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リアクション
第二章「屋根裏部屋」
V:(音声)かわいいは正義! のヴァーナー・ヴォネガットです。
メイドさんが心配なのです。
あんなに同じ顔のメイドさんがたくさんいるのは、変です。
よく見ていると、動きも変な感じがします。
ボクが、メイドさんの一人に、ハグして大丈夫ですか〜、あなたちをこんな風にした悪い人は誰ですか〜って、聞いたら、こっそりみんなのいないとこに引っ張られて、ここまで来ちゃいました。
ここは・・・・・・。
ヴァーナーがメイドに連れて来られたのは、屋敷の屋根裏の隠し部屋だった。
研究室のように様々な装置が置かれ、屋根裏中のあちこちに、目で見える糸、見えない糸が縦横に張りめぐらされている。
「お嬢ちゃん。よく来たね」
屋根裏には一人の人物しかいなかった。
その人物は顔中が眼だった。
数え切れないほどの色形の違うレンズが嵌った眼のかたまりのように見えるマスクを装着していて、口元しか外にでていない。
腕は五対、左右全部で十本。
足は少なめ? に二本だ。
芝居の黒衣(くろこ)を思わせる黒装束で、腕のどれかが常に動き、それぞれの指もせわしなく動いていた。
キスやハグといったスキンシップが好きなヴァーナーも、さすがにこの異形の人物には、近づくのがためらわれる。
「賢いねえ。この屋根裏で、へたに動くと、僕の糸で、首も、手も、足も飛んじゃうよ。なんで、僕に会いたかったのかな」
「きっと、お客さんをメイドさんに改造している人がいると思って、その人とお話して悪いことをやめてもらいます」
「ああ。それは、僕だよ。人形遣い、パペット・マスターだ。マスターと呼んでくれ。せっかく、ここまで来たんだし、君も人形にしてあげるよ」
マスターが、軽く手を振るとヴァーナーの体を何本もの糸が締めつけ、身動きどころか、まばたきさえ出来なくなった。
「大人しくしててね。痛くしないからさ」
V:墨死館から戻ってこない人々の消息を調べて欲しいと、私、ウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)が所属する「風の旅団」に依頼がありました。
館に入って、まず怪しいと思ったのは、メイドたちです。
同じ見た目の人間が、あんなにたくさんいるわけがない。つまり、彼女たちは人工的な所業の産物ということです。
私は、単独行動をとり、メイドをメイドたらしめている者、メイド製造者とでも呼びますか、を求めて、館内を探索することにしました。
少年探偵なんかに負けられないしね。
ヴォルフリートは、柱の陰等に隠れ、注意深くメイドたちを観察するうちに、彼女たちの秘密がわかった気がした。
場数を踏んできた魔法剣士の彼は、本来は、人間の目にはけっして見えないはずのメイドたちを操る糸の存在を感じることができた。
魔法も使っているのだろうが、彼女たちの多くは、あの全身にからみついた糸によって操られている。
ヴォルフリートは、己の感覚を信じ、見えない糸の動線をたどって、屋根裏部屋へと入っていった。
V:俺、香住 火藍(かすみ・からん)のパートナー久途 侘助(くず・わびすけ)さんは、館についてから、事件について考えすぎて、具合が悪くなってしまいました。
俺たちは、他の方たちが各部屋へ行くのを玄関ホールの隅に置かれたソファーで、二人並んでメイドさんたちを眺めています。
「この屋敷の主人は、伝説のハーメルンの笛吹きのようにどこか別の世界に人を誘う術を持ってるのかな。現にみんな危険と知りつつも、怖い童話みたいな名前のついた部屋へ行ってしまった。そう言えば、清泉とソーマも来てるんだった。あっちは大丈夫かな・・・」
侘助は、火藍の肩に頭をのせ、ため息をついた。
「清泉さんとソーマさんは、きっと大丈夫ですよ。伝説も童話も、俺は、そんなに詳しくないんで何とも言えないですが、あんたはまず、自分のことを心配してください。いつも持たせている薬はどうしました」
「薬・・・忘れた・・・」
「忘れた?この馬鹿、あんた、体強くないくせして、忘れるの何回めですか?」
「お客様。お具合が悪いようでしたら、あちらの部屋でお休みになられますか?」
二人のところに来たメイドは、無表情のまま、別室で休むのをすすめた。
「どうします?」
火藍は、侘助に尋ねる。
「せっかく、来たんだし。入り口にだけいてもしかたない。案内してもらうとするか。俺は、あなたたちメイドに話を聞きたいんだ。どこか、あなたが話せる場所で、俺たちにいろいろ教えてくれよ」
侘助の返事に、火藍は短く、うなった。
「罠かもしれませんよ。いいんですか?」
