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エンジェル誘惑計画(第1回/全2回)

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エンジェル誘惑計画(第1回/全2回)

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第7章 腹が減っては戦はできぬ


 蒼空学園のあーる華野筐子(あーるはなの・こばこ)高根沢理子(たかねざわ・りこ)
「砕音先生にお弁当の差し入れに行こう!」
 と誘った。砕音が薔薇の学舎に出向中で落ちこんでいたリコは、即その気になった。
 しかし蒼空学園校長御神楽環菜(みかぐら・かんな)がそれを禁止した。
「あなた、なぜアントゥルース先生を出向させなければならない事態になっているのか、理解しているのかしら? あなたは彼をクビにしたいの?」
 リコは泣く泣く断念した。そして「先生に渡して」と筐子に、みたらし団子を託したのだった。

 木々の木漏れ日がまぶしい。
 その中で薔薇の学舎生徒の佐々木弥十郎(ささき・やじゅうろう)は、運びこんだテントを設置していた。いわゆる野営用のテントではなく、学校や地域のイベントなどで設営される屋根だけのタイプのものだ。
 そこは罠の実習地のダンジョンから少し離れた草地。三、四十人の人間がいっぺんに休みを取れるだけの広さはある。
 弥十郎は設置したテントの下にテーブルを配置し、調理器具を並べた。
 彼は授業で使うためと学舎に申請し、テント2つ、調理用と手渡し用にテーブルを4つ、他に野外で使える簡易調理器、そして大量の食材を調達してきていた。

「おーい、ここが調理場? すごいね」
 元気な声が響き、筐子がやってくる。イルミンスール魔法学校の水神 樹(みなかみ いつき)も一緒だ。
 パートナーの男性剣の花嫁カノン・コートを学舎へ送りこんだ後、樹はヒマになっていた。
 そんな時、筐子から
「ダンジョン実習のために薔薇の学舎の外に出てきた男子達にお弁当を渡そう!」
 と誘われ、協力する事にしたのだ。
 名づけて「乙女の手作り弁当お届け隊」だ。
 その計画を知った弥十郎は、彼女たちの力になろうと、また自分も弁当作りに加わろうと、テントや調理器具の調達にあたったのだ。
 樹が嬉しそうに言う。
「これだけそろえてもらえれば、本格的にお料理できますね。私は和食弁当で勝負します」
「じゃあ、どっちのお弁当が皆に食べてもらえるか、対決だよ! 頑張って作らなきゃ」 筐子もそう言って、やる気をみなぎらせる。
 弥十郎は楽しそうに笑う。
「実習に来た皆はこのお弁当の準備に気づいてないから、きっとビックリするよぉ。楽しみだねぇ」
 三人は調理台に向かい、それぞれの料理を作り始めた。
 やがて、辺りに美味しそうな匂いが漂いだす。


 ダンジョンでの実習が終わり、授業を終えた生徒たちがダンジョンから出てくる。
 彼らを、まずは弥十郎が出迎える。
「みんな、お疲れ様ぁ! おいしいお弁当を用意してるよぉ。ワタシだけじゃなくて、スペシャルゲストもお弁当を作ってくれてるから、お楽しみにぃ」

