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リアクション
第四章
噛み付いたまま武器である銃を駆使し、蟻の殻を破ろうとしている幸兔を見て、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)はくすくすと笑った。そして隣に居るダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)に話しかける。
「ずいぶんと行動的な人もいたものね、ダリル」
「そうだな。しかし一人で突っ込んでいくのは自殺行為だ」
「あ、そっち?」
「どういうことだ?」
幸兔とルカルカを交互に見て、ダリルは問う。
「え、昆虫を食べようとするなんて行動的で大胆でしょ? ルカルカも運動した後おなかすいたら焼いて食べようかなって思ってたのよね♪」
「……そうか」
「あっ、ちょっと呆れたような目でこっち見ないでよ」
「……葉月からも何か言ってくれ」
「え? 僕ですか?」
突然話を振られた菅野 葉月(すがの・はづき)は、戸惑いながらも
「どうせなら甘いものを食べに行きませんか? せっかくですし」
と答える。それを聞いて、ルカルカは「それもそうね! なんだっけ、モンブランが美味しいんだっけ?」と言ってへらりと笑う。
そんなルカルカを見て、葉月のパートナー・ミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)は「ルカルカ・ルーはダイエットをしに来たんじゃないの? 太るわよ」とトゲのある言葉を投げた。
「別にダイエットが目的じゃないわ。今日は任務で来たんだもの。だから動いておなかがすいたら美味しいものを食べるの♪ 運動した後のごはんって美味しいわよね、今から楽しみ〜♪」
「……ダリル・ガイザック。あなたのパートナー、少しズレてるんじゃないの?」
「いつもああだが、おかしいのか?」
「ワタシ的にはおかしい。ね、葉月?」
「や、別におかしいとは思わないけど。まあ、少し変わってるなあとは思うかな」
「なんだか反応が甘いわ。あまあまだわ。……決めた。勝負よルカルカ・ルー! どっちが蟻地獄を仕留められるか勝負よ!」
ビシイ、とミーナがルカルカを指さす。ルカルカは自分を指さして、「ん?」と小首を傾げた。
「勝負?」
「勝負よ!」
「うん、別にいいよ?」
「待てルカルカ。調査が目的じゃなかったか?」
ふたつ返事でOKすると、
「待って、ミーナ。僕らだって困ってる人を助けに来たんでしょう? 僕たちが競争するメリットがない。協力するべきじゃないかな」
お互いがパートナーに止められた。ミーナとルカルカは顔を見合わせる。
「まずはあの人を助けないと」
葉月がそう言って、幸兔を見た。相変わらず尻に噛み付き、殻を剥がそうと奮闘し、怒った蟻地獄に振り回される。放っておいて怪我でもしたら。
「……じゃあ、最終的にどっちが多く活躍したかで勝負よ、ルカルカ・ルー」
「うーん、よくわかんないけど、わかった〜」
「ちょっと、抜けてるわよ! 何かが決定的に抜けてるわよ! 頭のネジみたいなものが!」
「いつものことだ」
「いつものことじゃだめじゃない!」
「それより早く助けないといけませんね、二名ほど」
葉月が空を見ながら言った。
つられて「二名?」と空を見たミーナが見たものは。
「あぁ〜〜れぇ〜〜〜!」
空を舞う、黒脛巾 にゃん丸(くろはばき・にゃんまる)の姿。
にゃん丸の足首にはロープが結ばれていて、反対側はリリィ・エルモア(りりぃ・えるもあ)が握っていた。そんな彼女は小型飛空挺に乗って、低速で飛んでいる。にゃん丸は思い切り振りまわされていた。
「ちょ、ちょ、リリィ。巨大蟻地獄はもう見えてるだろ?」
「あら、最初に生餌になるって意気込んでいたのはにゃん丸でしょう?」
「もう出てるとは思わなくて〜! あぁ〜れぇ〜……」
