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リアクション
第五章「死を覗く淵」
V:マジカルホームズ霧島春美のパートナーアニマルワトソンことディオネラ・マスキプラだよ。
やっぱりワトソンだから、ボクは、春美と他のみんなの行動を記録しなくっちゃね。
「死を覗く淵」を選んだボクたちは、地下への長い長い階段を降りていくことになったんだ。どんな部屋につくのか、ドキドキするよね。
「当館の地下は、代々館主の住処として使用されてまいりました。ある意味、最もゲイン家らしい場所と呼べるかと思います」
「こんな場所が、当主の部屋なのか。キシャシャ。ハマったな、ニコ」
メイドの説明をきき、ナイン・ブラックは、パートナーのニコ・オールドワンドにこっそり話しかけた。
墨死館に入る前から光学迷彩で姿を消していたニコは、最初は「貴賓室」に行く気でいたのだが、メイドたちの会話を盗み聞き、「ノーマン様のお食事を「死を覗く淵」へ」という言葉を小耳にはさんだので、ノーマンに会うために、この一団についてきたのだった。
「僕は、ビンゴだと思うけどね。荒れ果てた地下なんて、地獄と通じる犯罪王には、ふさわしい居城じゃないか」
「好きに言ってろ」
「他の人にバレるから、あんまり僕に話しかけるなよ。ナイン」
「ご覧の通り、この地下は迷路のようになってございます。
どんな部屋がいくつあるのか、誰がいるのか、全てを把握しているのは、館主のみ。いえ、館主さえも関知せぬ者が潜んでいるやもしれません。
それでは、私はここで戻らせていただきます。後は、どう進もうと、戻ろうと、お客様次第です。お好きになさってくださいませ」
メイドは、いまきた階段を引き返していった。
地下迷路への入り口は、天井まで届いている赤茶けたレンガの壁に挟まれた一本の細い通路だ。
天井には、適当な距離を置いて、裸電球が何本もぶら下がっているので、それほど暗くはない。
「最悪、迷ったら、天井や壁を壊して脱出ってテもありそうだけど、まずは、迷路探索ね」
春美は、壁をこつこつと叩き、強度を確認した。
「普通のレンガだと思うわ。床も同じものでできているようね。みんな、一緒に動いた方が安全だと思うんだけど」
「全員、異論はないようだな。私が、先頭を務めよう。私は、教団の第一師団のクレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)少尉だ。もし、捕らわれている人々がいれば救出するつもりでいる。よろしく頼む」
一行は、クレアを先頭に迷路に足を踏み入れた。
V:「通路がいくつにも分岐していて、ところどころ穴が空いてる壁もあったりして、すごく複雑な迷路だよ。
それよりも気になるのは、壁や床にたまに付いてる染み。大きいのも小さいのも、古いのも新しいのもあるけど、血みたいな気がする。なんだか怖いな。
ボクは、地図を書きながら歩いてるけど、春美、みんな、ボクを置いて行かないでね」
罠に注意して、回避したり、解除したりしながら、慎重に、ゆっくり歩を進めた一行は、壁に木製のドアがあるのを見つけ、
「ようやく部屋だ。私、神経使って、お腹もすいたし、みんな、一休みしない?」
霧雨 透乃(きりさめ・とうの)の提案で足を止めた。
「殺気看破を使っても、なにも感じません。ですが、この地下を徘徊している者がいるとしたら、犯罪者や異常者でしょうから、殺気もなく、日常的な動作をする感覚で人を傷つけるのかもしれません」
透乃のパートナーの緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)は、能天気な透乃と違い、怯えている様子だ。