 弥十郎に案内されて、実習を終えた一行はテントが設置された草地に到着する。
 テントで待っていた筐子と樹が、彼らを出迎える。
「実習、お疲れ様! 乙女の手作り弁当お届け隊だよ! おいしいお弁当、いっぱい用意して待ってたんだから!」
「一生懸命作ったので、これを食べて鋭気を養ってくださいね」
 クライス・クリンプトは驚きと共に、嬉しさがこみ上げる。
「他校の女子が差し入れに来てくれたんだ?! ありがとう!」
 クライスは金ダライを散々食らった苦労も飛んでいくような気がした。
 樹が作ったのは、得意料理の和食をたっぷりと詰めた和食弁当だ。おにぎり、金平牛蒡に漬物など和の味満載の弁当である。
 一方、筐子は自宅で作った料理を、弥十郎が用意してくれたコンロで醤油焼きおにぎりにして、三色おにぎり&お味噌汁で勝負だ。
 弥十郎は、豚の角煮饅頭とタピオカジュースを提供する。タピオカジュースは疲れを癒すようなすっきりとした味だ。
 イルミンスール魔法学校の叶野虎詠(かのう・こよみ)はトラップ実習に参加していないのに、ちゃっかりと輪に加わって弁当をほおばっていた。
「俺は和食が好きなんや。この和食弁当、いただこか」
 虎詠は樹が作った和食弁当をかき込み、一気に食べつくす。そして今度は豚の角煮饅頭を食べ始めたが。
「ぶはっ! な、なんや、これ?!」
 やたらと辛い饅頭は、ネリガラシがたっぷり入ってた。それを作った弥十郎が言う。
「おや、君に当たったんだぁ。ただ食べるだけじゃ物足りないだろうから、中にはハズレも用意したんだよぉ」
「か、かか辛いわッ! 水、水ー!」
 その場でもがく虎詠に、弥十郎は「これをどうぞ」とタピオカジュースを差し出す。虎詠は奪いとるように、それをノドに流しこんだ。
「こ、これは……?!」
 本来、疲れを癒すはずのジュースだが、なぜか疲れがどっと増すような味だ。弥十郎が驚いた様子で言う。
「あれぇ? これもハズレたんだ。君、すごい運だねぇ」
「俺、変なジュースにはトラウマがあるんや、あほー! もう帰らせてもらうわ!」
 などと言いながら、虎詠はおにぎりや饅頭をマントの下に隠し持っていく事は忘れない。
 筐子が彼の肩に、ポンと手を置く。
「三色おにぎり&お味噌汁で15Gになりまぁす」
「えーっ?! 金とるんかいっ!」
「無料じゃないよ。よ・の・な・か、そんなに甘くないのだぁ」
 ちなみに原価5Gで売値15Gという話だ。
「……ハズレ以外はうまかったわ。おおきに」
 虎詠は魔法の箒に飛び乗り、一目散に飛び去った。
「あっ、食い逃げ! 待て〜!」


「先生、無事?! よかった〜!」
 剣の花嫁ウルフィナ・ロキセン(うるふぃな・ろきせん)がいきなり砕音に抱きつく。
「うううわっ?!」
「あたし、先生にいーっぱいお弁当を作ってきたの! たくさん食べてネ」
「あ、ああ、どうもありがとう」
 ウルフィナは満面の笑みを浮かべて、手作りの弁当を広げ始める。
 なおウルフィナの作る料理は、おそろしくマズい。もっとも自分では、それに気づいていないのだが。
「先生、はい、あ〜ん」
 ウルフィナは笑顔で、箸ではさんだタコさんウィンナーを砕音の前に出す。砕音は後ずさる。周囲の生徒の目が気になるようだ。
「ま、待て。それはイカンだろ。この状況で」
「もう恥ずかしがり屋さんなんだから。せっかく外でお弁当なんだから、気にしないで! あ〜ん」
 ウィンナーを構えて笑顔でにじりよるウルフィナ。
 砕音はごまかすために、手近にあったウルフィナの弁当を手に取り、勢いこんでかきこんだ。しかし、それはとてもマズイ。のだが。
「アフリカの辺境で食べたレーションを、より刺激的にした味がするよ」
 砕音は舌馬鹿だった……。
 ウルフィナはその言葉を、どういう訳か褒め言葉だと受け取る。
「きゃ〜、嬉しい! あたしの料理をもりもり男らしく食べてくれたのは先生が始めてだよ! みんな『くそマズイ』とかヒドイこと言うけど、やっぱり愛の力は人を素直にさせるのかしら〜」
 ウルフィナは頬を赤らめ、一人で盛り上がっている。
 そこへ食い逃げ(?)を追いかけて行った筐子が戻ってくる。
「ああっ?! ワタシも先生にお弁当作ってきたのに?! 先生、ワタシのも貰って下さい」
 筐子は身体をくの字に曲げ、思いっきり腕を伸ばした先には可愛いピンクの包み。
「あ、ありがとう」
 砕音は渡されるままに包みを受け取る。
 筐子の弁当は、ちゃんとした人間の食事だ。7種の具が入った特別製弁当である。デザートの真っ赤なゼリーは、少しだけ硬めになってしまったが。
 その弁当をウルフィナの弁当と同じように食べるあたり、砕音は本当に味の違いが分からないようだ。
 筐子はリコに手渡された、みたらし団子を砕音に差し出す。
「それから、これ。リコちゃんが先生にって」
「おお。ゼリーと一緒に、デザートでもらうよ」
 そのやり取りにウルフィナは危機感を抱く。
(ダメよ! リコちゃんや筐子ちゃんには負けてられないんだから!)
「せんせ〜い! あたしのお弁当ももっと食べて」
 などと言いながら砕音にぎゅっと抱きつくと、それを自分の携帯カメラで写す。そのツーショット写真は、さっそくリコに送信した。
 直後にリコから電話がかかってくる。
「△★〒■※♯?!!!」
 何か言語になっていないわめき声が聞こえたが、ウルフィナは笑顔で電話を切った。
「ん? 誰かから電話か?」
「間違い電話だったみたーい☆」


