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リアクション
第一章「人の分をわきまえよ」
S県の某私立女子高に通っている古森あまねです。
あたしたちは、えんえんと塔を上っています。灯りは壁についているランプだけで、暗いです。夜だし、窓から光も入ってきません。
いちおう晩餐会になのだから、母に借りたパーティドレスを着てきたのに、この対応は、どうかと思うわ。
ほんと、部屋の名前も失礼だし。ゲストに対するマナーがなってないわよ。
「あまねちゃんが、怒っています」
「くるとくんは、余計なこと言わなくていいの」
あたしの相棒の探偵小僧は、今日もまた墨死館についた途端に、お腹が痛くなって、いまは親切なドラゴニュートの人! ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)さんに抱きかかえられています。
最初は、おんぶされてましたが落っこちそうなので、だっこになりました。そのうち肩車もしてもらえそうな気配です。
名探偵、竜にまたがり、事件の調査。
ブールズさんは、正直、竜人間なので外見は怖いですが、くるとくんがくっついていると、ヒーローショウの着ぐるみに見えます。悪役のですが。
「くると。服装が乱れているぞ。抱かれていても、きちんとしていろ。襟を整えろ・・・・・・だらしないのは、我の好みじゃない」
「・・・うん」
塔の様子を観察したいらしく、ブールズさんの腕の中でも、もぞもぞと動いているくるとくんは、注意されて、素直にシャツのボタンを一番上まではめました。
彼は、基本、素直な性格なので、扱いやすいといえば扱いやすい子供です。
「あまねちゃん。疲れたよう」
体力と根性が非常に不足していることを除けば。
「きみは、自分で歩いてないじゃない。まだ、なんにも始まってないのよ。弱音を吐かずにがんばりなさい」
「あまねちゃん、この塔にいるとさ、ボク」
くるとくんが、あたしを呼ぶたびに、ブールズさんは、ビクンと体を震わせ、前を歩く自分のパートナーに目をやります。
ブールズさんのパートナーは、黒崎 天音(くろさき・あまね)さん。
艶のある黒い髪をうしろで束ねている端正な顔立ちの美少年で、雰囲気は、学者タイプかな。ヴィジュアル系ロックバンドや耽美系の小説が好きなあたしの母が、拉致監禁しちゃいそうな人です。
「ふうん・・・・・・君が天才少年探偵として有名な弓月くると君か。初めまして、僕は黒崎天音。空京のずっと北、タシガンの都にある薔薇の学舎の学生。よろしくね」
くるとくんにも礼儀正しくしてくれて、自分から握手を求めてくれました。
探偵小僧は、こういう雰囲気のある男性の美形にあった経験がないので、黒崎さんの顔を眺めて、ぼんやりしていましたが、あたしが腕をとってしっかり握手させました。
くるとくんの世話をブールズさんに、頼んでくれたのも黒崎さんです。
ブールズさんは、我は子供は苦手だ、とかごねていましたが、結局は、優しくしてくれました。
見た目は勇ましいけどブルーズさんは、黒崎さんの世話女房役みたいです。
しかし、くるとくんが、あたしを呼ぶたびに、反応しなくてもよいと思いますよ。ブルーズさん。
「晩餐会から戻ってこない人達が、ゲイン家と関係の深い連中なら、これは犯罪組織の内部抗争なんじゃないかな。あまねちゃんは、どう思う?」
「あたしは、もしそうなら、流れ弾で死にそうだからイヤです」
「そうだね。でも、ああいう人たちは一般人は、自分たちの争いに巻き込まないんじゃないの」
「タテマエでしょ。それに、あたしたちは、自分からここまできて首をつっ込んでるし」
この館で、あたしをあまねちゃんと呼んで、よく話しかけてくるのは、くるとくんの他にも、もう一人いて、黒崎さんの後輩の鬼院 尋人(きいん・ひろと)さん。
まじめそうな、かわいい系の男子です。
