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失われた光を求めて(第1回/全2回)

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失われた光を求めて(第1回/全2回)

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●序章 遺跡へ向けて出発する者たち

「皆、よく集まってくれた。今ここに居る君たちは、性別、種族、クラス、それらに関係なく等しく『アインスト』の一員だ。これから向かうのは我々にとって未知の領域である故、危険も伴うだろう。だが恐れることなく、協力し合いながら任務を遂行してほしい」
「皆さん、気をつけて下さいね。……カイン先生、先生はボクがお護りいたします」
 今回の調査のために集まった者たちへ、カイン・ハルティスとそのパートナー、守護天使のパム・クロッセが声をかける。 
「フッ、頼もしいねパム君。それじゃ、存分に護ってくれるかな」
「先生……はいっ! ボク、頑張ります!」
 カインの言葉に瞳を輝かせて、パムが上機嫌で歩を進めていく。そしてカインの先導で、一行は今回の調査地『颯爽の森』へと出発することになった。

 その頃、校長室では。
「調査隊の者共が出発したようじゃ」
 一部始終を、目の前に浮かび上がる水晶から眺めていたアーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)が、玉座に腰掛けるエリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)へ報告する。
「そうですかぁ。……さぁて、なぁにが出てくるでしょうねぇ〜」
 エリザベートの不敵に満ちた笑みが、室内に木霊する……。

●1章 颯爽の森

 颯爽の森の入り口に辿り着いた一行は、それぞれの目的ごとに小集団を作り、別れていった。
 颯爽の森、そしてその奥にあるとされる『ウィール遺跡』の調査は、事前にグループを組むことを申請した者たちが別働隊、それ以外の者たちがカインとパムと本隊を組んで行われることになった。
 カインに『ツバスト』の名を与えられた別働隊が、森の調査を始める。
 
「蔦が凄いね……どうやったらこんなに発生して絡み合うんだろう」
「きっと自然にできたものじゃないよね。この奥にあるっていう遺跡に着けば、その謎が分かるのかな」
 木々の間を幾重にも絡み合う蔦を刈りながら、遠野 歌菜(とおの・かな)陽神 光(ひのかみ・ひかる)のペアが森の中を進んでいく。
「最初は暗くてちょっと怖かったけど、こうやって蔦を刈りながら進むのって楽しいかも♪」
 歌菜が、鼻歌混じりで上機嫌に次々と蔦を刈っていく
「遠野さん、あまり急いで進むと危ないわ。足元にだって蔦はある――」
「きゃっ!」
 光の忠告は一足遅く、歌菜が足元に伸びた蔦に足を取られて転ぶ。起き上がろうにも自身の装備の重さと、苔むした地面に手こずっている。
「大丈夫? ほら、つかまって」
 光の伸ばした手を歌菜が掴み、ようやく立ち上がることができた。
「あ、ありがとうございます。……ごめんなさい、仲間を護るのが騎士の務めなのに、逆に助けられる格好になってしまって」
「いいのよ、気にしないで。同じチームなんだから、助け合っていきましょう」
「……はい!」
 光の言葉に歌菜が笑顔を浮かべて、そして二人は森の中を進んでいく。すると、大きな樹を境にして二つの空間が続く場所に出た。
「今はこの辺りかしら……? ここからどうしましょうか?」
 地図に視線を落としながら、歌菜が尋ねる。
「ここから無闇に進むのは危険ね。後続を待ちましょう。遠野さん、連絡お願いしていい?」
「はい、分かりました」
 歌菜が後続の者たちへ連絡を取る横で、光は目の前にそびえる巨木を見上げて感嘆のため息をつく。
「大きな樹ね……まるで天に届くようだわ」

