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涼司と秘湯とエコーの秘密

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涼司と秘湯とエコーの秘密

リアクション

【1・奮戦の二人】

キィン カァン ガキィッ ギンッ

 空京に存在する『エコーの洞窟』という名の洞穴。
 その中では今、金属同士がぶつかり合うような音が反響していた。
 それは西側通路内で戦っている山葉涼司(やまは・りょうじ)日比谷皐月(ひびや・さつき)、そして花音・アームルート(かのん・あーむるーと)音井博季(おとい・ひろき)の攻防により発せられる音である。
「どうしたよっ! 俺の攻撃をっ、受けるばっかじゃっ、勝てないぜっ!」
「そんなこと、オレだってわかってんだよっ!」
 皐月はコンバットシールドで攻撃を防ぎ、たまに思い出したように打撃を繰り出していた……ギターで。
「どうでもいいけどっ、なんだよっ、そのっ、武器はっ!」
「ギターは殴るモノ。常識だろ?」
 皐月が持つのは、相手を傷付けない事に特化した漆黒ボディのリバースフライングV(ギ×ソン社製のギター)。れっきとした光条兵器である。
「ひとりずつあたし達と戦って、消耗させる作戦ですか?」
「それは秘密です、僕は僕の役割を果たすだけです」
 そして花音に対している博季もまた、彼女のヘキサハンマーを受け続け防御に徹し。ちらりと自身の背後に視線を向けた。
 そこには、赤羽美央(あかばね・みお)クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)マナ・ウィンスレット(まな・うぃんすれっと)シャーミアン・ロウ(しゃーみあん・ろう)。更に鬼崎朔(きざき・さく)ブラッドクロス・カリン(ぶらっどくろす・かりん)スカサハ・オイフェウス(すかさは・おいふぇうす)尼崎里也(あまがさき・りや)達が控えていた。
 計十名からなる彼らは、以前立ち上げた【雪だるま王国】の面々である。
 そんな彼らが雁首を揃えてなぜ戦っているのかというと。
 それはほんの数分前。
 美央が涼司の前にやってくるなり、
「貴方達が隠しているのは、永遠に無くならない雪だるまでしょう!」
 などと言いはなったのがきっかけであった。
 脈絡のないその言葉に涼司と花音はぽかんとしたが、
「いや、べつにそんなのないから」「気にしないでください、ホントに何もありませんよ」
 首を振り、愛想笑いで返していた。しかしそんなふたりの態度に美央は余計に雪だるまに対するテンションを上がらせてしまっていた。
「やはりこの期に及んで隠し立てするとは……やはりそこの眼鏡は王国にとっての害悪でしかないようです……立ち上がれ国民よ! いざ、雪だるまの為に!」
 そう合図をすると、後ろに控えていた国民達が姿を見せ――そして現在、戦っているという次第だった。ちなみに美央はひとり運んできたマッサージチェアに座り、まさに王国の女王よろしく指示をしていた。
 もっとも前衛を買って出た皐月と博季をはじめ、全員に雪だるまの加護という名のアイスプロテクトをかけるという配慮は行っていたが。
 そして。
「さて。わかっているとは思いますが、俺達のことも忘れないでくださいね」
「多勢に無勢で卑怯なのは承知の上ですけど容赦はしないのだよ」
 クロセルとマナによる、後方からの氷術による波状攻撃も仕掛けられていく。ちなみにふたりは遠距離攻撃を警戒して腹ばいの態勢をとっている。
 そんなふたりからの攻撃だったが、それらは涼司達ではなく、周りの天井や壁にぶつかってそこかしこを凍らせるばかりだった。
「どこ狙ってるんだ。味方に当たるのが怖いのか? それともただヘタなだけかよ」
「いえ。どちらでもありません、雪だるま王国らしい、クールな攻め方をしているだけですよ」
 はじめは嘲笑する涼司だったが、意味深なクロセルの言葉と周囲の変化に気づき顔が強張った。
 そう、周囲に着弾した氷は徐々に気温を下げ始めていた。この洞窟は温泉があるゆえ、冬でもかなりあたたかく氷が溶けるのも早かったが。狭い場所に氷術攻撃が次から次と繰り出されていけば、寒くなるのは必然で。そうなれば――
「くそ……地味に厄介だな」
 涼司も体温を奪われ、手足が悴んで剣を握る力が弱くなっているのに気づいていた。
 加えて、美央からの加護がある彼らにはその冷気への耐性がある。
「このままいけば、ゴリ押しされるのは必至だな。なら……!」
「うっ、この……!」
 そうなる前に一気に畳み掛けようと、涼司は力まかせに皐月を押し返し、そのまま後方のふたりもろともに攻撃しようと試みるが。
「おっと、そうはいきません。雪だるま王国の覇道を……そして、マナ様の花道を阻む者は、例えそれが誰であれ、徹頭徹尾排斥いたします」
 マナの後方に控えたシャーミアンがそれを察し、機関銃で牽制攻撃を仕掛けてきた。
 ガガガガと足元に弾丸が乱射され、思わず飛びのく涼司。もっともその弾丸はゴム製の弱装弾に変えてあるのだが……それでも警戒を余儀なくされる涼司と花音。
「マナ様! あと、ついでにクロセル! 回復、いきますよ!」
「ついでって……オイ」「ありがと、助かるよ!」
