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少年探偵、墨死館(ぼくしかん)へゆく

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少年探偵、墨死館(ぼくしかん)へゆく

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 第八章「貴賓室」

 ふんぐるい むぐるなふ
 うがふなぐる ふたぐん
 いあ!いあ!

 V:百合園女学院推理研究会のペルディータ・マイナです。
 貴賓室は、異常な状況です。まだ、なにも起こっていないと言ってもいいのですが、しかし、この部屋にあたしたちが来た時点で、すでに儀式? は、始まっていたようです。ちょっとそこにいるメイドさんに、きいてみますね。

 貴賓室は、教会の講堂のような造りの広い部屋で、この部屋を選択した生徒たちは、中央に置かれた長テーブルの席につき、遅れてくるという館の主人の到着を待っていた。
 テーブル上の燭台の蝋燭の炎が揺れ、客たちの顔と、花瓶の豪奢な花を照らしている。
 料理はまだ運ばれてこない。
 室内には、生徒とメイドたちがいる。
 さらに、部屋の奥には、祭壇とでも呼ぶのか黒い石の寝台のようなものが置かれ、その前には、黒いマントをつけ、フードで顔を隠した一団が十名ほどで、呪文を詠唱している。
 祭壇の後方には、天井から吊るされた漆黒の天幕で覆われていて、なにがあるのか、わからない。
 マイナは、自分の席の側に立っているメイドに話しかけた。
「ノーマン・ゲインさんは、なにかの宗教をされてるんですね。使用人のみなさんも、みんな熱心な信者さんなんですか?」
 しかし、メイドがこたえる前に、マイナの隣にいるパートナーの七尾蒼也が口を開いた。蒼也の声は、こころなしか震えている。
「マイナ。こんなところでオカルトの知識が役に立つなんて、ある意味、最悪だよ。この部屋の名前、貴賓室はね、たぶん、俺たちみたいな普通の客を迎える部屋という意味ではなく、特別な、本当に普通でないものを迎える部屋ってことだ」
「なんでわかるんですか?」
「あれは、そういう特別な呪文だよ。どうしようかな。みんな、危険だ」
 蒼也は、険しい視線を祭壇にむけた。

 V:インスミールのリリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)だ。クトゥルフ神話学科に所属している。でだな、犯人がわかってしまった。犯人というか、真相だな。よって、ノーマン・ゲインが旧支配者を召喚する前に、突撃する! ララ、行くぞ。

 席を立ちかけたリリとパートナーのララ サーズデイ(らら・さーずでい)のまわりに、メイドたちが集まってくる。
 リリは、メイドたちに語りかけた。
「この館でなにが起きているのか、推測はしていたのだよ。だが、来るのが少し遅くなってしまったな。取り返しがつかなくなる前に、そこをどくのだ」
 それでもリリに近づこうとしたメイドに、
「冥府のイバラよ!来たれ!」
 ララの命令と共に、奈落の鉄鎖のイバラの蔓が襲いかかり、メイドの体にからみつき、自由を奪った。
 突然の騒乱に、他の生徒たちもイスから腰をあげる。
「お客様方。お席にお戻りください。ノーマン・ゲインからご挨拶がございます」
 混乱した状況に陥りかけた貴賓室内のすべての生徒たちの目が、黒い天幕の前にむけられた。
 天幕の前には、いつからそこにいたのかメイドが一人立っていた。
 呪文の詠唱も、止んでいる。
 室内を不穏な静寂が支配した。
 ああ。あああ。
 うめきがした。少年のものらしい。
 それだけで、幕のむこう側でなにが行われているのか、うかがい知ることができる者もいた。
「お集まりの諸君。ご想像通り、私、ノーマン、ゲイン六世は、いま、取り込み中だ。しばし、待たれよ」
 あ、う、ああ。
「かわいいよ。アーバスノット」
 天幕のむこうからの淫靡な声は、室内によく響いた。
「すまぬな。声だけでは、そちらも我慢できかねよう。興味のある者は、ここへ入ってきてもかまわぬぞ。ただ、私の体は一つだし、しかも、あまり強くはない。限度のあることを心得てこられろよ」
 いやらしい笑いを含んだノーマンの誘いに、早川呼雪がメイドに尋ねた。
「本当に入ってもいいんだな」
「どうぞ。お好きに」
「罠とはわかっているが、ここにいても始まらんからな。仕方がない」
 呼雪の後に、アンドラス・アルス・ゴエティア(あんどらす・あるすごえてぃあ)とパートナーの鬼崎朔も続いた。
「ともかく、彼にお会いしないと、ここまで来た意味がありませんからね」
「・・・・・・」
 嬉しそうなゴエテイアとは反対に、朔はまるで興味なさ気である。
「僕も彼と話がしたいから行くよ。でも、彼がしてる、これって、あんまり、いい趣味じゃないよね」
「まったくだ。ここまでいくとある意味、男らしいかもな。北斗が餌食にならないように見張っててやるよ」
 清泉 北都(いずみ・ほくと)とパートナーのソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)も天幕の中に姿を消した。
 席に残っている者たちが、息をひそめて、様子をうかがっている。
 が、生徒たちが入った後、天幕からは物音も、あえぎ声もしなくなった。
「付き合ってられねえ! 俺はもう帰らしてもらうぜ、ヒャッハア〜」
 異常な状況に痺れを切らしたのか、モヒカン刈りの南鮪は立ち上がって、椅子を蹴り飛ばした。
「お客様。お静かに」
 メイドが側にいくと、南はメイドの尻を撫であげ、
「俺の退屈をお姉ちゃんが、紛らわしてくれるのかい。メイドプレイでよう」
「そのようなことは、いたしません」
「へっへ。御主人様に毎晩、かわいがってもらってて、もう、大満足ですってか」
 メイドの肩に手を回すと、そのまま、抱きかかえる格好で、南はメイド連れで貴賓室をでていった。
「ヒャッハア〜。うげっ」
 部屋の外から、鮪の雄叫びと悲鳴らしきものが聞こえたが、気にして見に行く生徒は誰もいなかった。