最初は、あまねさん、って呼んでくれたんだけど、同年代だしと、お願いして、馴染みのある、ちゃんにしてもらいました。
「普通の事件ではなくて、こういう特殊な環境での犯罪事件もくるとくんと一緒に、よく調査してるの? それにしても、あまねっていい名前だね」
尋人少年。女子高育ちで、男耐性が低く、非モテのあたしは、正直、超、恥ずかしいぞ。
尋人くんは、あたしのすぐ側まできて、小声で話しかけてくれます。
でも、なんだか、あたしの名前を呼ぶたびに、前にいる黒崎さんを気にしている感じ。
黒崎さんは存在そのものがそうだけど、竜さんといい、尋人さんといい、薔薇の学舎の人は、みんなこんなのなのかしらん。
美形ばっかだし、そっち系が好きな友達を連れてきたら大喜びしそう。
あたしは、母子家庭の、ミステリ好きの、学業とバイトとくるとくんの育児に追われる普通の女子ですから、過剰反応はしませんが。
「この事件は、少なくとも「ゴットファーザーで」はないよ。もっと、いびつ。もし、コッポラなら「ドラキュラ」。いまのところはダリオ・アルジェント。ゴブリンの音楽がきこえる。「サスペリア」かも」
くるとくんがいつものたわ言を言ってます。
彼のご両親は、筋金入りの映画マニアで、一人息子の彼を外出先は映画館、家ではホーム・シアター、BGMは映画サントラと映画漬けで育てました。
その結果、くるとくんは、映画のタイトルやスタッフ、キャスト、それにまつわるエピソードを使って自分の感情を表現する、困った子になってしまったのです。
「古今東西の映画の中には、愛、怒り、悲しみ、笑い、恐怖、人間の欲望のすべてが表現されているといっても、過言ではないからね。くるとの言葉も間違ってはないだろう」
くるとくんのお父さんの登山家さんは、そう言ってすぐに山へ行ってしまうし、彼のお母さんの詩人さんは、彼以上に病院と家との行き来が激しく、くるとくんの言葉どころではありません。
近所に住み、彼とは遠い親戚らしいあたしが、くるとくんの言葉をなんとなくでも理解してあげられるのは、彼の言葉自体が、私の好きなミステリ小説みたいに不思議な謎をふくんでいるからかな、と思います。
イライラする時も、すっごく多いですけど。
「くるとくん。ねえ、あの包帯の人は、透明人間かな」
この館についてから、神出鬼没であたしたちの前にあらわれたり、いなくなったりしている、顔に包帯をぐるぐる巻きにした怪しい人、自称「佐藤次郎」(斎藤 邦彦(さいとう・くにひこ))さん。
館の住人ではないようですが、とにかく怪しい、です。
「あまねちゃん。東宝の「透明人間」は、いつもピエロのペイントをしてるんだ。佐藤さんは、犬神佐清」
「ほんっと、きみは性格は素直なのに、素直にしゃべれない子供だなぁ。犬神家は、元が小説だから、あたしも知ってるよ。彼が佐清なら、あたしたちを護衛してくれているネル・マイヤーズさんと、鬼桜刃さんと鬼桜月桃さんは、猿蔵かい」
「ネルさんは、ボンドガール。刃さんと月桃さんは、世紀末の暗殺拳伝承者とその恋人だよ」
「あたあ! ですか。そうそう、じゃ先頭を歩いてるあのでっかい人は、誰になるの?」
あたしたち一行のトップをメイドと並んで歩いているのは、身長三メートル、体重百五〇キロのジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)さんです。
「オレには、オレの目的があるから、好きにさせてもらうぜ。復讐? オレはそんなにロマンチストじゃねえよ」
塔を上りはじめる前に、ボゴルさんはそう言って、それっきり、歩きながらずっと、メイドになにか話しかけている様子です。
目的とは、ナンパなのでしょうか。それはそれでロマンかもしれませんが。
「彼は、フリンチ。グスタフ」
「なにそれ」
「有名な大泥棒の敵役のみなさん」
「はあ。あんた、自分が生まれる前の映画にもほんと、くわしいよね」
「うん。ボク、映画とあまねちゃんしか友達いないから」
「あの、みなさん・・・・・・」