 しかも彼女は、ふたりのSPが底を尽きかけたのを見計らい、アイテムのバラの花束を取り出して放り投げたかと思うと、それを機関銃で撃ちぬき散らばらせ、香りで癒すパフォーマンスを試みていた。
 その芸当よりも、回復されることに舌打ちする涼司。
「油断は、禁物ですよ!」
 と、そちらに気を取られた隙を見て、花音の剣を弾き、涼司へと接近しアルティマ・トゥーレで攻撃を繰り出す博季。
「っ!? ……くっ!」
 涼司はその冷気が付加された剣撃を辛くも受け止めるが、伝わる冷気をもろに手に感じて思わず声を漏らしていた。
「涼司さん!」
『涼司さん!』
 花音の叫びと、それに続く形で別の女の子の声が響いた。
「……? 今の声は……?」
 奇妙なその声に美央は周りの女性陣に顔を向けるが、マナでもシャーミアンでも、朔達四人でもないようだった。そこで残る可能性に思い当たる。
「あなたはもしかして、このエコーの洞窟の、エコーさんですか?」
『エコー、です』
 美央の問いかけに、確かに返答が戻ってきていた。
「あの。ここの温泉には、死者を蘇らせる効力があると聞きました」
『…………』
「だからさっき、温泉のお湯を雪だるまに染み込ませて不死身の雪だるまを作ろうとしたのに、溶けちゃったじゃないですか!」
「いやいや。常識的に考えて、雪だるまにお湯染み込ませたら溶けねーか? 普通」
 と、少し下がって様子を伺っている皐月はそう呟いていたが。
「それで、おふたりがなにかをとうせんぼしていると聞いてピンときたんです! 本当の温泉はこの奥にあるのでしょう!」
「……聞いちゃいねーし」
 その通りで、美央は洞窟の上壁に向けて叫び続けていた。
 どうやら一番最初の「貴方達が隠しているのは、永遠に無くならない雪だるまでしょう!」というセリフは、そういった事情を収束させまくった末の言葉だったらしい。
『温泉、不死身、いや、とおせんぼ、本当の――』
「無理に話す必要ねぇよエコー。俺達が止めていればそれで、もう全部解決すんだから」
 上手く返答しかねるエコーに、涼司が先に言葉を止めた。
『で、も』
「でもじゃねぇ。とにかく、話は終わりだ」
「すみません。今は引き返して、温泉にでも入っていてくだ……さいっ!」
 エコーの介入で一時止まった戦闘を再開せんと、涼司と花音は同時に向かっていくが。それをすかさずチェインスマイトで捌く皐月。
「そっちも聞く耳なしってことか、事情を話してくれればと思ってたんだけどな」
「あいにく温泉に来てもいっしょに入る恋人なんかおりませんのでね!」
 博季も再び戦線に加わり、涼司と剣を合わせる。
 実際博季とて、本当に溶けない雪だるまの話を真に受けているわけではなかった。彼は個人的に、この奥にあるものは「エコーの恋人が生き返るための何か」だと予想していたのである。
「それで結局、溶けても蘇える雪だるまがあるって、本当ですか?」
 ゆえに、エコーへの問い合わせが成功するよう上手く単語を操って喋りつつ攻撃を繰り返すが。
『…………』
 エコーからの返答は、なかった。
 予想が的外れだったのか、単にだんまりを決め込むことにしたのかは不明だったが。
「話は、終わりだって言っただろっ!」「申し訳……ありませんっ!」
「うわっ!」「つっ……!」
 答えが来る前に、涼司と花音の容赦なしの攻撃が博季と皐月にヒットし、思わず片膝を折るふたり。クロセル達の氷術で涼司達の体力は確実に奪われている筈だったが、それでもどうやらふたりの本気の度合いが戦闘にも影響を及ぼしているようだった。
「下がれ! 選手交代だ!」
 それを受けて、ふたりを下がらせ代わりに前衛に立ったのは朔。
「お前たち! あくまで雪だるま王国に反逆する気か!! ならば、散れ!!!」
 宣言を行い、そして機関銃を乱射していく。
 ドガガガガガ! と、今度はシャーミアンのときよりも威力の強い弾丸が放たれていく。その猛攻に、涼司と花音は慌てて武器を縦に構えて身を守る。
「朔は容赦ないですなぁ」
「さすが朔様であります!」
「朔ッチ、やり過ぎないようにね……」
 笑っている里也、無邪気に喜んでるスカサハ、やる気なさげにぼやくカリン。
 朔のパートナー達は各々そんな風に余裕綽々だが、涼司達のほうはさすがに焦っていた。この弾幕では、うかつに手出しができない。しかしいつまでも防御に徹していては、クロセル達の氷術攻撃の影響で体力が尽きてしまいかねない。
 となれば、とるべき手段は限られてくる訳で。
 弾切れで銃撃を止ませた瞬間を狙い、ふたりは一気に距離を詰めて朔へとかかって行った。しかし、そうしてくることも朔とて予想の範囲内であった。
「朔ッチに、手出しはさせないよ!」
「さあて、私も暴れさせて貰うとしますかな」
 パートナーが狙われると、カリンは急にいきり立ち自身の光条兵器である短刀を手に、涼司に容赦なく殴りかかっていく。そして花音の方も、嬉々として戦闘に臨む里也に足止めさせられていた。
 そうして皆が護衛してくれたのを確認して、朔は機関銃に弾を込めなおし、更にスキルのアルティマ・トゥーレを付加させ確実に仕留めるべく狙いを定めようとした。が――
「さあ、スカサハも加勢するであります! 最大出力、轟雷閃――!」
 その前に、スカサハが勢いよく場に飛び込んできていた。
「ちょ、バカ……! 辺りに溶けた氷が満載のこの状態でそんな技使ったら……!」
 朔が声をかけるが、時既に遅し。

