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【十二の星の華】「夢見る虚像」(第2回/全3回)

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【十二の星の華】「夢見る虚像」(第2回/全3回)

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第三章 天秤への疑念

 パシッ、と。

 ティセラの胸元を狙って突き出した両手をはじかれ、シス・ブラッドフィールド(しす・ぶらっどふぃーるど)は空中で一回転。
 シュタンと着地すると、
「キシャー」
 怒りのこもった呼気を吐き出した。
「ふう。危ない危ない。おまえの爪で、レディーの柔肌が傷ついたらどうするんだ」
 呂布 奉先(りょふ・ほうせん)はティセラをかばうように立つと、シスを振り払った手をパンパンと払って見せた。
「くぅ〜! もう一歩で一太刀あびせられたのに残念だにゃ! オシオキ失敗じゃにゃいか! 邪魔するんじゃにゃいにゃ!」
 尻尾を逆立てるシスの言葉に、呂布はティセラの胸のあたりに視線を投げておいてからを口を開いた。
「猫には過ぎた代物だぜ。それに、これは俺のものだ。他人のものに手を出しちゃいけないって、教わらなかったか?」
「訳の分からないことを言ってるんじゃにゃいにゃ! だったら、自分のものでも触ってるがいいにゃ!」
「あっはっは。誰か他人の温もりだから価値があるんだろ? もっとも、とは言えもちろん自分の持ち物を卑下するつもりはないけどな」
 グッと呂布は自信たっぷりに胸をそらせた。
「ターゲット変更だにゃ」
 シスもその眼を鋭くとがらせ、ニヤリと笑い、そこで傍と気がついたように呂布の付けているエンブレムに目を止めた。
「クイーン・ヴァンガードのくせになんて奴にゃっ!」
 シスの反応に呂布は不適な笑みを浮かべてみせた。

「『ミルザムよりティセラの方が好みのタイプだ、というのが理由じゃダメかな?』」
「は?」
 宙を見ながら呟いたシャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)に、緋桜 ケイ(ひおう・けい)は思い切り怪訝な表情を返した。
「いえ、奉先の考えは、こんなところだろうとシミュレートしてみたところです」
「とんだクイーン・ヴァンガードだな」
 ケイは額を抑えて頭を振った。
「そうでしょうか? クイーン・ヴァンガードが女王の護衛であるならば女王不在の今は女王候補の護衛とも言い換える事ができるかと」
 シャーロットは人差し指を立て、ここぞとばかりに言葉を並べ始めた。
「とするならばミルザムと同じ女王候補の資格をもつティセラを守るのは、クイーン・ヴァンガードの務めでしょう。それとも何ですか? やはりクイーン・ヴァンガードとはミルザム・ツァンダの私設部隊ということですか」

「……でも一番最初のが本音だろ?」

 ケイの問いに、シャーロットは微笑んだ。

「パートナーの希望は、叶えてあげませんとね。気持ちは、わかるでしょう?」
「さあ。どっちかってと俺の場合はパートナーぶん殴って止める回数の方が多い気がするからなぁ。今回まだあいつ迷惑かけてないから誰かに謝らずにすみそうだし、出来ればさっさと回収して態勢立て直したいんだけど。通してくんねぇ?」

 無言で、シャーロットは微笑んだ。
 ケイは深くため息をつく。
「ところで、さっきからうろちょろしてるこいつは何だよ?」
 ケイが足下の霧雪 六花(きりゆき・りっか)を指差した。
 先ほどからケイに張り付いて、ジッと上を凝視してきている。
「記録よ」
 六花はそれに答えて、わずかに眉をひそめた。
「キミ、もっとヒラヒラした服着てきてくれないかしら、これじゃ効果が薄そうだわ」
「大人しくしているのが吉ですよ。 女性なら、ローアングルで映像が記録されるのは嫌でしょう?」
 ケイは若干、こめかみで青筋が震えるのを意識しながら言葉を返した。
「好きなだけ――は嫌だけど、別にいいぜ。俺、男だし」
「ぬぉ! どうするのよシャル、煙幕たいちゃう?」
 六花が目を見開いて声を上げた。
「む、そうですね、いっそ眠ってもらうのもありかもしれませんが」
 ケイは再びため息をついて、シャーロット達の背後をながめた。
「通すつもりはないわけだな。まぁいいか、なんか向こうも混乱してきてるし」

