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リアクション
「姉さん、そろそろ」
「うぅん、まだ大丈夫。もう少し、わたくしがやるわ」
交代を申し出たマーク・モルガン(まーく・もるがん)に、ジェニファ・モルガン(じぇにふぁ・もるがん)は笑顔で応えた。ジェニファは両手をユイード・リントワーグに向け、ヒールを唱えていた。
イルミンスール魔法学校、ベルバトス ノーム(べるばとす・のーむ)教諭の研究室内の片隅では、全身を水晶化されているユイードの治療が行われていた。パッフェルがイルミンスールを襲撃した後、女王候補ミルザム・ツァンダは青龍鱗の力を用いて、剣の花嫁たちにかけられた水晶化を解除したのだが、ユイードの水晶化だけは解除することができなかった。何度行っても、ミルザムが如何に集中しても力を込めようとも、青龍鱗が水晶化を解除する事は無かったのだった。
故に今行われている彼女の治療は、体力回復を願ってのヒールのみであった。青龍鱗の力以外の解除方法が見つからないのである。
彼女へのヒールは、これまではノーム教諭の助手であるアリシアや、他の生徒たちが行っていたが、アリシアがトカール村へ向かった為、ジェニファとマークが引き継いでいた。
「ジェニファさん、マークさん、本当にありがとう」
ユイードのパートナーであるチェスナー・ローズは深々と頭を下げた。
「私、ヒールも何も回復魔法を使えないの、でも、それでも」
「良いのよ、マークが水晶化した時は…………、わたくしも不安で一杯でしたし」
「う、ぅん…………、恥ずかしかった……」
二人は顔を赤らめて視線を外した。思い出してしまったようだ、水晶化した体の部分が股間部であった事を。
「で、でも! その時でもヒールは効いたのよ、ねぇマーク」
「そ、そう、そうなんだ、だから。彼女の水晶化が解けるまで、治療は続けるよ」
言葉も跳ねたまま、乱れた言葉遣いを誤魔化すようにマークは素早くジェニファの傍らに座り込むと、ヒールを唱え始めた。
かざしていた手を下すと、ジェニファは大きく息を吐いて、肩の力を抜いた。
「はい、どうぞ」
如月 玲奈(きさらぎ・れいな)がそっとティーカップをジェニファに差し出した。アップルティーの香りが優しく開いて広がった。
「ありがとうございます」
玲奈はウィンクをして応えると、その瞳を今度はチェスナーへと向けた。
「ねぇ、ちょっと聞いてもいい?」
「えっ、あ、はい」
立ち上がり、見せたチェスナーの顔は、少しばかり明るくなっているように思えた。
「ユイードって、アトラス遺跡とかヴァジュアラ湾から何か持ち帰ったりしてない?」
「? どういう事?」
「何気なく持ち帰った物が実は女王器に関係する物だったとか、女王器の力を無効化できちゃう位に凄いアイテムだった、とか」
「それを持ってたから、ユイードだけ特別な水晶化の力を使われた、って事?」
玲奈は首を傾けたまま頷いたが、チェスナーはそれ以上に首を傾げていた。
「う〜ん、でも、朱雀鉞の時も、青龍鱗の封印が解かれた時も、ユイードは現場には行ってないわ。ここ何週間かは会ってないけど、そんな所に行ったなんてメールでは言ってなかったかな」
「誰かから貰ったとか預かったとか?…… そんな大事なアイテムを渡すわけないか」
「でも、それと気付かずに受け取ってるって事もあるのかも。ユイードは人懐っこいから」
「それじゃあ、後で部屋を見せて貰っても良い? 何か見つかるかも」
「あの、」
レーヴェ・アストレイ(れーう゛ぇ・あすとれい)の落ち着いた声に、皆の視線が集められた。
「ミルザム様は彼女を『治せなかった』ではなく『治さなかった』のではないでしょうか」
疑問符ばかりが浮かんでいる2人の横から、顔を覗かせた葉月 ショウ(はづき・しょう)がレーヴェに問いた。
「どういう事だ?」
「水晶化を解除できるのは、現状では青龍鱗のみ、これは非常に危険な状態です。ミルザム様は、青龍鱗を使わずに水晶化を解除する方法を見つけさせようとしたのではないでしょうか」
「見つけさせる? と言うと……」
レーヴェを追いながら、ショウも顔を向けてゆく。