ウチの探偵小僧は、ある意味、爆弾です。
竜さんも、尋人さんもこまめに一時停止しないでください。
「人の分をわきまえよ」を選んだあたしたちは、メイドに続いて、すでに二十分以上も螺旋階段を歩いています。
そろそろ途中休憩が欲しいという声が、自分の足で歩いていない約一名からでだした頃、メイドは足をとめ、鍵の束を取りだして、壁のドアに鍵を差し込みました。
ドアは開かれました。
「到着いたしました。こちらでございます」
「いきなり塔から落ちるんじゃねえのか」
ボゴルさんは、まるでウェトレスをからかう酔客です。
「どうぞ。狭いですから、足元にお気をつけて」
あたしも、ドアからでました。
ここは、館の両端にある塔を空中でつないでいる、吊り橋。
いや渡り廊下です。
壁も、天井もありません。長いです。館の幅と同じ長さなので、百メートル以上あるかも。
これ、下を見るとやばい。怖いです。風も吹いてる。
あ、くらくらする。
後ろにいた鬼桜 刃(きざくら・じん)さんが、そっと背中を抱えてくれました。
「気をつけよ。ここには、なにかがいる。俺のカンが告げている。退魔師のカンがな」
刃さんは、体は大きくないのですが、顔に傷があるせいか迫力があって、それでいて凛としています。
和服を着ているのは、退魔師さんだからかな。
退魔師とは、御祓いの専門家さん?
陰陽師とか、そんな感じの服装です。
パートナーの鬼桜 月桃(きざくら・げっとう)さんは、白いドレスで、きれいな髪が腰まであって、まるでお姫様。
こんなところに、なにしに来たんですか、って、聞きたくなるくらい可憐で儚げです。
パラミタは美男美女が多くて、心身ともに一般人レベルのあたしは、正直、いずらいわ。
「あなたたち、まだ子供でしょう。私にできることがあったら、言ってちょうだいね」
「いえいえ、こちらこそ、こんな場所に来ていただいてしまって」
「月桃は、無理をするなよ」
「そうですよ。あたしなんか、バイトで新聞配達してるから、こう見えても肉体派なんです」
「それは、信用できませんね。ふふふ」
月桃さんに笑われると、同性のあたしでも、かわいい、と思ってしまいます。
そして、調査メンバーは全員、外にでました。
「皆様。ご存知かとは思われますが、当館ではお帰りは、お客様それぞれのご自由にしていただいております。帰られる際は、お好きな方法でお帰りくださいませ。それでは、失礼いたします」
ドアが閉じました。
鍵をかける音がします。
メイドの足音はしません。飛び降りた? まさかね。
渡り廊下は石でできていました。
普通の大人二人がようやく歩けるほどの幅しかないので、大柄な人とすれ違う時にはお互いに体を横にむけ、カニ歩きをしなければなりません。
通路の両側に鉄柵がありますが、その気になれば、くるとくん以外の誰でも飛び越えられる高さです。
「星がすごすぎる。降ってきそうだ」
「さっき、舘の外にいた時は曇っていた気がするが、晴れたのか。赤い月が不気味だな」
尋人さんも、くるとくんをだっこしたままの竜さんも、ここの景色を楽しんでいます。
「かなり上ったな。見てください。館の建物が、まるで模型のようです。ゴテゴテしていますが、ここからだとちょうど全体の真ん中がぽっかり空いているのが、わかりますね。中庭でもあるのかな」
「暗くてよくわからんが、それらしいな」
美少年の天音さんと陰陽師コス? の刃さんが話している姿は、あたしにはマンガの世界のワンシーンです。
「あまねちゃん。「人の分をまきまえよ」は、この満天の星空の下で人間の小ささを知れ、って意味なのかもしれないね」
尋人さんのいかにも言葉に、あたしは、つい、
「哲学的すぎるだろ。それは」
「メイドを追わなくていいのですか?」
気配なく近づいてきたネル・マイヤーズ(ねる・まいやーず)さんに、聞かれました。
「えっと・・・・・・」
「ドアを壊すのは簡単です。しかし、ここになにかあるのなら、下に戻るのは、それを調べてからでも遅くありませんね」
