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リアクション
学生食堂での捕獲作戦
学生食堂は、セルフサービス方式で、オープンウィンドウ形式の厨房と、白いテーブルクロスがかけられた上品な大小の丸テーブルがいくつもある広い場所であった。
「おばちゃーん、おかわりー!」
まだなにも知らない佐伯 梓(さえき・あずさ)は黙々とご飯を食べていたが、脅威はじわじわと食堂全体で姿を現しつつあったのだった。
「さあ、ここが俺たちの戦場だ。そろそろこの時期だと思って待機する毎日だったが、ついにこの日がやってきたぞ。いいか、なんとしてもスライムを捕獲して、今後の研究と、むふふの人体実験を邁進させるのだ!」
食堂の隅に集合した【スライム捕獲部隊】のメンバーを前に、風紀委員にばれぬように気をつけながら、神名 祐太(かみな・ゆうた)が隊員たちを鼓舞した。
「おー」
七人のいろいろな意味での猛者たちが片手を突き上げて唱和する。
ぴちゃっ。
「よーし、とりあえず箒で飛び回って、スライムの数を適当に減らしてから……」
箒を手に行動を開始しようとした周藤 鈴花(すどう・れいか)が、途中で言葉を切った。どうしたのかと不安を覚えた他の隊員の方を、クルリと振り返る。その顔が、死人のように青ざめていた。いや、プラチナブロンドのポニーテールまでもが、コバルトブルーに鈍く輝いて見える。
「あたし……、これか……ら、がんばるん……だよ……ね」
ばったりとあおむけに倒れた鈴花の身体から、青いスライムがずるずると離れていく。後には、大の字に倒れた下着姿の鈴花の身体が残された。
【スライム捕獲部隊】の面々は、一斉に恐怖した。まずは、速攻でこちらが数を一つ減らされたのである。スライム、恐るべし。
「おおっ、これは予想以上の巨乳……おっと!」
思わず鈴花の肢体に見とれたヴェッセル・ハーミットフィールド(う゛ぇっせる・はーみっとふぃーるど)に、彼女を倒したスライムが襲いかかってきた。体勢を崩して尻餅をつきながらも、なんとか火術で撃退する。
「なんということだ、早くも同志を一人失うとは……」
神名は握り拳を作って、天井を仰ぎ見て涙した。その天井には、点々とスライムがはりついている。全員の顔が引きつった。
「総員、いったん下がれ!」
「カノン、こっちにきて!」
水神 樹(みなかみ・いつき)は、そばの食卓からテーブルクロスを引き剥がすと、素早く鈴花にかけて下心見え見えの野郎どもと少女の視線から守った。もちろん、自分だけはしっかりと鑑賞することを忘れない。
この集団に参加していないカノン・コート(かのん・こーと)が、わけも分からずやってくる。
「何があったんだ!?」
いきなりテーブルクロスにつつまれた半裸の女性を突きつけられて、さすがにカノンがちょっと狼狽した。その動揺を表すように、彼のあほ毛がびくびくと震えた。
「とりあえず、あそこに風紀委員がきたからあの人たちに……あっ」
言いながら、水神が唖然とした。
食堂に到着したばかりの風紀委員たちが、床にいたスライムたちを火術で倒し始めたと思うまもなく、鈴花同様、天井から奇襲を受けていきなり全滅したのである。
「とにかく、通路かどこかへ彼女を運ぶの」
急きたてられて、カノンは鈴花をだきあげて走りだした。
「こんなに便利なスライムを我が物にできれば……ふ……ふふふ……」
運ばれていく鈴花を目で追いながら、ファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)がつぶやいた。そこへ、スライムが這いよってくる。
「ファタ、足許であります!」
