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金の機晶姫、銀の機晶姫【前編】

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金の機晶姫、銀の機晶姫【前編】

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〜キショウキ〜



 エレアノールの遺跡と仮定したその場所は、遺跡入り口に作られた無人露天風呂が旅人の疲れを癒すことで少しだけ有名になっていた。整備しなおしたおかげか、温泉はもう遺跡内部に流れ込んではいないようだった。アトラスの傷跡にあるその遺跡の入り口を、霧島 春美は念入りに調べていた。ひび割れてしまった柱の中に何かを見つけると、そこに手を差し入れ、小さな黒い箱を取り出した。

「春美〜、なにそれ?」
「多分、入り口に張っていた装置だと思う」
「装置ってなんなの?」

 ブリジット・パウエルが首をかしげながらその箱を見つめる。何かの配線がついているらしいこと以外は特に何の変哲もない箱だった。走していると、丁度反対にある柱で橘 舞が同じ箱を発見した。

「春美ちゃん、もしかして」
「そう。恐らくだけど、雷術の発生装置じゃないかなって思ったの。今は使えなくなってるみたいだけど……ほら、ルーノさんとニーフェちゃんて、どっちも雷が苦手らしいの。それって、獣達が嫌いなのが雷だから、逃げ出さないように設定したものじゃないかなって思ったんだ」

 装置自体は今は沈黙しており、その推理が正しいかどうかを証明してはくれない。ただその装置は柱のそこかしこに仕掛けられているというのがわかった。

「でも、魔獣たちは何で出てこようとしないのかしら?」
「ここの獣達は、やっぱり何かを護ってるのかもね」

 アリア・セレスティがそう呟きながら、改めて今は崩れかかってしまった遺跡の入り口を見上げる。コレだけ立派なものならば、本当に何かが隠されていてもおかしくはない。そう考えながら、彼女は武器を握り締めた。ミルディア・デスティンがにっこりと笑いながら、アリア・セレスティの顔をのぞきこんだ。

「その何かを見つけるのが、今回のお仕事だもんね」
「彼らに恨みはないけど、大事な友達のためだもの!」

 責任感の強い緑色の瞳が頷くと、遺跡探索部隊は意気揚々と駆け込んでいった。 



 
 既に、遺跡の中を進んでいる者がいた。銀髪のウィザード、メニエス・レイン(めにえす・れいん)だった。以前もこの場所に訪れていたのだが、他の探索者たちに妨害されて、結局最初に訪れた浅い階層で引き上げることになった。金髪のアリス、ロザリアス・レミーナ(ろざりあす・れみーな)は武器を構えて辺りをうかがう。魔獣は今のところ姿を見せず、難なく今までよりも奥の階層へと向かうことができた。それは、機晶姫たちの墓場の更に奥……もとは機晶姫たちの体を成していたであろうスクラップの山だった。
 特に感情が揺れ動くこともなく、メニエス・レインはスクラップの山を押しのけて壁に刻まれた文字を読んだ。そこに書かれているのは古代シャンバラ文字でも、比較的新しいものだった。

「チッ、コレも違うのね」
「おねーちゃん、なに探してるの?」
「ディフィア村、アトラスの傷跡……ここがもしつながっていたとしたら、それは巨大な遺跡だったんじゃないか。そういう話があったのよ」
「ま、たしかにでかすぎだよねぇ〜」
「それにあの魔獣……もともとこの遺跡の守護者だと思うのよねぇ……ただなにを守ってたのか、いまだに分かってないみたい」
「ふーん」

 興味なさそうに(というより理解できていない様子で)相槌を打つと、武器を手の中でくるん、と一回転させて退屈さを誤魔化そうとする。壁にある文字の中には彼女の主が求めるものはなかったらしく、また進みだす魔法使いの後を、アリスの少女はとぼとぼとついていく。





