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アタック・オブ・ザ・メガディエーター!

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アタック・オブ・ザ・メガディエーター!

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【八 雲の中の攻防】

 メガディエーターは尚も、空中展望塔との距離をじわりと詰めてくる。
 さすがにもうこの頃になると、それまで直接メガディエーターの存在を知らされていなかった最上層や上部第二層の一般人達も、その恐るべき巨影に気づき、阿鼻叫喚の大パニックが発生するようになっていた。
「ああ、いや、これは困りました、ねぇ……」
 つい今の今まで、コントラクター特有の技術を活かして、一般人の観光客達相手に色々手品じみた技を披露して注目を集めていた神野 永太(じんの・えいた)も、さすがにこれ程の大混乱になってしまっては、もう為す術が無かった。
 一応周囲の人々に向けて、落ち着くようにと声をかけてはみたものの、誰ひとりとして聞き入れる者は居なかった。
 それは、神代 明日香(かみしろ・あすか)の場合も同様であった。
 可愛いメイド姿で、やや落ち着きを取り戻し始めていた観光客達に安心と癒しの空気を醸していたものの、メガディエーターのあの巨影が放つインパクトにはさすがに対抗し難く、もうどうにもならない。
 いくら明日香が優しい手を差し伸べてみたところで、人々には何の精神的支柱にもならない。今の彼らに必要なのは、あのメガディエーターの恐ろしい牙を叩き折ってくれる、圧倒的な力を持つ勇者なのだ。
「あのぅ、皆さん、どうか落ち着いて……落ち着いて、ください。大丈夫、大丈夫ですから。他のコントラクターの方々が、きっとあの鮫さんをやっつけてくださいますから」
 だが、明日香の声はもう人々の耳には届かない。
 人間は一度恐慌を引き起こすと、それが集団ヒステリーと化し、どんどん連鎖していって生半なことでは収まりがつかなくなるのだ。
 いってしまえば、もうお手上げなのである。
「こうなった以上は、しばらく放っておきましょうかねぇ」
 永太が明日香の傍らに寄ってきて、小さく肩を竦めながらいう。
 確かに、このような状況で何をどういい繕ってみても、最早誰の心にも響かないだろう。だが、この大混乱に巻き込まれて、小さな子供やお年寄りが怪我をするようなことがあってはいけない。
 明日香は永太に、そういった力や体の弱い人々を混乱の中から引き離すことを提案してみた。
「あぁ、それは大事ですね。是非、やりましょう」
 その提案に、永太は一も二も無く、すかさず乗った。

 同じ頃、下部第三層から上部第二層へと続く、例の非常階段では。
 何と、メフィス・デーヴィー(めふぃす・でーびー)がたったひとりで、あのアロコペポーダの群れに挑んでいたのである。
 メフィスをよく知る者ならば、仰天するであろう。何故ならこの悪魔は、基本的に自衛以外の戦いには参戦しないタイプだったからである。
 だが今回に限っていえば、三郎からの強い要請で渋々アロコペポーダ駆除に出向いてきた、というのが真相であった。
「全く! なーんでこの私が、人間なんぞを逃がさなきゃならんのよー! あんな奴ら、ただの肉じゃん! 肉の癖にーっ! きーっ!」
 こちらはこちらで、全く別の意味でヒステリーを起こしているのだが、しかしただのヒステリーではない。集団で襲い来る敵にはもってこいの技、即ち酸の霧(本人はウイッチキッス、と呼んでいるらしい)を発生させての攻撃を伴う癇癪なのだ。
 アロコペポーダの群れを向こうに回して、一気に形勢を逆転出来る数少ない技量の持ち主であるメフィスは、如何に人間を毛嫌いする悪魔といえども、この時ばかりは名実ともにヒーローと呼ぶに相応しい活躍を見せていたのだから、皮肉であるとしかいいようがない。
 だがそんなメフィスも、上下の階層で沸き起こっている大混乱の声だけは、よく聞こえるらしい。
「おやおや、また混乱が始まったのでございますか? どうやら、今までの混乱具合とは、ちょっと様子が異なる……」
 そこまでいいかけて、メフィスは全身が硬直した。
 非常階段の外壁側に設置されている小窓から、接近してくるメガディエーターの巨大な姿が見えたのだ。さすがにメフィス程の悪魔であっても、あんな化け物が正面から近づいてくる様は、少々肝が冷えるらしい。

