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薔薇と桜と美しい僕たちと

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薔薇と桜と美しい僕たちと
薔薇と桜と美しい僕たちと 薔薇と桜と美しい僕たちと

リアクション

【1】

 ルドルフが各学校に文書を送ったのは、昼時を過ぎた頃だったので、弁当のことや天気のことを考えると翌日に回すのが妥当な判断だった中。
 数人が、その日のうちに夜桜を堪能するために庭園に来ていた。


「やっぱり夜桜は綺麗ねー」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は呟いて、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)の作ってきた大量のお弁当をつまんだ。
「ああ、そうだな」
「けど残念だわ。真一郎さんや、ザカコさんイリーナさんたちが居ないんだもの」
 今はここに居ない、愛しい人たちを思い浮かべてほぅ、とため息を吐く。ダリルも誰かを想っているのか、何処か遠くを愛しげに見つめていた。
「ダリルも本当はエレーナさんを連れてきたかったんでしょ? わかってるのよー、だって顔にエレーナって書いてあるんだもの☆」
 ルカルカの放ったその一言に、ダリルは思わず手にしていた紙コップを握り潰し、中に入っていたトマトジュースを手や服にかけてしまい、慌てる。タオルを探していると、ほとんど音もなくメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)が近寄ってダリルの手を取り、その手に付いたトマトジュースをベロリと嘗めた。
「ふふ」
 端正な顔を笑みに歪めて、メシエは笑う。
「赤い飲み物なら、これもまあ不味くはないが。どうせならもっと美味なるものを飲みたいところだね」
 人差し指をダリルの顎へと伸ばし、つい、と撫でてから少し顎を持ち上げる。剥き出しになった首筋に噛み付く素振りを見せたところで、
「メシエさん、だあめ。ダリルにはちゃあんと好きな人がいるから、他あたって☆」
 タオルを手にしたルカルカがにっこりと微笑んだ。ダリルはあからさまにほっとした顔をするから、メシエは笑う。
「私が、怖い、かね?」
 くつくつと、喉の奥で。
 ダリルは答えない。
「100年もすれば、制約など関係なくなるよ」
 言いながら立ち上がった。振り返らない。
「全ては壊れてしまうからね」
 そのまま桜並木の中へと消えて行ってしまった。止める間もなく。
 その背姿が見えなくなってから、
「すまない、ダリル」
 メシエに代わってエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が申し訳なさそうに声をかけた。
「いや、驚いただけだ。謝られるほどでは――」
「ダリルはBLに免疫がなさすぎるのよね。こんな攻め顔してるクセに、超ノーマルなんだから」
「は? BL?」
「言葉すらあまり知らないんだもの、からかい甲斐がなーいっ」
 ルカルカはそう言って、再び食べることに没頭する。そしてふと食べながら思った。
 この桜も、100年ちょっとで枯れてしまうのかしら?
 メシエが言ったように、壊れてなくなってしまうのかしら?
「でもそんなこと、美しさとは関係ないわね」
「え?」
 唐突なルカルカの呟きに、エースが疑問符を投げかける。が、ルカは完全に独り言を呟いただけだったので何も答えず、
「あと美味しさとも関係なーい☆」
 料理を堪能するばかりだ。
「あっ、ルカルカ! 食べすぎ! オイラの唐揚げ全部食べないでよ!?」
 すごい勢いで平らげられていくそれを見て、たまらずクマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)が声を上げた。
「大丈夫だ、たくさん作ってあるから」
 そんなクマラを窘めて、箸を渡すと嬉々として唐揚げを頬張る。
「うまい! うまいよダリル! 天才だね!」
「大袈裟だ」
「ダリルの料理はいつでも美味しいわよ☆」
「本当!? オイラダリルの料理だったら毎日でも絶対飽きないなー」
「いや、だから大袈裟――」
「ん、本当だ。美味いな、料理が作れるのは知っていたがここまで上手かったのか」
 続けざまに褒められて、恥ずかしさからか何なのか、妙に居心地悪く感じてしまう。
 それを察したエースが笑って、
「この辺でひとつ話をしようか」
 と切り出した。
「話? なになに?」
 真っ先にクマラが食いついたが、
「桜がなぜ美しいか知っているかい?」
 囁くような静かな声で、そしていかにもな雰囲気を漂わせて話しはじめたためすぐに顔色が変わった。ルカルカの後ろに隠れるようにした上で、服をぎゅっと掴む。さらにもう片方の手をダリルに握っていてもらい、怖がる準備は万端だ。
 そんなオーディエンスの姿に、エースは再び笑った。が、すぐに真面目な表情に戻る。
「薔薇学の校舎の下にはね、女王を崇拝し死んだ兵士たちの死体がたくさんあるんだ。なんでかって? それは、今なおこのタシガンの地を護り、女王を讃えるための桜を咲かせるためだよ。美しいこの花は、死してなお女王へ忠誠を現そうとする彼らの意思の表れなんだね」
 気のせいだろうが、空気が冷たくなった気がした。
 沈黙。
 風が吹いて花びらが舞って、
「死者の意思の現れって言ったら、それって、つまり、この花は死者の怨念を吸って咲いているってこと!?」
 少しだけ顔色を悪くしたクマラの声が響く。
「うわーん、オイラおばけはニガテだよー! おばけこわい、おばけこわいっ」
「死んだ物は怖くない。怖いのは生きてる物だ。生物にしろ制約にしろ」
 今にも泣きそうなクマラの頭を撫でて、ダリルが言う。
「うぅ。怖くない?」
「ああ」
「じゃあ、オイラが怖くないって思えるまで手を握ってて」
「わかった。……でもこれじゃ唐揚げ食べづらいんじゃないのか?」
 右手にルカルカの服を、左手にダリルの手を握っているクマラが唐揚げを食べるのは難しそうだ。
 困ったようにルカルカとダリルを交互に見上げ、そろそろと二人とのつながりを離して唐揚げを口に運ぶ。
「ん〜。美味い」
「生きていれば、そういう喜びに会えるのよ。喜びのある私たちに、どうして死んだ人たちが勝てるのかしらね」
「そうだよね! オイラもう怖くないよ!」
「ああ、強いな」
 そうしてお弁当を食べて。
 ジュースや、たまにお酒を飲んで。
 夜はさらに更けて、クマラははしゃぎすぎて疲れて眠って。
 ルカルカはそんなクマラに膝枕をして、バラードや恋の歌を静かに歌った。
 彼女が歌いはじめると、それまでずっと沈黙を保っていたカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)が「俺もちょいと歌うぜ」と言って音を楽しんだ。
 カルキノスのものは歌ではない。音だ。あるいは竜の響きと呼ばれるもので、大地の精霊と共振するような音を、複数同時に喉から出し、音階をつけて流す。そういったものだ。
「珍しいものだな」
 エースが感嘆の声を漏らすと、カルキノスはほんの少しだけ、笑んだ。
「地球のホーミーに似ているが、ずっと複雑で多音だな。一種賛美歌にも聴こえるだろ? 竜族の喉構造は多少人と違うからな。それゆえできる芸当だ」
 夜の闇にぽうっと浮かび上がる花弁が、闇の中で更に白さを増す中で。
 音と、歌と。
 闇が濃くなる。
 でもそれは、何処か心地よいもの。