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魔法スライム駆除作戦

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魔法スライム駆除作戦

リアクション

 
    ☆    ☆    ☆
 
「縮んでしまうのじゃ」
 エレミア・ファフニール(えれみあ・ふぁふにーる)が、岩塩をスライムたちにぶちまけた。
 大丈夫、跳ね返した、とばかりに、スライムの表面で溶けて水分を奪う前に、岩塩がスライムの表面を転がり落ちていく。ほとんど効果がない。
「セト、やっぱりこの作戦、アホ……はうぅ」
 振り返ってセトに文句を言ったエレミアの背中に、びちゃりとスライムがはりついた。制服が勢いよく弾けて、下に着ていたタンクトップビキニの水着が顕わになる。後で大浴場に行こうと思って着ていたのが幸いした。
「うおおぉぉ……、おこちゃまの水着!」
 大股開いてつるんとひっくり返るエレミアのかわいい姿に、ヴェッセル・ハーミットフィールドが思わず持っていたバケツを床に落としてガン見する。だが、直後に、彼もその後を追うこととなった。油断大敵である。ヴェッセルの身体を這い回りながら、スライムの一匹がバケツの中に入り込む。
「よくも、ミアを!」
 すっぽんぽんになったヴェッセルは意図的に無視して、怒りに駆られたセトが即席の火炎瓶をスライムたちに投げつけた。予想もしなかったことに、それが菫の撒いた油に引火して、一気に炎が燃えあがった。六匹ほどのスライムが、あっという間に灰になる。
「うおおお、次々に同志たちが……。それより、この火事はなんなんだ!」
 叫びながら厨房にむかう神名に、火に追われたスライムたちが殺到した。あっという間に彼の全身をスライムたちが被いつつむ。
「ぐあぁ、こんな所で倒れては……、散っていった仲間たちに顔むけが……」
 ずるりと全裸でスライムの群れから抜け出して、神名がよろよろと冷凍庫の方に進んでいった。なんという煩悩の力。それを結集して驚くほどの意地を見せた神名は、大型冷凍室の扉のレバーに手をかけて力尽きて倒れた。
 しゅうぅぅぅぅ。
 冷気が作る白い煙が、神名の身体の上を通って厨房に流れ込んでくる。
 冷凍庫のドアが開かれた。
「いったい、なんで火事になったのじゃ」
 火とスライムに追い詰められて厨房の方に後退しながら、ファタが叫んだ。
「危ないであります」
 攻撃をしないで囮に徹していたジェーンだったが、ファタの窮地についに我慢ができなくなった。メイスを取り出すと、ファタに迫るスライムを思い切り叩く。
 ぐしゃりという音ともにスライムが粉砕されて飛び散り、一匹が五匹に分裂した。
「馬鹿者、数を増やしてどうするのじゃ」
 さらなる窮地に陥って、ファタが叫んだ。すっかりスライムに包囲されてしまっている。
「これまでかのう」
 観念したように、ファタがつぶやいた。だが、その口元には、まだ不敵な笑みが残っている。
「さあ、くるのじゃ」
 彼女の魔力を求めて集まってくるスライムたちに叫ぶと、ファタは扉の開かれた冷凍庫の中へむかって走った。
 むぎゅっと神名の身体を踏んだ所で、スライムの群れに追いつかれる。うつぶせに倒れている神名の頭の上あたりで、マジックローブがバラバラになって一糸まとわぬ姿になった。だが、そのまま神名を飛び越える勢いのまま、ファタは冷凍庫の中に転がり込んでいった。数匹のスライムを道連れに、冷凍庫のど真ん中にバタンキューと大の字になってあおむけに倒れる。
 彼女の身体に取りついていた四匹ほどのスライムが、彼女の周囲で瞬時に凍結して砕けた。さすがは、魔法学校の冷凍庫だ。人間以外の物を急速凍結する魔法がかけられているのである。
「ファタ!」
 厨房にあったペーパータオルをひったくるようにしてつかむと、ジェーンは冷凍庫に飛び込んでいった。ファタの幼児体型の身体をペーパーで巻いてつつみ隠すと、ジェーンは彼女をだきあげた。すぐにも脱出しようとするが、冷凍庫の出口付近には、火事によって逃げてきた大量のスライムが蠢いている。
 進退窮まって、ジェーンは身を震わせた。瞬間凍結されないとはいえ、ここは冷凍庫の中だ。まして、裸にされてしまったファタや神名がいつまでも凍えないでいられる保証はなかった。
「誰か、援護を要請するであります!」
 冷凍庫の中で、ジェーンは叫んだ。
 