パートナーのジェーン・ドゥ(じぇーん・どぅ)に声をかけられ、ファタはあわてて後ろに飛び退いた。うっかり美少女の裸に気を取られて、自分も同じ目に遭うところだった。
「いきなり、ぴーんちじゃのう。しかたない、おぬし、囮になれ」
這いよってきたスライムをしかたなく倒してから、ファタはジェーンに言った。
「お、囮でありますか!?」
白い髪に褐色の肌の少女機晶姫が聞き返した。あまりごてごてした装甲を持たず、ボディは女性らしいラインを強調したスーツ姿のジェーンは、多少素早くは動けるだろう。だが、物理攻撃しか方法を持たないのでは、いざというときに身を守るのは不可能だ。
「しのごの言わずに、働くのじゃ」
「ひーん」
ファタの有無をも言わせぬ命令に、ジェーンが縮みあがった。そこへ、新たなスライムが這いよってくる。
「モンスターめ、このジェーン・ドゥが相手であります」
諦めてファイティングポーズをとるジェーンに、スライムがターゲットを定めた。
「危ない!」
ヴェッセルが、火術でジェーンを援護した。
「ありがとうであります!」
ぺこりと、ジェーンはお辞儀をした。
「とりあえず、捕獲するための瓶を手に入れないと」
神名は、瓶を探して走りだした。
「よし、俺は予定通り案山子を作るぜ」
「おう、俺も手伝うぜ。この服と箒も使ってくれ」
安全そうな所まで下がって、七尾 蒼也(ななお・そうや)が服を脱ぎ始めた。それを見て、譲葉 大和(ゆずりは・やまと)が勢いよく制服を脱ぎ捨ててトランクス一丁の姿になる。
「何でしょう、この胸の高鳴りは……。服を脱いだと言うだけでこれほどの自由が得られるものでしょうか?」
股間にM、尻にSとプリントされたトランクス姿の自分にうっとりしながら、大和が言った。
「どうです、君も同じ姿に」
「えっ?」
いそいそと違う服に着替えようとしていた七尾は、大和にガッチリと両肩をつかまれてちょっとフリーズした。
「一緒に、自由を謳歌しましょう。フリーダム。この高揚感こそが、スライムに対抗できる唯一の手段なのです」
「おい、口調からなんか変わっちゃってるぞ」
ぐいと顔を近づけられて、七尾は顔を引きつらせた。
「フリーダム!!」
「うっ……、そ、そうなのか!? フ、フリーダム……」
なし崩しに洗脳されて、七尾もトランクス一丁の姿に。そのトランクスには、ワンポイントでゲームキャラの女の子が描かれていた。
これでいいのかと悩む七尾は、自分たちに近づいてくるスライムに気づいた。鈴花の二の舞はごめんだ。躊躇なく、七尾は火術でスライムを倒した。
「すばらしい、それこそがこの姿の真の力だ」
大和が力説する。
「そうか、そうなのか……!?」
七尾は、自嘲気味に言った。
☆ ☆ ☆
「いきますよ、カノン」
「はっ」
キュッと頭に白い鉢巻きを締めると、水神樹がパートナーを呼んだ。彼女の左後方にいたカノン・コートがすっと片膝をついて左手をさしだした。その手を軽くつかむと、樹はすらりと光輝く刀身を持つ片手剣を引き抜き、ヒュンと空を切るように振るった。
クンと切っ先を返すと、一歩踏み出して、眼前に迫っていたスライムを一刀両断にして消滅させる。
「これから、囮になって、みんなの捕獲作戦がうまくいくようにサポートしますからついてきなさい」
水神の言葉に、カノンは静かにうなづいた。自分が戦いの役にたつとは到底思えないが、盾の一つぐらいにはなれるだろう。
☆ ☆ ☆
「これでも喰らえ、ファイヤー・ボルト!!」
本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)は、食堂に着くなり、即座に全力戦闘を開始した。
「えへへ、やったね、おにいちゃん」
テーブルクロスをかかえたクレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)が、自分が倒したかのように喜ぶ。その目に、本郷の後ろから近づくスライムの姿が映った。