「さて……光はちゃんとやっているかしら?」
「順調に進んでいるみたいですね。刈った後以外は特に荒れている形跡もありませんし、危険をもたらす生物はまだ現れていないようです」
 同じ頃、光と歌菜の後ろを進むレティナ・エンペリウス(れてぃな・えんぺりうす)ガートナ・トライストル(がーとな・とらいすとる)が、目印になるようにと刈られた蔦をちょうどガイドになるように木々の間に結び、その所々に目立つ色のリボンをくくりつけていた。
「ここでもしコボルドが襲ってきたら、厄介なことになるわね」
「そうですね、ペアが別々に動いていますからね。この刺激臭が、コボルドに効くといいんですが」
 ガートナが、草葉に包んだピンポン玉サイズの赤い球体を放っていく。人間でも鼻をしかめる唐辛子をふんだんに混ぜた団子が、コボルドにどれだけの効力を発揮するかは未知数ではあるが、一定の効果は期待できると踏んでの行動であった。
「ともかく、情報をこまめにやり取りしながら、進んで行きましょう」
「ええ、私も現時点での情報を、送信しておきます」
 作業を進めながら、二人は暗い森の中を進んでいく。

「テント、一人で持って大丈夫ですか? あの、持ちましょうか?」
「大丈夫だ、フロイライン・愛沢。この私に気安く声をかけないでもらおう」
「なっ!? そんな言い方ってないだろ! そりゃ俺は女であんたは男だけど、それでもできることはあんたと対して変わらないはずだ! ……あっ、ごめんなさい、言い過ぎました」
「……ふむ、そこまで言うなら、これとこれを持ってもらおうか」
 不慣れな足場の中、巨大な荷物を抱えていたエリオット・グライアス(えりおっと・ぐらいあす)が足を止め、横を歩いていた愛沢 ミサ(あいざわ・みさ)へいくつか荷物を渡していく。
「よっ……ととと! こ、これ、案外重いな……」
「無理しなくてもいいのだぞ、フロイライン・愛沢。持てないなら私が持つだけだからな」
「俺を舐めんなよ! 後そのフロイラインってのうざったいな、何か別の呼び方ないのか?」
「……ふむ。と言われても、今までこう呼んできたのでな」
「か〜! やりにくいなあんた!」
 そんな会話を交わしながら、レティナとガートナがつけたガイドに沿って歩いていく二人。
「なあ……あんたは、どうしてこの森がこうなったって思う?」
「それはこの森を抜けて、遺跡に辿り着いてみないことには分からないな。遺跡の発光現象の後にこのような現象が発生したのだから、遺跡で起きた事象がこの森にも影響を与えているのは自明の理。ならば遺跡を調査することで、この森の異変についても分かると判断したまでだ」
「あんた面白くねえな……もうちっとこう、自然の力を操る精霊がどうのこうのとか、思うなりしてみたら――」
 ミサの言葉に、しかしエリオットは言葉を返さず、立ち止まって辺りの気配を伺っている。
「……どうした?」
「……分からない。分からないが、何か異質な気配を感じる。急ぐぞ、フロイライン・愛沢。このまま進めば、先行した者たちと合流できるはずだ」
「お、おう! 何だか知らないが、急げばいいんだな?」
 何かに気付いたらしいエリオットが足を速め、ミサがそれに続く。やがて視界の向こうに巨木と、その根元で休息を取る数名が映った瞬間。

 ゴオオオオオオオ!!
 