両肩の上がったノーム教諭の後姿と、ショウのパートナーである吹雪 小夜(ふぶき・さよ)の姿が見えた。
「教諭、まだ分からないのですか?」
「その言い方だと、私が物分かりが悪いみたいじゃないか、やめておくれ」
「水晶化の実態解明はーーー」
「今やっているだろう、そう慌てない」
「確か、前にも、そう言ってましたわ」
「君は随分と丁寧に攻めてくるねぇ、嫌いじゃないよ、くっくっくっ」
「教諭は現在、サンプルの解析をしている」
教諭の横で振り向いたダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が、培養液の入ったポッドに触れながらに言った。
「水晶化した体の一部を、様々な方法で解析、および検証をしているんだ」
「水晶化した体の… って、まさかユイードの?!」
「サンプルは俺の、だ。前回水晶化された時に採取しておいた」
「なんだ… 、よかった…」
「そうだよぅ、彼は正に身を削って提供してくれたんだよぅ」
「まぁ実際、肉は抉れてたけどな」
ダリルの左腕には不器用に包帯が巻かれていた。ダリルが笑みながら左腕を見せた時、研究室の隣にある大講義室から、巨大な破砕音が聞こえてきた。
大講義室の壁を破って軍用バイクで入ってきたのは、ダリルの左腕に不器用に包帯を巻いたルカルカ・ルー(るかるか・るー)であった。
「ダリル! 持って来たよ!!」
「ルカ! なぜそんな所から」
「いやぁ、前にこうやって登場した娘がいたから、ルカルカもやってみたくて」
「やってみたくて… って」
3階部分にある大講義室に軍用バイクで軽々と。
「後で修理してくれるなら別に良いよぅ」
「あっ、そうだ教諭、トカール村から持ってきたんだよ、川の水」
ルカルカは得意気に瓶を取り出した。
「さぁさぁっ、トカール村のヴァルキリーちゃん達を救う薬を作って!」
「わかったわかったよぅ、引っ張るんじゃないよぅ」
教諭は再び研究室に戻ると、窓際にある機械に試験管をセットしてから起動させた。
「前から言ってるけどねぇ、薬の類は私の専門じゃないんだよ、普段はアリシアがやってるんだ、それなのに現場に行きたいなんて急に… どんな危険が待っているか分からないってのに…」
「アリシアちゃん事、心配なの?」
「……………… 当たり前だろぅ」
専門ではないと言っても、機械を作ったのは教諭である。故に手際よく水質解析機の準備を整え、検出を開始させた。ショウも玲奈もルカルカも、ノーム教諭とは長い付き合いであるが、アリシアの事を想う時の教諭の変わり様には何時も小さく笑ってしまう。今だって、窓の外に目を向ける教諭の顔は、娘を想う父親にしか見えなかった。
「話を少し戻しますが」
呟き零れたレーヴェの言葉は、葉月 アクア(はづき・あくあ)が気付き拾った。
「教諭が水晶化の解除法を見つければ、パッフェルに対して大きなアドバンテージを得る事になります。いえ、見つけられなければ常にこちらは不利なのですが」
「教諭に研究させる為に、ユイードさんの水晶化だけ解除しなかった、という事ですか?」
「その可能性もある、という事です」
「仮定の話でも…… チェスナーさんには言えませんね」
「えぇ」
逃げようと駆け出した姿のまま刻を止められたように動かないユイード。研究対象となり、多くの生徒たちが哀れみと共に好奇心を秘めた目で彼女を見た事だろう。アーティフィサーの研修から戻ってきたチェスナーに「おかえりなさい」の一言も言えず、水晶と化した姿で迎えることに。
「もしそれが真実なら…… ミルザム様も、十二星華と変わりませんね」
「えぇ、そんな人が統治する国になんて、私は住みたくありません。レナもジャックもアイにも住んで欲しくありません」
6首長家でバラバラに治めているシャンバラを統一し、統治する者。
「女王」とは何なのか。女王に必要な資質は、心は、力とは何か。
五獣の女王器も女王像の欠片も、次々に発見されている。
シャンバラに生きる者、一人一人にとって、いよいよ他人事ではなくなっている。
女王器を巡る争いも、いずれは収束へと向かうのだから。
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