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リアクション
第四章 芽吹きの時
「あっ、あった! やった!」
茂みの中から顔を出したフェデリコ・フィオレンティーノ(ふぇでりこ・ふぃおれんてぃーの)は、目当ての香生草(コーショウソウ)を見つけると、嬉しそうに這い寄った。
「あっ、ああぁっ、見つけたっ!!」
笑みは溢れる満面に輝く。敷き詰められて絨毯となったかのように、香生草が巨木の根元に大量に生えているのを見つけたからだ。
「やった、これでまた…… くぅぅっ、くぅっ!」
フェデリコは素早く荒く香生草を摘み取り集めると、木籠に入れいった。
その仕草だけを見れば、まるで雑草取りをしているかのようにも見えるのだが、フェデリコは終始笑顔であった。木籠を溢れさせるまで摘み集めると、フェデリコは村へと跳ね戻ったのだった。
「彩蓮ちゃ〜ん、彩蓮ちゃぁぁぁん!」
すり棒を動かす手を止めて、夜住 彩蓮(やずみ・さいれん)は顔を上げた。叫び戻ったフェデリコが、満点の笑みで木籠を差し出した。
「ほらっ、見て、こんなに集めたんだよ」
「凄い! 凄いです、フェデリコさん。私も、頑張らなくちゃ」
「彩蓮ちゃんは頑張ってるよ、僕なんかよりずっと頑張ってる」
「ふふっ、ありがとうございます」
トカール村のほぼ中央には巨大な鍋に火が当てられていた。鍋の中では彩蓮が磨り潰した香生草が溶かされている。そこに幾つかの薬草を追加して塗り薬を調合していた。ヴァルキリーたちの皮膚の痛みを鎮めるべく、彩蓮はアリシア ルード(ありしあ・るーど)と共に薬学的治療を試みていたのだ。調合した塗り薬は、解毒効果のある魔法と同じだけの効果を見せ、魔法にて治療を試みている生徒たちの負担を軽減させるのにも一役買っていた。
「彩蓮」
彩蓮のパートナーでゆる族のデュランダル・ウォルボルフ(でゅらんだる・うぉるぼるふ)はヴァルキリーを両手で抱きかかえたまま、歩みを止め訊いた。
「何か持っていく物があれば、一緒に持っていくが」
「一緒に、って。彼女は物ではないのです、言葉には気を付けましょうね」
「…… 何かあるか?」
「あぁ、えっと、もう少しで次の分が完成しますから、そうしたらお願いします」
「…… わかった」
デュランダルは小さく頷くと、再び歩みを再開させた。
歩くたびにガチャガチャとした音を立てながら向かったのは、村の広場に設置された野外診療所であった。
野外診療所では、一通り治療を終えたヴァルキリーたちが集められていた。
「さぁ、もう痛くないでしょう?」
ヒールを唱え終えたメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)は、エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)に目で合図をしてから、小柄なヴァルキリーに問いた。
「君はどこで気付いたんだぃ?」
小柄なヴァルキリーは村の東地区にある自宅にて、夜寝ていた時に突然痛み出した、と語った。
「東地区の自宅だね。よし。エオリア、お願い」
「はい」
ヴァルキリーの小柄な全身に、エオリアはナーシングを唱えた。応急処置として解毒と回復は済んでいるが、重ねて治療をする事でより完治に近づけようとした処置であった。何しろ原因の全てが解明されていない為、治療法の正解も見つかってはいないのである。
「どう? 増えてる?」
「う〜ん、そうだねぇ…」
エオリアはメシエの手元を覗き込み、問いた。
「私たちがここに来てから発症した娘は1人も居ないみたいだね。まだ分からないけど」
「それは… 空気感染の恐れや、仕掛けた何者かがこの場には居ない、と考えて良いのかな? 北都さんはどう思います?」
状況を把握する為に、また正解の治療法を見つける為に、メシエは治療したヴァルキリーの性別、年齢、詳しい発症状況や発生現場などを記録していた。それはまるでカルテを作るような作業であるが、こちらは取材撮影しているようにカメラを向けていたのは清泉 北都(いずみ・ほくと)であった。患部の写真を撮る事で、記録とすると共に、治療法を見つける手助けになると信じて撮影していた。