 
V:早川呼雪だ。ノーマン・ゲイン六世の命令でこの映像を録画している。貴重な会見映像だそうだ。おい。これで、いいのか?

「結構だ。呼雪。私をどう思う?」
「・・・正直に答えていいのか」
「ああ」
「これまで会ったこともない程の、大バカ者だ」
「ハハハ。おまえが気にいったぞ。ありがとう。侮蔑は、我が一族にとっては、誉め言葉だ」
 天幕の中には、十人一緒に寝ても余裕がありそうな天蓋つきのベッドがあり、全裸のノーマンは、ベット真ん中にあぐらをかいて、左右にはべらせた少年たちの体を指で弄んでいた。
 生徒とそのパートナーは、ベットの周囲に立ち、ノーマンと愛人たちを見つめている。
 蝋燭のあかりしかないため薄暗く、香でも焚いているのか、野生的な、それでいて官能的な匂いが、濃密に立ち込めていた。
「ノーマン殿。私は貴殿の振る舞い、お考えに賛同する者です。我が名は、不和の公爵アンドラス。私は貴殿の一族のような背徳者の協力者、賛美者でございます」
「不和の公爵よ。貴殿なら、おわかりであろう。我らのような者にとって、賛美や共感の申し出こそは真に唾棄すべきもの。腐臭漂う、汚物だ。そのようなものに心惑わされるのは、時間の無駄というものだ。違うか」
「まったく、まったく、おっしゃる通りでございます。いやいや、また誉めてしまいましたな。さて、それはそれとして、なにやら、愉快なものをお呼びになっておられるご様子。私も、ぜひ、かの旧支配者のお目にかかりたいと思います。どうぞ、邪魔者など気にせずに、儀式をお続けください」
「ふん。誉めてつかわすぞ。見下げ果てた奴だ。仲間と私の邪魔をしにきておいて、ぬけぬけとよくもまあ世辞を言う。しかも、貴様の相方は、さっきから、機あれば、私を斬ろうとしてるように思うがな。私が斬られてもよいのか、公爵」
 嬉々として会話をしているアンドラスの横で、朔は、侮蔑と屈辱と怒りを込めた瞳で、ノーマンを見ていた。そして、尋ねた。
「ノーマン。一つだけ答えろ」
「なんと答えて欲しい。貴様の望むままにこたえよう。貴様の中の人を憎み、破滅を願う気持ちが、私は愛おしくてたまらないのだよ」
 あああ。
 ノーマンに指で激しく愛撫され、少年がもだえる。
「お前は、寺院と関係あるのか?」
「それは、俺も知りたいところだな」
 呼雪もノーマンの病的に痩せた白い顔、赤い目を見つめ、返事を待った。
「さて、どうしようか。女、ここでお前に斬られて死んでも、別によいのだよ。それもまた、悪徳に生きた者の殉教であろう」
「ノーマンさん。僕は、ただ知りたいんだけど、あなたのように生きて、本当に楽しいのかな」
 北都は理解できないものを前にしたように、ベットの上の男をまじまじと眺めている。
「少年、きみも私と同じようにやってみて楽しいか、試してみたまえ。ちょうどいい。服を脱いで、こっちへこい。いろいろ教えてやろう。理解するためには、踏み出す勇気が必要だ。きみの人生に必要なものは、それではないのかね」
 ノーマンの言葉に、明らかに北都は戸惑っていた。北都のパートナーのソーマは、北都を守るために、前にでて、ノーマンの視線から北都を庇った。
「待てよ。青少年の心に揺さぶりをかけるのは、やめてくれ。おっさん。北都ではなく、俺が脱いでやろうか。ラドゥとなにか関係があるらしいな。吸血鬼がお好きなのかい?」
「ラドゥ。あんな奴に私は負けていないぞ!」
「闇の帝王」ラドゥの名前を聞くと、ノーマンは、吐きすてるように言い放った。
「どういう意味かはわからんが、いい関係じゃないんだな」
 一瞬とはいえ、冷静さをなくしたノーマンを、ソーマはにやりと笑う。
「おたくら、ゲイン家は、闇の眷族を名乗ってはいるが、所詮は人間だ。俺たち吸血鬼とは、違うさ。本当は、愛や平和が欲しくてたまらないんだろ。素直になれよ、ノーマン様」
「うるさい」
 ノーマンは、ソーマに枕を投げつけ、自分の傍らにいる少年の顔を荒々しく殴りつけた。
「ノーマン・ゲイン。まだ自分の質問にこたえていない。お前は、寺院のなんなのだ」
 問い詰める朔を、ノーマンの濁った赤い目がまっすぐに見返した時、光が消え、闇が訪れた。
「始まったか」
 ノーマン・ゲインの最後の言葉だった。