 森に不釣合いなほどの風が舞い吹き、彼らを包み込んでいく……。

「先行隊は森の中央辺り、巨木の前で一旦待機して合流を図るようです。ガートナから連絡がありました」
「こっちも歌菜から連絡あったぜ。どうやら四人一緒にいるみてえだな」
「エリオットも、その後ろから向かっているのかな? あとリカさんも行ってるはずだから、七人になるね!」
 その少し前、先行隊の後方で情報の整理と収集を行っている『情報隊』の面々、島村 幸(しまむら・さち)ブラッドレイ・チェンバース(ぶらっどれい・ちぇんばーす)メリエル・ウェインレイド(めりえる・うぇいんれいど)がおのおの得た情報を報告し合っていた。
「ウィール遺跡……外観は木の柱に、幾重にも絡み合った蔦、天井を覆う深緑の葉、ですか。発光現象から位置はこの辺りと特定されていますが、それ以外の情報はいくら調べても出てきませんでした」
「遺跡そのものの資料も、ほとんどなかったよね。少女のこととか、『風の力』のこととか、それが遺跡と関係しているのとか、ぜ〜んぜん分かんないや」
「カイン先生に聞いても「私にも不明な点が多く、君たちに話せることはごく僅かだ」だもんなあ。一体この森の先には何があるっていうんだ?」
「それを突き止めるのが、私たちの仕事でしょう。……さて、先行した者たちが全員合流したのを確認して、私たちも向かいましょう。その後これからの方針を決定――」
 幸の言葉を遮って、メリエルの携帯が着信を知らせる。
「あ、リカさんからだ。……はいは〜い、どうしたの? ……え? ……ゴメン、もう少し詳しく説明してくれる?」
 電話を取ったメリエルの表情が、瞬時に険しいものになる。
「僕が、つけられた目印の通りに歩いていったら、その先の巨大な樹の前でみんなが、意識を失っていたんです。持ち物などは盗られていないようですし、みんなに外傷などは見られないので、コボルドや野賊に襲われたのとは違うようなんですが……」
 携帯電話を片手に、食料などを満載したザックを背負ったリカ・ティンバーレイク(りか・てぃんばーれいく)が、自らの周りで起きた事象を報告する。リカの周りは不自然なほどに木々や蔦がなぎ倒され、しかもその根元が全て巨木のそびえる方角を向いていた。まるで、巨木が不思議な力で周りの木々をなぎ倒したかのような光景の中、伏せていた面々の一人が呻き声を上げる。
「! まだ意識のある人がいるようです。すみません、後でもう一度かけ直します」
 携帯電話を離して、リカがその人の傍へ駆け寄っていく。
「大丈夫ですか!? 何があったんですか!?」
「う……私にも、分からない……巨木を見上げていたら、そこに人の姿が見えて、そしたら急に突風が吹いてきて……」
(人の姿に突風……その見たという人が、突風を起こした? それは何のため? ……考えても分からないわね。情報隊のみんなに報告しなくちゃ)
 倒れていた人を介抱しながら携帯電話を構えたリカ、しかし次の瞬間、その人が一点を指差して声をあげる。
「ほら、あれ! あれが見えて、そして……」
「えっ!?」
 つられて見上げたリカは、確かに枝の間を飛び回る人影を見た。そして、耳をつんざくように響く轟音と、けたたましく吹き抜ける風を感じたのを最後に、彼女の意識はそこで途切れた。
「リカさん!? 応答して下さい、リカさん!」
 メリエルが携帯電話に必死に話しかけるが、既にそれは一切の音を返してこなかった。彼女の耳に最後に届いたのは、巨木の合間を飛び回る人影の存在を伝える言葉。
「ど、どうするよ!? ああ歌菜、怪我してなきゃいーけど! 俺心配だから向かっていいか!?」
「待って。状況が分からない今、私たちが向かっても危険に身を晒すことになりかねないわ。ここはカイン先生のチームに連絡を取り、しかるべき処置を受けましょう。連絡、お願いできるかしら?」
「は、はい!」
 メリエルが携帯電話を操作するのを見遣って、幸がため息をつく。
「一体、何が起きているというの……?」

