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リアクション
パッフェルが去った後の大講義室では、ヒールを使うことが出来る生徒を中心に、怪我を負った生徒の治療が行われていた。
大粒の涙を零しながら、大神 愛(おおかみ・あい)は気を失ったままの神代 正義(かみしろ・まさよし)に必死にヒールをかけていた。そんな愛に、ナナ・ノルデン(なな・のるでん)はそっと寄り添うと、静かに愛にヒールをかけた。
「あなたにも、必要でしょう」
「正義…… 、正義…………」
「大丈夫、ヒーローは必ず目を覚ます、そうでしょう?」
「ナナ、連れてきたよ」
ナナのパートナーであるズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)が有志の担架班を連れてきた。
「彼女もお願い、水晶化してるわ」
「わかった。さぁ、行こう。立てる?」
正義を乗せた担架と共にズィーベンと愛は大講義室を出て行った。入れ違いに室内に入ってきた葉月 アクア(はづき・あくあ)は葉月 ショウ(はづき・しょう)の姿を見つけると、倒れそうになりながらも駆け寄った。
「アクっ、大丈夫だったか?」
「うん。リーンさんと政敏さんに助けてもらったの」
アクアに呼ばれた緋山 政敏(ひやま・まさとし)とリーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)は、ショウに小さく会釈をした。
「ありがとう。本当に助かったよ」
「いや。それよりアンタは… 毒か?」
「あぁ、治療はしてもらったけど、まだ上手く動けなくてな」
「水晶化に波動弾、それから毒か。厄介だな」
「あぁ、人質交換も、一筋縄ではいかないだろうな」
「女王器を渡さないってどういう事だよ!!」
破裂したような声が室内に散った。ショウと政敏が顔を向けると、姫宮 和希(ひめみや・かずき)が出雲 竜牙(いずも・りょうが)が顔を突き合わせていた。
「彼女を見捨てるってのか!!」
「そうは言ってない、相手の要求通りに取引に応じる訳にはいかないと言っているんだ」
「同じだろう! これだけの被害が出たんだ、争うことなく済むなら、その方が良いに決まってる」
「正体も、個人なのか組織なのかも分からない奴に襲撃を許し、そのうえ言われるままに女王器を差し出したとなれば、イルミンスールの尊厳は確実に失墜する」
「そんな事言ってる場合じゃないだろ!」
「言ってる場合だ! 外から見りゃ、イルミンがどっかのテロ屋に屈して女王器を手放したって見られるんだよ、そんな屈辱を許して良い訳がない。なぁ、ノーム教諭」
竜牙に問われても、教諭は答えるどころか、手を止める事すらせずに、全身が水晶化したユイード・リントワーグの体を乱暴な手つきで調べていた。教諭はハッと顔を上げると、室内へと声を投げた。
「図書館で調べをしていた生徒!! 誰だぃ!」
「あっ、はい。…… 私、です」
「私もです」
教諭は、手を上げた晃月 蒼(あきつき・あお)と水神 樹(みなかみ・いつき)に、成果を報告をするよう告げた。
「あ、あの、医療の専門書を中心に調べても、何も…」、
「私は、民俗学や伝承の本を調べましたが、こちらも目ぼしい成果があったとは言えません」
「もっと人数をかけて調べる事だ! 何としても手がかりを見つけるんだ!!」
「は、はいぃ」
教諭の視線が自分たちに向く事なくユイードに戻りそうに思えた竜牙は再びに呼びかけたが、教諭の顔は既に引きつっていた。
「下らない騒音を上げるな! 取引には応じる、女王器と引き換えにアリシアを取り戻す」
「取引に応じる? 女王器を渡すつもりですか!」
「当然だ!」
「そんな! 事態は既に一介の生徒や教諭が責任を取れるような状況ではないはずです」
「アリシアの命がかかってる!! そのために最適な手段を用いる!! それだけだ!!」
「ノームちゃん、落ち着くですぅ」
聞き慣れた声に、そしてその声の威圧感に一同は身をすくめた。室内を舞い、黒板の縁にとまった梟の使い魔がエリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)の声を発していた。
「イライラしても解決しないです。まずは落ち着くことです」
「………………」
「校長! あなたも十二星華の要求に応じるおつもりなのですか」
「私からもよろしいでしょうか、ご提案したいことがあります」
チーム「交渉人」のクロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)が手を上げて発言をした所で、梟の使い魔が徐に羽を羽ばたかせた。
「バラバラに動かれたら困るですぅ。パッフェルという十二星華について、知っていることや気付いたことがある生徒、それから意見のある生徒は、学校は問わないですぅ、校長室に報告に来ること。ノームちゃん、あなたも来るですよぅ」
皆が見上げる中、梟の使い魔は悠然と部屋を舞い出て行くのだった。
校長室には、大講義室でパッフェルと対峙した生徒や水晶化した生徒たちが、各々気付いた事や情報を報告するために続々と出入りをしていた。