 浮島周辺の空域では、既に第三波の攻撃が始まろうとしていた。
 まず朱宮 満夜(あけみや・まよ)ミハエル・ローゼンブルグ(みはえる・ろーぜんぶるぐ)が揃って空飛ぶ箒に跨り、メガディエーターの斜め後方から魔術攻撃を次々と叩き込んで、こちらに注意を引こうとしていた。
 何とかして空中展望塔からメガディエーターを引き剥がし、離れた位置で決戦を挑もうという意図だったのだが、いかんせん火力不足である。
 満夜とミハエルがたったふたりで、ちまちまと魔術攻撃を仕掛けてみたところで、まるで効いている様子が無かった。
「あぁっ! もう! 全然効いてる様子が無いって、どういうことですかぁ!?」
 思わず満夜が吼えた。これに対しミハエルはややげんなりした表情で言葉を繋ぐ。
「さすがに……これだけ一度に魔力を叩き込むのは厳しいものだな」
 矢張り、これだけの巨体である。
 イコンの重火器を全弾叩き込んで、やっとどうにかなるような化け物である以上、ふたりの攻撃力ではほとんど焼け石に水のようなものであった。
 とはいえ、如何なる相手であろうとも、そしてたとえ丸腰であろうとも、決して怯まずに挑もうというその気構えだけは評価しても良いだろう。
 しかしまだ希望を捨てる必要は無い。メガディエーターに攻撃を加えるコントラクターは、他にも大勢居るのである。
 まずリネン・エルフト(りねん・えるふと)フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)がペガサスに騎乗し、メガディエーターの後方から接近してゆく。
 厳密にいえば、ひとり突撃を敢行するリネンと、そのあまりの無謀ぶりに慌ててついていくフェイミィ、という表現が正しい。
「おい! 馬鹿! 何考えてんだ!」
 フェイミィの怒鳴り声が背中を叩くが、リネンはまるで気にしない。左手で手綱を操り、右手に得物を構え、メガディエーターの尾鰭へと一直線に突っ込んでゆく。
「これで……証明される、筈。私の今の技術が、イコンに抗い得るだけの力を秘めているのか、どうか……」
 リネンの右手から先、魔剣ユーベルキャリバーの刃が光条兵器としての輝きを煌かせる。その刃先を、リネンは鷹揚な所作で左右に動くメガディエーターの巨大な尾鰭に、水兵方向に突き刺した。
「おっ……やったか!?」
 思わずフェイミィが叫んだ。が、次の瞬間。
「あぁっ……!」
 リネンの力無い悲鳴と、ペガサスの悲しげな嘶きが宙空に響いた。メガディエーターの尾鰭は僅かひと振りするだけで、リネンをペガサスもろとも叩き落したのである。それはまるで、大型トラックが真横から激突してきたような衝撃に等しい。
 いくらコントラクターとはいえ、これ程の衝撃をまともに喰らったのでは、たまったものではない。
「あぁ、もう! だからいわんこっちゃない!」
 フェイミィは手綱を打ち、愛馬ナハトグランツを一気に下降させた。
 既にリネンのペガサスは態勢を立て直し、翼をはためかせて飛翔行動に入っていたが、リネン自身はまだ自由落下の法則内にある。だがそれも、僅か数秒で終わった。
 ナハトグランツに相当無理をさせたものの、フェイミィはリネンの保護に成功した。
 安堵の表情を浮かべたのはほんの一瞬だけで、その後のフェイミィの端整な面立ちは、阿修羅の如く憤怒の表情に彩られた。
「馬鹿野郎! だから無理だっつっただろうが! 何が試したいことがあるだ! あんなもん、ただの自殺行為じゃねぇか!」
「ごめん……なさい」
 フェイミィに叱られるまでもなく、リネンは既に消沈した様子で、力無く項垂れていた。

 直後、爆音が天空を揺らした。
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)の駆る小型飛空艇ヴォルケーノから、搭載する火器の全弾が一気に射出され、メガディエーターの左顔面付近を激しく燃焼させた。
「よぉーし、やったぁ! 全弾命中! あんなに大きな口なら絶対に外さないって!」
 ヴォルケーノのシート上で軽いガッツポーズを作ってみせた美羽だが、その表情はすぐに曇った。
「あ……だ、駄目だ……死んでない」
 美羽の傍らで、小型飛空艇オイレに搭乗するコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が、やや青ざめた表情で誰に語りかけるともなく、小さく呟いた。
 確かにメガディエーターは、顔面の左側が焼け爛れ、ぶすぶすと煙を上げてはいるものの、空中展望塔への突進速度は一向に衰える気配を見せてはいなかった。
 しかし、この程度で諦める美羽ではない。彼女は対イコン用の爆弾弓を取り出すと、ヴォルケーノを自動操縦に切り替え、突撃の態勢を作った。
「下手打ったら、後で回収、宜しくね」
 美羽が微笑みながらウィンクすると、コハクは誰の目から見ても分かる程にうろたえた。
 と、そこへ別方向から意外な声がかかった。
「ほほ〜ぅ。こりゃちょっと、一枚噛みたい企画やらかそうとしてんじゃねぇのん?」
 見ると、巨大な砂鯱の背に跨ったゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)が、ニヤニヤと笑っていた。
 普通砂鯱が空を飛べる筈は無いのだが、そこはゲドーも抜かりは無い。空飛ぶ魔法でしっかり浮遊能力を加味していたのである。
 それにしても、と美羽は苦笑を禁じ得ない。
 通常であればこの砂鯱も相当に巨大な体躯を誇っており、中々見事な威容で見映えするのであるが、相手があのメガディエーターともなると、妙にこじんまりとして見えてくるのだから、不思議なものである。
 矢張り比較対象があれだけ極端だと、少々感覚がおかしくなるのかも知れない。
 ともあれ、ゲドーの砂鯱が援軍として参戦するとなると、これはこれで心強いものである。
 更に。
「あたしもお供させてもらうよ。単騎で突っ込むのはさすがに度胸が要ってねぇ」
 蓮宮 琥珀(はすみや・こはく)が、コハクの隣に空中展望塔から借り受けた小型飛空艇を並べて、こちらに不敵な笑みを送ってきていた。
 全くもって偶然だが、琥珀もコハクも、名前の読みは同じである。後で名乗りを受けた時、美羽は目を白黒させていたのだという。
「んで、作戦はぁ? 俺様を楽しませる愉快な戦法をリクエストするぜぇ」
「んーと、作戦ねぇ……よし、取り敢えず、突っ込む」
 美羽のこの返答に、ゲドーは腹を抱えて笑い出した。余程気に入ったらしい。
「おもしれぇ! それ、サイコーだぜ!」
「それじゃあ、ぼちぼち行きますか!」
 琥珀のこの台詞が合図となり、美羽、ゲドー、琥珀の三者は、猛スピードでメガディエーターの横っ面めがけて突撃を敢行した。