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金の機晶姫、銀の機晶姫【前編】

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金の機晶姫、銀の機晶姫【前編】

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〜カガヤキ〜



 川を上り始めて、しばらくは川の中にいる新しい命たちを楽しんで眺めていた。だが、そのうち川の流れの中に生命を見つけられなくなる。そんな川の中の異変に気がついた頃、上流からかわいらしい声が聞こえてきた。


「やっときたのですー☆」

 手のひらに乗るほどの小さな剣の花嫁、マネット・エェル( ・ )ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)の膝からちょこん、と飛び降りてようやく到着したルーノ・アレエの前でドレスのすそを広げてお辞儀をする。真っ白なその装いはまるで白い妖精のようだった。その後ろから、同じほどのサイズの今度は夜色の装いをした九鳥・メモワール(ことり・めもわぁる)が小さくお辞儀をする。

「はじめまして、マネット・エェルなのです」
「九鳥・メモワールよ」
「ニーフェ・アレエです。姉さんを色々助けてくれているお友達ですね」
「あれ……九弓・フゥ・リュィソーはどうしました?」
「九弓さんはあそこです」

 ロザリンド・セリナが指差した先には、金糸を揺らしながら空を眺めている九弓・フゥ・リュィソー(くゅみ・ )の姿があった。こちらをちらりと見ると口元だけ微笑ませる。ルーノ・アレエは駆け寄り、改めて挨拶をするために握手を求めた。

「申し訳ありません、きちんとご挨拶ができていませんでしたが……いつも、助けていただいているとうかがいました」
「私は私がしたいことをしただけよ。結果がつながっただけ。それに、本当に助けるのはこれから……違うかしら?」

 その言葉にルーノ・アレエは深く頷くと、彼女が立っている場所の目の前に、重々しい岩戸があるのをようやく目の当たりにした。その岩戸には古代シャンバラ文字が円を描くように書かれており、その中央には何かをはめ込むようなくぼみがあった。脇には石碑があり、古代シャンバラ文字で歴代村長の名前が刻まれている……そうロザリンド・セリナから聞いている。それを伝えてくれた本人はルーノ・アレエの肩に手を置いた。優しい微笑に微笑を返していると、岩戸に手をついて、九弓・フゥ・リュィソーは何かを呟いた。

フェナス ミーリエル、ラスト ベス ラメン アノン ゴンデン、エドロ ヒ エニ
「え?」
「ぇと、『輝石への門よ声を聞け 今我に岩戸を開け』くらいの意味ですわ☆」
「でも、開かないでしょうね。恐らく必要なのは、あなた達の歌なのよ」

 マネット・エェルがいった言葉に、九弓・フゥ・リュィソーは付け加えた。その表情は開かなかったことを残念がっているようには見えなかった。首をかしげていると、アイリス・零式(あいりす・ぜろしき)が進み出て問いかける。

「歌とは、あのメロディーでありますか? それとも、あの詩の事でありますか?」
「さぁ? どちらなのかまではわからないわ。詩だとしたら、リズムが違っても扉は開かないでしょうし」

 その問答をしている間に、如月 佑也が手を上げた。

「あー、すまない。ここまできてなんなんだが、機晶石を発掘していたらしいもう一つの洞窟に行ってきてもいいか? どうやら、ここから遠くはないようなんだ。そこのバカ姉妹は頼む」
「え、ですが……」
「ルーノさんの護衛に、連れてきたんだ。俺一人でも問題ない」
「それなら、俺たちもいくよ」
「そうね、詩のことならアイリスに任せておけばいいでしょうし」

 赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)と狐耳の美女、クコ・赤嶺(くこ・あかみね)も如月 佑也の言葉に同意した。驚きを隠せないのは、それぞれのパートナーの機晶姫たちだ。

「そんな!」
「兄者!(わかってるじゃないですかっ)」
「霜月……」
「アイリス、以前のように不思議な音が聞こえたら、皆に教えてくださいね」
「……わかったであります」
「だいじょーぶよ、アイリス。ここと、もう一つの洞窟は近いのよ。だから、絶対中でつながってるわ」
「はい! すぐに逢えるでありますね?」
「そう。だから、彼女たちの力になってあげてね?」