魔女というかエージェントというか、ネルさんのような戦闘美少女! に敬語で話しかけられると、体育会系すぎて、文系のあたしは、言葉を失う・・・。
「異常な状況ですが、平常心を保つように、努めてください。いいですね」
「は、はい」
ごめんなさいね。
しゃんとしすぎてる女の人が側にいると、あたし、緊張するのよ。
ネルさんの指示。一箇所に止まっていても仕方がない、に従って、あたしたちは全員で反対側の塔にむかって廊下を進むことにしました。
「誰かいる。こっちへくるぞ! なんだありゃ。箱か」
また先頭にいるボゴルさんが叫びました。
「ワゴン。パーティ会場で食事などを運ぶワゴンカート。メイドが後から押している」
と、黒崎さん。
黒崎さんは、いつも穏やかな表情で、すべてを冷静に観察している感じです。
「何台かくる。縁日とか、ビアガーデンとかみたいだね」
「料理が来るとは限らんがな」
尋人さんと竜さんは、仲が良いのかよく並んでます。
あたしたちの数メートル前にワゴンをとめて、メイドたちは廊下を引き返していきました。
料理と飲み物のグラス、デザート類を載せた数台のワゴンが一列に置かれています。
料理は、肉料理が中心でした。
ローストビーフ、ソーセージやタルタルステーキもあります。
毒が入っていないのは、ボゴルさんが一通り毒見して確認してくれました。
料理を食べたり、ワインを飲んだりして楽しんでいる人も、約一名います。
毒見係と同じ人です。
他のみんなは、警戒してなにも手をつけません。
くるとくんは、興味があるのかワイングラスを手にし、眺めています。
「宇宙的マフィアの晩餐会のディナーにしてはお粗末だが、それでも、うめぇな、これ」
「なんの肉かわからんのに、よく平気で食べるな」
竜さんが呆れています。
「へっ。毒喰らわば皿までだぜ」
「あまねちゃん。失踪した大犯罪者の客たちもここで料理をふるまわれて、いい気になって酔っ払って転落でもしたのかな」
尋人さん。あたしは、大犯罪者の心理は知りません。
「みなさん。ともかく先に進まないと。ですよね」
あたしが言うと、ボゴルさんは、グラスやパンを持ったまま、調査隊は、再び歩きだしました。
「オレは、組織に潜入してノーマンの一味になるぜ」
お酒に酔ったのか、ゴボルさんは陽気です。
そして。
たぶん、二つの塔を結ぶ渡り廊下のちょうど真ん中あたりで、あたしたちは、その銅像を見つけたのでした。
通路の中央に像はありました。
高さは、ボゴルさんより大きな三メートル以上。頭がタコの人間です。売り物にはなりそうもない薄気味の悪いシロモノです。
だけど、と、すると。
「ここに像があると、ワゴンはここから先へ行けないと思う」
「うん。ただでさえ狭い廊下が、タコ人間のせいで、さらに狭くなって、普通の人もカニ歩きしないと通れない」
「あのワゴン。向こう側から、どうやって運んできたの?」
あたしと尋人さんのこの会話がきっかけになって、みんな、像の周囲、前後の廊下で立ち止まって、推理を語ったり、調査したりしはじめました。
刃さん、月桃さん組は、
「俺なら、カートを頭の上に持ち上げ、ジャンプして像を飛び越える」
「それは、普通は無理よ」
「月桃さんの言う通りです。刃さん基準の答えすぎますよ」
あたしがつっこまないとコントです。
尋人さん、竜さんは、
「メイドの身体能力は置いておくとして、機械や魔法を使ったりして、どう持ち上げても料理やグラスが揺れるだろうな。さっきの料理は、きれいに盛りつけられていたし、飲み物のグラスも汚れてなかったな」
「推理などしたことはないぞ、我は」
黒崎さんも加わって、
「僕は、くるとくんの意見を聞きたいな」
「AIP。ユニバーサル。ダークキャッスル。どれか」
「ようするに、まだ、わかんないんですよ。この子の言うことは相手にしない方がいいです。ごめんなさい」
「興味深いよ。ホラー映画の製作会社だね」
