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リアクション
【1】
「本当に来たでござる」
椿 薫(つばき・かおる)は飛行船を見て思わず呟いた。手に力が入る。くしゃり、と音がし、慌てて右手を開いた。右手には先日届いた招待状が握られていたことをすっかり忘れていた。ついてしまった皺を丁寧に伸ばす。
誰から届いたのかわからない招待状。乗船券でもある招待状。
「ニンニン……大きな船でござる」
薫は、すぐに乗り込みはせずしばらく遠目で観察する。覗き部たるもの、いついかなる時でも観察眼は養っておくのだ。
しかし観察対象が船というのはあまり面白くない。
中に入れば、もっといろいろなものが見られるかもしれない。
「よし、入ってみるでござる」
すすすすっとドアから中に入ると、
「椿薫様でございますね」
すぐさま声を掛けられて、冗談抜きで飛び上がる。ドアの横に誰かが立っていたらしい。顔を仮面で隠していて、性別のわからない人だった。
「招待状を」
「はいでござる」
そして確認されて、広間へと通された。広間には鏡があるだけで、人影はない。
「その鏡に手を触れてください」
「こうでござるか?」
鏡に触れる。ひんやりとした硬い感触。目の前が明るくなった、と思った時、もうそこに鏡はなかった。鏡は背後にあった。通り抜けた、と考えがそこに至った瞬間、
「もしかして私っすか?」
活発そうな少女から声を掛けられて戸惑う。
「鏡の中の、拙者?」
「はいっす。はじめまして、私。遅刻っすよ」
「申し訳ないでござる。覗き部としていろいろ観察してから来たかったでござるよ」
「わかるっす。私も、いろいろ探索してから来たっすから」
鏡の中の自分も、薫と同じように好奇心旺盛なようだった。猫のように目を細めて笑う彼女を見て、薫も笑う。
不意に、会場に流れていたクラシカルな音楽が止まった。
『はじめまして皆様。本日は忙しい中集まっていただき感謝の言葉もございません。主催者のシュピーゲルと申します、以後お見知り置きを』
代わりに流れた声は、女声にしては低く、男声にしては高いような中性的な声だった。招待状を見せるように言ってきたあの仮面の人物もこんな声だったかもしれない。
お見知り置きを、と言っておきながら姿は見せない。声もどこから流れているのかわからなかった。
『皆様の前に出て挨拶をしない、この非礼をどうかお許しくださいませ。私は酷く小心者で恥ずかしがりなのです。
ですので皆様は、そんな私に構わず今日この日をお楽しみください。ダンスパーティは、ダンスホールにある大時計が零時を指したとき終わります。この世界は、今日限りの鏡の世界。参加者は皆様だけでございます。邪魔が入ることのないこの世界で、存分に”もう一人の自分”との時間をお楽しみください』
放送が途切れて、再びクラシカルな音楽が流れ出す。
言われて時計を見た。同じように時計を見る人が何人か居て、近くに居る鏡の中の自分も視線を時計に向けていた。同じ考えと行動に、少し笑う。
時計の長針は十二を指して、短針は八を指していた。
午後八時ちょうど。
終わりまで、あと四時間。
ダンスパーティは、始まったばかりだ。
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