 アイリス・零式は少し気落ちした表情をしていたが、にっこりと笑って二人を見送った。如月 佑也はそんな言葉をかけることもなく、川を下ってすぐそばにあるであろう発掘用の入り口に向かった。川を下っていったところに一つの獣道のような物を見つけ、その先へと向かう。
 そこでは、ぽっかりと大地が口を開けて彼らを待っていた。もう使われていなさそうなトロッコもあり、ここがそうなのだと、三人はすぐに理解した。


「佑也さん!」

 聞き覚えのある声に振り返ると、その正体を見るより早く柔らかな双丘に押しつぶされて倒される。ようやく起き上がると、ラグナ アインの胸に押しつぶされていたのだとわかり顔が思わず真っ赤に染まる。

「こここここら!!!!! 何してるんだ!?」
「姉上! 兄者にセクハラされませんでしたか!?」
「なんだ、結局来ちゃったの?」
「アイリスさんは、向こうで残ってくれています。いくらなんでも、魔獣が出るという洞窟の中を歩き回るのは危険ですよ!」
「そうです」

 その後ろには、ニーフェ・アレエも立っていた。獣達は彼女についてきたらしく、アシャンテ・グルームエッジもその後ろに立っていた。

「え、おいおい、何でお前たちまで」
「実は、先ほど春美さんから連絡が入ったんです。『遺跡の中に、岩戸と同じ模様が入った壁が見つかった。そこから風が来ているらしい』って」
「なるほど。もし九弓さんの予想が正しければ、歌が関わっている可能性がある」
「となると、歌える人が必要なわけね?」

 クコ・赤嶺の言葉に答えるように、ニーフェ・アレエは微笑んだ。

「本当は、アイリスさんが来たほうが良かったのかもしれませんが……」
「いや、すぐにつながってるはずだ。開くことができれば、すぐに合流できるよ」

 赤嶺 霜月が力強くそういうと、一同は同意の頷きを返す。そして、光源を用意した如月 佑也の後に続いて、暗い発掘用の洞窟へと足を踏み入れていった。






「……だめね」

 眼鏡を持ち上げながら、九鳥・メモワールが呟いた。一同はかれこれ10分ほど歌いっぱなしだったが、扉はうんともすんともいわない。

「……やはり、機晶石を入れるのではないでしょうか? 私の機晶石を」
「ダメであります!」

 アイリス・零式の叫びに、一同は強く頷いた。毒島 大佐はとことこと歩いていって、そのくぼみに指を滑らせる。真四角のくぼみは、箱を入れるといわれればそうかもしれないし、何か小さな何かを備えるのだといわれればそうとも取れる。うーん、としばらく唸っていると、空の上からプリムローズ・アレックスの声が響いてきた。

「ねぇねぇ! お昼ごはん買ってきたよ〜!」
「それどころではないというに……むぅ」

 苦笑する黒髪の少女も、おなかの虫がなり始めて前言を撤回した。簡単な食事を開始して、一時の休息の後に乳白金のポニーテールを揺らしながらミューレリア・ラングウェイが岩戸に近づき、呟いた。

「これさ、葡萄を備えるんじゃないか?」
「金葡萄ですか? でも今は実っていないはずです」
「そうじゃのぅ。確かアレは秋ごろ、実ってから3日でしぼむとか言ってたじゃろ」
「ああそうなんだけどさ……何か食べ物を備えるって、よくあるじゃん?」

 口元に手を当てながら考え込むミューレリア・ラングウェイの言葉に、ガートルード・ハーレック、シルヴェスター・ウィッカーは黙り込んでしまった。秋月 葵が目を輝かせながらその岩戸に飛びついた。その手には、おやつの苺があった。

「お供えなら、今の時期なら苺だよね!」
「葵ちゃんったら……え?」

 エレンディラ・ノイマンがほほえましげに見守っていたが、すぐにその表情が一変する。苺を入れたとたんに、その岩戸の文字が淡く光り始めたのだ。あまりの出来事に一同が驚いてしまい、歌を歌うよりも先に光はすぐに消えてしまった。