「ここが、化け物の根城でなければいいですね」
影野陽太も陽子以上に、声が震えている。
「よ〜し、やっちゃうよ〜!」
おかまいなしに透乃は、ドアを蹴り開けた。
「ひ、ひいいいい」
「助けてくれっ」
「うわあああ」
ドアのむこうは、絨毯が敷かれ、机や椅子もある清潔な感じの洋室だった。長方形の部屋の四隅には、各角に一人ずつ、合計四人の人間がうずくまっている。
男三人に、女が一人、それぞれが、入ってきた一行を見て、悲鳴をあげたり、慈悲を求める言葉を口走っている。
みな、汚れ破れてはいるが、元は高級そうなスーツやドレスを着ていた。
「落ち着け。晩餐会の出席者か? 我々は、あなた方を助けにきた。危害を加える気はない。安心しろ」
クレアの言葉にも、なかなか悲鳴はおさまらなかった。
四人を見て、うれしそうに微笑んだ一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)は、パートナーのアタッシュケース型の機晶妃、リリ マル(りり・まる)を床に置き、麻雀卓に変形させた。
事情がわからず、きょとんとする仲間たちに、アリーセは、冷静に説明する。
「私の推理は的中しました。
まず死と四をかけて、「死を覗く淵」とは、四つの面を持つ卓を覗き込む参加者たち。
つまり、麻雀をする四人のことです。
実際、振り込んでしまった時の絶望感は、まさしく死を感じる=死を覗くほどのものがあります。
きっと、彼らはお金の代わりに血液や身体の一部を賭けて、真剣勝負の麻雀をするのです。
さあ、どうぞ、始めてください。
道具は持ってまいりました。お使いください。遠慮することはありません」
「自信のない貴殿の場合は、自分がそっとヒントをだして手助けするので、初心者でも安心であります」
卓になった、リリも参加を呼びかける。
「命賭けの麻雀か。こいつはいいね。見てて笑えるぜ。キシャシャ」
ナインの耳障りな笑いが、室内に反響した。
「ナイン。黙れよ。ウケてるのは、おまえだけだ」
姿の見えない相棒のニコに諭され、ナインが口を閉じると、室内は、さっきよりも一段と静かになった。
V:推理って人によって全然、違うんだね。ボク、アリーセさんの推理にびっくりしちゃった。けど、気持ちに余裕がないのか、捕まってた人たちは、誰も麻雀はしないみたい。解放されたら、みんなでやればいいよね。お菓子でも賭けてさ。
白菊 珂慧(しらぎく・かけい)は、あらかじめテーブルに置かれていた料理に興味を持った。
けっこうな量、種類の食べ物がある。
籐カゴには縦に長いパンのバタール、バケットが数本と、別のカゴに丸パンのブールや四角っぽいロゼッタが数個、大きなボールにサラダ、大皿には、それぞれ肉料理や魚料理がたっぷり盛られ、乳白色のスープが鍋ごと置かれていた。
ワインや水のボトルも各種たくさんある。
「食べてもいいかな」
「は。私はもういただいてるけど、食べちゃだめなの?」
バタールを片手に、肉片を頬張っている透乃と、皿にうつしたスープを少しずつ飲んでいる陽子を見て、珂慧もブールをちぎり、バターを塗って口に運んだ。
「他のみんなは、食べなくていいの?」
誘っても反応はない。
クレアは、捕らわれていた人たちの体の具合を診察しており、陽太もそれを手伝っていた。春美は、ルーペを片手に部屋のあちこちを調べている。
アリーセとナインは、二人で卓を囲んでいた。卓自体になっているリリも混ぜて、三人麻雀をしているようだ。
V:ボクもヒールで、ケガしてる人の痛いところを治してあげたいんだけど、意外にみんな外傷はないんだよね。ただ、すごく怯えている。クレアさんが、帰り道はわかるからみんなで上に戻ろうと言っても、落ち着いてくれないんだ。なにがそんなに、怖いんだろうね。