「そうだねぇ、何者かの仕業だとすると、発症者が増える可能性は常にあるからねぇ。あっ、クナイ、僕が代わるよ。クナイは2人と代わってあげて」
「かしこまりました」
禁猟区を解いたクナイ・アヤシ(くない・あやし)は、椅子に腰かけて腕を捲った。ここからが自分の本領発揮だとクナイは思っていた。周囲への警戒が必要とは言え、その役目は反応速度が速い北都の方が適していると感じていたし、クナイはリカバリとキュアポイゾンが使える為、解毒も回復治療も可能であった。役割は交代しながら行っているが、この状態が適所だと彼は思っていた。
「SPは、まだ大丈夫?」
SPルージュを嬉しそうに持つメシエに、クナイは少し警戒した。
「あ、いえ、大丈夫ですが…… それは?」
「SPルージュだよ。塗るとSPが回復するんだ」
塗る……? そう、ルージュであるなら唇に、である。
「あっ、色が気になるなら、幾つかあるんだよ。クナイなら薄い赤のルージュが似合うかなぁ」
「ああ、いえ本当に、まだ、まだ大丈夫でございます」
「それでは、お茶の準備をします」
お構いなく、と言ったクナイに笑みと背を見せてエオリアは紅茶を淹れる準備に入った。治療する側が疲労困憊に陥る事だってある、そうなれば治療の効率も下がるという事になる。治療をスムーズに進める為にも、休憩は必要だとエオリアは心得ているようだった。
治療する側が疲労困憊に陥るような。
応急の処置が行われていないヴァルキリーたちは、今も皮膚が焼き剥がれる痛みに悶えていた。少しばかり前から吹き始めた風にさえも、皮膚が擦られているように感じるようで、風が吹く度にヴァルキリーたちの悲鳴が聞こえてきた。そんなヴァルキリーたちに、コーディリア・ブラウン(こーでぃりあ・ぶらうん)は懸命に、脇目もふらず、ただひたすらにヴァルキリーたちの治療をしていた。
「あと少しです。もう少しですから」
キュアポイゾンを唱えながらもコーディリアの瞳は慌ただしくヴァルキリーの体を行き来していた。ヴァルキリーが苦しみ喘ぐ度にコーディリアの方が追い詰められていくようにも見えた。
鳥が一斉に羽ばたいた音?
背の後方に起きた音にコーディリアが振り向くと、テントの布のように大きな布が広げられていた。
「ウィル殿、ここに、頼むであります!」
「おぅよ、任せと、けっ!」
大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)が指した地の点に、ウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)は木柱を突き立てた。剛太郎が布を当てると、ウィルネストが素早く布を木柱に繰りつけた。
「よし、次は…… ここであります!」
「おぉぅよぃ! 行くぜっ!」
柱を立てて布を繰りつけて。2人が幾らか繰り返すと、コーディリアの瞳前に布で出来た壁が現れた。
「完成、でありますな」
「これは……」
「これで風は通さねぇぜ」
「ヴァルキリーたちの痛みを抑えられると考えたのだが… コーディリア、如何か?」
「あ、いえ、ありがとうございます、ありがとうございます」
頭を下げて礼を言ってから、コーディリアは治療を再開させた。彼女の治療を受けるヴァルキリーも、またウィルネストの視界が捉えたヴァルキリーたちも、風による痛みを感じる事はなくなったようだ。
「風が触れるだけで激痛が走るとは。何と惨いことを」
「どうせ犯人は十二星華だろうがな。次から次へと、ろくでもねーことしやがるぜ」
「あぁ、許せんな。この惨状を見ても、奴らは何とも思わないという事か」
「全くだ。俺たちも治療に戻ろうぜ、さっさと済ませて奴らを探さねぇとな」
ウィルネストが地に蹲っているヴァルキリーの横に座りながら必死につり目にカーブを生もうと顔を引きつらせていた時、パートナーのヨヤ・エレイソン(よや・えれいそん)は茹でたような顔をして治療に当たっていた。
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