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消えた愛美と占いの館

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消えた愛美と占いの館

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梅木毅の憂鬱『吐露』
『愛美が行方不明になっちゃったの! お願い、力を貸してー!』
 留守電のメッセージを聞きながら、御茶ノ水 千代(おちゃのみず・ちよ)は深く紫煙を吐き出した。
「ったく、もう少し具体的な情報まで入れときなさいっての」
 千代は携帯をしまい込み、指に挟んでいたタバコをくわえなおす。
「おかげで、小谷愛美の身辺洗うのにだいぶ時間かかっちゃったじゃないの」
 開いた両手で、千代は黒皮の手帳を繰る。
 小谷愛美を中心に、パートナーのマリエル、恋人候補の梅木毅、さらにその周辺人物などをピックアップしたメモが、紙面をびっしり埋め尽くしている。
「マリエルのほうはもう独自に動いてるみたいだし、あと手を出すとしたらこっちかねー……」
 つぶやきながら、千代は紙面に書かれた「梅木毅」の名前を指でなぞった。
「――すみません」
 不意に声をかけられて、千代は顔を上げた。
 上等のスーツをぴしりと着こなした妙齢の女性が、澄んだブルーの瞳で千代を見据えている。
「……ああ」
 しばらく考えてから、千代はタバコを口から離した。
「ごめんごめん、学園内は禁煙か」
 あわてて吸殻を携帯灰皿に収める。妙齢の女性は、かすかに眉をひそめて見せた。
「……えっと、私は蒼空の教員ではありません」
「へ? 私はてっきり、学園雇いのガードマンかと」
「……OLのつもりだったのですが」
 顔に似合わずしゅんとして、女性が恨めしそうに千代を見た。
ガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)といいます。少しお伺いしたいのですが、梅木毅という人物をご存知ですか」
 ああ、なるほど、と千代は頭の中で両手を打った。
「なるほど、アンタも調査か」
「ええ、そんなところです」
「しかも、かなりの手練だね? 私も諜報活動には自信があるけど、君もかなりやりそうだ」
「それほどでも」
「しかしまあ、なんつーか、状況も年齢も近いのがいて、私はなんだかうれしーよ」
 笑って握手を求めると、ハーレックは、
「年齢も……近い……?」
 悩ましげな目で千代を凝視しながら、おずおずと握手を返してきた。
「私も梅木毅に目ぇつけてたんだ、良ければ一緒に行こうか」
「年齢も……近い……?」
 まだどこか納得がいかなそうに、ハーレックは頷いた。