「いいじゃない、出てきてるならぶった斬ってあげれば?」
「動いてる場所から動いてる敵に当てるのは思った以上に難しかったんだよねぇ! 当〜た〜ら〜な〜い〜わぶっ」
飛びながらやり取りをしていたにゃん丸に、砂がかけられた。にゃん丸に気付いた蟻地獄がかけてきたのだ。
「ぐべ、げへごほ。砂って苦い……」
「そ〜れ逃げろ〜♪」
リリィはリリィで楽しそうににゃん丸を引きまわす。にゃん丸は必死に空中で身を捻り砂をかわした。
「覗き一番乗りもかなわなかったし砂をかぶるし攻撃当たらないし、誰か〜、遠距離攻撃班出番ですよ〜!」
その声が届いたのか否か。颯爽と飛び出してくる影ひとつ。
「フ……。蟻地獄に噛み付くヤツが居たり、空から突撃を喰らわせるヤツが居たり、巨大な蟻地獄が居たり……なかなか面白そうなシチュエーションだ」
宮辺 九郎(みやべ・くろう)がカルスノウトを構えて立っていた。
「これはオラのメシやで」
「俺は捕食しに来たんじゃない。ただ、そこで噛み付かれていても正直邪魔だな……離れていてくれ」
「邪魔やと? そんなこと言って、ほんまはこれ横取りするん――」
今度はこっちに噛み付いてきそうな勢いで幸兔が抗議を開始した直後。
「パラミアントキーック!!」
別の声が上空から降ってきた。音楽も流れてきた。声の主も降ってきた。現れたのは蟻人間に変身済みの、五条 武(ごじょう・たける)その人だった。
突然巣の中心、蟻地獄に飛び込んできたのだが。
「あっ、あああ!?」
外した。
「あぁぁぁぁ……」
さらに、蟻地獄に足を取られ砂に飲み込まれていく。
あまりにも突然で、誰も動くことができず呆然としている間にも飲み込まれ。
「俺は……俺は、戻って、来――」
言葉を残して、消えて行った。
最後に突き出されていた右手は、何故か親指を上にあげていた。その腕も飲み込まれて、何事もなかったかのように静かになる。
「……なんだ今のは。まさか幻覚か? ……まあいい」
九郎は呟いて再びカルスノウトを構える。
「なんか、一瞬空腹飛んでったわ……。離れて待ってるさかい、倒したらそれオラにくれへん?」
幸兔もため息交じりに離れて行った。その言葉に九郎が頷いて、砂に足を取られないようにバーストダッシュを使い斬りかかる。が、外骨格に阻まれた。手に痺れが伝わる。
九郎は驚くでもなく、焦るでもなく――にや、と笑ってみせた。
「フ……面白いな」
デカくて、強い。そして、そうそう簡単に出会えるような相手ではない。
こんな相手には、なかなか会えないから。
「楽しむしかないだろう、なあ?」
「あらぁ、あのあんさんやりよるわぁ」
一乗谷 燕(いちじょうだに・つばめ)は扇子をパンッと音を立てて開いた。視線の先には九郎が居て、当てては離れのヒットアンドアウェイで戦っている。
燕はしばし考え、マリエルに声をかけた。
「マリエルさん、ロープ貸してくれはる?」
「んん〜? はい、どぉぞ〜。無理しないでねぇ?」
「おおきに」
借りたロープの強度を確かめてから身体に結び、反対側を宮本 紫織(みやもと・しおり)に渡す。
「燕殿?」
「ちょいと行って来ますよってに、これ頼みますぇ」
「ええ? えぇぇ!?」
紫織の戸惑いの声を受け流し、燕はひらりと巣の中に飛び込んで行った。
「ねぇキミ、ボクのもお願い!」
それに続いたのが鈴虫 翔子(すずむし・しょうこ)。翔子も紫織に命綱の端を渡し、燕を追いかけるように飛び込む。
「あら、あんさんかいらしいのに男前やなぁ」
翔子に気付いた燕がそう言って笑った。
「どういう意味?」
「あんさんの武器、銃やろ? わざわざ飛び込んでくることないのに、まぁ勇敢やわぁ」
「近い方が狙いやすいからね。キミは?」
「遠距離からちまちまっとした攻撃してたら、助かる命も助からないかもしらんでしょ?」
「うん、そうだね。でも、だからって言って飛び込んで行くキミはカッコイイね」
「ほんま? おおきに」
