空京

校長室

戦乱の絆 第二部 最終回

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戦乱の絆 第二部 最終回
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避難計画

 蒼空学園・校長室。
 シャンバラの情勢を受けて、御神楽 環菜(みかぐら・かんな)は机上で資料を眺めていた。
 標題は「避難計画」とある。

「難しい顔ですね? 環菜」
 環菜が顔を上げると、いつの間にいたのだろう?
 戸口から恋人・御神楽 陽太(みかぐら・ようた)ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)を従えて苦笑している。
「陽太!」
 声が華やいだのは一瞬。
 すぐにも駆け寄りたい衝動をこらえて、いつものポーカーフェイスをつくる。
「それで、校長達と連絡はついたの?」
「え? ええ、これで」
 陽太は得意げに携帯電話を掲げて見せる。
「情報通信、得意だって、言いましたよね?」
「根回しのおかげでしょ?
 それとも、私と勝負したい? 全財産かけて」
「……いいえ」
 環菜の指先が、忙しなく「避難計画」をトントンと叩く。
 ディスプレイを睨む眼差しは、いつになく険しい。
「難しいんですか?」
「か・な・り、ね」

 ノーンがティーセットを運んでくる。
 それを機に、3人は机を囲んで束の間の休息に入った。
 お手製の菓子は小洒落ていて、さすが調理が得意、というだけはある。
 
「君の為に作ったんですよ」
「『おにーちゃんたち』の為だよー……て、おいしい? 環菜おねーちゃん?」
「え? ええ、おいいしいわよ」
 環菜は慌てて食べると、こそっと呟くのであった。
「なによ!
 私だって頑張ればこのくらい、陽太に……」
「どうしたの? 環菜おねーちゃん」
「……なんでもないわ」
 咳ばらいをしつつ。
「今後どうしようか、てことよ」
 環菜の表情が変わる。
「校長達から返答が返ってきたわ、陽太」
 忙しくディスプレイのコンソロールと、資料を動かし始める。

「駄目だったんですか?」
「みんな積極的よ、こんなご時世だもの」
 環菜はディスプレイを操作すると、画面いっぱいにシャンバラの地図を現わした。
 赤く光っているのは、ヴァイシャリー。
 青色は、陽太が提案した避難の最短ルートだ。
「避難計画」のスケジュールを眺めつつ。
「予定通りに行くわよ、陽太。
 すでにラズィーヤ・ヴァイシャリーも動き始めたことだし……」
 次は苦笑気味に。
「そうそう、あのおチビちゃんもね」
 窓から、いつの間に飛び出して行ったのだろう?
 ノーンの学生達に「避難誘導」を呼び掛ける声が流れてくる……。

 ■

 イルミンスール魔法学校。
 
 校長室では、校長のエリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)が、大きなくしゃみを幾度も繰り返していた。
「まあ! エリザベートちゃん、風邪かしら?」
「違います! こんな立て続けに出るなんて……今に見てらっしゃいですぅ! 環菜!」
 エリザベートはそれは苦々しげに唸ると、やはり机上の資料とにらめっこをはじめた。
 が、こちらは環菜と違って、そう作業は進まないようだ。
「焦っちゃ駄目ですぅ! エリザベートちゃん」
 神代 明日香(かみしろ・あすか)はエリザベートをぎゅっと抱きしめる。
「ノルンちゃんも手伝ってくれます。
 できることからはじめるですぅ〜、ね?」
 いつもの笑顔で安心させるのであった。
 
 程無くして、ノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)が報告書をまとめてきた。
「東シャンバラ各地の情報・まとめ」とある。