「キーがまだそろっていない。そんな感じね」

 九弓・フゥ・リュィソーの言葉に、一同は一旦、他のメンバーからの報告を待つことにした。








 影野 陽太(かげの・ようた)は今まできいいて回ったことのメモを一生懸命に纏めながら、時折パートナーのエリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)にねだられるままに食べ物を買って回っていた。坊ちゃん刈りの頭をぽりぽりとかきながら、一つため息をついた。村の中央広場にようやく腰掛け、一息つこうと鞄から水筒を取り出して口をつける。

「と、言うわけで、金葡萄杯ができたのよ」
「わぁ! おねーちゃんすごい!」
「あんまりほらを聞かせないでくださいね〜……」

 もはや止める気力すらなく、半分以上うその入った金葡萄杯の馴れ初めを放している魔女にさりげなく突っ込みを入れると、広場に置かれた大きな石像を見上げた。石像にはなにやら文字が描かれているのが見え、そこには『事故で亡くなった同胞の冥福を祈る』とあった。

「……事故? もしかしてコレ……」

 何を思いついたのか、影野 陽太は大急ぎで軽食を腹の中に押し込むと、立ち上がって村長宅を目指して駆け出した。それを見てエリシア・ボックは鋭く叫び声をあげた。

「ちょ、どこ行くのよ!?」
「おにーちゃん、まって〜!」

 パートナーを追いかける二人が起こした風に、フィル・アルジェントのスカートがめくれる。

「なにか、見つかったのでしょうか……あ、いけない」

 自分の時計に目をやり、自分のほうがまだ何も手がかりをつかめていないことを再確認して、小さくため息をつく。フィル・アルジェントはニフレディルを探していたが、宿や食事どころは使っていないのか目撃情報が減ってしまっている。もうここにはいないのだろうか、そんなことを思い始めたときに、ようやく暖かくなってきたというのに深くフードを被り、マントを着込んだ人影を目撃する。

「あれは」
「目的の人物だろうな」
「ひゃっ!」

 突然脇から声をかけられ、驚きでフィル・アルジェントは銃を構えてしまった。両手を挙げて、降参のポーズをとっていたのは早川 呼雪だった。

「あ、す、すみません!」
「いや、突然声をかけた俺も悪かった。アルジェント、だったな」
「はい。そうです。えと、早川さん?」
「どうやら目的はいっしょらしい。あいつをルーノに引き合わせたいんだ」
「私は、彼女から話が聞ければそれで……どうやって話をしましょう?」
「俺がいこう。アルジェントは警戒していてくれ。それがあれば、向こうもへんなことはしないだろう」

 といって、先ほど自身に向けられていたハンドガンを指差す。フィル・アルジェントは少し顔を赤らめてそれを背中に隠した。少し微笑んだ早川 呼雪が、先にニフレディルに歩み寄っていく。何か店先の賞品を見ていたらしい彼女に、背後から声をかけると無防備にこちらを向いた。相変わらず、フードで顔が半分隠れていた。

「今のところ、悪事を働いているようには見えないが………ここに何を求めて訪れたんだ?」
「……いきなり声をかけてきた、見知らぬ男性に答えられる内容ではないわ」
「貴女の容姿はルーノが話していた『エレアノール』によく似ているんだ。聞かせてもらいたい」

 そういわれて、フードの女はそのフードをはずした。青い髪をした、白い肌の女性。確かに、目の色は青だった。

「ニフレディル。私の名前はニフレディルよ。エレアノールではないわ」
「貴女は『機晶姫』なのか?」
「いいえ? 私はヴァルキリーよ。家の名前は忘れてしまったけれどね」

 それを示すかのように、白い羽根をマントの下から覗かせる。それを見てため息混じりに確信した早川 呼雪はすばやく手をつかみ、その両腕をロープで縛る。

「ちょ、なにするのよっ!」
「アルジェント、頼む」
「す、すみません。失礼します」

 声をかけられ、フィル・アルジェントは何をするべきか悟り、ニフレディルの身体に抱きつく。その身体は確かに柔らかく女性のものだが、人工皮膚の可能性もあると考え胸元に耳を当てる。心音がなっているのを確認して、彼女の言葉が本当のものだと再確認してほっと旨をなでおろす。

「……音が、します」
「嘘はついていないらしいな」
「手荒ね。信じてもらえなかったのも哀しいわ」
「どちらにしても、初めて逢ったときとはだいぶ印象が違います……」
「お前達の上にいる連中は、記憶をいじるのが好きらしいからな。とにかく、ルーノのところに行こう」