「犬がくるんだ!」
四隅の一つから、よれよれのシャツの男が立ち上がった。
「うなり声がきこえたぞ。犬に見つかった。もう、おしまいだ」
「静かにしろ。私たちが、あなたを守る」
クレアが言い終わるのとほぼ同時に、裸電球の光がまたたきだし、あかりが消え、室内は、悲鳴と獣のうなり、異臭で満たされた。
「イヤだあ〜。殺されるぅ。うわうわっ」
「待て。誰か、光を早く」
「なにかいます。感じます。なにかが、人を襲ってるぅ」
「ニコ。お前じゃないのか?」
「違うよ。犬さ。僕、こいつらを知ってるし」
わずか数十秒で電球は再びついた。
室内の様子が、一変している。
テーブルが引っくり返され、食べ物は絨毯に飛び散り、さっきまで四人いた捕らわれ人が、いまは三人しかいない。
しかも、そのうち一人は、死体である。
獰猛な獣に、デタラメに全身を噛まれたような、一見して死んでいるとわかる惨殺死体だ。
たしかに、死体についた歯型は、大型犬のもののようにも見える。
顔面蒼白になったクレアは唇を噛みしめ、死体に近づき、傷を調べている。
「犬だ。犬がきたんだ」
生き残った捕らわれ人たちは、頭を振りながら絶叫していた。
「でも、不思議ね。犬かどうかはおいておいて、なにか獣がいたようなうなりと、気配はしたけれど、入ってきたのも、出ていったのも、誰も見ていない。毛も落ちていないし、足跡もない。こぼれたスープや壜が割れて流れでたワインの上にも。この部屋に、本当に犬は来たのかしら」
素早く室内を調べた、春美が首をひねる。
「犬コロが、これだけ派手に暴れれば、毛や足跡ぐらいは、あるだろうな」
「自分もそう思うであります。踏まれなくて、よかったであります」
アリーセと、ケース型に戻り床に置かれているリリマルも、春美と同じ疑問を感じているらしい。
「しょうがないな。質問には、僕がお答えするよ。答えは、ティンダロスの犬。それで解決だよ」
ニコは、光学迷彩を解き、みんなの前に姿をあらわした。
「なにヘンな顔してるの? ティンダロスの犬はね、この世界の常識、物理法則全部と無関係の別の場所からくる、犬のような外見の生き物さ。
やつらは、こっちでは旧支配者と呼ばれている存在に仕えていて、それらを脅かすもの、ちょっかいをだすものをどこまでも追いまわし、止めを刺す」
「この人は、その犬に噛まれたの?」
珂慧は、ニコの説明に眉をひそめ、半信半疑の表情だ。
「そう思うね。犬に追われているのは、ノーマン・ゲインで、彼はその巻き添えだろうけどね。共犯かもね。
だからさ、この地下には、ノーマンがいると思うよ。彼は、旧支配者を召喚するような禁忌の儀式に手をだしたんだ。
犬より先に僕らが彼を見つけないと、間違いなく彼は死ぬ。僕は、彼にいろいろききたいんだ。さあ、ノーマンを探しに行こうよ」
「ミステリーではなくて、オカルトですね」
陽太は、ぶるっと体を震わせた。
「どっちでもいいわ。どんなやり方であれ、目の前で行われた殺人の謎は、きっと解いてみせる。マジカルホームズの名に賭けてね」
春美の瞳は、燃えている。
「ああ。二人も欠けてしまっては、彼らに麻雀をしてもらう計画は、水泡に帰してしまった。せめて、一人は見つけてきて三人麻雀をする可能性は、残したいですよね」
「キシャシャ」
波長が合うのか、アリーセがしゃべると、一同の中でナインだけが、楽しいげに笑う。
V:大変なことになっちゃった。殺人事件が発生したよ。クレアさん、ボクと春美、陽太さん、珂慧さんは、いなくなった人を探しに迷路にでたんだ。他の人は、さっきの部屋で残りの三人を守ってくれてる。
でもね、この迷路は危険すぎるんだ。