●その頃、本隊では

「……何!? 別働隊が襲われた!?」
「はいっ……メリエルさんの報告では、先行した方々が何者かに襲撃を受け、行動不能に陥っているとのことです。確認しにいこうにも状況が掴めないため、どうしていいか戸惑っているそうです。……カイン先生、どうしましょう?」
 別働隊『ツバスト』の緊急事態は、パムの口からカインの知るところとなった。
「……このような事態になるとは、想定外のこととはいえ私の失態だ。すぐにでも助けに向かいたいところだが、襲撃した何者かが未だ森の中に潜んでいる可能性がある以上、我々にも危険が迫っているか……パム君、このことは各方面に通達してくれ。救出には他の者たちの力を借りる必要があるだろうから」
「わ、分かりました!」
 パムが携帯電話を操作するのを見遣り、カインが声をあげる。
「皆、緊急事態が発生した。別働隊を襲撃した何者かが不明で、居場所も分からない今、ここに留まるのは危険だ。よって我々は一刻も早くこの森を抜け、遺跡に辿り着く必要がある。皆、より一層気を引き締め、事に当たって欲しい!」
 熱弁をふるうカインの横で、カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)がカインの言葉を一字一句ノートに書き起こしていた。ノートにはカインの言葉の他、彼女がこれまで調べてきたアレコレが事細かに書かれている。
(冒険には予測できない事態がつきもの! さあ、面白くなってきたわね。これからどんな予測不能な事態が起きるのか、そしてカイン先生はどんな反応を示してくださるのか……ああ、楽しみだわ)
「おやおや、随分と面倒なことになってきましたねえ。……おや、何を書いていらっしゃるのですか?」
 欠伸をかみ殺して、やってきたルキ・ウエストテイル(るき・うえすとている)がカレンの手元を覗き込む。
「おや、記録をまとめていらっしゃるのですか。懐かしいですね、私も昔は優れた先達の下について、よく記録を取っていました。先達の話が早過ぎて書き切れなかったり、数値を誤って書き起こしてしまい後で大変な目に遭いました。ですが記録を取り続けることで学べたこともたくさんありました。……あの頃は私も勤勉な一学生でした。まあ、今のゆるやかな日々も悪くはないのですが……」
 携帯していた本を手に、過去の情景に思いを馳せながらルキが口を動かしていく。
(もー、別に面白くもない過去話なんて聞きたくないよ! そんなこと言われなくたって、ボク天才だし全部分かってるよ! それに少しでもカイン先生と絡めればボク幸せだし!)
 なおも饒舌に過去の思い出話に耽るルキを、どこか冷めたような視線を向けつつ話半分に聞き流すカレン。
「フン……あの何やら色々と準備していた連中どものことか。構わん、放っておけ。僕らは僕らで遺跡にさっさと向かってしまえばいいではないか」
「ブレイズ、もしブレイズがその人たちの状況になったらどうするつもり?」
「何を言っているのだロージー! 僕がそのような状況に陥るはずがないだろう? まったく、つまらん質問をするな」
「…………」
 尊大な態度を取るブレイズ・カーマイクル(ぶれいず・かーまいくる)ロージー・テレジア(ろーじー・てれじあ)は押し黙り、しばらくの沈黙の後に再び口を開く。
「そういえばブレイズ、いつもならこうゆうの面倒臭がるのに……珍しい」
「ん? ……フン! 確かに下らん案件ならば無視したが、今回は遺跡の探索があるからな。遺跡といえば宝だ。聖なる杯やらクリスタルの骸骨やらが埋まってるかもしれんだろう?」
 ブレイズは、遺跡の宝に興味があるようだ。
「……それなら、古代のミイラとか悪霊とかが封印されてるかも」
「……………………」
 ロージーの言葉に、ブレイズの足が止まる。どことなく顔は青ざめ、身体が小刻みに震えている。
「ブレイズ、歩きにくい」
「……フン! も、物思いに耽っていただけだ。そんなことでいちいち僕に声をかけるな! 言っておくが、お、怯えているとかそんなことはないからな!」
「……解った」
 再び歩き出すブレイズの後ろを、黙ってついていくロージー。辺りを注意深く見回す回数が多くなっている辺り、ブレイズの言葉に偽りがあるのは明らかであった。