報告を済ませた譲葉 大和(ゆずりは・やまと)が部屋から出たのを最後に、校長室の扉は閉められた。部屋には今後の対応についての話し合いに参加したいと述べた生徒数名とノーム教諭が残っていた。発言を促されたクロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)が口火を切った。
「イルミンスールが女王候補を擁立するのです」
「???」
「どういうことじゃ?」
エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)とアーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)は同じように眉を潜めたが、クロセルは笑みを浮かべて続けた。
「先日、女王候補宣言をしたミルザム・ツァンダは、蒼空学園との結びつきが強いです。例えイルミンスールが女王器を守った所で、蒼空学園リードの状況は変わりません。そこで我々が対立候補を擁立する事で巻き返しを図るのです」
「対立候補ぉ?」
「えぇ、ミルザム・ツァンダ以外で女王候補として有力だと考えられるのは、十二星華でしょう」
「話にならぬな」
ため息をついたアーデルハイトに、クロセルのパートナーであるシャーミアン・ロウ(しゃーみあん・ろう)と、ロウの肩に乗っているドラゴニュートのマナ・ウィンスレット(まな・うぃんすれっと)が問い訊いた。
「なぜだ? 筋は通っていると思うが」
「女王候補宣言は実質、6首長家6学園がミルザム・ツァンダを女王候補として擁立した事を意味しておる。その協定を破るなど、できるはずがないじゃろう」
「では校長先生は、蒼空学園にリードを許したままで良いのですか?」
「うぅ〜、それは嫌ですぅ」
「でしたら、やはり十二星華と手を組んで、事件を平和的に終結させましょう」
「ならん!!」
机を叩く音と共にアーデルハイトが声を荒げた。
「十二星華と手を組むなど、ありえぬ」
「なぜです! 学園で起きた事件も、これから奴らが起こすであろう事件も、未然に防ぐ事だって出来るかもしれないのです! この機会を逃してはイルミンスールでもフォローしきれないでしょう!」
「6首長家を裏切った上に、テロを起こすような連中と手を組むなど… 恥の極みであるぞ!」
「十二星華が鏖殺寺院と繋がっている可能性があるからですか?」
「鏖殺寺院が関わっているですか? そんな話は聞いてないですぅし、確たる結論が出るまでは、そういった話は進められないですぅ、分かるですよねぇ」
「しかし今回の取引に関しましては、我々の協力をチラつかせれば、水晶化の治療法や彼女たちの情報を引き出せるかもしれません」
「イルミンスールは奴らに協力など、せぬ!」
「とにかくぅ、朝になったらパッフェルとの取引があるです、それまでに出来るだけの事をするですぅ」
「待って下さい!」
エリザベートの言葉に、出雲 竜牙(いずも・りょうが)が身を乗り出して言った。
「奴らに女王器を渡すのですか?」
「もちろんですぅ、人質がいるですから」
「テロに屈したとなれば、イルミンスールの尊厳は失墜しますよ」
「人質や生徒たちを守れなかった、という方がカッコ悪いと思うです」
「その通りじゃ。ノーム。分かっておるな?」
「えぇ。朝までには必ず」
「出発までに、じゃ。よいな」
ノーム教諭は足早に部屋を出て行った。表情に冷静さは戻っていたが、代わりに焦りが現れていた。
アリシアの命に加えて水晶化の解除方法まで握られている、目の前の取引は現状、圧倒的に不利であるのだ。よって取引までに水晶化の謎を解き、条件をイーブンにする事が求められているのだが、その為の時間は非常に限られたものであった。
竜牙のパートナーであるモニカ・アインハルト(もにか・あいんはると)は、教諭の背を見送りながら竜牙に呟いた。
「で、どうするの竜牙。そのパッフェルって女、口説きにでも行くつもり?」
「おっと、真面目な話をした後にそういう事言うかぃ。台無しになるだろ」
竜牙は笑いながら言ったが、モニカは声のトーンを変えずに続けた。
「それなら、校内を警備する、で良いのね」
「校内の警備?」
肩の上のマナの問いに、竜牙は覗き込むようにして答えた。
「あぁ、女王器が狙いって割には行動が不可解だからな、狙いが別にある可能性だって考えられるだろ?」
「確かに。一度に全身を水晶化させる力がありながら数日間も時間をかけた事などを考えれば… 不可解ではある」
「真の目的は取引の為に生徒が出払って手薄になったイルミンスール、ってもの面白いだろ?」
「そう思うなら、早く警備するですぅ」
エリザベートが頬を膨らせたのを見て、生徒たちは慌てて校長室から出て行った。
陽が昇るまで、いや、出発までの、それまでに。 解決すべき事や準備しておく事などは多くある。無論、取引の際の策を含めて。
イルミンスールの眠らない夜が本格的に始まったのだった。
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