 フィル・アルジェントが頷くと、早川 呼雪は店主に事情を説明してニフレディルを連れて川上にある岩戸を目指して歩き始めた。


 通信が入ってきたとき、川上の岩戸に集まったメンバーは次の対策を練るべく遺跡組みと連絡を取り合っていた。アイリス・零式はマネット・エェルにルーノの歌を伝授していたところで、ルーノ・アレエはそれをほほえましく見守っていた。その隣に座っていたユニコルノ・ディセッテは通信を切るとルーノ・アレエに声をかけた。

「わかりました……ルーノ様」
「はい?」
「お引き合わせしたい方がいます。すぐそこまで来ていますので」
「……わかりました」

 真剣な表情に対して理由を問う事もなく、ルーノ・アレエは言われるがままに立ち上がって歩き出した。エメ・シェンノートはそれに気がつくと、彼女の手をとる。

「どうかされたんですか?」
「よい知らせです。エメ様」
「では!」
「え? エメ、どういうことですか?」
「なら私も同行します。何かあっては大変ですから」

 白い紳士、エメ・シェンノートはやうやうしく頭を下げると、ルーノ・アレエを伴って歩き始める。念のため、そこにいるロザリンド・セリナに通信で連絡を取っておいた。ルーノ・アレエは今まで問いたくて仕方がなかった言葉を、彼に投げかけた。

「エメ、私のためにどうしてここまでしてくれるの?」
「あ、いえ。ただ、あなた達機晶姫も、私たちと同じ【生きている】。可能なら、ごく普通の女性として、生きてほしいからです。あまり進展はしていないのですが、あなた達が本当の名前で生活してもいいようにならないか、調べてもいるんです。ただ、本当に実にならなくって……」

 苦笑しながら、頭に手をやると今度は真剣な表情でルーノ・アレエに向き直った。

「いつか、きっとその方法を見つけましょう。ルーノさんという名前も素敵ですが、本当の名前を臆することなく名乗れる貴女も見てみたい」
「エメ……ありがとうございます」










「この村は、もともとはここじゃないところにあったんだ。だが、そのうちどんどん機晶石の発掘ができなくなってな」
「最後に取れていたこの地域に落ち着いて、そのうち細々としか取れなくなった機晶石発掘を諦め、農業と出稼ぎに頼るようになったのよ」
「河の上流にある遺跡というのは?」

 アンドリュー・カーが重ねて質問をすると、老夫婦は苦笑しながら言葉を返す。

「遺跡といってもなぁ……わしが生まれる前からあそこはふさがれていたんだよ」
「発掘の最中に不幸な事故があったから、だから封鎖したって聞きましたよ」

 村長と夫人の言葉に、アンドリュー・カーはため息混じりに「そうですか」と相槌を打った。中身に進展がないのを再度確認すると、今度はニコラ・フラメルが集めてきた情報を川切りに何か聞けないか、と耳打ちをしたところだった。玄関のチャイムが鳴り、続いて「ゴメンください〜」と声が聞こえる。

「あらあら、今日はお客さんが多いのね」
「先日は素敵な葡萄をありがとうございました。とてもおいしかったです」
「金葡萄杯にいた子か。あの時はありがとね」

 影野 陽太は満面の笑みでそれに答えると、エリシア・ボックが驚いたように目を丸くする。

「お礼言われる様なことしたの?」
「色々あったんですよ」
「おにーちゃんすごい!」
「あれ? 陽太くんじゃないか」

 五月葉 終夏が声を上げると、影野 陽太は小さく会釈をして、広場の遺跡について問いかける。

「ああ、アレか? あれはたしかその昔機晶石の発掘洞窟にて大きな落盤事故があったって聞いたな。じい様のじい様くらいの時代だ」
「………その事故のこと、どなたか詳しい方はおられませんか?」
「ああ? あれなら、じい様のじい様が日記に書いてあるな」
「もしよければなのですが、それ見せていただいて構いませんか?」

 影野 陽太の言葉に、村長たちは少し驚いた顔をしたが、すぐに彼の真摯な眼差しに頷き返した。

「なにやら、大事な事情があるみたいだね」
「はい。大事な友人……友人達の命にかかわることなんです」
「わしらにはわからないことだが、じい様のじい様の日記が役に立つなら」

