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リアクション
第四章 再び出会うために
「ティセラ名義で美術品の取扱業者に襲撃予告状メールを出す……のは却下されてしまいました」
「そうか。まあ偽メールになるから、クイーン・ヴァンガードとしては執りたくない手段だろうな」
電話を切って残念な顔を見せたホウ統 士元の言葉を聞きながら、風祭 隼人(かざまつり・はやと)は空京の街を進んでいく。
その視線の先には、道路にしきりに鼻を近づけている犬の姿があった。
「それから、クイーン・ヴァンガードと美術品の取扱業者の協力依頼の件。襲撃事件の噂は広まりきっていますからね、業者としては協力者が欲しいのは間違いないようですが……」
士元は再び残念そうに頭をかいた。
「こちらは皇彼方君が交渉を引き受けてくれましたが……なにせ信用が足りないようです。洗脳された剣の花嫁が蒼空学園の制服姿で、すでに暴れ回ってしまっていますからね。中々……」
「少なくともマイナス寄りの風向きじゃない。面倒をかけたな」
「それは構わないのですが……何もヴァンガード装備まで置いてくることはなかったのでは?」
今から戦闘を行うというにはあまりに軽装な隼人に、士元は心配そうな表情を作った。
「いいんだよ。俺がアイナを取り戻したタイミングを利用されてクイーン・ヴァンガード――引いてはミルザムさんが一連の美術品破壊事件の真犯人だなんて濡れ衣を着せられたんじゃたまらないからな。俺たちのせいで誰かに迷惑なんてかけられないし、そんなことになったらアイナが苦しむ」
言って、隼人が双眸に力を込めたとき、
RRRRRRRRRR!
ポケットで携帯電話が振動した。
『あ、隼人さん? ソルランです』
イルミンスール魔法学校に残してきたソルラン・エースロード(そるらん・えーすろーど)だった。
『こっち終わりましたよ。イルミンスールを襲った剣の花嫁さん達からの情報収集』
「どうだった?」
『大変でしたよ。隼人さんたちが出発した後もあの剣の花嫁さん達気絶したまんまだったし、起きたら起きたでイルミンスールの先生達に連れて行かれてしまうしで……』
受話口から聞こえてくるソルランの声に、隼人は苦笑した。
「愚痴なら後で聞いてやる。なにか分かったのか?」
『盗み聞きの結果ですから……情報の精度は隼人さんが判断してくださいね。洗脳の媒体ですけど、やっぱり機晶石の額飾りです。意識が途切れる寸前、もしくは額飾りを破壊される寸前に、一番近くの剣の花嫁を探してティセラが託しているスペアの額飾りを取り付ける――そこまでが洗脳のプログラムみたいですよ』
「なるほど」
隼人は、気絶した剣の花嫁に駆け寄ったアイナが洗脳されたのを思い出した。
思い出して奥歯を噛んだ。
「じゃあ、スペアがないから……アイナの先に連鎖はないな?」
『はい。……たぶんですけど。それから、後のふたつ、『ティセラの仲間の構成と拠点』『女王像破壊活動のティセラの目的・意図』。こちらはわかりません。少なくとも、あの剣の花嫁さん達は知らない……みたいです」
「頼りないな」
『だから言ったじゃないですかっ、やっと盗み聞いたんですってっ! そっちこそどうなんです――』
その時、隼人の前を歩いていた犬のハヤテがピタリと足を止め、クンっとその顔を振り仰いだ。
『――アイナさんは、見つかったんですか?』
それに答えず通話を切り、携帯電話をポケットに戻してから、隼人はゆっくりと視線を前に向けた。
小柄な剣の花嫁の姿。
その手には翼を模した銃剣型の光条兵器。
『……私の光条兵器は「人々を守るため」にあるんだから!』
