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【十二の星の華】「夢見る虚像」(第2回/全3回)

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【十二の星の華】「夢見る虚像」(第2回/全3回)

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第七章 想いの重さ

「我が君、賭け事などおやめ下さいっ。女王に相応しくございません」
 懇願するように意見する、メイド服姿のナナリー・プレアデス(ななりー・ぷれあです)を、ティセラは片手で制し、口を開いた。
「これが、『これまで誰一人として見たことがないもの。そして二度とみることができないもの』なのですの?」
 エル・ウィンド(える・うぃんど)が用意した倚子に悠然と腰掛け、ティセラはテーブルの上でボウルに割られた生卵を見つめていた。
「そうです。卵の中に隠れていたこの黄身と白身は、今こうして割られるまで誰もがみたことがないものであることは違いないありません。そして――」
 エルはボウルに砂糖を振り入れ、かき混ぜ始める。
「黄身と白身を混ぜ合わせてしまえばもう、二つは二度と見ることが出来ません」
 さらに牛乳を入れバニラエッセンスを少量ふりかき混ぜる。
 泡だってきたものを氷入りのグラスに注ぎ入れ、エルは手際よくミルクセーキを完成させた。
 スッと、それをティセラの前に差し出してみせる。
「これが、答えです」
 グラスの中身は、おいしそうな、甘い香りをたたえている。
 ティセラは差し出されたグラスを手に、一息に飲み干した。
「なかなか、美味でしたわ」
「では、賭けはボクの勝ち。剣の花嫁達の洗脳は、解いてもらえますね? もっとも、もしかするとかなりの数はみんなが元に戻しているかもしれませんが――全体の数は知れませんからね」
 エルの言葉に、しかしティセラはクッと笑いを浮かべた。

「賭け事というのは対等な力の人間に持ちかけるべきですわね」

「なるほど……でも、女王とは一度決めたことを翻すようなプライドのない者がなれる存在なのですか?」
 一瞬で高まるティセラの威圧感。
 しかし、エルはなんとか意思を踏みとどめて答えてみせた。

 そこへ、

「そ、それこそいけませんっ! この者を消してしまうのは簡単かもしれませんが、それでは我が君への恨みを増やすだけですっ!」
 慌てた様子のナナリーが口を挟んだ。
「我が君の新しい国に民が多いに越したことはありません。御力の手前、中々貴女様の民だと言い出せぬ者も居ります」
 ティセラの前で低く頭を下げて、ナナリーは進言を続ける。
「人々を慕わせねば、これでは、只の殲滅かと。どうか、どうかこの機会に新しい手段をお探しくださいませんか」

「構いませんわ」

 ティセラは、それほど感情の困らない言葉を口にした。

「え?」
「殲滅で、構わないと言っているのです。脆弱な民など、わたくしの国家に、必要などありませんわ」
「わ、我が君っ!?」
「それに、今から予定を変更するには少し遅すぎるようですわ」

 そう言ってティセラが視線を向けた先に、人影が現れた。
「そうだ……もう遅い。本当の狙いは……なんなんだ……ティセラ?」
 言って、クルード・フォルスマイヤー(くるーど・ふぉるすまいやー)はティセラに厳しい視線を叩きつけた。
「本当の狙い、ですの?」
 倚子に腰掛けたままティセラは平然とした視線を返した。
「この騒ぎ……どう考えても俺達の注意を引く為の騒ぎとしか思えない……放っておく事のできない騒ぎを起こすのは、注意を引く者のする事だ……本当に美術品を壊す事が目的なのか?」
「では、なにがわたくしの狙いだと言いたいのかしら?」
「それを聞いているっ」
 クルードは、僅かにその語気を強めた。

「簡単なことですわ」

 ティセラはつまらなそうに首を振ってみせる。

「美術品の破壊は、五獣の女王器の探索。女王像のレプリカから狙ったのは、単に関係性のありそうな所から狙ったにすぎませんわ。加えて――空京が、引いてはこのシャンバラがどれだけ脆いかを知らしめるため、ですわ。特に、あの機晶石は予想外に活躍してくれましたわね。あなたたち生徒の評判も、いいように落ちたのではありませんかしら?」

