェライザとともに、青年へと取り付き、手当てを開始する。
「僕らがわかりますか。お名前は」
「……天真 ヒロユキ(あまざね・ひろゆき)。大袈裟にしないでくれ、そんな深手じゃあねえ」
 彼らの治療を受ける青年の意識は、はっきりとしていた。確かに、命にかかわるような傷ではなさそうだ。
「無茶するからです。あんな凶暴なのにたったひとりで向かっていって、傷つけず捕まえようだなんて」
 すっと、カムイたちのとなりにかがみ込む影がひとつ。
 カムイらと同じように、少女はヒロユキへと手当てをてきぱきと、進めていく。
「あなたは?」
「……テオドラ・アーヴィング(ておどら・あーう゛ぃんぐ)。彼のパートナーです。すいません、お世話になります」
 ヒロユキのパートナーを名乗った少女は手を休めずに、治療をするふたりへと小さく会釈をした。
「あんまり私たちに、心配かけないでください……ほんとに。捕獲なんて、無理ですよ」
「やってみなきゃわかるか……っ」
 消毒が傷口に沁みたのだろう、うつ伏せになったヒロユキは言葉を切って、ちいさく呻いた。
 止血と消毒を終えたそこに、治癒魔法が注がれてゆく。
 しかし、ドラゴンイーターの捕獲を試みたというのか、この男。無茶にもほどがあるというか、度胸があるというか。その場の一同は、思う。
「……っ痛ぇ。しかし、アレだな」
「ヒロユキさん?」
「これじゃあちょっとした、野戦病院だな。運ばれた当の人間が言うのも変だとは思うが」
 その彼は。ヒロユキはうつ伏せに倒たままで、テント内を見回していたようだ。
「ドラゴニュートの治療テントじゃなかったのか? 話が違うぞ」
「喋らない。大人しく治療、受けてください」
 テント内で治療を受けているのは何も、彼だけではない。まして、もとよりそこにいるドラゴニュートだけでも。
 何人もの負傷者が、あるいは横になり、あるいは鉄骨の柱に身を預けて蹲っている。
 単に、この場所が一番、治療場所として魔法であれ医術的にであれそれが可能である人間が多く集まっているというだけのこと。ゆえに負傷者も距離のある学園内の医務室、保健室を目指すより、この救護テントを目指してやってくる。
 治療のために組み上げられたテントはもはや、ドラゴニュートだけのためでなく、ドラゴンイーターとの戦列に加わった負傷者たち全てにとっての治療の場と化していた。
 野戦病院。あながち、そう評したヒロユキの言も間違いではない。
「そうなのだぞー。話が違う。猫型ロボットなんておらんではないか」
「──は?」
 不意に、治療する側とされる側。つまりテオドラたちとヒロユキの思考に無遠慮な声が割り込んできた。
「えー、と。あなた、は?」
 なんか、さっきも同じこと訊いたような。声の主、筋骨隆々のその花妖精を見上げつつ、訊きつつ。カムイはそんなことをつい、思う。
「我輩か? 我輩はグラシデア・ポーター(ぐらしであ・ぽーたー)。そこで横になってるやつの相棒であるぞ」
「……猫型ロボットっていうのは?」
「む? だってドラなんとかイーターなのだろう? ドラ焼きを食べる未来からきた──……」
「ストップ。話が(版権的にも)ややこしくなるから黙っててください、グラデシアさん」
 危ない、危ない。慌ててテオドラが、同じくヒロユキをパートナーとする花妖精の口を押さえつける。
 よくやった。ほんとうに(一同の心の声)。
「とにかく、だ。……フィオナ。聴こえてるか、フィオナ」
「お?」
 話を横道から戻そう、ということでもないだろうが、ヒロユキがどこかへと呼びかける。
 フィオナ、とは誰だろう。このテント内にそんな名前の持ち主、いただろうか?
「俺の、もう一人のパートナーだよ。精神感応で繋がってる」
「ああ、なるほど」
 ジェライザが納得したように頷く。
 彼とだけの精神感応ならば、ここにその人物がいないことも、あちらからの返答が聴こえないことも理解できる。
「どうだ、フィオナ。岩竜忌草の採集チームは戻ってきてるか」
 だから、聴こえない。学園内から発せられる、フィオナ・ベアトリーチェ(ふぃおな・べあとりーちぇ)の声は、他の皆には全く。
『残念だけど……まだ、ほんのひと握りだけ。学園中に撒くぶんには全然足りないって、技術班の皆が』
 聴こえて、いない。聴こえているのは、ヒロユキだけ。
『まだしばらくは、足止めや迎撃をやってくれてる皆に頑張ってもらわないと』
「そう、か」
 でも、ヒロユキの表情や仕草を見ていれば、そこから伝わってくるものはわかる。
 けっして吉報が告げられているわけではない、と。
 力なく、細く目を開けたドラゴニュートにもそれは見えていたはずだ。竜族は、聡い。きっとそこから、意味と状況を汲み取れたはず。
 未だ状況が好転していないことを、知り得たはずだ。
「大丈夫です。大丈夫、だから」
「加夜」
 誰より先に、火村加夜(ひむら・かや)はそんなドラゴニュートの、両腕いっぱいにも余るほどの頭部をやさしく、けれど強く抱きしめていた。
 傷つき弱った「彼」を元気づけ、励ますように。力なく地面へと垂れているだけだったその顔を、抱擁した。
「大丈夫だから。あなたも、がんばってください。私たちもきっとあなたを助けますから。そのために、がんばりますから」
 ドラゴニュートに対して、また自分自身にも言い聞かせるように、加夜は言葉を紡いだ。
 弱々しく、けれど彼女に応えるかのようにドラゴニュートは小さく、鳴いた。