バリバリバリバリバリィッ!

「「「「ぎゃあああああああ!!!!」」」」
 涼司は元より、周囲のメンバーと自分までしっかり巻き込んで感電していた。
「うわ……あぶなかったでありますな……」
 唯一危険を察知してちゃっかり離れていた里也は、痺れて倒れ伏している朔達を自前のカメラで写真に残していた。
「涼司さん、しっかり! 傷は浅いですよ!」
 必然的に里也と交戦していた花音もかろうじて被害を免れたようで、倒れた涼司に涙目で駆け寄っていた。
 ともあれこれで涼司はダウンしたものの。博季と皐月が負傷し。朔、カリン、スカサハも痺れて動けなくなっていた。スカサハの自滅があったとはいえ、予想以上の涼司達の奮戦に残りのメンバーも思わず感心していた。しかし、
「どうやらここまででしょうね。悪く思わないでください」
 クロセルは呟くと、マナ達と共に取り押さえるべく近づこうとしたが。
 それに気づいた花音が、すぐさま鋭い視線に切り替えて剣を構えてくる。
「待って」
 と、そのとき今までひとり座っていた美央が立ち上がり声をかけてきた。
 その、少し真剣味のある声色に花音もクロセル達も若干驚いて美央の方へ視線を向けるが、美央の方はそちらではなく再び洞窟の天井を仰ぎ、問いかけた。
「エコーさん、これだけはちゃんと教えてください。この先にあるのは、死者を蘇らせる温泉じゃないんですか? 溶けない雪だるまを作れるようなものじゃないんですか?」
『死者を蘇らせる温泉じゃない、溶けない雪だるまを作れるようなものじゃない』
 エコーからの返答に、むぅ……と美央は思案する顔つきになる。
 だったらなにがあるのか気にはなったが、よほど深い理由があると察し。そして、
「国民の皆さん、ここは引き上げることにしましょう」
 そう宣言していた。
「いいのですか? せっかくここまで追い詰めたというのに」
 女王命令とはいえ、さすがに確認をとるクロセルだったが。
「このままだと、あの方は本当に残り全員を道連れにしてでも戦いそうですし。溶けない雪だるまが作れないなら、私はこの先に用はありませんから。協力してくれた皆さんには、申し訳ないですけど……」
「わかりました。俺達は、女王の命には絶対ですからね」
 美央のその言葉に、クロセルをはじめ全員が頷きあい、承諾の意を示した。
 そして美央が踵を返したのを皮切りに、博季と皐月はお互いに肩を貸しあい、朔達はクロセル達に連れられ(里也は手を貸さず写真をとっていたが)、引き返していった。
「……ありがとうございます」
 花音は、彼らの背に一言それだけを告げておいた。