    ☆    ☆    ☆
 
「あちちちち、誰だよ、火をつけたのは、まだ早いじゃんか」
 突然の火事に、服に火が燃え移ってしまい、菫はあわてていた。何か火を消せる物はないかと見回すと、ちょうど、炎の中にポツンと赤い水の入ったバケツがおいてあった。『火の用心』の『火の』が消えているのか、『用心』と書いてある。
「助かったぜ」
 火のついている制服の袖を、菫は腕ごとバケツの中の水につけた。火は消えたが、それは水などではなかった。スライムだ。
「そんな、あたしはスライムにやられるんじゃなくて、スライムを利用して……」
 腕を這い上がってくるスライムを振り払う気力も失っていき、菫は気を失ってバケツに顔を突っ込んだ。
「菫!」
 あわてて駆けよったパビェーダがバケツから薫の顔をあげさせ、窒息を防いだ。また襲われないようにと、バケツは遠くへと蹴り飛ばした。
 火の手が近づいてくる。菫にくっついていたスライムたちが逃げだした。
「逃げるわよ」
 近づいてくる炎をプラチナブロンドの長髪に映しながら、パビェーダは薄いキャミソールとパンツだけの姿になった菫の身体をなんとかだきあげた。そのまま、炎を突っ切るようにして食堂の外をめざす。
 もう少しで、スライムに倒された者たちがいる通路に逃げられるというところで、彼女の前に赤いスライムが立ち塞がった。
「しっしっ!」
 あくまでもスライムは倒さないという菫の意志を尊重して、殺さないで追い払おうとする。だが、しょせんは単細胞生物。そんな思いが通じる相手ではなかった。大きく伸びあがったスライムが、津波のようにパビェーダをひとのみにする。
「ああ……」
 そのままばたりと倒れ、パビェーダは菫に重なるようにして、お揃いの薄いキャミソールとパンツの姿を晒したのだった。
 
    ☆    ☆    ☆
 
「ええい、ミアの仇!」
 乱心したセトは、燃える炎にむかってさらに火炎瓶を投げようとしていた。
「おやめなさい!」
 珠樹が、セトの頭を消火器ではり倒して黙らせる。
「学校を燃やしてどうするというのですか」
 急いで消火器のグリップをにぎると、珠樹は火事を消していった。みるみるうちに、泡が炎を消していく。
「これで、少し動けるようになったわ」
 火が消えていくのを確認して、睡蓮が厨房にむかって走りだした。さっきから、ジェーンの悲痛な叫びが聞こえている。
「よし、俺たちもいよいよ作戦開始だ」
 火勢が収まるのを待っていた七尾が、制服をくくりつけた空飛ぶ箒を手にして言った。
「おっと、気は抜かないでください」
 七尾の背後に迫っていたスライムを火球で倒して、大和が言った。
「では、一気に餌の案山子を冷凍庫にむけて飛ばしましょう」
 大和も自分の箒に制服をくくりつけた案山子を手にとって言った。
 二人は、二つの案山子を空中に浮かべると、それを持って、一番スライムが集まっている場所ぎりぎりまで走っていった。トランクス一丁の男二人が、雄叫びをあげて走る姿はかなり異様だ。
「いっけえー!!」
 スライムの群れの直前で、二人は案山子を冷凍庫めがけて押し出した。
 無人の魔法の箒が二つ、勢いよく冷凍庫めがけて飛んでいく。そのすぐ後ろから、まさに追いつかんばかりの勢いでスライムたちが追いかけていった。
「よし、行け! ……あっ」
 狙い通りとガッツポーズをとった二人だが、次の瞬間、唖然として大口を開けた。
 ジェーンを助けに冷凍庫にむかって走っていた睡蓮に、後ろから二本の箒がぶつかってしまったのだ。しかも、何かに引っかかったらしく、そのまま睡蓮を引きずって冷凍庫にむかって飛び続けている。だが、人一人増えたため、当然のようにスピードが落ちた。追いついたスライムたちが、一斉に睡蓮に襲いかかる。
「きゃあああぁぁ」
 ボトボトと衣服を落としながら、睡蓮がスライムと案山子ごと冷凍庫に突っ込んでいった。
「な、何が、きたで、ありま、す」
 ガタガタと震えながら、ジェーンが、今飛び込んできた者を確認した。
 冷凍庫の一番奥の壁にぶつかって箒は止まり、睡蓮はそのまま床に投げ出された。白い肌に、雪のように白い濡れた髪がはりついて、かろうじて隠すべき所を隠している。その周囲には、三匹のスライムが凍りついて転がっていた。
「こ、これは……。これで、みんなを助けられるで、あり……ます」
 案山子に使われた空飛ぶ箒を手にとって、ジェーンが言った。
「まずいことになったなあ」
「だが、どうしろっていうんですか」
 外では、七尾と大和が、困ったように顔を見合わせていた。
「あっ、あれを見てください」
 大和が、冷凍庫の中から出てきた物を指さして叫んだ。
 冷凍庫から、空飛ぶ箒に洗濯物でも干すように乗せられた三人の姿が見える。睡蓮とファタと神名だ。女性二人はペーパータオルでグルグル巻きにされて身体を隠されていたが、神名はむきだしのままだった。さすがに、ジェーンもむきだしの男の下半身に触るのはためらったらしい。だが、この姿はむごいとしか言いようがないが。
「まずいぞ、あのスピードじゃ、またスライムたちにつかまっちまう」
 さすがに三人も乗せていては、箒の進むスピードは亀の歩みだ。
「もう、これ以上は脱がされないから大丈夫なんではないでしょうか」
「いや、それじゃ、助けられる者も助けられないぜ」
 そう言うと、七尾は彼女たちの方にむかって走りだした。
「しかたないですねえ」
 わずかに肩をすくめると、大和はその後を追って走りだした。
「うおぉぉぉぉ!」
 トランク一丁の男たちが、全裸の男女にむかって突進していく。
「早く、引っぱって逃げるぞ」
 箒の端をつかんで、七尾が叫んだ。だが、そのすぐ後ろにスライムの大群が迫る。空中に浮いているとはいえ、三人もの人間を運んでは逃げ切れそうもない。
「しかたない、大和、後は頼んだぜ」
「何を……」
 七尾はニッコリと笑うと、箒を押し出して三人を大和に託した。その場でクルリと踵(きびす)を返すと、両手を広げて後ろから迫ってくるスライムの群れに突っ込んでいった。
「うおぉぉぉ……」
 雄叫びとともに冷凍庫に突っ込んできたスライムだらけの男に、ジェーンが驚いて全身から氷の破片を飛び散らせた。その足許には、先に箒を押し出す際に迂闊に中に入ってきた三匹のスライムの氷づけが転がっている。
 六匹の凍ったスライムを砕きながら払いのけて、ジェーンは七尾を助け出した。凍りついたトランクスがスライムと一緒に砕け散り、ジェーンは真っ赤になりながら七尾を箒に乗せた。だが、今、箒を送り出しても危険だと悟り、少し様子を見ることにした。ただ、いくら機晶姫とはいえ、安全になるまでに彼女が凍りつかないという保証はどこにもなかった。
 