と語っていたアイナ・クラリアス(あいな・くらりあす)の顔は無表情に固まりきり、視線は美術商だろう建物に注がれている。
飛び込むことに逡巡するのではない。
どの窓を砕けば一番効率よく建物に突入できるのか――純粋にそれだけを考えているように見えた。
グッっと。
隼人は拳に決意を込めた。
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「スヴェン! 戻ってっ! 戻ってっ! 元に戻ってっ!」
涙をぼろぼろとこぼしながら叫び続けることだけはやめない、ティエリーティア・シュルツ(てぃえりーてぃあ・しゅるつ)は偶然、今やっと捕まえたスヴェン・ミュラー(すう゛ぇん・みゅらー)の腰に手を回してしがみついた。
左右に振られて振りほどかれそうになる手にありったけの力をこめ、浮き上がりそうになる足を必死で踏ん張って、離してなるものかと目を閉じる。
不意に、振りほどこうとする動きが止んだ。
ティエリーティアはハッとしてゆっくり、だが祈りをこめて視線を上げていく。
やがて、スヴェンと目が合った。
無機質な、ガラス玉の瞳と。
「あ……」
ティエリーティアの口から意味をなさない言葉がもれる。
スヴェンの両手は、フランベルク型の光条兵器を天高く掲げ持っていた。
「あっぶねぇ!」
飛び込んだフリードリヒ・デア・グレーセ(ふりーどりひ・であぐれーせ)は、スヴェンの腰からティエリーティアを引きはがすと、躊躇無く光条兵器を振り下ろそうとするスヴェンの両手首を受け止めた。
「ったく……あー、もうホント世話が焼ける従者だな……俺が主人だったら、とっくにクビにしてるっつーの……。ティエリーティア、さがってろよ」
フリードリヒの背中に庇われながら、しかしティエリーティアは首を横に振った。
「い、嫌ですっ! スヴェンとフリードリヒが戦ってるのを黙って見てろなんてできないですっ」
その言葉で、フリードリヒは顔を俯かせ、
「へ……だとさっ!」
スヴェンを蹴り飛ばした。
「テメーとはっ、いっぺんっ、……サシでやってみたかったんだよなぁッ!」
後方に吹っ飛んだスヴェンはしかし、すぐに態勢を整え、フリードリヒに向かって反撃してかかる。
一条、二条、スヴェンの斬撃をかわしたフリードリヒの顔に笑みが浮かぶ。
「虚ろな目、しやがって。いいぜ、一生やってろよ! そんなヘナチョコなら俺がティエリーティアを守ったほうが 150倍マシってもんだなッ!?」
さらに二条、三条、スヴェンの迷いのない攻撃をかわしながら隙を窺っていたフリードリヒだったが、突如バランスを崩し、浮遊感と衝撃をほぼ同時に味わった。
「なんだっ!?」
慌てて振った目が街路の思わぬ段差を確認、
ハッとしてすぐに戻した視界の端に光条兵器の輝きが過ぎる。
「やべっ!」
「スヴェンっっ!」
のどが張り裂けてしまいそうな、でも張り裂けることなんて構わないという決意の滲む、ティエリーティアの叫び声だった。
語尾はもうほとんどひび割れきってしまっている。
しかしその声で、振り下ろしかけたスヴェンの剣先がピクリと停止したのを、フリードリヒの目は捕らえていた。
「へん」
口でだけは笑ったフリードリヒは、スヴェンの額で輝く機晶石を、鋭く睨み付けた。
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「あ、わわわっ! 抜けられたっ!」
吹雪 小夜(ふぶき・さよ)が慌てた声を上げる。
小夜の脇を抜けて如月 葵(きさらぎ・あおい)が光条兵器を展開。
目前に迫った美術館に向かって視線を据えた。
「ショウ、任せたからねっ!」
「はいよ、任されたっ!」