「ボク、鈴虫翔子」
「ウチは一乗谷燕や。よろしゅう」
「ヨロシク。これが終わったら甘いもの食べたいね」
「ウチは和菓子がええねぇ。……あかん想像したらおなか減ってきた。さくっと終わらせましょ!」
「さくっと終わるといいなぁ」
「翔子はんがサポートしてくれはるのよね? なら大丈夫や」
「……やだなぁ、そんな風に期待されたらすっごく頑張るしかないじゃない。……鈴虫翔子、いっきまぁっす!」
蟻地獄に近付く。翔子は名乗りを上げた後立ち止まって狙いを定め始めた。燕はそのまま駆ける。砂に足を取られそうになってバーストダッシュを使った。これで場所によるマイナスはなくなる。
カルスノウトを構えた。飛び込んで行った勢いを殺さぬまま蟻地獄に突撃するが、弾かれた。思っていた以上に固い。
「まあ、あちらのあんさんが無理でウチならできるって言うのも変な話やね」
九郎を見ながら燕が呟くと、その九郎と目が合った。クイ、と顎で巨大蟻地獄を示された。こくりと頷き、一呼吸の間を置いて二人は同時に突撃する。
ガキン、と重い音。二人同時の攻撃でも、ほとんどダメージは通っていないだろう。九郎の舌打ちが聞こえたと同時に、砂埃が舞い上がった。蟻地獄がどこに居るのかわからなくなる。背筋に冷たい汗が伝った。
「燕殿! 左です!」
紫織の裂帛した声。左を見た。居た、大きな口を開けている。牙が見えた。大きな口にふさわしい大きな牙だ。
食われる。そう思った瞬間、銃撃音。口内を狙って飛んできたその弾は、的確に相手を貫いた。なんとも表現しがたい悲鳴のようなものを上げて、蟻地獄は砂の中に潜った。
「大丈夫?」
翔子の声が少し遠くから聞こえる。撃ったのは翔子か。
「おおきに。ゴーグルでも買っておけばよかったなぁ、砂飛ばされると目ぇ開けてられへんわ」
「あはは。気を抜かないでいこう、ボクもできるだけサポートするから」
「せやね」
改めて剣を構え、再び姿を現した大蟻地獄を睨みつけるのだった。
葉山 龍壱(はやま・りゅういち)は巣に向かって歩き出す。
「龍壱さん! 待って下さい」
それを止めたのはパートナーの空菜 雪(そらな・ゆき)だ。呼びかけに足を止めると、雪が駆け寄ってくる。
「行くのですか?」
「ここから見ていても何も変わらないだろう?」
心配そうに見上げる雪の髪を梳きながら、龍壱は言った。
「……そう、ですね」
「無理はしない」
「はい。約束です」
「ああ」
指きりげんまんで約束を交わし、指をつないだまま雪はパワーブレスを龍壱にかけた。
「加護がありますように」
「ありがとう」
二人は柔らかく微笑んでから指を離す。
龍壱がまた一歩、と巣に向かう。その龍壱の後を雪がついて行く。
蟻地獄の淵まで来たとき、龍壱は静かに告げた。
「行くぞ、雪……無理はしないでくれよ」
「兵は神速を尊ぶ、という。ここでグズグズしていて逃げられたら元も子もない」
ウェイル・アクレイン(うぇいる・あくれいん)が呟いた。
「いろいろと気になることはありますけどね、巣の移動とか」
ウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)も言葉を続ける。
「まあ、あまり考えすぎて動けないっていうのも考えものですし、動いた方がいいでしょうね」
「しかし、あんなものを相手にただ闇雲に突っ込むのは拙速。だが、上策である思う。味方も居るしな」
「わかってますよ。ウェイルさんとリーズが突っ込んで行くから、オレが『火炎流弾』で支援する。支援されまくりのウィングさんは御影流幻神剣で攻撃。つまり蟻地獄をフルボッコ。そうでしょ?」
呟きを受けて、七枷 陣(ななかせ・じん)が不敵に笑う。隣でリーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)がフルボッコという言葉を聞いて屈伸運動を開始した。「フルフルフルボッコ〜♪」とリズムのおかしな即興曲を口ずさみつつ。