「あっ、危ない!」
持っていたテーブルクロスを広げると、クレアはバーストダッシュで飛び出した。まさに本郷に飛びかかろうとしていたスライムを、間一髪テーブルクロスでつつみ込む。ジャンプした勢いを失って、スライムが床に落ちた。素早くテーブルクロスの裾をつかむと、くるくると身体ごと回転してそれを遠くへ放り飛ばす。
「おにいちゃん、後ろは任せてね」
まだあどけない顔で、クレアが自信を込めて言った。
「助かったぜ、クレア」
本郷が、礼を言うためにクルリと振り返った。
「ああ、私のいない方に背中むけちゃダメ!」
クレアが叫んだが遅かった。別のスライムが、本郷の一瞬の隙を突いて彼に覆い被さった。
「もう、おにいちゃんったらあ」
スライムからペッと吐き出されたパンツ一丁の本郷をテーブルクロスでつつむと、クレアはその端をつかんでずるずると引きずったまま逃げだした。
「うんしょ、うんしょ……。ここまでくれば大丈夫かなあ」
なんとか、食堂の外の通路まで本郷を運び出すと、クレアはほっと一息ついた。
☆ ☆ ☆
「さあ、詩織、頑張ってる姿をあたしに見せてちょうだいね♪ こんな破廉恥な敵、あんたも放ってはおけないでしょ? ああ、あたしは後ろで見守ってるから安心していいわよ」
御影 小夜子(みかげ・さよこ)の応援とも命令ともつかない言葉を受けて、高瀬 詩織(たかせ・しおり)はずりずりと前に出た。
「分かってますって」
無難に火術を使って、詩織が目についたスライムを倒す。
「さあ、頑張って」
「小夜子ったら、どうして楽しそうなんですか……。うう、分かってますよぅ……。頑張って少しでも多くのスライムを倒して見せますから」
詩織は、さらに一匹スライムを倒した。
「あんまりおしゃべりしていると危ないわよ。ほら、前、前!」
「きゃっ」
小夜子に注意されて、詩織は危ないところで床から飛びかかってきたスライムを避けた。やれやれと、乱れた金髪のツインテールをちょっとなおす。
「まだ気を抜いてはダメよ」
「えっ!?」
間髪入れず、小夜子の注意が飛んだ。だが、そんなに連続して襲われるとは思ってもいなかったので、今度は避ける暇がなかった。
「うううっ、ぎもぢわるい……」
天井から襲いかかってきたスライムにぬとぬとにされながら、詩織が倒れた。
「だから言わんこっちゃない」
安全な距離に離れた場所から、小夜子が大声で言った。
「しっしっ!」
詩織の上でのたくり回るスライムを、小夜子が遠くから追い払った。いや、別に小夜子から逃げたのではなく、詩織の魔力を吸って満足したから移動したのだろう。
「あらあら、予想通りのあられもない姿に……」
唇に軽く指先をあてて、小夜子が忍び笑いを漏らした。
今日あることを予想して、先日詩織にプレゼントした下着が役にたってくれたようだ。ザンスカールの高級ランジェリーショップで手に入れた下着は、ブラもショーツも、美しいレースがふんだんに使われていた高級品だ。もっとも、すべて魔糸のレースだから高価だったのだが。予想通り、スライムにのたくられた結果、詩織の下着は影も形もなくなっている。ほとんど完全なすっぽんぽん状態だ。
「堪能させてもらいました。ごちそうさま」
小夜子は詩織にテーブルクロスをかけると、よいしょっとだきあげた。その拍子に、豊かな詩織のバストがたゆんとクロスからはみ出したので、あわててしまいなおす。
「さあ、急いで帰りましょう。意識を取り戻さないうちに。そして、むふふふふ……」
小夜子は、詩織をかかえると嬉しそうに食堂から逃げだしていった。
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