クレアさんが先頭に立って、みんなであらゆる罠に気をつけて、ちょっとずつ歩いて、入り口からさっきの部屋まできたんだけど、落石、毒ガス噴射、圧殺天井。ノーマン・ゲインって自分の住居にこんな罠をたくさん仕掛けておくなんて、どういう趣味なのか、理解できないよ」
列の最後を歩いていた陽太の姿が消えたのに、まず気づいたのは、彼の前にいた珂慧だった。背後の足音がなくなっているのを奇妙に思ったのである。
「陽太君がいないよ!」
クレア、春美、ディオが足を止め、振り返る。
「しまった。先頭ではなく、連続して歩いた何人目かに作動するトラップか。みんな、ヘタに動くな」
クレアの指示を守り、全員、その場で待機する。
「足音が聞こえなくなったのは、ほんのいまさっきなんだ。まだ、近くにいるはずだよ。陽太君。どこにいるの!」
珂慧の叫びが通路内に響く。すると、すぐに、
「下にいまあす。落とし穴に落ちました。パラソルチョコレートで、ゆっくりゆっくり降りてます。みなさあん、聞こえますかあ?」
陽太の呼びかけは、一行の真下あたりからした。
V:床のレンガは、簡単に外れたよ。ボクらは、落とし穴の壁についていた梯子で底まで降りて、陽太さんと合流したんだ。陽太さんが、無事でよかった。
「これは罠というより、隠し通路だな。どこに続いているのだろう」
またクレアを先頭に、一行は今度は、匍匐前進で人一人がようやく進める通路を前進した。
危険は承知のうえで、通路の奥からきこえる音の正体を確かめにいったのだ。
「この鉄格子で、通路は終りだ。鉄格子を外すぞ。部屋にでる」
一同は通路を抜け、部屋へとでた。
天井から裸電球と、巨大な刃がつるされ、血で汚れた槍や斧、各種の刃物が置かれた部屋だ。
部屋には、誰もおらず音のでるようなものはなかった。
「ここはまるで拷問部屋だね。俺は、さっき自分が罠にかかって、わかった気がするんです。ノーマン・ゲインのことが」
「どういう意味なの」
「楽しんでるんだと思う。罠や拷問で苦しむ人の声や姿を。俺は、落とし穴を落ちてる時に、思ったんだ。こんな俺の姿を見て、仕掛けたやつは、喜んでるんだろうな、って」
「そうだね。僕にもなんとなくわかるよ。僕自身には、そういう趣味はないけど、ノーマンは、僕が絵を描くみたいに、こういう部屋や仕掛けを作って、悲惨な光景を楽しいと思う人間なんだ」
「私には、彼がそんな風に、心情を理解してやる価値のある人間だとは思えんがな」
陽太と珂慧の会話に、クレアは冷たく釘を刺す。
春美とディオは、室内の凶器類を丹念に観察している。
「部屋の外で音がするわ。さっきは、これがきこえたのかしら」
「うん。そうだね」
春美とディオの意見は、一致した。
ゴトゴトと重い音がする。滑車が、床を移動しているような。
耳に神経を集中して、そして、春美は確信した。
「音が、こっちに近づいてる」
「部屋からでるな」
クレアは、ドアの横の壁に体を寄せ、ハンドガンを構える。
「うわああああ」
「みんな、前へ進めぇ!」
「おいおい」
男女数人の叫び声だ。
拷問室のドアが開き、イレヴンとパートナーのカッティ。英希とパートナーのミュリエルが飛び込んできた。
その直後、通路一杯の大きさの鉄球が轟音をあげ、廊下を通過してゆく。
図書室から独自のルートで地下まできたPMRの四人は、床に腰をおろし、荒くなった息を整えている。
最初に顔をあげたのは、イレヴンだ。
「諸君、聞いてくれ! 我々は、ノーマン・ゲイン一世がいまもゾンビとして、この地下にいるとの情報を入手した。
さらに、いまそこで、鉄球の下敷きになって死亡している男を一名、発見した。彼は、何者だ」
「詳しい特長を教えて欲しいわ。それは、おそらく、晩餐会の客の生き残り、春美たちの探していた人物よ」
春美の返事に、イレブンは大げさに身を仰け反らせる。
