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リアクション
実験農場の激戦
実験農場は、通路近くに管理小屋があり、フロアの大部分は現在パラミタトウモロコシの改良種の栽培が行われていた。トウモロコシは、人の身長以上に丈高くのびており、まるで道のない迷路という状態だ。
「たぶん犠牲者がたくさん出るから、タオルとかはいくらあっても足りないはずだ。アメリア、見つけられるだけかき集めるぞ」
高月 芳樹(たかつき・よしき)に言われて、アメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)がうなずいた。
管理小屋に入り込んだ者たちは、まず使えそうな物を集め始めた。
「うーん、使えそうな服はないようだな」
おかれている作業着などを見て、姫北 星次郎(ひめきた・せいじろう)が残念そうに言った。近くでは、シャール・アッシュワース(しゃーる・あっしゅわーす)がバケツを手に入れて何やら作戦を練っている。
一方、佐倉 留美(さくら・るみ)は、管理小屋にある制御室の方に回っていた。
「近くに、スライムはいないようじゃのう」
パートナーのラムール・エリスティア(らむーる・えりすてぃあ)が言った。
「周囲の警戒はおまかせしましたわ」
留美は、手早く水回りのチェックを始めた。
ゲル状のスライムが世界樹の内部を移動するとすれば、水回りがもっとも可能性が高いはずだ。だとすれば、水道関係のどこかに、大量に潜んでいるに違いないと睨んでいる。そいつらを炙り出すためには、まず水を出してみることだ。
留美はヒップラインぎりぎりの超ミニスカートで少し身をかがめた。そんな姿勢でも、なぜかあるはずのショーツがまったく見えない。いや、なぜか完璧ガードで、それ以外の物もまったく見えはしないのだが。何かの防御魔法だろうか。はたして、ショーツは存在しているのかいないのか。ラムールだけが、ちょっとどきどきしながら、スライムよりも、他人の視線がないかとあせって周囲を見回している。
留美は身をかがめながら、農場内の散水関係のスイッチを手当たり次第に入れていった。スプリンクラーや、流水施設、溜池の循環システムなどが一斉に動きだした。
☆ ☆ ☆
「農場が荒らされるなんて絶対に許せない!」
畑の植物を深く愛する如月 陽平(きさらぎ・ようへい)は、畑の植物にとって安全な距離をとって焚き火を作り始めた。外から来るスライムを火で牽制して、畑の中に入れない作戦だ。なんとしても、作物に被害が出ることだけは防ぎたい。
パートナーのシェスター・ニグラス(しぇすたー・にぐらす)も、スライムに対する罠を作るべく、近くで地面に穴を掘っている。その穴の中に、禁漁区のサインを刻んだ石を入れて、スライムを呼びよせる罠にしようと思ったのだが、はたして効果があるかどうかは試してみなければ分からなかった。だいたいにして、禁漁区自体には効果時間という物があり、永遠に持続するような高度な結界やタリスマンは、通常の禁漁区程度の術では作りだすことはほとんど無理な話だった。
彼らの周囲でも、準備に怠りない面々がいた。
「いったい何をしているのだ」
フォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)は、一心に安全ピンを制服に刺している和原 樹(なぎはら・いつき)を見て、怪訝そうに訊ねた。
「こうしておけば、スライムに襲われても、制服はバラバラにならないだろうと思ってさ。いい考えだろ。ちなみに、安全ピンの数は限られているから、残念ながら俺の分しかない」
和原は、自信たっぷりにフォルクスに言った。
畑の外で策を練る者たちとは別に、畑の中に入って敵を探す者たちもいる。
「いいか、カナタ、しっかりとスライムどもを追い込めよ」
緋桜 ケイ(ひおう・けい)は、空飛ぶ箒に乗って頭上にいる悠久ノ カナタ(とわの・かなた)にむかって叫んだ。
「望むように事が運べば良いのだが……。おぬしも役目を果たすのだぞ」
空飛ぶ箒に横座りに乗った深紅の和服の魔女が、ケイに答えた。日本人形のようなストレートの銀髪が、小首を少し動かすたびにさらさらと流れる。
作戦としては、カナタが火術でスライムたちを追い込んで、なるべくたくさんを一箇所に集める。そこを、ケイのアシッドミストで一網打尽にするという具合だ。うまくいけば、実に効率がいい。
「さて、それにしても、スライムどもはどこに隠れているんだ」
敵の姿を求めて、ケイは周囲を見回した。
そのとき、急に水音が聞こえ始めた。見ると、畑の中のスプリンクラーが水を噴き出して回り始めている。いつスイッチが入ったのだろうか。ケイは、水をかけられるのを嫌って、制服の袖で軽く顔をカバーした。