    ☆    ☆    ☆
 
 睡蓮たちを運びながら、大和はスライムたちの多くが厨房に逃げていくのを目にした。
「なんで厨房に……。そうか、スライムは厨房から食堂に入ってきたというわけですか。誰か、スライムの巣は厨房です!」
「分かりましたわ」
 大和の叫びに、彼とすれ違い様、珠樹が答えた。その左手は、セトの腕を引っぱっている。
「まったく。火事の責任をとって、しっかりと戦ってもらいますからね」
「分かっている。さっきはちょっと取り乱しただけだ」
 ちょっと怒ったようにセトは言い返した。本当に、その言葉通りである。
 二人が厨房に入ると、凄まじい光景がそこにあった。三つならんだ業務用のむきだしの形のシンクに、スライムたちが集まってのたうっていたのだ。おそらく、火事の火の手から逃れようとして、排水口に殺到したのだろう。ところが、栓をされていたために、そこから逃げだすことができなくて集まってしまったようだ。
「チャンスですわ。流しごとスライムを冷凍庫に叩き込んでしまいましょう。これができるのは、魔法使いじゃありませんわ。メイスやランスを使う我らです」
 言うなり、珠樹はメイスを振ると、シンクのパイプ部分をすべて破壊した。
「チェインスマイト!」
 セトが、シンクの基部をランスで破壊してから、間髪を入れずにそれを弾き飛ばした。狙い違わず、三匹のスライムを入れたままシンクが冷凍庫に飛び込んでいく。
「ひぃ」
 冷凍庫の中にいたジェーンは、突然投げ込まれたシンクに肝を潰すと、七尾を引きずりながら逃げまどった。
「もうひとーつ」
 珠樹のかけ声にあわせて、セトが今一度チェインスマイトでシンクを放り飛ばす。今度はスライムは一匹しか入っていなかったようだが、確実に冷凍庫の中で凍りつく。
「ラストです!」
 珠樹が、メイスで基部を破壊しながら叫んだ。
「いっけぇ!」
 セトがランスで、最後のシンクを弾き飛ばした。五匹のスライムが氷塊になった。
 今度は次々とスライムの入ったシンクが飛んでくるので、ジェーンは目を白黒させて躱すので精一杯だった。
 途中でシンクからこぼれたのか、六匹のスライムが、ジェーンに引きよせられるように冷凍庫に入ってきて自滅した。
 もう何も飛んできそうにないのを確認すると、七尾を乗せた箒を外へと押し出す。
 ほっと安堵すると、ジェーンは、足許に、もう一匹凍っているスライムを見つけた。それにしても、冷凍庫の床に転がっているスライムたちは、綺麗な赤と青のシャーベットか宝石のようだ。ジェーンはそれを一つずつ手にとると、しげしげと見つめた。
 