「そのとおり。じゃ、こっち持ってくれ」
ニ、と薄く笑い、ウェイルが身体に結んだ命綱を陣に持たせた。それを見て、
「リーズもほら、命綱!」
「えー、ボクいらないよ! 動きにくくなるじゃん」
「なんかあったらどうするんだよ」
「逃げちゃうもんねっ。ねーまだあっち行っちゃダメ?」
リーズはぴょこぴょこちょこちょこと動きながら言った。彼女の動きに合わせて揺れていたもみあげを引っ張って陣はリーズの動きを止める。
「いたたっ」
「えーかげんにせぇよー? 泣かせたるぞ?」
「やーだー、いじめっ子離してー」
すでに涙眼のリーズの髪をクイクイと引っ張って、諌めると同時に少し楽しんでいたら、
「……俺、一人で先行くか」
「お供しましょうか? 私一人でここに残されても微妙な空気になってしまいますし」
ウェイルとウィングに呟かれた。二人は数秒顔を見合せて、
「行くか」
「はい」
巣に向かって行ってしまった。
「あっちょ、ウェイルさんウィングさん! 待って下さいよ!」
「痴話喧嘩始めるなよ」
「仲が良いのはいいことなんですけど。羨ましいくらいに」
「痴話じゃないですよ、誤解です!」
「ボク、蟻地獄フルボッコ行きまーすっ」
ウェイルとウィング、陣のやり取りを無視して、髪を引っ張られると言う行為から逃れたリーズが蟻地獄に突っ込んでいく。
「あっこら! リーズ!」
思わず声を張り上げる陣の肩を、ウェイルが叩いた。
「安心しろ、おまえがあの子を心配しているのはわかっている。攻撃から味方を守るのがナイトの務めだ。あの昆虫には指一本触れさせない」
「……ありがとうございます。ちょっと安心しました」
「問題ない」
ウェイルが蟻地獄の巣に飛び込んで行く。
「それじゃ、私も出来る限りのことをしましょう。
――星神【天津甕星】よ!我に彼のものを打ち破る力を与え給え・・御影流幻神剣【炎星爆流撃】!!」
巣の中に飛び込んでいくウィングは炎を纏い、まるで燃え盛る隕石のようで。
あの二人は、とても頼もしい味方だ。リーズだってノリが軽いけれど腕前の程は自分がよくわかっている。
だから、全員の力を最大限に引き出せるように手助けをしよう。
陣は、魔法の詠唱を開始した。
「僕も飛び込んでみようかなあ」
数組のやり取りを見ていた十倉 朱華(とくら・はねず)が小さく呟いた。
小さな呟きも聞き洩らさなかったウィスタリア・メドウ(うぃすたりあ・めどう)はすぐに朱華の肩を掴み、まっすぐ目を見て言う。
「朱華!? あなたは突然何を言い出すんですか!」
「いや、行方不明の人たち助けたいし、他のみんなも飛び込んだし」
「だからって危険でしょう。アントライオンは軽い傷しか負っていないようですし、刺激したことによって攻撃性が高まっているのですよ?」
ビシ、と巨大な巣の中で暴れている蟻地獄を指さす。
斬られる、焼かれると言った、決して小さくはない刺激を与えられた蟻地獄は噛み付いてやろうと大きく口を開けて暴れまわる。その暴れ様を見る限り、今までのダメージで動きが鈍ったとは思えない。
「いや、怪我って言ったら僕らは無傷で元気だし。それに目の前で困ってる人が居るんだから、力になりたいじゃない?」
「そう言いますけど――」
「まぁどうにかなるよ」
「……はぁ」
ウィスは大きくため息をついた。
「わかってくれてありがとう」
対照的ににこりと笑う朱華。
「朱華は一度私の身になってみるわけですね」
「うん、無理。ごめん」
「わかっています。飛び込むのですか?」
「うん」
「なら」
ウィスは朱華の手を取る。少し後パワーブレスが付加され、気分が少し高揚したのが朱華にもわかった。
「私もお供します。危険だと判断したら引きずり出しますからね」
そう言いつつ、朱華よりも先にウィスは巣に降りて行くのだった。
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