黒崎さんは、ホラー映画が好きなんでしょうか。部屋でワイングラス片手に、優雅にみてそうな気もする。
像の前で、停滞状態になっていると、さっきまではしなかったかすかな音がきこえました。
「雨・・・・・・か」
刃さんは、手の平を前にだし、雨がきたのをたしかめてます。
「きれいな雨ね。まるで、銀の雨みたい」
「赤い月には、こんな雨が似合うのかもな」
月桃さんと刃さんは、こんな会話が似合いますね。
「屋根のある場所に動いたほうがいいです。来た道を戻るよりも、調査をかねて前に進みましょう」
また、ネルさんが指示をだしてくれました。
「そうだな。本降りになる前に急ぐか」
竜さんは、前かがみになって、くるとくんが濡れるのを防いでくれています。
ざく。
「ん。イテ。降ってきたのが、刺さったぞ。オレ、お、血がでてる。どうしたんだ。これは?」
「げっ。ゴボルさん、頭から血がでてる。どうしたんですか?」
「痛え。やられた。この雨、なんか混じってるぞ。ガラスの破片か氷だ。この雨は、やばいぞ!」
「ちょっとボゴルさん。頭を治療してもらった方がいいってば」
「姉ちゃん。おまえも、気をつけろよ。おおっ!」
あたしの前で、頭から出血したボゴルさんが巨体をぐらりと揺らし、柵を越えて下へ。
「きゃあ。落ちた。人が、下に、下に」
「しっかりしろ。きみまで落ちるぞ」
パニック状態に陥った私の腕を強く掴んでくれたのは、あの、謎の包帯男、佐藤次郎さんでした。それまで姿は見えなかったのに、あなたは、あたしたちの側にいたんですね。
「佐藤さん。あなたは・・・・・・」
「敵ではない。安心しろ」
あたしをしゃがませ、自分の体を盾にして、雨から守ってくれました。
「は、はい」
この状況では、信じるしかありません。
竜さん、尋人さん、黒崎さんは集まって、空を見上げ、振ってくる雨を高周波ブレードでなぎ払っています。
「この暗さじゃ、雨と見分けがつかないよ」
「とりあえずは、防御だ」
刃さんは月桃さんの横で、頭上にかかげた両手を見えないくらいの早さで動かし、二人に落ちる雨を弾いています。
「隙をみて反撃するぞ」
「刃。気をつけて」
「この程度、敵ではないさ」
たまに響く銃声は、ネルさんが空にむけ、撃っているものです。敵の正体が見えないため、とにかく、威嚇、牽制するために撃っているようです。
「あまねちゃん!」
くるとくんの声がしました。
あたしは、佐藤さんに守られながら、竜さんに抱かれているくるとくんに近づきました。
「答えは、ロジャー・コーマン。雨に凶器を混ぜている者は、この雨を降らせている者と同一人物だよ。この雨は凶器を隠すために降っている。そう考えると、自分で降らせているとしか思えない。低予算映画のやり方だ」
「つまり、木を隠すには、森の中って意味なの?」
「うん。ワゴンがでてきた場所と、雨を降らせている場所は、同じ。つまり、像の手前のここらへんが」
くるとくんは、柵の向こう側の宙にむけて、手にしていたワイングラスを投げつけました。
グラスは、落下せず、中空のなにもないはずの場所で砕け散り、
「くるとくん。当たり、だな」
黒崎さんが楽しげに笑いました。
「なにかあるぞ。悪いが壊させてもらう」
竜さんに、斉藤さん、刃さんもきて、みんな、宙にむかって、剣、銃、拳法で攻撃しました。どうなるのでしょう。
ピキ。ピキ。
ガラスの割れるような音がしました。
夜が、空が、割れる。
宙空がひび割れたようにみえました。
砕け散ったそれは、細かな破片となってきらきらと落ちていきます。
黒く塗った巨大な鏡が、おそらくは塔の頂上から中空に吊るされていて、背後の建物を隠していた・・・・・・低予算映画って、そういう意味なのね。
「こんなものがあったとはな。鏡と夜の暗さのせいで気づかなかった」
刃さんは、まだファイティグポーズをとっています。
「隠されていた第三の塔。雨と凶器を降らせている犯人は、ここにいる」
くるとくんは、姿をあらわした第三の塔を指差しました。