「嫌な場所ね」

 ため息混じりに呟いたのは、琳 鳳明(りん・ほうめい)だった。長槍を手馴れた様子で携える姿はまさしく戦士なのだが、その表情に浮かぶ優しさからは荒事が得意なようにはみえなかった。彼女がいま目にしているのは、機晶姫たちの墓場だ。
 さびて動かなくなった機晶姫たちは、光を宿さないその姿を晒されている。それでも、あまりにもひどいものには布をかけられていたり、花を添えられたりと、はじめて打ち捨てられているのを見つけたときとはだいぶ違う光景だった。

「……ひどい光景ですぅ〜」
「ここから出してあげられないの?」

 朝野 未那(あさの・みな)の言葉に、朝野 未羅(あさの・みら)が続けた。その緑色の瞳には光が宿っている。朝野 未沙(あさの・みさ)はたまらなくなって妹の機晶姫を優しく抱きしめた。

「お姉ちゃん?」
「うん。助けてあげようね」
「大丈夫だ。ここの魔獣たちを何とかできれば、この子達をちゃんとした場所で供養してやれる。それに、きっとまだ治せる子達だっているさ」
「そうですよ! 今はこの遺跡の魔獣さんたちを何とかしましょう!」

 緋桜 ケイ(ひおう・けい)ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)は朝野 未羅にできる限り優しげな微笑を向けて言葉をかける。すると、機晶姫の少女はにっこり笑って大きく頷いた。

「その魔獣も、聞く話だとずいぶん強いみたいねー……」

 一ノ瀬 月実(いちのせ・つぐみ)がげんなりした様子で携帯食をほおばる。今のところ出くわしてはいないが、周りのメンバーの警戒態勢を見ればどれだけ危険な生き物であるかも想像がつく。そこへ、白熊……もとい、雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)が親指を立てながら励ました。

「困ったことがあれば、俺様が3秒で解決してやるぜ!」
「よっぽどルーノに物まねしてもらえたのがうれしかったらしいのぅ」

 悠久ノ カナタ(とわの・かなた)が着物のすそで口元を隠しながら忍び笑いをしていると、あまりに和やかな空気に五条 武(ごじょう・たける)がため息混じりに割って入る。

「それよりも、この辺りで調査していないところってどこなんだ?」
「それなんですけど、ニーフェさんがいた部屋を調べてみようと思っているんです」
「ニーフェさんて、ルーノ・アレエさんの妹さん?」

 リズリット・モルゲンシュタイン(りずりっと・もるげんしゅたいん)がパートナーの一ノ瀬 月実が服にかすをこぼしているのを手馴れた様子で払いながら問いかける。イビー・ニューロ(いびー・にゅーろ)は狭い遺跡の中という都合上、バイク形態ではなく猛禽類の頭部が特徴的な人型をして入り口を見張っていた。彼女の視線の先にはいまだ魔獣らしき影は見えない。

「この辺りに、穴があって……あ!」

 摘みあがった残骸の脇にある大きな穴を探し手覗き込んだソア・ウェンボリスは小さな悲鳴をもらす。すぐさま琳 鳳明は先をはずした六合大槍を構えて彼女の前に立つ。低い唸り声が、獣のそれであると悟ると同時に彼らは飛び掛ってきた。槍を勢いよく回転させ、彼らをそれに絡めて弾き飛ばす。

「来たれ! 怒りの雷よっ!」

 短い詠唱が魔獣たちを打ち貫く雷となると、その後ろで控えていた緋桜 ケイと悠久ノ カナタの二人の雷術も更に加わって魔獣たちは黒焦げになる。五条 武は突貫し、その身の技を魔獣たちにフェイント交じりで食らわせると、雪国 ベアにパスを渡すかのように魔獣たちを放り投げていく。待ち構えていた白熊姿のゆる族は勢いよく技を放つ。