 各方面に連絡を済ませたパムがカインの隣に戻り、彼らを先頭にした本隊は森の中を慎重かつ確実に進んでいく。
「……うん、これでいいね」
 本隊が通ってきた道の木々に目印を取り付けたセイニー・フォーガレット(せいにー・ふぉーがれっと)が、とん、と地面に足を着ける。
「サンキュ、セイ兄の方が背も高いし飛べるからな」
 その間、周囲を警戒していた森崎 駿真(もりさき・しゅんま)が緊張を解いて声をかける。
「周りを見ていてくれてありがとう、駿真。さ、次の場所に向かおうか」
「そうだな。……こうやって、調査隊っていうのに入って、こういうことしてると、冒険してるって気になるよな」
 鬱蒼と茂る苔や蔦を払いながら、セイニーの少し前を行く駿真の声が聞こえてくる。
「そうだね。……別働隊のこと、森やコボルドのこと、悩みの種が尽きないのも、ある意味冒険ゆえなんだろうかね? ともかく早くこの森を抜けたいところだね。駿真も早いこと森を抜けたいようだし、ね」
「な、何言ってんだよセイ兄! ……そりゃあ、この森薄暗くて気味悪いし、さっさと抜けたい気持ちはあるけどさ――」
 瞬間、突風が吹き荒れ、木々の枝葉を揺らしていく。風圧に耐え切れず千切れた枝や葉が、森を進む一行へ襲いかかる。突風はしばらく続き、一行は足を止めることを余儀なくされる。
「駿真、大丈夫!?」
「ああ、大丈夫だ、セイ兄。……今の突風、何だったんだろうな」
「多分今のが、別働隊を襲った何者の仕業なのかな。とても人一人の力で起こせるような物ではないと思うんだけど……」
 なぎ倒された古木を見遣って、セイニーが呟きを漏らす。

(今の風は、魔術を用いて人為的に発生させられたものだろうか。風は木行に属している、おそらく土行に属するであろうコボルドに悪しき影響を与えていると考えるなら、コボルドの暴走にも理由はつけられる。コボルドの回復には火行に属するものが有効だろうが、コボルドをむやみに傷つけるのは好ましくないだろうから、やはり遺跡に向かい、根本的解決を図るのが上策か……)
 吹き荒らされた草木を見遣り、狭山 珠樹(さやま・たまき)が物思いに耽る。その時珠樹の携帯電話が鳴り、耳に当てたそれからはパートナーの新田 実(にった・みのる)の声が聞こえてくる。
『よータマ、そっちはどんな具合よ?』
「いくつか問題が発生していますわ。やはりこの調査、簡単にはいかないようですわね。……みのるん、そちらはどうなのかしら?」
『ええっ!? おいおい大丈夫かよタマ。……どうしよっかな、タマのところに戻るかなー。こっちは結構な人数がいて、そこそこ順調にいってるみたいだぜ。ミーの篝火も役には立ったけど、とりあえずこっちは何とかなりそうだぜ』
「そうですか、それは一安心ですわ。……ではみのるん、みのるんがよければ戻ってきてもらえますか? 事態が不安定な今、一人でも人手は多い方がいいと思いますので」
『オッケー、分かったぜ! ま、行ってみりゃタマの居場所くらい分かんだろ! んじゃな、また後でな!』
 通話の切れた携帯電話を仕舞って、珠樹は上空を見上げる。おそらく曇天の空からは微かな光すらも差し込まず、薄暗い森の中はただ焦燥だけを増幅させるかのように思えた。
(行動計画に随分とズレが出てしまいましたが、ともかく事態収拾が第一ですわ。一度、事前に調べた情報と照らし合わせてみましょう)
 これまでに得た情報を記した書籍をめくる珠樹の表情は、真剣そのものであった。