小夜の言葉に答えた葉月 ショウ(はづき・しょう)は葵の突進に正面から飛び込み、その額を狙って高周波ブレードを一閃させた。
さらに追撃。
ひたすらショウが畳み掛けるのを、葵はバックステップをしながらかわしてのけた。
「小夜、そっち逃がすなよ」
「うん」
パートナーが頷いたのを確認し、ショウは葵に笑いかけた。
「そんなに急ぐなよ。あんなもん壊したところで――」
言って、ショウは顎で背後を示して見せる。
「誰も喜ばないぜ。せいぜい、玲奈を悲しませるくらいだ」
葵からの返事はない。
「ま、聞こえてねえか」
これには行動という形で返答があった。
葵は、光輝く剣を思い切り振りかぶる。
「させねぇよっ!」
「それでは浅いっ!」
足止めのために動いたショウを追い抜き、ジャック・フォース(じゃっく・ふぉーす)が葵にタックルをかけた。
さらに続けて葵の足元を掃射。
葵はよろよろと足元をふらつかせ、おかげですっぽ抜けた光条兵器の切っ先はひゅるひゅると無駄に高度を稼ぎ、美術館からだいぶ手前の地面をたたく事になった。
「葵の光条兵器は蛇腹剣。見た目よりも射程が長い。仲間と命の取り合いなんてぞっとしねぇが、言ってみりゃ手の内はお見通しってことだよな」
ジャコン、と。
重厚な音を立ててジャックが機関銃を構えた。
「葵、これ以上暴れてくれんなよ。結構大変なんだぜ、建物が壊れないように戦うの。仲間の足を撃ち抜いて止めるなんてこと、俺にさせるなよ?」
ジャックの動きに合わせてショウと小夜がジリジリと葵に迫る。
ザッ――不利を悟って身を翻す葵。
「お姉ちゃん」
その前に、如月 玲奈(きさらぎ・れいな)が立ちふさがった。
「もういいんだよ、お姉ちゃん……もう、戻ろうよ」
玲奈は俯いていた顔を上げる。
その目が、すぐに無機質な葵の視線とぶつかった。
玲奈は、くじけそうになる気持ちにブルルと頭を振り、精一杯の笑みを浮かべた。
「あのさ、覚えてる? サンタ狩り、したよね? 私、プレゼントゲット作戦で失敗してさ、レーヴェに怒られたんだ。お姉ちゃん、心配してくれたよね」
一歩。
踏み出した葵が光条兵器の狙いを定める気配があった。
「剣の花嫁が水晶化しちゃうっていうのに、私を守るためについて来てくれたよね」
玲奈は無防備に口だけを動かしている。
光条兵器を振りかぶろうとする葵。
しかし、あきらかに何か別の力がそれに抵抗する気配があった。
「あはは……私、心配させてばっかりだ。でも、でも、おそろいの振袖で凧上げもしたしっ! あれは、楽しかったでしょ? こ、これからだって……これからだって楽しいことたっくさんするんだからっ! だからお姉ちゃんっ――帰ってきてよっ!」
瞬間、葵が頭を抱えた。
葵の中で何かが拮抗するように暴れ回り、その度に苦しそうなうめき声がもれる。
「お姉ちゃんっ!」
見かねた玲奈が葵に駆け寄る。
しかし葵は玲奈を突き飛ばした。
その瞳に無機質な輝きが戻っている。
そのまま、一点、まるでプログラムにされたかのような動きで走り出す。
「来ましたっ!」
剣の花嫁である葉月 アクア(はづき・あくあ)が強張った声を上げ、葵の攻撃に備えて身構える。
理解してはいた。
剣の花嫁として囮になる心構えもできていた。
それでも。
例え頭がどんなに理解していたとしても、葵の様子を見ていたら足がすくんだ。
ショウの事を考えたら、心が揺れた。
「無理でしたか。いいところまではいったと、思うのですが」
レーヴェ・アストレイ(れーう゛ぇ・あすとれい)は玲奈と葵の様子を見て、残念そうな表情を浮かべた。
「厄介な機晶石……今後の情報のためにも破壊せずに回収しておきたいところですが……アクアっ!」