「火藍が一緒だろ。なんとかなるよ」
「ふう。本当に、もう・・・・・・。自分から厄介事に首をつっ込んで。ああっ、また制服が皺になってもあんたのせいですからね!」
二人は、メイドに導かれ、屋敷の奥へと消えて行った。
V:だいたい推理は固まっている。だから、早く彼に会いたい、ノーマン・ゲイン六世に。
あたしは、茅野 菫(ちの・すみれ)。
いやらしい犯罪者の館に好んできてやったのは、彼と一緒に、この晩餐会を楽しみたいからよ。
探偵気取りたちが右往左往しているのを上から眺めて喜ぶのは、犯罪者の特権。
あたしは、そっちの側につくつもりです。で、彼とのつなぎとしてメイド頭をさりげなく探しているんだけど、このメイドどもなんかおかしいわ。
「お客様。いかがいたしましたか?」
選択した部屋に行く途中で立ち止まり、遠目からメイドたちの様子を観察していた菫に、メイドの一人が近づいてきた。
「そうね、短刀直入に言うとね。あたしは、あんたたちを操るっている、司令官に会いたいの。それは、ノーマン・ゲインでいいのかしら」
堂々ととんでもないことを聞いても、まったく悪びれない菫をパートナーのパビェーダ・フィヴラーリ(ぱびぇーだ・ふぃぶらーり)は、愛おしそうに見つめている。
「・・・・・・」
「答えられないってことは、ゲインじゃないわけ」
「・・・・・・」
「あたしは、彼だか彼女だか知らないけれど、その人の協力者よ。ぜひ、会わせていただきたいわ」
「菫。あなた、本当に積極的ね。頼もしいわ」
「パビェーダ。誉めてくれてありがと。さ、メイドさん。あたしたちをトップのところへ連れて行きなさい」
「・・・・・・お客様。こちらへ」
歩きだしたメイドの後ろに、警戒心を抱きながらも、二人はついていく。
「あなた達は、帰りたくはありませんか? 家族の、友人達のもとへ」
「・・・・・・」
篠北 礼香(しのきた・れいか)の問いに、そのメイドはわずかに頷いたようにみえた。
礼香がそう感じただけかもしれない。
だが、礼香は、表情の変わらぬ、どこかぎごちない動作をするメイドが、心の奥で悲痛な叫びをあげていると、いまや確信していた。
「あたしは、決められた部屋へ行くのは、やめるわ。あなたたちを助けたいの。あたしは力になりたいの。どうすればいいのか、教えて」
メイドは、生気のない瞳を礼香にむけ、見えない力に抵抗するかのように体をかため、動きをとめた。
開きっぱなしの目が潤んでゆく。
「なんや、姉さん。メイドさん、泣かしとるんかいな。メガネの美人教師、愛の叱責やな。その遊びに、私も混ぜてや」
V:お笑いコンビ「ピンク・ナース」のつっこみ担当、桜井雪華や。よろしゅう、頼んませっせ。メイドちゃんと仲良うしようと思ったら、先客がおったか。まだ、知り合ってから、ウチと同じくらいの時間しかすごしてないのに、なんでこんなに親密な空気が流れとるんや? あれか、この姉さん、本当に学校のセンセで、教え子との涙の再会ちゅうやつか、先生! 〇〇ちゃん! こんな立派なメイドになってしもうって、先生、うれしゅうて、うれしゅうて、涙、とまらんわ。いいえ、先生のおかげです、私も泣きます。って、そんなわけあるかい!
「篠北礼香よ。よろしく」
「桜井雪花や。ま、ほどほどちゅうことで」
完全に動きをとめてしまったメイドの前で、二人は挨拶を交した。
「お客様。ご迷惑をおかけしました。その者は体調が悪いようですので、こちらで休ませます」
メイドたちがきて、二人の前のメイドを数人がかりで抱えるようにして、運んでいこうとした。
「待って、彼女と一緒に私も行きます」
「ウチだけ居残りは、ありえんやろ」
メイドたちと共に、礼香と雪華は階段をのぼってゆく。
V:蒼空学園、神野 永太(じんの・えいた)です。よろしく頼みます。少年探偵弓月くんが、助けを欲しがってるってきいて、この館に来たんだが、弓月くんは、まあ、なんとかなりそうだったんで、みんなと離れて一人で、館を探索してました。
そうしたら、ぽろぽろとメイドに連れられて、館の上の方へむかって行く連中がいるのに気づいたんで、後をつけて連中の入っていった部屋へ忍び込んでみました。
この部屋への行き方がまた怪しくて、棚を動かして壁から入る隠し通路を使ったり、不可視の階段をのぼったりしました。
結局、いま、俺は、したくもない野郎に、得意の土下座をして、思いっきり頼んでます。
一人の女の子を救うために。
「なにをぶつぶつ言ってるのかな」
土下座し、頭を床につけたまま、つぶやいている永太に、マスターはきいた。
「なんでもないです。その子をヴァーナーちゃんを解放してやってください。この館とは、関係のない人間なんです」