「そこの黒猫だけかと思ったら油断も隙もない。まったく、俺の彼女は大人気だね」
 呂布からは羽交い締めにされ、
「む、おまえもティセラの味方なのかにゃ! 邪魔するなにゃ!」
 シスには足下にまとわりつかれ、
「ちょ……ちょっと待つんですな、どうも、大きな誤解が横たわっている気がするのですな」
 道明寺 玲(どうみょうじ・れい)は困った調子で声を上げた。
「例の額飾りがアンテナだとすればティセラはですな……」
「そうか、おまえの美少女アンテナにもティセラのことが引っかかって来たってことかっ!」
「違っ――」
「玲さんを離してください〜!」
 呂布に抗議の声を上げようとする玲にレオポルディナ・フラウィウス(れおぽるでぃな・ふらうぃうす)が組み付いた。
 そのまま呂布の手を振りほどく。
「ふむ――」
 振りほどかれた呂布はしげしげとレオポルディナをながめ、
「なるほど。おまえのアンテナ精度は、確からしい」
 頷いた。
「だから違っ――」
「違いますっ!」
 クッと瞳に力を込めたレオポルディナの声が響いた。
 それから一言一言整えるようにして言葉を並べる。
「玲さんは、ティセラさんの身体検査に来たんですっ!」
「レオポルディナっ!?」
 玲が高いトーンで悲鳴を上げた。
 それを聞いて、視線を落とした呂布は口許を歪める。
「わたくし、何かおかしなこと言いました?」
 レオポルディナが慌てて首を傾げる。
 玲はそれに答えず声を張り上げた。
「違うっ! 額飾りがアンテナだとすればティセラはリモコンに相当する何かを持っているかもしれないっ! そう思っての身体検査という意味であってですな!?」

 クイクイ。

 ズボンの裾を引っ張られる感触があった。
 見れば、シスがニタリと笑っている。
 いくら足掻いても、抜け出せない予感があった。
 玲は目を閉じて、勢いよく頭を振るった。

 その様子をながめながら、呂布はポツリポツリと言葉をもらす。
「三対一か……。かなり分は悪いか……いや、このくらいの試練は、むしろ歓迎だよな!」

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「さて、なんの茶番でしょうか」

 騒いでいる生徒達から離れ、奥までやって来たティセラが口を開いた。
 怒気は感じられなかったが、明らかに呆れている様子があった。

 如月 正悟(きさらぎ・しょうご)は操作していたネット端末から顔を起こし、ここが正念場と体に力を入れ直した。
「さあ。ティセラさんに会いたいという人が、予想外に多かったんだ」
「そうですの。それにしては、マナーがなっていませんわね。わざわざ私を招待するにしては、心遣いが感じられない場所ですわ」
 空京の一角。
 建物と建物の間にぽっかり空いたそのスペースはどこか寒々しく、建っている建物も決して上等なものとは言えなかった。
「悪いね。ネット端末が利用できたのが、ここだったからさ」
 こちらからおびき寄せたとは言え本当に現れたティセラに、正悟は鼓動を早める心臓を押さえつけ、無理矢理に笑みを作って見せた。
「それと、ティセラさんと多少騒いでも、周りに被害の出ないところ……ですわね」
 ユーベル・キャリバーン(ゆーべる・きゃりばーん)は光条兵器をいつでも展開できるように身構える。
「何かと思えば」
 その様子を見、やれやれとティセラは首を振った。
「頭数揃えて、BBSを引っかき回して、散々私にラブコールを送りつけておいて――それが結論ですの?」
 それからユーベルを眺めて、嘲るような笑みを浮かべる。
「大体、あなたは剣の花嫁ではありませんの? 今起こっている騒ぎをご存じないのかしら? 自殺志願者の集まりのようで、滑稽ですわね。もっとも――自ら洗脳されたいということであれば、歓迎いたしますけれど」
「ああ、違う違う。俺たちは別にケンカを売ろうとしてるわけじゃなくて。いや、確かに心情的に敵対したくなる気持ちはもちろんあるんだけど。単にパートナーを洗脳するなんぞ腐った手をつかいやがったのがどんな性格してるのか、とか――」
 正悟がキャリバーンの前に割り込んで――完全な逆効果のようであるとしても――取りなそうと手を振るう。
「ケンカを売ろうとしているようにしか思えませんけれど」
「そのケンカだ」
 正悟の前にさらに割り込んだのは葛葉 翔(くずのは・しょう)
「クイーン・ヴァンガード隊員の葛葉翔だ。十二星華のティセラ、間違いないな」
 『クイーン・ヴァンガード』の言葉に反応したティセラの眼光が、少しだけ鋭い光を帯びる。
「いや、俺は本当にケンカを売るつもりはない。ただ、あんたのやり方の理由が、今のところは知りたいだけだ……空京で起こっている剣の花嫁の洗脳事件。犯人は、あんたか?」
 ティセラは口許を歪める。
「だとしたら? 私が頷けばケンカの理由になりますのかしら?」
「まっこうからやりあってどうにかなると思うほど、俺は自惚れ屋じゃない」
 翔は少し不機嫌そうに吐き捨てた。
「大体、女王になろうとしてる人間がなんでこんなに武力にこだわる? テロまがいのことをしたって、もしあんたが女王になってもこのままだと誰もついてこないだろ」
「その通り。あなたの行動は解せない」
 翔の言葉を、リネン・エルフト(りねん・えるふと)が引き継いだ。
 ティセラに視線を合わせるのと同時に、パートナーであるユーベルを後方、ティセラの間合いから離れるようにさがらせる。
「貴女は以前『自分に従わないものは臣下ではない』といったと聞く。しかし一方で犠牲者を極力出さない行動を心がけている……わざわざ危険を冒して」
 リネンはそこで一度言葉を切り、ちらりと一度、気を遣ったような視線を背後のユーベルに投げた。
 ユーベルはリネンの真意を測りかねて疑問の表情を浮かべ、リネンは目に決意の力を込めてから再び口を開いた。
「剣の花嫁を操る能力。使おうと思えば、もっと残虐に、効率的に利用できるのに」
「それじゃますます誰も付いてこなくなるぞ!?」
 翔が慌てた声でリネンを振り返った。
「面白いな。お前さん、その話、どこに着地する? 結論を聞かせてくれ」
 さらにそこに口を挟んだのはエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)だった。
 腕組みをしてリネンの顔を覗き込んでいる。