「探しに行っていいかわからない?」
 清泉 北都(いずみ・ほくと)が首をかしげると、梅木毅は弱々しく頷いた。
 放課後、それも夕方に差し掛かった教室には、すっかり人気がない。
 椅子に座ってうなだれた毅を囲むように、北都と白銀 昶(しろがね・あきら)浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)が立つ。夕日に赤く染まっていく、がらんとした教室にいる人間は、それきりだった。
「俺は……小谷さんを探しに行ってもいいんだろうか」
 北都はますます首をかしげて、眉根を寄せて、毅のつむじを凝視した。
「でも、二人は付き合ってるんじゃないのかい?」
「運命の人と言われて……友達からって言って、しばらく一緒にいた……。それだけだ」
「だから、真剣に探す義理はねえ、ってこと?」
 昶がきょとんとした顔で言うと、毅は「とんでもない」と首を振った。
「許されるなら探すし、そのための努力を惜しむ気はない。……けど、俺はあまりに小谷さんを知らなすぎる。小谷さんの言う運命の人ってのは、どんな位置づけなんだろう」
 毅は頭を抱えて、また深くうなだれた。
「小谷さんが、もし他人には知られたくないような事情で失踪してたとしたら? パートナーのマリエルさんは、きっと小谷さんと信頼しあっていて、きっと他人じゃないから、探して、見つけても、小谷さんは嫌がらないだろうけど。……じゃあ、運命の人は? 運命の人ってのは、小谷さんにどこまで踏み込んでも許されるんだ?」
「わかんないですね」
 翡翠が、あごに手を当てて唸った。あどけなさを残す幼い顔には、それに相反するように知的な表情が浮かんでいる。
「梅木さんって、モテますよね。きっと、女性経験だってたくさんあるんでしょう? なのになんで今更、その、恋人候補との距離感で、そんなに悩んでいるんでしょう?」
「モテるなんて、まさか!」
 毅がはじかれたように頭を上げて、否定した。
「俺、部活とかでそりゃ女子とは話してるけどさ、付き合うとか、恋人とか、そういうのを意識して女の子と過ごすのは、小谷さんが初めてなんだよ……。だから、よくわかんないんだ。恋人とか、恋人候補とか、運命の人とかで、踏み込んでいいラインがどこにあるのか……」
「つまり……友達と恋愛のラインが分からないってこと……?」
「つーか、どこまで踏み込んでいいのか、ラインがわからない、かな。それに小谷さんって、なんかこう、運命の人とか、俺の知らない言葉たくさん使うから……。余計に、俺ってどのあたりの位置にいるんだかわかんなくなって……」
「なるほど。……理解できるなぁ。僕は、すごく」
 北都が頷くと、昶が「信じられねえ」と言う顔で眉をひそめた。
「……私も、ちょっと分かります」
 翡翠も同意の声を上げると、昶はとうとう、
「マジか!?」
 と素っ頓狂な声を上げた。
「私、幼いころ両親に捨てられたんです。その影響なんだと思うんですけど、他人から寄せられる好意に、どうしても懐疑的になってしまって……」
 眉根を寄せながら、翡翠が言う。
「どんなに仲良くなった人に対してでも、自分から関わる時に躊躇してしまうんです。あれ、自分はこの人に馴れ馴れしく声かけてもいいんだっけ? ……って」
「あー、なるほどな。つまり梅木は女と付き合ったことがねーから、恋人っつーのが「どこまで踏み込んでいい存在」かわかんねーってことか」
 昶があっさり言うと、毅は「うぐ……」と呻いた。
「わっかんねーな。ンなの、おまえが踏み込みたきゃ踏み込みゃいいし、踏み込みたくなきゃ踏み込まなきゃいい。それだけのことじゃねーか。何いちいち悩んでんだか」
「まあ考えようによっては、そんなに悩んでしまうほど、小谷さんを傷つけたくない、ってことになるんでしょうね」
 翡翠の言葉に、こわばっていた毅の顔がかすかに緩んで、
「ま。裏を返せば、それだけ自分が傷つきたくない、ってことにもなるんですが」
 またすぐにこわばった。
「――ヘイお待ち、ロックスター商会からおせっかいの押し売りだぜ!」
 スライドドアを乱暴に蹴り開けて、トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)がずかずかと教室に踏み入ってきた。
 北都たちの間をすり抜けて、トライブは毅の真向かいに腰を下ろした。ぎしりと椅子の背をそらし、毅の机に組んだ両足を乗せる。
「よう梅木毅。愛美の恋人候補ともあろう野郎が、まだこんなとこでくすぶってるたァ一体全体何事だ!?」
 トライブは腹式呼吸で怒鳴った後、ふと語調を緩めた。
「……と、活を入れるつもりで来たんだがよ。すまねえ、さっきまでの話、立ち聞きしちまった」
「はは……情けないだろ?」
 自嘲気味に笑った毅を、トライブはかぶりを振って否定した。
「ンなこたァねえよ。女をアクセサリーみてえに思ってるそこいらのクズ野郎どもからァ、ぜってえ聞けねえような言葉だったぜ? ……まあ、状況が状況だ。確かにここでくすぶってることに関しては、文句の二、三も言いてえがよ。お前が真剣に愛美とのことを考えてるなァ、よーく分かったぜ」
「――なんだ、飼い主殿。そいつは噛み殺さんのか? つまらん」
 一匹の狼が、銀の瞳を輝かせながら教室へと踏み入ってきた。
 さすがに、毅や北都たちがびくりと肩を跳ねさせる。
「バカヤロウ、一媛。お前も聞いてたろうが、さっきの言葉。ドヤ街育ちにゃ、ちと涙腺に来る悩みだったじゃねえか」
 ずっ、とトライブは鼻をすすった。
 蘭堂 一媛(らんどう・いちひめ)が、するりと人の姿に戻って、鼻を鳴らす。
「一媛にはつまらん感傷にしか聞こえなかったがな。現に愛美とやらは姿を消しておるのであろう? それを探し出さんことには踏み込むラインも何もない。梅木とやら。おぬしの理屈は今のところ、飢えた子供に説法をして救った気になっておるような、ばかな聖職者と程度が同じだ」
「ハッ! さすが一媛! 手厳しいが、的を射てる!」
 トライブは机から足を下ろし、まるでガンをつけるように、毅に顔を近づけた。
「そういうこったな、梅木サン。まずは、何はともあれ愛美の捜索だ。あれこれ悩むのはその後にしようぜ? 飢えたガキにはまずパンだ。聖書はその後。オーライ?」
「……しかし」
 毅が言いよどんだ瞬間、トライブが入ってきたのとは逆側のスライドドアが、またしても乱暴に蹴り開けられた。
「梅木毅っての、いるかい!?」
 吼えるような声とともに、御茶ノ水 千代とガートルード・ハーレックが、足音も高く教室へと踏み込んできた。