「それなら――あなたの目論見は潰えましたな」
 クルードに続き、彼方やテティス、カンバス・ウォーカー達と一緒に姿を見せた斉藤 八織(さいとう・やおり)は静かな声でそう宣言した。
「美術品ならカンバス・ウォーカー様達によって保護されましたし。空京に、もはや悪い噂など流れておりません」
「いやいや、ほんと……話を聞いていただき心を動かしていただくのは難しい。洗脳なら、一瞬なのでしょうがね。八織殿などご迷惑をかけた先に頭を下げて、下げて……傍から見ていてその細腰が折れてしまうのではないかと心配するくらいの――うっ」
 軽快に言葉を重ねるカース・レインディア(かーす・れいんでぃあ)の脇腹を、八織の肘が、いささか強めに突いた。
「少しでも皆の助けになれば良かったのです。まるで手柄のように吹聴しようとするのは、感心しませんな」
 カースは脇腹をさすりさすり。
「そ、そうですね。でも、考えていたよりも簡単でしたよ。もう少し、噂を操作して回らなければいけないかと思っていました」
「勇殿や、いちる殿のリポートもそこそこの人が見たようでしたからな。私達としても正しい情報さえ伝えて回れば良かった。ともかく――もうこの空京には正しい情報しかありません。残念でしたな」
 八織の表情にそれほど変化はなかったが、言葉の端には、それでも誇らしそうな響きが覗いていた。

「あなたの負けよ、ティセラ。観念して」
「そうだな。とりあえず洗脳するための額飾り、全部渡してもらう」
 テティスと彼方の言葉に、しかしティセラは不思議そうな表情を浮かべた。

「『観念しろ』? それは、立場が下の者に向かって吐き捨てる言葉。なぜわたくしに向けられるのかしら」

『なっ!』

 ティセラの態度に、テティスと彼方が驚きの声を上げる。

「もう勘弁できるかっ!」

 彼方達の脇で様子を窺っていた匿名 某(とくな・なにがし)はしかし耐えていた我慢の糸が切れたのか。
 隠れ身を解き、ティセラに向かって鬼眼を発動させた。
 ティセラに深刻な影響が出た様子はなかった。
 舌打ちひとつを残して、某はふたたび物陰へと駆け込んだ。

「威勢のわりに、やってることは随分臆病なのですわね」
「やかましい! 洗脳なんて卑怯なことやってる奴に言われる筋合いはねぇ!」
 某は再び接近、今度は死角からの攻撃を見舞った。
「小賢しいと、言っていますわ」
 ティセラはそれを回避、うるさそうに某に目をやった。
「こっちも、やかましいって言ってるぜ? ティセラ・リーブラ。本来なら興味すらない相手だったんだが、お前は友達の大切な人間奪っていったらしいな。だったら俺の敵と認定するには十分すぎるんだよ。手段? 臆病? 上等だっ! 絶対に叩きのめす」

「お待ち下さいっ!」
 グッと奥歯を噛みしめた某の前に、狭山 珠樹(さやま・たまき)が立ちふさがった。
「邪魔する気か! そいつが何したかわかってるのか!? ここで止めなきゃダメなんだよ!」 
「そ、そうではありませんっ。邪魔ではありません。話を聞こうというだけです! テティスさんもそうしようとしていたではありませんかっ」
「そいつは聞く気なんて見せなかっただろうがよっ!」
 珠樹は首だけ、ティセラの方に振り返る。
「我にはどうしても君が女王を目指されているの理由が腑に落ちません。君は鏖殺寺院に誰か人質を取られているのではありませんか? そして、五獣の女王器を回収し、十二星華を配下にすることを命じられている」

「もしそうだとしたらどうされるのかしら?」

「な、何らかの方法で、君を止めることになります」

「ではそれでいいわ。いずれにしろ、あなたたちと事を構える理由にはなりますわね」
 ティセラはそう言って、無造作にビックディッパーを振り上げた。
「そんなっ!」
「そこまでだっ! タマっ!」
 新田 実(にった・みのる)が珠樹を抱えて飛び、
「さっせないんだからっ!」
 ビックディッパーの柄を狙ったルカルカ・ルー(るかるか・るー)のアルティマ・トゥーレによる一撃が、ビックディッパーの軌道を無理矢理に逸らした。
「みのるん……?」
「交渉の段階は、もう過ぎちまったみてぇだ。残念だけどな」
 悔しそうに珠樹が顔を俯かせるのを見て、実は一瞬顔をしかめたが、すぐに振り切って空を仰ぐ。
「頼むぜっ」

