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リアクション
第三章
「普通の蟻地獄も巣を移動する事自体はあるみたいです。地面の上を後ろ向きで歩いて、通った後には溝が出来るそうですよ」
という風森 望(かぜもり・のぞみ)の言葉に、巨大蟻地獄が移動することを気にしていたマリエルはもとより、トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)とそのパートナー、千石 朱鷺(せんごく・とき)も興味津津といったような目で望を見ていた。ただひとり、望のパートナーのノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)だけが興味なさげに望を見る。
「とはいえ、餌なしでも半年以上は持つようですから、そう頻繁に巣を作り変えることはなさそうですね。大蟻地獄が、普通の物とどれだけ生態が違うのかわかりませんが、頻繁に移動するのはやはり怪しいですね」
「へぇ、あんた詳しいな」
「当然です。相手のことを調べもせず懐に飛び込むようなまねはできませんから」
「よく言いますわ。マリエルさんが、移動する巣のことを気にしていたからわざわざ調べたくせに。それまでは暗い場所かもしれないし嫌だ怖い〜、って半べそだっ――」
ノートがそこまで言ったとき、望が思い切り彼女を睨みつけた。
「(それ以上言ったら、その見事な縦ロール引っぱるわよ)」
「(なっ!? 本当のことを言ったまでですわ! そもそも望、あなた主人に向かってなんていう口を)」
小声で言い争っていると、しばらく考え込んでいたマリエルがふにゃりと笑った。
「んっとぉ〜、望ちゃんは、あたしが気にしてたからわざわざ調べてくれたんだねぇ〜。ありがとぉ♪」
「……マリエルさん」
「んん? なぁに〜?」
「ちょっと、ぎゅってしていいですか?」
「? いいよぉ?」
マリエルがそう言うと同時に、望はぎゅぅっと抱きしめた。
「ああ、マリエルさんは可愛い人ですね。本当に本当に可愛いですねっ。どこかのヘボキリーとは大違いです」
「ヘボキリーっ!?」
「おい、あんたら」
漫才にも似たやり取りをしていると、それまで黙って見ていたトライブが呆れたような声を上げる。
「仲がいいのはいいけどさ。どこに大蟻地獄があるかわからないってのに不用意すぎるんじゃねえ?」
「……むぅ。言われてみればそうですね。もっとぎゅっとしていたかったのですけど、マリエルさんを危険な目に遭わせるわけにはいきませんね……」
望が名残惜しげに離れると、マリエルが望の手を握った。
「えへへ〜。手をつなぐのは、危なくないよね〜?」
「はい」
「まったく……ゆるんだ顔ですわね。これから蟻地獄を相手にするというのに」
へらりと笑うマリエルと望を見てノートはため息を吐く。そんなノートを一瞥し、望は言った。
「マリエルさんは私がお守りします。なのでヘボキリーは私を守りなさい」
「ヘボ!? まったくあなたはさっきから暴言を……!」
「返事もできないヘボなの?」
「ぐっ……。わかりましたわ。ですから、そのヘボというのは撤回なさ――」
「さ、マリエルさん。これで安心して巣を調べることができますね」
ノートの言葉をすっぱり無視して望とマリエルは前を歩く。数歩遅れたノートは、深く深くため息を吐いたのだった。
「あんた、大変なんだな」
「ふ……これくらい、なんてことないですわ。ちょっと悲しいだけですわ」
「ま、頼りにしてるぜヴァルキリー」
「任せておきなさい。ヘボだなんて言わせませんわ」
ぐっ、と握り拳を作ってノートは力強く前を見、そして背筋を伸ばして望の後ろをついて行く。トライブはそんなノートの後ろ姿を見た後、くるりと振り返った。ほんの少しずつ歩みが遅れていた朱鷺を止まって待つ。
トライブが待っていたことに気付いた朱鷺が、少し戸惑ったように彼を見てから早足で近付き、並んで歩く。
「何でそんな黙ってちょこちょこ歩いてんだ?」
「……いえ、あの」
「いつもよりやる気ねぇっつーか、消極的っつーか。何かあったか?」
「トライブにはわからない悩みです。……はぁ」
朱鷺は視線を自分の胸元に落とすと、深くため息を吐いた。
頭にあることはただ一つ。
「(……胸、これ以上小さくなりませんように。本当に本当に、少しでも小さくなったらサイズが――)」
そのことを考えると、足取りは重くなるばかりなのだった。
一方、やや前方で如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)とラグナ アイン(らぐな・あいん)は、巣が移動することについて喋りながら歩いていた。
「……で、巣が移動するのは奇妙だろ? 増えるならともかくさ」
「きっと、地底人の仕業です! 地上の人間を捕まえて労働力としてコキ使ってるんですよ!あなおそろしや……」
「いや、巣そのものが生物なのかもしれない」
「じゃあ、私と佑也さんの考えを合わせて……地底人が移動する巣で人間を捕まえているんです!」
「……おかしいな。俺は真面目に考えていたつもりなんだけど」
「え、その言い方じゃ、私が変な考えみたいじゃないですか! 私だって真面目ですよ!」
そのやり取りを聞いて、倉田 由香(くらた・ゆか)は考えた。
自分の考えでは、ツァンダ周辺の地下に空洞があり、地下道のようになったそこを蟻地獄が自由に行き来、結果巣が移動する……だったのだが。
「地底人が居る、って考えだったら、行方不明の人たちは生きているかもしれないね」
「や、別に地底人じゃなくてもいいだろ、それ」
その呟きにルーク・クライド(るーく・くらいど)が言った。
「え? るーくん、それどういうこと?」
「地底人以外のヤツがそこに居ても変わらないんじゃないかって意味。誰かが居るイコール村人安全かも、っていうならそういうことだろ?」
「あ、なるほどねー。うん、そうだよね」
蟻地獄だと、捕まえた人間を生かしておく理由はない。
だから、居なくなった人を捕まえたのが蟻地獄じゃなければいいと思う。
「もう、この際地底人でもなんでもいいから、無事でいてほしいな」
そう由香が呟いたとき。
「なっ!?」
「えええ!?」
佑也とラグナの驚愕の声が聞こえた。
「何だ!?」
ルークが驚きの声を上げ、
「地底人が居た!?」
由香が駆け寄る。
そこで見たものは。
「……るーくん、何あれ」
「さ、あ?」
「ゆ、佑也さん。あれ、なんですか?」
「……例の巨大蟻地獄。と、人間……かな?」
「いやそういうことじゃなくて。訊いているのは見てわかる種族じゃなくて」
「なんであんな行動してるんでしょう……?」
四人が呆然と見ている先に居たのは、巨大蟻地獄の尻に噛み付いている青空 幸兔(あおぞら・ゆきと)だった。
「はーらーへったー! 中身、食わせぇや!」
とても必死にしがみついているのは、命の危険からというより。
「ねえ、るーくん。あの人おなかすいてるのかな?」
「明らかに飢えてるな。誤って巣の中に落ちたから、ヤられる前に相手を……って感じじゃなさそうだ」
「むしろあれ、自分が捕食しようとしてないか?」
「なんだか、怖いです……」
四人に凝視されていることに気付かないまま、幸兔は銃撃を繰り返す。殻の一部が少しだけ割れた。
「中身ー! 蟻肉ー! 腹減ってもうアカンねん、少しくらいならええやろ、減るもんやないし〜!」
四人全員が同時に同じことを思った。
「(いや、減るから。食われたら減るから)」
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