 村長は立ち上がって、部屋の奥へと姿を消した。しばらくして戻ってきた彼の手には、ほこりまみれの使い込まれた日記が出てきた。

「まめなじい様でな、事細かに書いてある。コレが君たちの役に立つといいんだが」
「ありがとうございます」
「次の金葡萄杯も、よろしく頼むよ」
「もちろんです」

 力強く頷くと、影野 陽太はその日記を受け取りお辞儀をすると早速開き始めた。








「金葡萄って、そんなに生るんですか!?」

 ケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)は驚きの声を上げた。なにせ、窓から見える大きな畑全てが、実は金葡萄が実る畑なのだという。大会に出しているのは一番見た目が綺麗な金葡萄で、前回の大会では不慮の事故で葡萄が傷んでしまったため、参加者全員で分けるという形をとった。その後、新しく実った綺麗な葡萄を、各学校に贈呈しいたという過去がある。

「ああそうなんだよ。ただ、実ってから3日でしぼんでしまうから実っているところをみられるのは世話している人くらいなんだよね。よそへ苗をやっても、ここの畑でしか金葡萄は実らないんだ。本当、不思議だよね」
「身体に影響とかないんですか?」
「あはは、実は先日蒼空学園の校長が調べてくれたみたいでね。『中身は全くの無反応、皮からのみ、人体に全く影響を及ぼさない程度の機晶エネルギーしか感知できなかった』、そうよ」
「……表面にだけ、エネルギーが出た……?」
「そうらしいの。専門家の方のいうことだから、そうなんでしょうけどね。こっちに移り住んでから、悪いことばかりじゃなくって良かったわ」

 御薗井 響子(みそのい・きょうこ)がようやく聞き取れるほどの小さな声で、歌を口ずさんだ。

「天に舞う光の水は、空の大地を埋め尽くす……川を流れる炎の壁は、風のその先海を割る……天に舞う光の水とは、エレアノールの遺跡にある機晶エネルギーのことでしょうか? 空の大地を埋め尽くして、というのは、遺跡の上、地上の金葡萄の畑に溶けた、ということでしょうか」
「うん……もしかしたら、あの詩にはそんな深い意味があるのかもしれない」

 顎に手を添えながら、ケイラ・ジェシータは頷いた。当たらずも遠からず、といった風の推理を記憶の隅にとどめておくと、もう一つ聞くべき質問を思い出し口を開いた。

「そういえば、この村が元は別の場所にあったって言ってましたけど、そのときの地図とかありますか?」
「ええ、あるわよ。ええと、ほら」

 ケイラ・ジェシータが畑のおばさんから見せられたのは、もう少し北に位置しているディフィア村だった。そして、そのときの発掘所の入り口がエレアノールの遺跡からはかなりはなれていた。

「そのときは、北に発掘にいっていたらしいんだけど、そのうち南にずれていったのよね」
「……この遺跡は違いますか?」
「ううん? こんな北じゃないわ。あら、でもここって確か古い遺跡があったのよね」
「古い遺跡?」
「ええ。とても大きな機晶石が祭られているって噂だったけれど、あそこの守り神がいたのよね。だから中に入った人はいないんですって」
「それ……ほかのおじいさんたちも……」

 小さな声で、御薗井 響子がメモを取りながらつぶやいた。ケイラ・ジェシータは深く頷いた。

「ああ。確かに向こうのご老人達からも聞いたね」
「有名な話よ」






「有名な話ねぇ。そういや、金のエラノール、銀のニフレディルの話は知っているか?」

 また別の場所で聞き込みをしていたエル・ウィンドは、男性の言葉に目を丸くした。ホワイト・カラーは一呼吸おいて赤い眼差しで更に問いかけた。

「あの、そのお話ってこちらでは有名なのですか?」
「どこが発祥かは知らないけどな、たまたまこの村には伝わっていたなぁ。絵本も本屋に行けば売っているよ。だからかなぁ、はやった頃……といっても大昔だが、うちの村はエレアノールって女の子が多かったんだよ」
「その物語の発祥になる何かが、この地域にはあったのかな……」
「おお! みっけたぜ〜!」