「な、なんだってぇ!?」
V:透乃ちゃんのパートナーの陽子です。
実は先程、二度目の停電があって、晩餐会のお客さんが、一人は止め刺をされて亡くなって、残りの二人は消えました。
消えたのが、私じゃなくてよかったです。
明かりがついた後、私たちも全員で消えたお客さんたちを迷路で探すことになって。
透乃ちゃんは、ノリノリです。アリーセさんは、ヤバイ死体が見られるかも、とかって、喜んでます。リリさんは、勝っていた麻雀を流されたそうです。ニコくんは、お客さんよりもノーマンで、黒猫さんは、キシャシャです。
私、どうしよう。
飲まないとやってられないんで、無事だったワインをボトル飲みしながら、同行します。
「ノーマン・ゲインさあん。僕は、あなたに協力しますよ。弟子にしてくださあい」
「私も解剖、改造、大好きです。隠れてないで、でてきてくれませんか。麻雀しましょう」
「危険を回避するために、自分らと合流するであります」
「キッシャシャ。こいつらの言葉を信じるも、信じないも勝手だぜぃ」
「ノーマンちゃん。人間、食べてるってホントですか? さすがの私もそれは反対です。もっと、おいしいものを食べなさ〜い」
「ひっく。年代ものの高級ワイン、ごちそうさまです」
二度も猟奇的殺人の現場に居合わせ、それぞれの理由で、とにかくテンションの高くなった六人は、言いたい放題、わめき散らしながら、迷路を進んだ。
しかし、罠を警戒しているので、速度は遅い。
足よりも、口が動いている状態だ。
「なんか、僕、楽しくなっちゃったよ」
「悪は素晴らしいですね。ああ。フリーダムな感じです」
と、ニコとアリーセ。
V:どいつもこいつもバカにしやがって。ういっく。へっ。あれ、陽子です。私、なにを言ってるんでしょう。ま、いいんです。みんな、犬に噛まれて、気持ちよく死ぬんですよ。最期は、きっと。
想像すると、ああっ、ゾクゾクする。
あ、透乃ちゃん、なんか、見つけましたね。
死んでますよ、あれは。だって、串刺し。
一行の中では、いちおうまじめに晩餐会の客を探していた透乃は、他の者よりも少し先まで進んでいた。
透乃が発見したのは、床から突きだした巨大剣山に貫かれた死体。
人間生け花の状態だ。
「迷路の罠にかかったんじゃないでしょうか」
陽子は、悲惨な死体を前に、いくらかは酔いが冷めた。
「しかしさあ。一度めの時は、ほんとうに犬がきた感じだったけど、さっきは、うなりも気配もなかったよね。もしかしたら、人間の仕業かも」
ニコは、死体に噛まれた跡がないのをたしかめた。
「生け花の次は、なんですかね。手堅くバラバラ。地下湖で溺死。うーん。どうきますか」
アリーセは、死体がでてきても、まるで平気だ。
V:私、陽子です。死体のせいで、少しお酒を床に・・・・・・。
みなさん騒ぎすぎて疲れ、いえ、いえ、考えをまとめるために、私たちは、いったん、部屋に戻ることにしました。そして、そこには、透乃ちゃんと私が探していた晩餐会のお客さんの最後の一人が、倒れていました。透乃ちゃんと私以外のみなさんは、無関心そうでしたが、私は、彼女にヒールをかけて傷を治療してあげたのでした。
酔ってるせいで、なかなかうまくできなかったのは、内緒です。
V:ノーマン・ゲイン一世を探しているPMRの人たちも一緒に、みんなで最初の部屋に戻ってきたら、生き残っているお客さんは、一人だけになっていたんだ。
ボクは、また驚いちゃった。
犬も罠も怖すぎるよ。
それから、イレヴンさんたちの話を詳しく聞いたら、ボクらが探していた人は、やっぱり、鉄球に・・・・・・。
きっと迷路を逃げている途中で、罠にやられちゃったんだね。助けられなくて、ゴメンね。