葵の斬撃をかわし続けていたアクアがその声で顔を上げる。
「アイを気絶させますっ! 機晶石は私が回収します。近づいてもらわねば困りますが、近づきすぎないで下さいっ!」
一瞬、複雑な表情を浮かべたアクアだったが、すぐにコクコクと二回、頷いた。
「お任せしましたっ!」
「お任せされたからには――応えますっ!」
レーヴェは雷術を展開。
狙いを、葵に定めた。
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前へ、前へ、前へ。
ひたすら前へ。
八神 誠一(やがみ・せいいち)はほとんど足を投げ出すように空京の街を駆け続ける。
胸の、すぐ触れそうなところで、怒りの感情が燃えているのを感じる。
常ならぬことだった。
「リアっ!」
もう何度目か、パートナーの名前を呼んでみる。
オフィーリア・ペトレイアス(おふぃーりあ・ぺとれいあす)はちらりと一瞬だけ背後を確認して、駆ける速度を上げた。
再び、誠一の心を火傷しそうな炎が焼いた。
やはり、ティセラを逃がすべきではなかったのかも知れない。
採算度外視でこの怒りを叩きつけてやるべきだったのかも知れない。
そんな思いが過ぎった。
ピタリ。
T字路でオフィーリアが足を止め、左右を確認するのが見えた。
誠一から逃げ切り、次の標的へとたどりつく。
その思考が、一瞬だけオフィーリアの足を止めていた。
ためらわず、誠一は銀の飾り鎖を振り投げた。
オフィーリアの足を狙って放られたそれは、しかし、オフィーリアの速度に負けて空を切る。誠一は小さく舌打ちして、再び足に力をこめた。
と、
「ごめんなさいっ!」
突然空に広がったものがあった。
状況に似つかわしくなく、そして行動には反するかけ声。
今井 卓也(いまい・たくや)によって放られた投網は見事に、オフィーリアをスッポリと包み込んだ。絡め取られたオフィーリアは、慣性に引きずられてごろごろと転がる。
「う、うわぁ!」
それを見て、
なぜか、卓也が悲鳴を上げた。
「ご、ごめんなさい、痛いですよね? 痛かったですよね? ごめんなさいっ!」
不安げにオフィーリアを眺めやって頭を下げると、今度は誠一に向かって頭を下げる卓也。
「いや……」
口を開きかけた誠一の目に、しかし投網の目を、光条兵器の輝く軌跡が断ち切った。
「ダメか……もう少し足止めになると思ったんだけど……」
卓也が、悔しそうに唇をかんだ。
「ごめんなさい、僕、出しゃばったみたいです」
「いや」
誠一は小さくつぶやいて、あるかなしかの、やっぱり小さな微笑みを浮かべた。
それから、ポン、と卓也の肩を叩く。
「謝る必要なんか無い。むしろこっちが礼を言うべきだ……ありがとう」
接近すると、投網の破片をまき散らしてオフィーリアの光条兵器が空を凪いだ。
それをかいくぐるタイミングで、誠一は雅刀を鞘ごと握りこみ、柄頭で額飾りを打ち砕いた。
キラキラと反射光をまき散らしながら機晶石の破片が舞い、オフィーリアが盛大に頭をのけぞらす。誠一はその背中を、慌てて支え止めた。
街道には沈黙が還った。
沈黙を拒絶するかのように、腕の中のオフィーリアが身じろぎをする。
「……俺様はレディーなのだから、助けるにしたってもうちょっと手柔らかにして欲しかったのだよ」
少し赤くなった額をさすりながらオフィーリアが唇を尖らせた。
その目には、活き活きとした意思の力が輝いていた。
「ははは……」
誠一は空気の抜けるような笑い声をもらした。
「あまり……心配をかけさせないでくださいね」
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