 V:俺の名前は、マイト・レストレイド(まいと・れすとれいど)。刑事だ。
 墨死館へは事件の調査にやってきた。
 いま、俺たちは、非常に緊迫した状況に置かれている。
 ついほんの先程、部屋内の灯りがすべて消えた。電灯ではなく、部屋中の蝋燭やランプの火がすべて一斉に消えるなんてありえるだろうか、まず常識的には、ありえない。しかし、魔法がからめば話は別だ。いま俺たちは魔法を使う犯罪者と退治している。ヤードからパラミタにきた俺が、魔法犯罪を経験するには絶好の機会だが、当然、油断はできない。

 V:レストレイドのパートナー元新撰組局長の近藤 勇(こんどう・いさみ)だ。
 入った時から感じているのだが、この館はどこもかしこも血と陰謀の匂いがする。実際に、腐臭が漂うわけではないが、俺には感じられる。幕末の京都の町と同じ匂いを。
 日々、陰謀をめぐらせ、仲間内で殺し合いでもしているのか?


 ひ、ひいいいいい。


 絶叫だった。
 天幕の中からのそれを合図にしたかのごとく、室内に光が戻った。
「警察だ。みんな、動くな。現場を確保して、事態を把握させてもらう。」
 本来の身分は普通の学生にすぎない、なりきり刑事のレイストレイドは、インスミール魔法学校の生徒手帳をだして、もっともらしく周囲に見せつけると、パートナーの近藤勇と天幕へ走っていった。
「自分はレストレイド刑事だ。なにがあった。ノーマン・ゲインは、大丈夫か」
 そこには、呼雪、朔、アンドラス、北都、ソーマの五人とベットに大の字に倒れているノーマン、彼の両脇にいる少年がいた。
 調査用手袋をつけ、ノーマンの様子をよく調べようと、靴を脱いで四つんばでベットにあがったレストレイドは、濃すぎる血の匂いに顔をしかめた。
 出血の量が多すぎる。
 必要以上のめった刺しだった。
 裸体のノーマンは、体の前面を十数ヶ所、刺されて絶命していた。
「僕は見ていた。けど、止められなかった」
 北都の言葉には、自分を責めるような重さがある。
「ふん。北都に責任はないさ。ノーマンが死んで大団円、だろ」
 ソーマは、さばさばした口調で、北都を気遣った。
「惜しい命を亡くしてしまいましたな。遺憾です。しかし、ノーマン殿、貴殿にふさわしい最期でした」
「用がすんだら、行くぞ。アンドラス。ここがこんな調子なら、紗月や美央が心配だ」
 アンドラスは名残惜しげだが、朔は、早くここを離れたいらしい。
「彼が死んで、それですべてが終わったとは、思えんが。なんだか、彼には、逃げられた気もする」
 呼雪の表情は、さっきまでよりも、憂いに満ちていた。
「その通りだ。捜査は、始まったばかりだ」
 レストレイドは、我が意を得たりとばかりに、呼雪に頷きかけたが、呼雪は応じなかった。
「さあ、いよいよ私の出番よ。どきなさい、ジャップ警部。ヘイスティングズ。外にいるみなさんを残らず、ここへ集めて頂戴。
 フードの連中も、メイドもみんなよ」
 天幕内の停滞した空気を破るように、威風堂々とあらわれたのは、百合園女学院推理研究会代表の令嬢ブリジット・パウエルだった。
 推理小説の愛好家であるブリジットは、アガサ・クリスティーの作品に登場する名探偵エルキュール・ポアロになった気分で、レストレイドをジャップ警部、パートナーの橘舞をヘイステイングズと呼び、やる気まんまんの様子である。