最後の一人を守るために、春美とクレアさんは部屋の移動を提案した。ボクらは、さっきの探索の途中で見つけたノーマンの寝室らしい部屋に全員で移ったんだ。ケガ人の彼女は、いまはベットで休んでるよ。
「彼女の回復を待って、麻雀を開始するということです」
「さっきの勝負の精算がまだであります」
「キシャシャ」
「ノーマンさんを探しに行こうよ」
意気投合したのかアリーセ、リリマル、ナイン、ニコの四人は盛り上がっている。
ベットに横になっている、負傷した晩餐会の客はうつろな表情で、サイドテーブルに置かれている小瓶に手をのばし、口をつけた。
気つけのウィスキーでも入っていたのか、顔色が多少はよくなった。
「大丈夫ですか?」
珂慧の問いに軽く頷く。
「明かりが消えた後、犬から逃げて迷路をさまよったんですね。大変でしたね」
「・・・・・・ありがと」
「PMRのレイブンだ。質問がある。きみは、数日間、この地下に捕らわれていて、ここでノーマン・ゲイン一世に会わなかったか?」
「いいえ」
「一世か、六世かどうかは、わからないけど、ここでノーマン・ゲインに会うには、こうするしかないですよね」
春美は、乱暴に女のドレスの胸元を引き裂く。
豊かな乳房はそこにはなく、青白い薄い胸板があらわになった。
V:みんな、びっくりしたけど、服を裂かれた人自身だけは、全然、驚いてなかった。驚くかわりに、男の声で笑いだしたんだ。
被害者のはずの彼女がノーマン・ゲインだなんて、ボクは、まったく考えてなかったよ。
「ハハハハハ。数えきれぬ罪を重ねてきたが、こうして直接、本物の名探偵とやらに、目の前で罪を暴かれたのは、はじめてだ。愉快だな」
「自分がノーマン・ゲインだと認めるのですね」
「ああ。いいだろう。理由をききたいな」
室内の全員が注目する中、春美は話しだす。
「あなたがノーマン・ゲインである証拠の一つめは、いま口にした小瓶です。
サイドテーブルに置かれていた小瓶には、ラベルがついていないわ。
最初の部屋の食べ物さえ警戒して、食べなかったはずのあなたが、中味が不明の小瓶を平気でなぜ口にできるのか。
それは、あなたが瓶の中味を知っていたからです。
つまり、以前にも、この寝室でこうして横になり、それを飲んだことがある。
きれいに整っていたベットに、ここしばらく使われた形跡はなかった。
あなたが、このベットを以前に使ったのは、晩餐会の客として囚人になるよりも、もっと以前ね。
おそらく、あなたは、この部屋の主として、ここで寝たことがあるのよ。
普通、はじめてきた他人の部屋で横になることぐらいはあるとしても、サイドテーブルの、なにが入っているかわからない瓶の中味を慣れた仕草で飲む人はいないわ」
「ほう。推理とは、こうした面倒なものなのだな。後学のために、すべて話してくれたまえよ」
「証拠その二。暗闇の中、この迷路をさまよって、無傷でいられる人なんていないと思います。この迷路の主以外は」
「ふむ。そうかな。かもしれんが」
「その三。あなたの傷は、きっと自分でつけたものです。
さっき私は、いろいろな刃物が置かれた部屋で、真新しい血のついた斧を見つけたの。
そして、その血は、いま、クレアさんに調べてもらったのだけれど、あなたのドレスに付いていた血と一致しました。
この地下迷路の装置、構造を熟知しているあなたは、暗闇を自ら作りだし、晩餐客と仲間のフリをして通路にでて、罠で彼を殺した。
その後、刃物の部屋にゆき、自らも被害者を装うため体を傷つけた。
私たちが、匍匐前進をしている時にきいた物音は、あなたがあの部屋にいた時のものなのよ。
そして、あなたは、最初の部屋へ戻り、誰かが来るのを床に倒れて待っていた。
あなた以外の誰かが斧を使ったのなら、斧をあの部屋においておく必要はないわ。