 実習に来た生徒たちは、存分に手作り弁当を楽しんだ。そして、乙女の手作り弁当お届け隊の面々に礼を言って、薔薇の学舎に戻っていく。
 なお弁当対決は、筐子が料金を取ったのが響いたのか、一部に熱心な和食ファンがいたからか、水神樹に軍配があがった。
 筐子のパートナー、剣の花嫁アイリス・ウォーカー(あいりす・うぉーかー)は、弥十郎が薔薇の学舎から借り出したテントや調理器具を、丁寧に片付けて荷造りする。
 アイリスも料理を作りたかったのか、片付けながら少々、納得いかない様子で言う。
「私の料理だって捨てたもんじゃないと思いますが……、文化の違いなのでしょうか?」 筐子は意味ありげに笑う。
「いやいや、お姉ちゃんの料理は、次元を超えた芸術なんだよぉ。気にしない、気にしない」
 そんな事を楽しげに話しながら、二人は手分けして後片付けを進めた。


 その頃、ウルフィナのパートナーである蒼空学園の剣崎誠(けんざき・まこと)はイエニチェリのルドルフ・メンデルスゾーンにかけあって、砕音のイジメ問題で穏便に話を済ませられるよう、いざとなったら仲裁して欲しい、と頼んでいた。
 本来は教師である砕音や薔薇の学舎生徒たちが自身でどうにかすべき問題だが、事件に発展するようならば割って入ろう、との約束は得ていた。
 誠はそもそも
「俺は、こんな魑魅魍魎の巣窟に近寄りたくはないんだがな……」
 と愚痴っていたほどだが、ウルフィナから
「協力してくんないと、もうマコちゃんには光条兵器使わせたげないもん!」
 と言われ、不本意ながら研修に参加して、砕音の警護にあたっていた。