「くらえっ! 白熊轟雷閃っ!!」
「名前が変わっても威力は変わらないのですね」

 イビー・ニューロが冷静な突っ込みを入れながら、自らも追撃するように轟雷閃を放つ。悲鳴を上げながら逃げ回っている一ノ瀬 月実は「でぃふぇんすしふとーーーーっ」とひたすら叫び続けている。それを尻目にリズリット・モウルゲンシュタインは兎型光条兵器の耳の部分の刃で魔獣たちを切りつける。

「サボってないで戦いなよっ!」
「だってだって強いのよっ!」
「も〜! 食べることしか頭にないんだから! ……それにしても、きったところも再生するって、尻尾も切ったら再生するのかな?」

 魔獣を切りつけながらふとした疑問を口にすると、その言葉に一ノ瀬 月実は目を光らせた。

「いくらでも再生する、肉!!」
「まぁ、その発想は間違ってないかもね」
「焼肉食べ放題っ!!!」

 と、彼女が気合を入れて武器を構える頃には、黒焦げになった魔獣たちの山があった。それを見て一ノ瀬 月実は悲鳴を上げた。

「やだ! こんなに焦がしちゃったら食べづらいじゃない」
「いや、食べること前提で焼いたわけじゃ……うん、とりあえずいけそうだな」

 緋桜 ケイが小さく突っ込みを入れながら穴の奥を再確認する。奥からはもうあの唸り声は聞こえない。その後ろではいまだに魔獣の肉を食らおうとしている一ノ瀬 月実の姿があった。

「それじゃ、とりあえずこれを一匹」
「重たいから、後にしようよ〜」
「う、確かにそうかも……」

 持ち上げようとして、軽く腰を痛めそうになったので、おとなしくおいていくことにした。朝野 未那が氷術を使ってその黒焦げの魔獣たちを凍らせると、一旦ニーフェ・アレエの部屋へと向かうことになった。通路を抜けると、そこには殺風景な二段ベッドがある部屋だった。

「ここが、ニーフェさんのお部屋なの?」
「そのようですぅ。もう、温泉の水も乾いたみたいですねぇ〜」
「あれ?」

 朝野 未沙はふと気がついて、机の上にある箱に手を伸ばした。ニーフェ・アレエは荷物らしい荷物はなかったかが机の上のものは全て持ってきた、と話していた。

「これ、もしかしてオルゴールかな?」
「もしかしてぇ、以前ルーノ様の背中から出てきたものと同じじゃないですかぁ?」
「……そうかもしれない」
「だとしたら、その中にまたルーノさんたちの記憶が入ってるかもしれないのでしょうか?」
「可能性はあるね。一応、私が持っていくけどいいかな?」

 一同の許可を得て朝野 未沙が鞄にその小さな黒い箱をしまうと今一度辺りを見回した。本がいくつか並んでいるが、絵本など子供向けのものが目立っていたが、その中にはいくつか専門書なども混ざっていた。それも主に、機晶姫関連ではなくどちらかというと歌に関連したものが多かった。

「ルーノさんて、歌が好きなんだもんね」
「でも歌はニーフェのほうが感情表現豊かだな」
「一人で歌の本ばかり読んでいたせいかもしれませんね」

 少しさびしげに、ソア・ウェンボリスが呟いた。視線を向けた先に、背表紙に何も書かれていない本を見つけて、彼女は何気なくパラ、と開いた。その中身の一文を読んだだけで、顔が真っ青になってしまうほどの文章が書かれていた。

『憎たらしや、かの者たちを討ち滅ぼす力があっても、我には使うことができない』
「え?」
「どうしたのじゃ?」
「あ、その……この本……日記、みたいなんですけれど」

『ニンゲン、我らを好きに扱い、それを発展のためと信じ込み命を弄んだ』
『魂の所存なぞ関係ない。我らには意思がある』
『討ち滅ぼすべきはこの大陸のニンゲン全てにアリ』