 V:橘舞です。ブリジットがまたみなさんにご迷惑をおかけしそうで怖いです。
 さっき、天幕から悲鳴がした時に、彼女は、「やっぱり。こうなると思っていたわ」と言ってました。なんか推理があるみたいだけど、大丈夫かな。

 ブリジットの指示で、舞が丁寧に頭を下げてまわって、貴賓室内にいる全員をノーマンのベッドの周囲に集めた。
「みなさん。ノーマン・ゲイン六世を殺害した犯人は、この中にいます」
 青のドレス姿のブリジットは、悠然と歩きながら語りだした。
「名探偵さん。申し訳ないが、犯人はすでに割れている。犯行が行われた時に、ここにいたメンバーがその姿を目撃してるんだ」
 レストレイドが不服げに訴えた。
「ふうん。で、その犯人とは、誰なのかしら」
「だから、目撃者に直接聞けば、なにもきみが推理する必要はないと言っている」
 レストレイドのパートナーの近藤勇も、レストレイドをどこかバカにしたような態度のブリジットにはきつい口調だ。
「目撃者の方、私に犯人を教えてくださいますか」
 ブリジットに尋ねられ、犯行時にここにいた五人は、異口同音に、明かりが消えたらフードの者たちが集団で入ってきて、ノーマンを刺殺した、とこたえた。
「どうもありがとう。でも、私もそれは知っているの」
「だから、あんたは、なにが言いたいんだ」
 レストレイドはいらだたし気に、唇を歪める。
「ねえ、刑事さん。目撃された犯人に、きいてみてくださるかしら。殺したのは、あなたですか、って」
「これは複数犯の犯行だぞ」
「フードの人なら、誰でもいいわ。きいてみてください」
「まったく、世話が焼ける十手持ち気取りだ」
 近藤はレストレイドのかわりに、フードの一団の一人に尋ねた。
「おまえが、殺したのか?」
「いいえ。わたしでは、ありません」
 否定されたので、別の者にきいた。
「いいえ。自分ではありません」
 結局、フードを被った十人全員にきいたが、全員が自分ではないとこたえたのだった。
「どういうことだ」
「思った通りね。刑事さん。私は、あなたが私に教えてくれていないことも知っているの。ノーマンにつけられた刺し傷は、十二。それはそれぞれ、深さの違うものでしょ」
「ちょっと待て。確認する」
 レストレイドと近藤は、慌ててノーマンの側にゆき、遺体を調べた。
 刀剣による傷には、経験も知識もある近藤が、傷口一つ一つを細かく観察した。
「たしかに十二だ。深さも大きさもすべて違う。なぜ、わかった」
「まあ、お待ちなさい。ところで、そこのベッドの上のあなたたち、さっきノーマンにアーバスノットと呼ばれていたけれど、それはあなたたち、どちらかの名前よね。もう一人はなんて名前なの」
「ボクは、ヘクター。ヘクター・マックイーン」
「そうね。そうくるわよね」
 ブリジットは、楽しそうにほほ笑むと、同じ推理研究会のマイナに目配せした。
「ペルディータ。十二の刺し傷と、アーバスノットにヘクター。容疑者も十二人よ。もう、おわかりでしょう」