 ダンジョン実習のあった翌日。薔薇の学舎の校門の前。
 イルミンスール魔法学園生徒リカ・ティンバーレイク(りか・てぃんばーれいく)と、蒼空学園のベア・ヘルロット(べあ・へるろっと)のパートナーマナ・ファクトリ(まな・ふぁくとり)が人待ち顔で立っていた。
「マナさん、そろそろ休み時間になりますよ」
 リカが時計を見て教えると、マナは微笑みを返す。
 二人は男装し、書類を偽造して薔薇の学舎に入ろうとしたのだが、実際の性別も外見性別も女性では、さすがに女性だとバレてしまった。
 学舎生徒の間では
「美少女!(マナ)が彼氏(ベア)を心配して、男装してまで薔薇の学舎内についてこようとした」
 との噂が立ち、その事でベアはさんざん冷やかされていた。
 学舎生徒でも、恋愛対象が女性なのに周囲が男ばかり、という生徒にとってベアは「ムカつくぐらいに」うらやましいのだろう。
 事情はともかく、女性の二人は学舎内に入る事は認められず、そうして門の前で人待ちすることになっていた。
 やがて学舎では授業が終わり、休み時間を迎える。
 校舎から、ベアと砕音が出てくる。
 薔薇の学舎敷地内が全面禁煙のため、愛煙家の砕音は休み時間になると校門の外までタバコを吸いに出てくる。
 ベアは彼をイジメから守るために同行しているが、周囲からは完全にマナに会うためだと見られていた。
「何も門の前でずっと待ってなくていいんだよ?」
 ベアがマナを気遣うと、砕音がニヤニヤ笑いながら言う。
「いとしの彼氏が心配なんだろう? いーねー、若い人は。ヒューヒュー」
 ひやかしながらタバコに火をつけ、風下にまわる。
 ベアは言い返した。
「若いって……先生と自分は1歳しか違わないよ」
「俺、もう恋愛ごとには関わらないって決めたから、そっち方面、終わってる」
 するとリカが真面目な顔で砕音に聞いた。
「それは、これから女生徒には手を出さない、という宣言だと思っていいですか?」
「宣言も何も、教師がそんな事したらイカンでしょ」
 砕音は当然のように答える。マナがそっと彼の表情を見ながら言う。
「そうだよね。そんな事したら先生、クビになっちゃうもんね」
 砕音は、三人が彼の言葉に注意を払っているのに気づいた風もなく、多少冗談めかした調子でマナに答える。
「うん。せっかく蒼空学園に就職できたんだし、そんなアホな事でクビになってたまるかって」
 休み時間は短い。そんな事を話しているうちに、砕音とベアが教室に戻る時刻になった。
 リカとマナに別れを告げ、二人は足早に校舎に戻る。
 階段を上りながら、ベアは先程、聞きとがめた事を砕音に聞いた。
「先生、もう恋愛ごとに関わらないって決めたって、まさか何かやらかした、その反省でとか……?」
 砕音は足を止め、ベアの顔を見た。そして言いにくそうに視線を落として言った。
「……ああ」
「!!」
 ベアは思わず砕音の肩を捕まえてしまう。蒼空学園生徒のベアにとっては、やはりショックだ。
「まさか、あの噂は本当だったのかい?! 女子高生に手を出してるって」
 しかしベアのその言葉に、砕音はぽかんとする。
「女子高生? うーん。俺が教師だから、そういう解釈になるのか。まだパラミタに来る前、アフリカでNGOやってた時の話だよ」
 砕音は教師になる前はNGOに所属して、アフリカ諸国で学校を建てたり、給食や浄水器に関わる仕事をしていたそうだ。
「実は、アフリカで女生徒に手を出してたってオチは無いよね?」
 そう聞くベアの生真面目な様子に砕音は思わず笑ってしまうが、不謹慎だと気づいたのか表情を正す。
「ないない。……相手は援助先の学校に来てた別のNGOの先生と、当時のパートナーだしね。まあ、要は俺の浮気が原因で……取り返しのつかない事になったから」
 砕音は自嘲の笑みを浮かべる。
 ベアは彼の答えに、安心する以上に、なぜか不安を感じた。戦場の勘だろうか。
 その時、授業開始を告げるベルが響く。
「やべっ。急ごう」
「あ、ああ。妙な事を聞いて、悪かったね」
 二人は大急ぎで教室へと向かった。