「水などを撒いては、スライムどもを元気づかせるだけだろうが」
そうつぶやいたケイの身体から、突然力が抜け始めた。
「どうしたんだ、これは……」
制服の袖が、はらりと地上に落ちた。開けた視界に、スプリンクラーから噴き出している、血のように赤い物の姿が見える。それは、容赦なくケイの身体に降り注いでいた。
「しまっ……」
最後まで言うことができずに、ケイは倒れた。
「どうしたのじゃ、ケイ。ケイ!」
異変に気づいたカナタが、空中で叫んだ。あわててケイの許に下りようとするが、スライムの噴水がそこら中に吹き出ていて、近づくことさえできない。
「誰か、スライムを止めるのだ。早く!」
悲痛な声で、カナタは叫んだ。
同じころ、ウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)も畑の上空を、箒に乗ってパトロールしていた。
「今のところ、スライムの姿は見あたりませんが、絶対近くにいますね」
禁猟区で敵の存在は感知するものの、今ひとつ場所が特定できない。もう少し正確に探知しようと、彼は高度を下げた。そのときである、スプリンクラーが回り始めたのは。
「うわっ、なんだ……これ……は……」
そのまま、ウィルネストは墜落していった。とりあえずは、下が柔らかい畑の土だったので、たいした怪我もなく地面に投げ出された。すっぽんぽんの姿で。
「だから、男の裸に用はないんだ……」
そう言って、ウィルネストは気を失った。
「なぁ、なんだか様子がおかしくないか?」
異変に気づいて、和原が叫んだ。畑の方を見てみると、スプリンクラーから赤や青のスライムが噴き出している。
「まずい、早くあれを止めないと」
「だったら、管理小屋に行かないとな」
和原とフォルクスは、急いで管理小屋にむかって駆け出した。
小屋の近くまで行くと、ちょうど建物の横の立水栓でシャール・アッシュワースがバケツに水を汲もうとしていた。だが、蛇口から出てきたのは水ではなく、真っ青なスライムだ。
「危ない!」
姫北星次郎がとっさに持っていた着替え用の作業着やタオルをスライムに投げつけたが、それで倒せるはずもない。バケツを持ったまま、パンツ一丁になった少年が倒れた。
「遅かったか」
駆けつけたフォルクスが、続けて星次郎に襲いかかろうとするスライムを火球で焼き払った。
「スプリンクラーを止めてくれ。スライムたちは、水道に潜んでいたみたいだ」
駆けつけてきた風紀委員に、和原が説明した。すぐに、風紀委員がスプリンクラーを止めに制御室にむかった。
☆ ☆ ☆
「出ました、スライムです」
コバルトブルーの防護服も目に鮮やかな機晶姫のロージー・テレジア(ろーじー・てれじあ)が、畑の方を指さした。
「よし、任せておきたまえ」
スプリンクラーから放出された後、平均的な固体の大きさに集まったスライムにむかって、ブレイズ・カーマイクル(ぶれいず・かーまいくる)が火球を放った。周囲のトウモロコシごと、スライムが消し炭となる。
「始まりましたわね」
すぐ横にいたリリサイズ・エプシマティオ(りりさいず・えぷしまてぃお)も、彼に倣って火球を放ち、スライムを仕留めた。
「たわいない相手であるな。よし、もう一匹……」
「いけますね」
ブレイズとリリサイズは、そう言いながら畑に近づいていった。
「迂闊に近づいては危険です」
「なあに、たかがスライム……」
ローラの心配に、ブレイズが軽く答えたとき、土の中から突然スライムが湧き出して先行する二人に襲いかかった。避けるまもなく、スライムに全身をつつみ込まれる。
「しまった……」
服を分解されて、すっぽんぽんになったブレイズがあおむけに倒れた。
「魔力を吸われる前に、SPリチャージを!」
そう叫びながら、リリサイズもぼろぼろと制服を剥がされていく。その声に、反射的にロージーがリリサイズにSPリチャージを発動させた。
「スライムめ、作物を荒らすことは、僕が許さない」
箒に乗った如月が、そこに通りかかってスライムを攻撃した。一匹が灰にされ、リリサイズたちを襲っていたスライムたちがあわててその場から逃げだした。
すっぽんぽんになって気絶したリリサイズの身体が、ロージーの機晶石の放つ輝きを浴びて、淡い光につつまれる。
「ううん、わたくしはいったい……。確かスライムにやられて……」
ロージーのSPリチャージで意識を取り戻したリリサイズは、上体を起こして気持ち悪そうに額に手をやった。そして、初めて自分が一糸まとわぬすっぽんぽんの状態であることに気づく。しかも、自慢のピンクの縦ロールの髪も、色白の肌もすべてがスライムの粘液でべとべとだ。反射的に、両手で胸と股間をあわてて隠す。
「き……ひっ!?」
悲鳴をあげようとして、リリサイズはそばに倒れているブレイズに気づいた。思わず、まじまじと見つめてしまう。