「やはり、ヴァイシャリーに頼った方が良いですね、今回は」
 『運命の書』は明日香に手渡すと、傍に控える。
「少なくとも、ザンスカールは不適切ですし」
「イルミンスールの中で保護しますぅ!
 大ババ様いなくて大変だけど」
 かなり心細そうな顔。
「でも、何とかして、みんなに恩を売って……」
「ザンスカールは、残念ながら無理です。
 クリフォトからの侵食にあっていて、いまは危険ですぅ!」
 明日香も思いとどまるように進言する。
 お気に入りのメイドからも進言されては、さしものエリザベートも考え直すよりほかはなさそうだ。
 
「せめて、避難誘導の指揮で優位に立ちましょう!」
「ノルンちゃんの言う通りですぅ〜。
 私達も、及ばずながらエリザベートちゃんの力になりますから」
 エリザベートは悔し涙を拭うと、明日香にキュッとしがみつくのであった。
「アスカ、ごめんなさいですぅ。
 でも環菜に負けたくはないから」
「マイトさん達にお願いしてみては?
 幸い他の生徒達に先駆けて、西シャンバラで活動しているみたいですし」
「マイト達に連絡を頼むですぅ!」
「イルミンスール武術の認可も、この際考えてみては?」
 ノルニルが古い記憶を掘り起こす。
 アーデルハイトが少し前に助言していたことを、思い出したのだ。
「イルミンスール生として、やる気に火がつくかも?」
「うん、それはいい案かも?」
 エリザベートの目の色が狡猾さを増す。
「……よし、そうするですぅ! マイト達に伝えなさい!
 このさい、認可なんて、いくらでもくれてやるですぅ!
 それから、あっちこっちの情報収集も……」
「はいはい、特にヴァイシャリーの、ですね?」
 明日香は手際よく、情報収集に努めるのであった。
 
 ■
 
 ヴァイシャリー。
 東シャンバラ最大の美しき都は、騒動の渦中にあった。
「西シャンバラから、避難民達が来るぞ!」
「積み荷や食料を、急げ!」
 
 人々が大方好意的に働くのは、この人物の功績であろう。
 ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)――。
 
「ええ、そうですわね。
 頼みますわ……そうそう、仮設テントも必要かしら?
 トラック輸送部隊との情報管制要員も」
 電話を切る。
「これでよろしくて? 舞、ブリジット、それにセシリア」
「ええ、そうね!」
「ありがとう! ラズィーヤ様」
「お陰様で、助かりました!」
 橘 舞(たちばな・まい)ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)、それとセシリア・ライト(せしりあ・らいと)は口々に礼を述べるのであった。
「礼には及ばないことよ。あなた達」
「え? それはどうゆう?」
「大変な時ですもの、当たり前ですわ」
 ラズィーヤの表情が一瞬引き締まる。ふわっと微笑んで。
「さ、皆様。
 全力で避難民の保護にあたりましょう!」
「ラズィーヤ様!」
「立派なお考えだと思います! 私!!」
 セシリアと舞は彼女の優しさに素直に感嘆し、ブリジットは目を瞬かせる。
「何か、悪いものでも食べたんじゃないの?」
 
 優雅な校長室の中で、3人は午後のティータイムを楽しみつつ、善後策を練る。
「輸送部隊……メイベルさんは『白百合団』の班長として参加していらっしゃると?
 この百合園女学院を代表して」
「いえ、ラズィーヤ様」
 セシリアは過不足のないよう、説明を選ぶ。
「正確には、『蒼十字の活動に賛同するものとしても』、ですね。
 避難活動そのものも、『万が一の事態に備えて』くらいのものだから……。
 まだ分断される、と決まった訳でもないですし」
「そうでしたわね」
 ラズィーヤは不安そうにティーカップの液体に視線を落とす。

 舞達が次の協力者に協力を頼みに、セシリアが仲間達からと連絡を取るためと炊き出しの準備に席を立ったのは、しばらくしてからのことだった。
「では私達は、これで。ラズィーヤさん」
「ごきげんよう」
 3人を見送って、ラズィーヤは窓辺に立った。
「風が出てきたようですわね?」
 長い遅れ毛をかきあげる。