館を挟んで左右両端にある塔と塔の間の、ほぼ中間の位置にこの塔はあります。
塔の外壁と渡り廊下の間はわずか数センチしか離れていません。外壁は闇そのもののように黒く、例え鏡で隠さなくても夜はかなり見えにくいと思います。
タコ人間の銅像の斜め後、柵のすぐむこうに塔の内部へのドアはありました。
「って、ことは、この柵は取れるでしょ、と」
塔のドアの前にある鉄柵は、はめ込み式になっており、尋人さんは、簡単に引き抜きました。
「行くぞ」
刃さんが先陣をきります。
鏡が割れた時点で、雨はやみました。
錆びたドアには鍵はかかっていませんでした。あたしたちは、塔へ突入しました。
中は、電気が通っていて、すごく明るかったです。
機械仕掛けの装置が、いっぱいあります。工場か研究所みたいです。
入り口のドアの側に、ワゴン車が何台か置いてありました。下へ降りるエレベーターも。
「ただの人殺しの道具のはずなのに、なにからなにまでずいぶん凝ってるな。犯罪を楽しむってのは、こういうことか」
「ここで地下水を汲み上げて、渡り廊下にいる人間に人工の雨を降らし、凶器を混ぜて殺すわけですね」
実は、仲間らしい斉藤さんとネルさんが話しています。
「ずいぶん、まわりくどいことをする」
「だから、楽しんでるのよ。ああして血まみれにして、じわじわ殺すのもこだわりがあるのでしょう」
「そのこだわりとやらをご本人から、しっかり聞かせていただくとするか」
刃さんと月桃さんが、いつもよりもちょっと怖い人になっています。
「人の分をわきまえよ。善も悪もあることを心得よ。人の分をわきまえよ」
どこかが壊れてしまっている感じがする声でした。塔内に響いたその言葉に、あたしたちは周囲を見回しました。
「あの部屋からだ」
「さっきの雨でわかるように、手の内の読めない危険な相手です。気をつけていきましょう」
銃を構えて、斉藤さんとネルさんは、ドアを開け放ちました。
室内には、お婆さんが一人いるだけでした。
「エサがここまで来てしまったわ。どうしましょう? 人は我が身の愚かさをわきまえて、神の子を見下ろす場所まできてしまった償いに、血にまみれて落ちてゆく決まりなのに」
ひどく背中が曲がり、皺だらけの浅黒い顔をしたお婆さんは、館内にいる他のメイドたちと同じ服を着ていました。
「婆さん。あんたが、ここの主かい?」
「どうしましょう。神の子が待っているわ」
お婆さんには、刃さんの声は聞こえていない様子です。
あたしたちを見ずに、つぶやきながら、部屋の中を歩きまわっています。
「ノーマンに言われて、こんなことをしてるのなら、私たちが力になりますよ」
「ノーマン? 関係ないわ! いまは、余計な話をしてるヒマはない。わしの仕事はあの子においしいエサを届けることなんだから」
月桃さんの申し出に、お婆さんはよくわからない返事をしました。
「あの子って、なんですか」
「お許しください、かわいそうなメイドと神の間の子よ。このバカ者どもの代わりに、わたしがゆきます」
やばい。やばい。やば。誰か、とめて。あ、あ、あ、あ。落ちた。
みんなの制止も間に合わず、お婆さんは窓を開け、外へ消えました。
悲鳴も残さずに。
短い間に、二度も転落死の目撃者になってしまった。
「くるとくん。これって」
「人がふれてはいけない神様のようなものを呼び出すお話の映画には、狂信者が死ぬこういう場面がだいたいある。それが本当に必要なのかは、ボクにはわからない」
彼がこうして、固有名詞をださずに、映画の話をするのは、ショックを受けている時なので、あたしは、彼の頭を両手で抱え、胸に寄せました。
「…………でも、おかしいよね。
僕が知っているノーマン・ゲイン六世は、数ヶ月前に、対抗勢力の襲撃で負ったケガが原因で亡くなっているはずなんだけれど」
黒崎さんが思い出したように言いました。
しばらく、誰もしゃべりませんでした。
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