「ふぅ〜……今の風はちょいヤバかったなあ。大丈夫かセイ、怪我とかしてないか?」
「うん、大丈夫だよ。鋼に抱きついてたから、何も問題なしさっ♪」
 渡辺 鋼(わたなべ・こう)の問いに、ぴったりと身を寄せていたセイ・ラウダ(せい・らうだ)がそのままの格好で応える。
「いや、自分に抱きつくってところが既に問題アリアリな気もするんやけど……まいっか。それにしても何だっていきなりあんな風――」
 呟く鋼の言葉を遮るように、前方の茂みが揺れ、がさがさ、と音が響く。
「うおっ!? ななな何だ、コボルドでも出たっていうのか!?」
 その音にびっくりして、セイがより鋼に密着しながら、前方の茂みへ懐中電灯の灯りを向ければ。
「む、驚かせてしまったか。すまない、そんなつもりではなかったのだ。どうか落ち着いてはくれないか」
 茂みの中から現れたのはコボルドではなく、イリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)であった。
「何だ、驚かせるなよ〜……コボルドだったらどうしようかって思ったぜ……」
 懐中電灯を外して、セイがへなへな、と力を抜くが、それでも鋼からは離れない。
「セイ……いい加減くっつくのは止めにせんか? 何やこう動き辛くて叶わんわぁ」
 鋼が、自らの胸の辺りに身を寄せるセイを少々呆れた目つきで見遣りながら声をかければ、セイが渋々といった様子で身体を離す。
「……二人はいつもそんな感じなのか?」
「そうでーす! 俺と鋼はいつでもラブラブうっ!?」
「勝手に決めんな、変に誤解されたら困るやろっ」
 イリーナの戸惑いながらの問いにセイが答えかけるが、鋼のツッコミがそれを制する。
「ふむ……ならばアレだな、これから二人のことは『禁断の薔薇』と呼ぶことにしよう」
「いやいやいや! それなんかとてもいやらしい響きやから! ぜひとも遠慮したいわ!」
「えー、俺とセイの関係を妙実に表していていい感じじゃん。せっかくつけてくれたんだから使おうぜ、鋼♪」
「絶対お断りやぁ! だからくっつくな言うとるやろぉ!」
 イリーナに勝手にアダ名をつけられ、困惑する鋼とは対照的に、セイは上機嫌で再び鋼に抱きつこうとする。
「……ともかく、このような場所でもたもたしていては、また何か不可思議な事態に巻き込まれるかもしれないぞ」
「そ、そうや! 自分らは風の正体を突き止めにきたんやからな! ……しっかし、一体誰があんな風起こしてんやろ。やっぱこの森には精霊の類がおって、そいつらが気紛れに風を起こしてんやろか」
「ま、それは遺跡に辿り着いてみないと分からないのかもしれないな。イリーナくんどうだろう、ここは俺たちと一緒に行動するのが得策だと思うけど?」
「そうだな……『禁断の薔薇』は私より年上に見えるが、どこか頼りなさげに見えるからな。ここは私がついて『禁断の薔薇』を導いてやるのが最善だな。よかろう、同行しよう」
「はぁ……そのアダ名は、確定なんやな……まあ、もうええわ、好きに呼んだって……」
 一人嘆息する鋼を傍目に、セイとイリーナが先頭に立って道を切り開いていく。