    ☆    ☆    ☆
 
「助っ人ただいま参上〜♪」
 食堂に、広場からきたズィーベンとナナがやってきた。
「ズィーベン、そんなに走ったら危険です」
 ナナ・ノルデンは、広場のスライムに勝利して調子に乗っているズィーベンに、お母さんのように注意した。
「大丈夫……」
 答えたズィーベンの頭から、赤い物がどばーっと垂れた。そのままあおむけにひっくり返る。いわんこっちゃない。油断しすぎて、天井から狙われたことにまったく気づかなかったのだ。
「だから言ったのに……」
 倒れるズィーベンからランドリーで綺麗にスライムを除去して始末すると、ナナは至れり尽くせりで取り出した寝袋に素早くズィーベンの身体を突っ込んで衆目の目から守った。
「よいしょっと」
 そのまま、なぜか寝袋についている背負い紐に腕を回して、ズィーベンを運ぼうとする。だが、戦闘中にその行為は無謀すぎた。
 べちゃ。
「あれ、なんか、踏ん……じゃっ……た……」
 まずいと思ったときには、ナナは床に広がるスライムに足をとられて、背中から倒れ込んでいった。倒れた拍子に、メイド服が下着ごと吹っ飛ぶ。さらに、かついでいたズィーベンの寝袋がその上にのしかかってきた。
「むぎゅっ」
 運が悪いのか、はたまたよかったのか。すっぽんぽんで大の字になったナナの身体は、ズィーベン入りの寝袋が都合よく隠してくれた。
「大変だ」
 カノン・コートが、ナナの下から這い出してきたスライムを素早く鍋にすくい取った。蓋をして水神の方に投げ渡す。光条兵器をクルリと動かして、水神は蓋を鍋に溶接した。
 その間に、テーブルクロスを持ったクレア・ワイズマンが、ナナをくるんで保護する。
「御苦労様、それはこちらであずかるわ」
 ちょうど到着した紗理華が、水神の持っている鍋を風紀委員に渡すようにうながした。水神が素直にそれに従う。
「到着はしたが、もうほとんど片はついたようであるな」
 ガイアス・ミスファーンが、つかつかと食堂の中を進みながら言った。
「まだ、気をつけた方がいいですよ」
 ジーナ・ユキノシタが注意をうながす。
「なあに、そばにスライムの姿はない……」
 転がっているバケツの前で、ガイアスが断言した。そのとき、『用心』と書かれたバケツの下に隠れていたスライムが、突然ガイアスに襲いかかった。
「ありゃりゃ!?」
 素っ頓狂な声をあげて、ガイアスが倒れる。
「まあよい、しょせん、服など飾りだ……」
 そう言って、ガイアスは気絶した。間をおかず、峰谷が光弾でスライムを倒す。
「周囲に注意しながら進みなさい」
 紗理華が、迷わず厨房をめざして歩きだした。ポンプ室から、ここの厨房へも上水道が繋がっている。
「よーし、ホームランですわ」
 珠樹が、まだ残っていたスライムをフライパンで冷凍庫へとかっ飛ばした。
「今のが最後みたいね。集めたスライムは冷凍庫かしら」
 風紀委員に禁猟区で確認させてから、紗理華が言った。
 冷凍庫には、すっかり凍って仁王立ちになったジェーンの姿があった。
「早く手当を」
「俺が運びます」
 紗理華に言われて、大和が名乗り出た。水神と一緒にジェーンを運んでいく。【スライム捕獲部隊】も、生き残ったのはこの二人だけだ。ジェーンを運んでいく途中で、大和は彼女の両手に何かがにぎられているのに気づいた。
 そのとき、背後で大きな爆発のような物が起こった。振り返ると、冷凍室の中で紅蓮の炎が渦巻いている。
「あああ、せっかくのスライムのサンプルが……」
 水神が絶句した。
「ようし、ここのスライムは全滅させたわ。農園の方も片がついたようだから、移動できる者は私たちと一緒に大浴場へ移動!」
 紗理華の言葉に、御嶽と峰谷が同行した。