「乙女は、そのような物を見てはいけません」
ふいに割って入ったロージーが、手に持ったフライパンでブレイズの股間を急いで隠した。
ぐおん。
何か、すごい音がした。隠すと言うよりは、思い切り叩いてしまったらしい。
「あなた、気絶しているのに、さらに気絶させるようなことをしてどうするのよ」
リリサイズが、ちょっと唖然とする。それに、こんなことをされて、この男はちゃんとお婿にいけるのだろうか。
あらぬ心配をしながら、リリサイズは、はたとあらためて自分の格好に気づいた。
「嫌ですわー」
叫びながら、近くにあった納屋へ駆け込んでいく。そこに行けば、何か身につける物があるかもしれない。
大事な部分を隠しながらひょろひょろと走るリリサイズは、納屋の前にいた一匹のスライムを見つけて立ち止まった。
「邪魔ですわよ!」
躊躇なく、復活してもらったなけなしの力でスライムを焼き殺す。これで、魔法もスキルも何も使えなくなってしまったが、今はしかたない。リリサイズは、他にスライムがいないことを確認してから、納屋の中へと入っていった。
残されたロージーは、すっぽんぽんのブレイズを見下ろして、ちょっと考えていた。
SPリチャージによって、気絶していたリリサイズは復活した。だとすれば、ブレイズも助けられるかもしれない。幸い、後一回ならSPリチャージを使うことができる。ロージーは、迷わずブレイズに機晶石の輝きを浴びせた。
「うーん、僕はいったい。やあ、ロージー……、ん!? んぐぐぐぐ……。ぐうわぁぁぁ!!」
期待通り意識を取り戻したブレイズであったが、突然股間を押さえて悶絶しだした。
「どうしました、ブレイズ」
冷静に、しれっとロージーが訊ねた。
「分からん、分からんが、死ぬぅぅぅぅ」
しばらく悶絶した後、ブレイズはなんとか立ちあがった。
「その格好、どうにかした方がいいです」
「何を言う! いいか……古代ギリシャのダビデ像然り、ラオコーン像然り、真の裸体とは究極にして至高の芸術なのだ! 故に! 僕は自らの体を衆目に晒すことになんの抵抗も無い!! むしろ存分に見ろと主張し……うお!? ちょっおま……! 暴力は……! 分かった。何かで隠すから、これ以上潰さないでくれ」
高説を語ろうとして、ブレイズはロージーがフライパンを構え出すのを見て恐怖した。
「ちょうどいい、あそこの納屋に何かあるだろう」
そう言うと、ブレイズはピョンピョンと跳びはねながら納屋にむかった。
納屋の中には、そこにあった藁でブラと腰蓑を作ったリリサイズがいた。間にあわせなので、大胆にも下はノーパンですーすーしている。だが、むきだしよりはまだ腰蓑があるだけでもましだった。
「あら、あなたも、服を探しに来ましたの。いいでしょう、さっきあなたのパートナーに助けていただいたのと、いい物を見せていただいたので特別に試作品をさしあげますわ。お〜っほっほっほ! なんなら、お友達になってさしあげてもよろしくてよ?」
僕はいい物は見せてもらっていないのだがとぼやきながらも、ブレイズはありがたく腰蓑をもらうことにした。それに、リリサイズの今の姿も、なかなかに艶めかしいものではある。
ちなみに、彼の動きにあわせて、ロージーがフライパンを黒ベタよろしく使って、腰蓑をつけるまでの間、リリサイズの視線からブレイズの逸物を完璧なガードで隠し続けた。
「よし、これでまた戦うことができる」
ブレイズたちは、納屋にあったバケツを手に入れると、外に出て戦線に復帰した。
「魔法が使えなくなっても、あなたたちに負けはしませんわ」
リリサイズは、見つけたスライムの上からバケツを被せると、上からげしげしと踏みつけた。腰蓑から脚がにょっきりとはみ出て太腿がちらちらするのもあまり気にしない。バケツが少し地面にめり込み、スライムが脱出できなくなる。
「そこの風紀委員さーん、スライムを捕まえましたわ」
あわただしくスライムの駆除に駆け回る風紀委員を見つけて、リリサイズが声をかけた。さすがに彼女の格好に驚いたものの、風紀委員が無事スライムを回収していく。
その様子を見て、ブレイズはいろいろな意味でほれぼれと見とれていた。
「えぇと……普通一般的には、その行為はセクハラと言って、恥ずべきことなのでは?」
見かねたロージーが苦言を呈した。
「何を言う。僕は……危ない!」
話の腰を折るように、ブレイズかロージーの後ろにむかって、最後の火球を放った。忍びよっていたスライムが吹っ飛ぶ。
「さて、とりあえず、散歩がてらスライム退治を続けるかな。この格好で野生に戻るのも一興だろう」
そう言って、ブレイズは歩き出した。
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