 聞き込みをしていた二人に声をかけたのは、同じくイルミンスールの学生ウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)だった。遅ればせながら到着したらしい彼の額には汗が滲んでいた。

「あの御伽噺の新しい情報だぜ!」
「この村が発祥だってことかな?」
「なんだ、もうわかっちまったのか?」
「あ、エルはあてずっぽうに言っただけですよ。もしかして本当なんですか?」

 ホワイト・カラーがため息交じりにそういうと、緑色の瞳がらんらんと輝いた。

「ああ。イルミンスールの図書館で調べたんだ。発祥がヒラニプラの南にあるってな」
「南……なるほど。確かにディフィア村に当てはまるね」
「エル?」
「もうそろそろ昼下がりになりかけている、遅いけれどお昼ご飯にして情報を共有しなくてはね」

 白髪のパートナーの問いかけに、金色に輝く制服を纏ったエル・ウィンドはにっこりと笑った。集まったのは村の宿屋兼食堂だった。既に食事を始めているものもいれば、通信しながら情報を纏めているものもいた。

「あ、エル!」
「ケイラ、そっちはなにかわかったのかい?」
「……聞いて驚くな」

 流浪の民のケイラ・ジェシータはにんまりと笑い、そのパートナー御薗井 響子もにやりと笑っていた。不気味な笑みに驚きを隠せないでいると、大昔の写真らしいものを取り出した。そこには、以前ニフレディルと名乗った女性が写っていた。写真の中の女性はだいぶ若く見えるが、本人であることに間違いはないだろう。

「古代シャンバラには写真もあったんだなぁ……」
「や、そこじゃない」
「これ、エレアノールさんだよ! 名前も確かにエレアノールだし、この村出身だったらしいんだっ」

 ケイラ・ジェシータはかなり興奮した様子で、ピンクのポニーテールが大きく揺れる。ウィルネスト・アーカイヴスも強く頷いた。

「そうそう、この時代のよくつけられた名前ってのも、この地域だけ【エレアノール】が多かったんだ。偶然かもしれないけど……」
「その上、その時代には落盤事故があって、洞窟が封鎖された時期なんです」

 影野 陽太が古びた日記の日付を指差しながら仲間に見せる。そこには落盤事故の詳細が書かれており、写真の裏に書かれた年度と同じものがかかれていた。

「『事故の原因は、やけに光の強い気象席が置かれた祭壇を掘り当ててしまったせいだ。きっとあれは、大昔の一族が祭った石碑に違いない。我らは伝説にそって、あれらを封印した。誰かが封印を解くことを恐れ、伝説の存在を抹消する』と書かれています」
「封印の仕方も消されたんじゃ、わからないじゃないのっ!」

 エリシア・ボックが鼻を鳴らして影野 陽太を突っつくと、苦笑しながら彼は続けた。

「ええ、でも僕なら何かしら残しておきます。わかる人にしかわからないメッセージを」
「……村人なら、わかるもの?」
「この村に伝わるもの……なんだろう」
「そういうものって大概、あまり目立たないようになっているはずだ」

 アンドリュー・カーが飲み物を口にしながら入ってくる。いくつも本が並べられたテーブルに、メモ帳をちぎってちりばめる。

「こうして木の葉を隠すなら森に、ってわけじゃないけれど、忘れられては困るものは忘れられない何かにしておくはずだ。日常に溶け込んでもおかしくない何かに」
「……絵本……」
「いえ、それではわかり易すぎますし、改編される可能性があります」
「……歌じゃないでしょうか」

 御薗井 響子が小さな声で呟くと、葛城 沙耶は指を鳴らす。目をきらきらさせながら身を乗り出すと、その黒いポニーテールが愛らしく揺れた。

「流行り廃りじゃなく、子守唄なら誰もが覚えるんじゃないかな?」
「そうだ! ルーノさんはお茶会のときに『あの歌詞はエレアノールが歌っていたメロディに石碑の詩をあてがった』といっていた。なら、そのメロディが子守唄の可能性はある」
「何より、エレアノールさんがこの村の出身者で」
「落盤事故の前後にこの村にいたのならなおさら!」


 歓喜の声を上げ、一同は飲み物で乾杯をした。楽しげな昼食が開始され、後は銀の機晶石が手に入るのを待つばかりだと思っていた。