でも、いまのあなたは、凶器を持ち歩くわけには行かない。
自分で凶器のところへ行き、用がすんだらおいて帰ってくるが、一番、効率がいいの」
「なぜ、私がそんな面倒をしなければならないのか、わかるかね。諸君」
「知る気もないな」
クレアは、女の髪を乱暴に掴みそれを引き上げた。かつらが取れ、女の真の姿が明らかになってゆく。
「楽しいからだよ。こうして遊ぶのは、最高さ。「死を覗く淵」は、私にとっては昆虫観察のようなものだ。
死の間際であがく人間は、年齢性別に関係なく、愚かで愛おしく思う。
探偵よ。私がいるから、きみがいるのだよ。私に感謝したまえ」
「僕もその意見に賛成です。お会いしたかったです。ノーマン様」
「キシャシャ。ニコ、本気かよ。そいつは、ヤバすぎるぜ」
「僕に、あなたが学んできた秘術の数々を教えてくれるのなら、僕はあなたをこの窮地から、お救いします。
なんなら、ここにいるやつらを全員、敵に回してもかまわない。
二度めのは、あなたの自演だとしても、最初はたしかに犬は現れた。人ならざるものにまで手をだしたあなたは、犬に追われている。女の格好していたのも、人間だけでなく、犬の目をごまかす目的もあるはずだ。
あなたは、僕と組んだほうがいい」
ニコの申し出に、ノーマンは表情を変えなかった。
「私と同じ道を歩まんとする若者よ。心配には、及ばぬ。名探偵にも言われたように、ここは私の寝室だ。君らを一掃する仕掛けなど、いくらもあるのだよ。
さて、話もきいたし、諸君、覚悟せよ」
「待って。ノーマン・ゲイン。
俺は、ゲイン家の歴史を調べた。この地下には、あなたの先祖たちも、生ける死者、ゾンビとして住まっているのか?」
英希にきかれ、ノーマンはつぶやく。
「ここが真の墨死館ならば、それもあろうが」
「!?・・・・・・ここは、あなたは、もしかして」
英希はなおも尋ねようとしたが、ノーマンは突如、目を見開き、うめきをあげ、苦悶の表情でベットに倒れ伏した。
とるるるる。とるるるる。
携帯の着信音。
春美の携帯には、貴賓室に行った推理研究会の仲間、ペルディータ・マイナから電話がかかってきていた。
「マイナさん。うん。いま、こっちはノーマン・ゲインを捕まえたわ。彼は、地下にいたのよ。
えっ。貴賓室で!?
わかった。みんなに伝える。じゃ、そっちも気をつけて」
「春美。どうしたの。ボク、マイナさんや代表も心配だよ」
パートナーのディオは、春美がかなり動揺しているのを感じている。
「みなさん。きいてください。いま、貴賓室でノーマン・ゲイン六世が殺害されたそうです。犯人は、まだわかっていません」
「な、なんだってぇ!」
イレヴンが叫んだ以外は、誰もしゃべらない。そして、全員の視線は、ベットの人物にむけられている。
はあ。はあ。はあ。
肩で息をしながら、ベットの男は、上体を起こした。
「死んだのは、私のパートナーだ。私たちは、二人で一人だった。私が一番大切な人間は、私だからな。私と契約した彼には、姿かたち、心までも私になってもらった。
お互いにどちらがどちらか、わからぬ程にな」
ノーマンは、サイドテーブルの小瓶を呷る。
「若者よ。私を手伝え、報酬に禁書をやろう。最初に、その棚の、上から三段めの引き出しを開け、粉のはいった瓶をだせ。そなたなら知っておろう、イブン=ブハジの粉だ。それを持って、みなで図書室へ行くぞ。いよいよ終りが始まる」
「はい。先生。お仕えします。粉がいるってことは、ここには、あれがいるんですね」
ニコは、いそいそと棚へと歩いていく。
とるるるる。とるるるる。
春美の電話が再び鳴った。
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