「ここでは、僕のすることに、苦情は受けつけられないなあ」
屋根裏には、土下座中の永太郎の他に、ヴォルフリート、侘助、火藍、菫、パビェーダ、礼香、雪華、それにヴァーナーがこの館のメイドの制服らしい、ゴシックロリータ風の黒いメイド服を着て、生気のない顔で、マスターの横に立っていた。
「君たちがここへ来るのを許したのはさあ、僕の娘たちに、すごく興味がありそうだったからなんだよね。
それで、見ての通り、きみらのお仲間のこの子も、後は顔形ぐらいでもう半分くらいは、ウチの子だし、きみらも僕の人形になったりしたいのかな、と思ってね。
だから、土下座なんかされても、困るよ。最後にこっそりここへ来たきみ!」
「頼む。元に戻してやってください。なんなら、俺が代わりになってもいい」
「きみとこの子を交換だって、それは見るからに無理だよ。みんなもそう思うよね」
「人形遣いさん、提案があるのだけれど、あたしをあなたの仲間にしてくださらない?」
菫の申し出に驚いたのは、マスターではなく、他の生徒たちだった。
ピエーダだけは、そんな菫を穏やかな顔で見守っている。
「ほう。その理由は」
「踊らせらせられるよりも、踊らせるほうがいいわ」
菫に迷いはない。
「その気持ちはわかるけど、僕は生まれつき人を信用できない体質なんだな。
そうだ、試験をしよう。
この作りかけの子の操作方法を教えてあげるから、彼女に、元の仲間たちの前で、思いっきり、恥ずかしいことを言わせて、やらせてごらん。
なあに、彼女は僕の娘の一人になってここで暮らすんだから、きみらの前で、どれだけ痴態をみせたって、かまわないのさ」
「それが試験か。簡単ね」
菫は、まったく動じていない。
「いい返事だ。指先、舌の先、顔の皺まで、すべて思いのまま動かせるから、なんでも言わせられるし、させられるよ」
「マスター。この試験は、簡単すぎて、あたしには、つまらないから、パスするわ」
「そうね。菫は、小動物には意地悪できない子よね」
「うっさいよ」
パートナーの言葉に、バツが悪そうに笑いながら、菫は言い返した。
「そやな。ウチも、メイドさんと仲良うしたいとは、思ったけれども、おっちゃんのは、ただの悪趣味な変態行為や。こんなんして喜んどったら、底が知れるで」
いつもの冗談めかしたしゃべりだったが、雪華の目には、マスターへの嫌悪感がありありと浮かんでいる。
「いい加減にしやがれ。私はてめぇを叩き殺してやりてぇよ!」
江戸弁で怒鳴りつける礼香の剣幕は、すさまじく、横にいた雪華が思わず、二、三歩離れた程だ。
「俺は、その子をよく知らないけど、守りたいよ」
「そうですねえ。当然、その子は連れて帰りますし、身の危険はありますが、この頭のおかしな人を放っておくこともできませんね」
侘助と火藍も、穏やかな物腰ながら、マスターに鋭い視線をむけている。
「みなさん、お優しいな。でも、この部屋にいるうちは、僕の指先一本できみらの首なんか、ポーンだよ。
別にきみらでなくても、この子を瞬間解体してもいいんだ」
マスターが笑いかけ、少し指を動かすと、ヴァーナーは、
「はい。おっしゃる通りです。御主人様」
ぎごちなく話し、仲間のみんなに、丁寧にお辞儀をした。
「けったいなことしぃなや」
たまりかねた雪華が金切り声をあげる。
「くっ」
ヴォルフリートは、歯ぎしりした。自分と「人形遣い」の一対一ならこの状況でも、勝機はある。
しかし、ヴァーナーと他の仲間たち、操られているメイドたちを守りながら、戦うとなると話は別だ。
剣を抜くには、リスクが高すぎた。
「わかった。わかった。きみらは、なにかと騒がしいし、この館に来る者にしては、めずらしい信条で生きてる連中のようだから、特別にオマケだよ。
きみらの他人を思う気持ちが本当なら、この屋敷にいる一番、不憫なメイドを助けてあげておくれよ。
あの子は、僕の糸よりももっと複雑なものに、縛られてるんだ」
「そのメイドさんを助ければ、この子を解放してくれるのですね。約束ですよ」
「正直、僕は娘たちを動かすのに、集中したいんで君らは、邪魔なんだよ。
それに、ここで殺すと汚れるし。いいから、早く行けよ」
「約束ですよ」
火藍は、念を押した。
「ああ。わかったって。あの子は、この屋敷の本当の御主人様の母親で、ウチの子たちのモデルになった子さ。
僕もずっとずっと会ってないが、いまもとてもかわいいらしいと思うよ」
「みんな、行きましょう。ヴァーナーちゃん。待っててね」
礼香を先頭に、一行は屋根裏から降りて、メイドに案内されて、「明日を見ぬ身」へむかった。
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