「なんと、物騒な内容じゃ」
「どうかしたのか?」

 悠久ノ カナタが顔をしかめると、五条 武が割って入ってその本を引き継いだ。

『ニンゲンも同じに弄られればよい。生きながらにしてハラワタを弄ばれたとき、どんな気持ちになるか味わえばいいのだ』
「なんだこれ……」
「この遺跡にいる、機晶姫の言葉ではないか?」

 冷静に言葉を放ったのは、イビー・ニューロだった。通ってきた穴の向こうにある、機晶姫たちの無残な姿を思い出させるために指でそちらを指した。

「誰がかいたものかはわからないが、彼らの言葉であると考えて、間違いはないと思う」
「……そう、ですよね」
「あんなに沢山の機晶姫たちがいるんだもんね……誰か一人くらい、日記を残していてもおかしくないかも」

 朝野 未沙の言葉に、無意識のうちに誰もが黙り込んでしまった。









 松平 岩造(まつだいら・がんぞう)は忍犬の竜介を伴って、暗く湿ったにおいのする遺跡内を嘗め回すように見回した。灯りこそ確保されているが、地価というその場所柄否応にも不安感を駆り立てる。

「ここが、件の遺跡か。それにしても静かだな」
「魔獣たちは、いっつも突然出てくるから、あまり油断しないでね」

 一度来たことがあるルカルカ・ルー(るかるか・るー)は武器を携えたまま慎重に歩みを進めていく。人数分の靴音だけが空間を支配していると、朝霧 垂が思いついたように口を開いた。

「そういえば、機晶姫って機晶石で人格が決まったりするわけじゃないんだな?」
「詳しくはわからないが、人が心臓を取り替えても人格が変わらないのといっしょじゃないだろうか。あくまでも機晶石をエネルギーとして考えれば、の話だが」

 少し考え込みながら、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が口を開いた。それに対して、先頭に立つ夏侯 淵(かこう・えん)もうなりだしてしまった。

「うーむ。難しいなぁ……俺もアーティフィサーとして勉強してるけど、そういうところはさすがに教えてもらえないからな」
「ふ、どちらでもかわらないだろうに」

 メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)がその話を聞いて鼻で笑う。
 
「所詮は作られた兵器だ。今我々はあのアレエ姉妹を『完全体』にするためにこうして銀の機晶石を探しているのだろう?」
「完全体って……」
「いまニーフェは不完全、不良品だ。本来の機晶石をいれ、完全体にしておくべきだろう」
「そ、そんな!」

 夜霧 朔がメシエ・ヒューヴェリアルの物言いに噛み付こうとすると、クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)のほうが先に口を開いた。

「それってつまり、ニーフェを助けたいんだよね?」

 その問いかけに返事はなく、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)はそのやり取りに微笑む。少年魔女が巫女機晶姫に「素直じゃないだけなんだよ☆」と耳打ちすると、彼女の顔にも笑みが戻る。丁度そのとき、通信機から声が聞こえ始めた。






「もしもし? こちらルカ・アコーディング(るか・あこーでぃんぐ)。聞こえる〜? 定時連絡の時間でーっす」

『聞こえるよアコ。地上から見るとどう?』

「うん。ロザリンドのいってた通り。ディフィア村に向かって伸びてるよ」

 箒に乗った金髪の魔道書はルカルカ・ルーにそっくりな容姿をしていた。通信機に向かい意気揚々と微弱に受け取る彼女の形態からの電波で今の位置関係を詳細に記録しながらも口頭で伝える。

「貰った地図から考えると、多分そのままぶつかると思うよ」
『ありがとう。もう少ししたらまた別の部屋とかはいると思うから、そしたらまた連絡するね』
「了解〜♪」

 通信機を切ると、今度は携帯電話でエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)にも同じく定時連絡を入れる。まだ彼が待機しているディフィア村の井戸に到達するまでは時間があるということを伝えると、のんびりと空の散歩を楽しんでいた。