 直後、何か火薬を用いたらしいトラップの爆ぜる音がして、
 煙幕ファンデーションの煙と共に視界を覆った。

「乗ってくださいっ!」
 六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)が急降下させた小型飛空艇を急停止。
 突然の出来事に固まっている珠樹をすぐに引き上げた。
 それから視界のきかない中をきょろきょろ見回すと、なるべく通るように声を張り上げた。
「ミラさん、聞こえますか? あの、煙幕はもう大丈夫です! あなたも飛空艇をお願いします。離脱しますっ!」
「は、はい。お手伝いしますわっ」
 優希の声を頼りに、ミラベル・オブライエン(みらべる・おぶらいえん)は、未練を残したような表情の某を乗せる。
「視界が悪いけど大丈夫かあ? 迷走せずに、ちゃんと逃げろよ?」
「だ、大丈夫ですっ! 優希様のご迷惑にはなりませんっ」
 ろくろく姿は見えないが、あきらかにニヤニヤ笑いのアレクセイ・ヴァングライド(あれくせい・う゛ぁんぐらいど)に、ミラベルは焦った声を返した。
「アレクさん、カンバスさんは大丈夫ですか?」
「ああ、きっちりここに確保してるぜ」
 アレクセイは自分の傍らに座らせたカンバス・ウォーカーの頭をポンポンと叩いてみせる。カンバス・ウォーカーが目を白黒させるのを見て、さらにポンポン。
「元気なもんだ」
「では、離脱しますっ」
 優希は飛空艇を浮上させる。
「ミーのパートナーを頼むぜ」
 実は優希を見上げるヒラヒラと手を振る。
「な、何言ってるんですかっ!」
 優希が焦った声をあげ、
「ここまで来たら全員助けますっ! あなたも逃げるんです」
 優希は実を無理矢理に引きずり上げた。

「じゃ、あばよ」
 そんな様子を眺めながら、アレクセイは、ティセラのいたあたりにファイアストームを放った。

「あなたは、逃げないんですの?」
「だって、だれかが止めないと、カンバスちゃんを守れないもんね」
 ファイアストームが巻き起こした風に煙幕が晴らされ、ティセラからかけられた言葉に、ルカルカは不敵な笑みを返した。
「カンバス・ウォーカー……あなたたちは、おかしな人たちですわね。あんな不安定で脆い存在のために、命を張ろうだなんて」
 ティセラの言葉で、ルカルカは眉間に皺を寄せた。
「あらあら。勇ましいですわね。あなたみたいな存在なら、わたくしの国に歓迎したいところかもしれませんわ」
「大切なものを踏みにじり、操る奴なんて、絶対に許せない」
 ティセラはやれやれと肩をすくめる。
「国民登録の件は、取り消しですわね。反乱分子なんて、脆弱な国を作るだけですわ」
 それほど残念でもなさそうに、ティセラはビックディッパーの剣先をルカルカに向けるた。
「上等よ。でも、嫌でもあなたの頭に名前を刻んであげる。私はルカルカ、絶対に忘れさせてなんてあげないんだからっ!」
 言うなりルカルカはヒロイックアサルトを発動。
 ティセラに踊りかかかった。

「ひゃあ、無理無理。始まっちゃった、始まっちゃったよ」
 パタパタパタっとこちらに駈けてくる山野 にゃん子(やまの・にゃんこ)に、青葉 旭(あおば・あきら)はチラッと目を向けた。
「どうだった?」
「どうもこうもあるわけないじゃんっ! 見ての通り、戦闘が絶賛始まってるところだよ」
「ティセラから衣装の一部、取ってくるって意気込んでたのになあ」
「くっ。あ、でも光学迷彩はたぶん効果あるよ」
「ホント?」
「だってワタシ、見つからずに帰ってきてるじゃん」
 にゃん子は誇らしげに胸を張って見せた。
「根拠薄いなあ」
「ところで……光学迷彩は効きそうだけど、どうするの?」
「光学迷彩だけ効いたところでティセラに勝てるもんでもないよ」
「戦闘、してるけど」
「オレは、言ったからね。『命がけでカンバス・ウォーカーを護るって言うなら、カンバス・ウォーカーより先に死ぬってことだからね』ってさ」
 旭はそう言って空を振り仰ぐ。
 頭上には、飛空艇の影が見えた。
「そういうわけだから彼方隊長。本当にやばいと思うまでは、後ろから、全体を見ててもらえるかな」

 退がらせようとした旭の手を、しかし彼方は押し返した。

「いや、たぶんここだろ。ほんとにやばいところ」
 彼方は辛そうな目で、ティセラと戦闘をする生徒達を眺めた。
 一人先行したルカルカの元に、今は他にも生徒達が加わって戦闘は続いている。
 スキルを駆使し、工夫を凝らし。
 協力しあおうという意思は最大限につなぎ合わせて――戦ってはいたが、さすがの星剣の威力に、生徒達はじりじりと押されつつあった。