 V:マイナです。代表からいきなり振られてびっくりしました。けど、十二の刺し傷と、言えば、たぶん、それは、ミステリーファンの間では超有名な。

「オリエント急行殺人事件だね」
 返事をしたのは、マイナのパートナーの蒼也だ。蒼也も当然、「オリエント〜」は読んでいる。ミステリーは好きなのだ。
「ええ。そうなのよ。だから、犯人には、こう聞けばいいの。ねえ、犯人は、あなた個人ではなく、あなたたちの仲間全員でしょう、って」
「バカな。言葉遊びじゃないか」
 怒鳴るレストレイドの前で、ブリジットは、ヘクターにきいた。
「ラチェットを殺したのは、あなたたちの仲間全員でしょう」
 少年の返事は、
「いやあいやあ」
 虚ろな目になって、呪文の切れ端を繰り返した。
「十手持ち。ラチェットとは誰だ? 被害者は、ノーマンだろ」
「おそらく暗示がかかっているのよ。彼ら十二人は、オリエント急行殺人事件の十二人の犯人と同じ名前を与えられ、合図がきたら小説と同じように、全員でノーマンを殺す。
ラチェットは、小説の中の被害者の名前よ。きっと彼らは、ノーマンをラチェットだと思い込んでるわ」
「そ、そんな」
「最初に、ノーマンが、アーバスノットと言った時、あの小説を思い出したの。そんなによくある名前じゃないから、おぼえてたのね」
「そうなると、彼らに暗示をかけたのが、真犯人ということか?」
「そうね。真犯人にして、この館の本当の主人、それは・・・・・・」

 
 V:リリも女子高生探偵の称号を持つ者として、この程度の推理は楽にできるのだが、今回は、ブリジットに花を持たせてやった。しかし、本当の危機は、これからくることをみんな、忘れすぎていないかと思うぞ。

「この隙に祭壇だけでも壊してしまおう。ララ。時間は、ほとんどないぞ」
「はい。行きましょう。強くてもただ強いだけの存在は哀れでしかない。旧支配者、私は、貴方を軽蔑する」
 リリとララはそっと天幕をでて、祭壇へとむかった。


 V:舞です。私はヘイステイングズではありませんが、相棒の私としては、ブリジットの推理が的中したらしいことに、驚いてしまいました。
 これなら、どんな災厄が訪れても、おかしくないかな。それにしても、レストレイドさんは、まるで推理小説にでてくる刑事さんそのもの。本当は、普通の学生で刑事さんじゃないのにおもしろい方ですね。

 ブリジットの指先は、メイドの一人にむけられていた。
「最初に私たちに各部屋の説明をし、五つの部屋への誘導も全部一人でこなしたメイド。あなたは、貴賓室を説明した時にこう言ったわ。
 当館の主人と対面できるが、準備があるので少々待たせる、と。そして、ずっと、ここにいたノーマンが語りだしたのは、あなたがきてからだった。あなたがきたら、呪文の詠唱もやんだわ。私たちを少々、待たせた墨死館の主人とは、あなた自身、ね」
「・・・・・・」
 メイドは黙っていた。
 表情にも変化はなく、なにを考えているのかわからない。
「それにもう一つ。あなたは、ノーマン様とは呼んでも、彼を御主人様とは呼んでいないし、館の主人についても、ノーマンがこの館の主人だとは、一度も言っていないわね。
 ねえ、他のメイドとは明らかに違うあなたは、何者なの?」
「お客様。お言葉ですが、館の主人が、この人たちに暗示をかけたとは、限らないのじゃありませんこと」
「それは、だって・・・・・・ミステリーってそういうものなのよ。お約束よ」
 ムチャを言いだしたブリジットに舞は頭を抱え、蒼也とマイは、苦笑している。
 場の緊張した空気がほぐれたその時、地下から、爆音がきこえてきた。
 加えて館全体が揺れた。
 震度はそう激しくないが、揺れはしばらく止まらなかった。
 ようやく揺れが止むと、天幕のすぐむこうから、激しい爆発音がした。
 衝撃波で天幕がめくれあがる。
 朔とアンドラスが駆けだし、北都とソーマ、呼雪もその後に続いた。
「メイドが逃げた。ノーマンの死体もない」
 蒼也の指摘に、メイ、舞、ブリジット、レストレイドは、並んで立っているメイドたちに目をやった。
 そこにはすでにブリジットが館の主人だと特定したメイドの姿はない。
 ベッドのノーマンの死体もなくなっていた。
「俺は、ホシを追う。きみらは安全な場所に避難しろ」
 レストレイドと近藤は天幕をでて、室内で行われている戦闘には目もくれず、貴賓室を後にした。

 V:レストレイドだ。新たな事件発見を報告する。貴賓室をでたら、すぐにそれを見つけた。
 廊下に、チョークと思われる白い粉で、モヒカン刈りの人型が書かれている。そうだ、事故現場等に書くあれだ。周囲には、種モミが散らばっており、種モミで書かれたとおぼしき、メイドの三文字もある。ダイニングメッセージか。それとも、イタズラなのか。被害者の姿はここにはない。これは、一体。

 ノーマン殺害も含めて、もはや事件が自分の手には負えなくなったと判断したレスレイドは、警察に連絡(レストレイド流に言えば所轄に応援の要請)しようと、携帯を取りだした。

 レストレイドの電話が警察署につながる前に、墨死館の崩壊が始まった。