「真の目的は女王になる事ではないのでは?」
 トーンを落としたリネンの声は沈黙を引き寄せ、その場の全員が弾かれたようにティセラに顔を向けた。

 ティセラは黙ったまま、小さな笑みを浮かべた。
「予測する。今回の事件で死者は出ない。あなたは剣の花嫁を解放し……女王器を見つけ出したなら、それはミルザム・ツァンダの手に渡る」
「おいおい、本当か? 俺はまた敵対者の信用失墜って立派な作戦なのだろうと思ってたんだがな」
 エヴァルトはリネンとティセラの顔を見比べる。
 ティセラは笑っていた。
「そうなると話が変わってくるぞ……」
「なにが?」
 深く考え込み始めたの横に立って、ロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)が首を傾げた。
「ミルザムとティセラ、どちらが女王に適任かという話だ。俺が訊きたかったのは、建国後の治世の方法。ティセラの考えが上等なら『過信で多数の死者を出した奴がリーダーを務める私兵部隊』――別に隊員全員を悪く言うわけではないが、が主戦力のミルザムが女王になるより、武力的に安全と思ったんだが……今の話じゃな」
「一緒のグループってことだよねぇ」
 ロートラウトの言葉にエヴァルトはしばらく考え込んでいたが、やがて意を決したように一歩前へ出た。
「じゃ、じゃあこれを聞かせてくれ! 十二星華には機晶姫関連の技術も健在なのか!? それともお前さんが特に得意なのか!?」
 ロートラウトは一回こけてから、エヴァルトの襟首を掴んだ。
「あのねぇ! こんなところでロボマニアの病気ださなくていいのっ!?」
「いや、この上はその辺を指標としてだなっ!」
「ああ、ボクが重武装なばかりにつっこめないっ!」
 ロートラウトが公開したように自分の全身を眺め回した。

 そこへ。

 爆発したような哄笑が響いた。

 再び全員が顔を向ければ、口許に手を添えたティセラが、おかしくて仕方が無いとでもいうように笑っていた。

 たっぷり一分ほど笑い、目元に浮いた涙を拭ってから、ティセラは一同に向き直る。

「中々面白いことをおっしゃる皆さんですわね。でも――」

 瞬間、笑顔に緩んでいたティセラの表情の温度が下がり、

「無駄な時間でしたわ」

 凍り付く視線が一同を射抜いた。

「私がミルザム・ツァンダの協力者などと、世迷い言も甚だしいですわ。私が求めるのは紛れもなくシャンバラ女王の座、そして王国。もちろん、『強い国』。そのための今のわたくし。恐れというものは、一度で終わったところでどうと言うこともありません。いつ終わるともしれない事件の連鎖がゆっくりと蝕む。この先、シャンバラにはその恐れが満ちますわ。その時に気がつけばよろしいのです。今のシャンバラが、どれほど脆いものか。それから――」

 ティセラは視線を漂わせて、エヴァルトを射抜いた。

「あなた。建国後の治世の方法……面白いことをおっしゃいましたわ。私が目指すのは強固な軍事国家。武力的に、これほど安全なものなどございませんわよ」

 そう言うと、ティセラがくるりと背中を返す。

『――っ!』

 翔とロートラウトは、同時に口を開いたが、うまく言葉として形をなさなかった。

 剣の花嫁の洗脳を解く交渉。

 悠然と背中を見せるティセラの中に、その交渉の余地があるとは、とても思えなかった。