(ふむ……今の風の流れ、それに風から生まれる音……それらから鑑みるに、自然発生によるものでないことは明白だな)
 突風の影響が徐々に薄まっていく本隊の中で、アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)が自らのまとめた結論を書き起こしていく。それが終わると今度は、風でなぎ倒された木々の近くに歩み寄り、そこに伸びていた蔦を一部切り取って観察を始める。
(これが、森の結界下での影響による異常成長か、あるいは魔力により生み出されたものなのか……調べてみる必要があるな)
 しゃがみ込み、簡易検査程度なら可能な実験器具を取り出し、準備を始めるアルツール。一通りの準備を終えたところで、パートナーのエヴァ・ブラッケ(えう゛ぁ・ぶらっけ)が近付いてきて、声をかける。
「これまで本隊が辿ってきた道程とその周囲の地理的状況から、この森の特性を検討してみたわ」
「そうか。……で、何か分かったことはあるか?」
 立ち上がり、エヴァの話に耳を傾けるアルツール。
「この森に生える蔦は、迷宮的でありながら同時に、秩序だった並びをしているわ。かといって暴走無秩序的に伸びているわけでもない。……ここからは私の推測ですが、まるで二つの力がぶつかり合って影響を及ぼし合っているように思えるわ」
「二つの力がぶつかり合っている……それはつまり、この森には二つの力の源があって、それらが敵対するように力を及ぼしあっているというのか……?」
 呟いたアルツールの耳に、機器の微かな音色が届く。機器の示す結果を見て、アルツールの表情にどこか確信めいたものが浮かぶ。
「……どうやら、君の意見は的を得ているようだ。この場には二つの魔力らしきものが混在している。一つは先程から俺たちの邪魔をしてくれる者のだろうが、もう一つはさて――」
 そこに、高らかな笑い声が響いた。次の瞬間、再び突風が彼らを襲う。

「くっ……! もう少しで森を抜けるはずだが、最後の抵抗といったところかな! どうしても私たちを遺跡に向かわせたくないと見える!」
 突風に飛ばされないよう全身に力を込めながら、カインがこの風をもたらした何者かに苦言を呈する。カインの前ではパムが、シールドを展開してある程度の影響を防いでいるが、それでも容赦なく風は一行を襲う。
「君たちも、飛ばされないよう気をつけたまえよ?」
「お、おう! ぐおお……一体どうしてこんな風が吹くんだよ。異変には必ず何がしかの原因があるって話だけど、一体何が何の目的でこんなことしてんだよ」
「それも全部、遺跡に行けば分かることなんじゃないって、わわわっ!?」
 カインとパムの後ろを付いてきていた月白 修也(つきしろ・しゅうや)風滝 穂波(かざたき・ほなみ)、穂波が足を取られ後方に転げそうになるのを、カインの手が穂波の手を掴んで阻止する。
「この蔦を握っているといい。そう簡単には千切れないようにできている」
「あ、ありがとうございますっ」
 それからしばらく風は吹き荒れるが、やがてぴたり、と風が止む。扇風機のスイッチを切ったかのような唐突ぶりに動揺が走るが、行進するのは今をおいて他にはない。カイン率いる本隊の一行はここぞとばかりに着々と探索を進め、やがて視界の向こうに開けた空間の存在を確認する。
「よっしゃ、あの向こうに遺跡があるんだな!」
「やっと着いたのね……カイン先生、ウィール遺跡の歴史や伝説などは、本当に残されていないの?」
 修也が一歩先に駆け出す後ろで、穂波の問いにカインは顎に手を当てて考える仕草を見せる。
「……残されていない、というのは間違いだ。正確には、残されているがその内容が判読できないのだ。どうやらこの地にはかつて巨大な王国があったことは判明しているのだが、何分昔の話でね。……それに私は、どうも何か得体の知れない力が、この地には存在しているのではないかと考えるのだ」
「それって……何なのさ?」
「さあ、それは私にも分からない、の一言だ。だからこそ、こうして調査隊を結成して解明に努めているわけだよ」
 カインが見上げた先には、巨木を積み上げた隙間を蔦が絡み合い、微かに覗く天井には一面の葉緑に覆われた建築物らしき物体が映し出される。
「ここがウィール遺跡だ。パム、各方面と連絡は取れるかな?」
「はいっ、大丈夫ですっ」
「ならば、遺跡を発見したこととその位置を伝えてくれ。……皆の者、まずはお疲れ様、と言っておこうか。これからしばらく休憩を取った後、周囲の安全確保及び可能な限り別働隊の救出活動を行う。それまで解散だ」
 カインの言葉で皆が何事かを呟きながら散っていく。
(さて、ここに何が隠されているのか……)
 カインの問いに、遺跡はただ佇むのみであった。