 彼方の言葉にテティスも決意を込めて頷き、星槍コーラルリーフを展開。
 グッと構えて表情を引き締めた。

「あら」

 目ざとくそれを見つけて、ティセラが面白そうな表情を浮かべる。
 星剣ビックディッパーをなぎ払い、生徒達を下がらせておいてから、少しだけ唇を歪めた。

「別に私はよろしいですわ。いっそ空京ごと焦土にでもなった方が、女王器を探しやすいかもしれませんし――皆さん思い知りますわよね。誰が、女王に相応しいかを」
 
 一方。

 ティセラの頭上。
 アレクセイの飛空艇に乗り、さっきから不安そうに生徒たちの様子を眺めていたカンバス・ウォーカーは今、彼方とテティスが決意を決めるに至ってますますその表情を強め。
 ティセラの言葉が二人の足を止めるに至って、何かを決心したようで。
 次の瞬間、その身を空に躍らせた。

「わ、おいっ! ちょっと待てっ!」

 自分の後ろで、カンバス・ウォーカーの重量が消えるのを確認し、アレクセイはバタバタと片手を振るった。
 その手をあっさりすり抜けて、カンバス・ウォーカーは落下。
 器用にバランスをとって、ティセラの正面に着地。
 一足で懐に飛び込むと、ティセラの懐に手を伸ばした。

「盗ったよ。あなたの、大事なもの」

 次の瞬間、カンバス・ウォーカーの手が握っていたのはレプリカではない、正真正銘のシャンバラ女王の像。
 バラバラになったその胴部だった。

 ゴォ。

 カンバス・ウォーカーの背後で、一際、輝く光が見えたような気がした。

 カンバス・ウォーカーは全力で振りかぶった腕を振り抜き、胴部を強く放り投げる。

 ゴォ。

 直後。

 一瞬で表情を消したティセラは、何のためらいも見せず、ビックディッパーを逆袈裟に切り上げた。
 まぶしすぎるくらいに輝きを増したビックディッパーの両刃はカンバス・ウォーカーが抱えていたレプリカ像ごとカンバス・ウォーカーの胴体を両断。
 勢いそのままに、さらに、カンバス・ウォーカーの体を宙へと打ち上げた。

「たかだか愚にもつかないレプリカ像の番犬……出来損ないの、生命体のくせに」
 放物線を描いて消えた女神像の胴部を追いかけるように、小さくなっていくカンバス・ウォーカーの影に、ほとんど温度のこもらない瞳で、ティセラは一瞥をだけ向けた。

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 ただまっすぐに地面へ。
 落下していくカンバス・ウォーカーの手元から、砕かれた女神像の欠片がこぼれ落ち、まるで砂が崩れるようにしてカンバス・ウォーカーの姿が消えていく。

「ああ、ねえ、みんなで盗んだ美術品……あはは、違うね、保護したやつっ」

 誰に語りかけるというでもなく、カンバス・ウォーカーは言葉を紡いだ。

 落ちていく前に、落ちきってしまう前に。

「ちゃんと、持ち主に返しておいてね。何だか、前にもこんなこと……頼んだことがあるような気がするよ。でも、よろしくね……お願い。カンバス・ウォーカーの名にかけて」

 次の瞬間、彼女の姿は、パラミタの空にとけた。

担当マスターより

▼担当マスター

椎名 磁石

▼マスターコメント

 こんにちは、マスターの椎名磁石です。
 今回は『【十二の星の華】「夢見る虚像」(第2回/全3回)』に参加していただきましてありがとうございました!
 クイーン・ヴァンガードのために、カンバス・ウォーカーのために、ティセラのために、そして洗脳されてしまった剣の花嫁たちのために。空京を駆け回っていただきました。 アクションをいただき「この目的ならこっちで絡んでもらえるな。あ、さっき協力してくれそうな人いたな……」とやっているうちに、今回次々に皆さんが繋がっていく感じになりまして楽しみながら悩ませていただきました。
 分かりにくくなってないといいなぁと思いつつ……楽しんでいただけていれば幸いです。カンバス・ウォーカーにはちょっと寂しい終わり方になってしまったのですが……近いうちに第3回で、彼女の代わりに皆さんに今回の事件に決着をつけていただければと思います。ぜひ懲りずにお付き合いください!