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【十二の星の華】 Reach for the Lucent World (第2回/全3回)

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【十二の星の華】 Reach for the Lucent World (第2回/全3回)

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  ☆ ☆ ☆

「うーん、やっぱりこの中に入れるってことなんじゃないかな」
 リフルを箒に乗せて物体の周りをぐるぐる回りながら飛ぶ沙幸は、常に物体を指す羅針盤の針を見て言った。
 二人のやや後方では、沙幸たちが箒から落ちないよう美海が気を配っている。美海はそれと同時に、触りながら物体をまじまじと観察していた。
「沙幸さんはリフルさんを運ぶので手一杯かもしれませんし、わたくしがよく見ておきましょう。突起など、何か不自然なものはないものでしょうか……」
 その近くで、緋桜 ケイ(ひおう・けい)も、美海と同様物体を触った感触を確かめている。
「……冷たい。そして、傷だらけになっているものの、本来は非常に滑らかな表面をしているな。強度もかなりありそうだ」
「私は全体像を掴むため、この物体をスケッチしてみたいと思いますっ! まずは見えている部分だけでも描いてみますよっ」
 ケイの隣では、ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)が小さな体をいっぱい使ってやる気を表現する。
「ご主人、それならこれを使ってくれ」
 すかさず、雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)がハンドベルト筆箱をソアに差し出した。
「ジャキーンッ! どうよ、ボタン一つで鉛筆や消しゴムが飛び出す優れものだぜ。あとはこれ、スケッチブックな」
「わあ、用意がいいですね。ありがとうございます、ベア」
「へへん」
 ベアが胸を張る。ソアは鼻歌交じりに謎の物体のスケッチに取りかかった。
「さてと、んじゃ俺様はカッコイイ白熊の絵でも描いてるかな」
 ベアもスケッチブックを開く。
 スケッチに集中する二人の脇で、悠久ノ カナタ(とわの・かなた)がケイに言った。
「のお、ケイ。触ってみるだけでは、分からないことも多かろうて」
「どうしろってんだ?」
「そうよの、舐めてみる、とか」
「舐めるう? カナタ、そりゃあ……」
 ケイは眉をひそめた後、ベアの方を向いた。
「ベアの仕事だろう。おい、ベア」
「んー、今忙しいんだ。……もふもふ感は残しつつ、もうちょっと線をシャープにしてみるか? お、なかなかのイケベアになってきたぜ」
 ベアはお絵かきに夢中なようだ。しかし、ケイは続ける。
「ベア、お前の力が必要なんだ。頼む」
 ベアはとうとう根負けして、スケッチブックから顔を上げた。
「なんだよ、改まって」
 ケイは至って真面目な顔で物体を指さすと、言った。
「これを舐めろ」
「……何を言ってるんだお前は」
「その舌で、この物体の正体を突き止めてみよ。おぬしならきっとやれると、わらわは信じておるぞ」
 カナタがじっとベアを見つめる。
「ふ、そう言われちゃあしょうがねえな。ここは一つ俺様が……って、んな馬鹿な話があるか!」
 ベアが大きな声を出す。ちょうど近くを通りかかったリフルは、不思議そうな目でベアを見た。
「リフルよ、これが『ノリツッコミ』というものだ。覚えておくと色々応用がきくぞ」
「分かった」
 カナタがリフルに解説する。
「できましたーっ。あれ、どうしたんですか? みんなしてベアのことを見て」
 物体のスケッチを完成させて、ソアがぐっと伸びをした。スケッチに没頭していた彼女は、これまでの話の流れを把握していない。
「ソア、ベアは究極の舌をもつゆる族だったんだ。一舐めすれば、どんなものでもそれが何か分かるらしい。きっとこの物体のことも解明してくれるぞ」
「ええ、そうだったんですか!? 私ったら、パートナーなのに今まで知りませんでした。ベア、すごいですっ」
「く……」
 ケイの言葉を素直に信じ込んだソアは、尊敬の眼差しをベアに注ぐ。
 ここで引き下がったら負けな気がする。ベアは覚悟を決めた。
「ええい、ままよ!」

 ペロッ……これは……

「土と金属が混ざったような味だ」
「そのままじゃないか」
 ケイがつまらなそうな顔をする。
「山羊っぽい味とかしなかったか?」
「お前、今日おかしいぞ」
「いや、カナタが言うんだ。この物体こそが山羊座の試練なんじゃないかって。ソアも同意見らしい」
 ケイの視線を受け、カナタが口を開こうとする。そこに、リフルが更に近づいてきた。
「おいしいの?」
 どうやら、ベアが物体を舐めるのを見ていたらしい。
「リフルは絶対に真似するなよ! いいか、真似するなよ! 絶対だからな!」
 ケイがわざとらしくリフルに言い聞かせる。
「これは、やるなと言われとやりたくなる人間心理を利用した、高度なテクニックであるぞ。うまく使えば笑いの神が降りてくるのだが、多用しすぎるといざというとき妙な勘違いをされる、という諸刃の剣でな。素人にはお勧めできぬ」
「……よく分からない」
 再びカナタの解説が入ったが、今度はリフルに伝わらなかったようだ。
「ちょうどよかった。リフルさん、ちょっと聞きたいことがあるんです」
 不思議そうな顔をするリフルにそう声をかけたのは、ソアだ。
「この前探索に行った遺跡の試練のことなんですけど、あれって、十二星座に対応していると思うんです。山羊座の試練だけ抜けていませんか?」
 リフルは試練を一つ一つ思い出しながら答える。
「魔方陣があって、アンデッドが出てきた部屋。あれが山羊座だと思う」
「えーっ、あれって天秤座の試練だと思ってました。それじゃあ、天秤座はどこに?」
「山羊座のすぐ後。声が聞こえてきたのがそうだと思う。リスクを冒してでも先に進むか天秤にかけさせた」
 この答えに、ケイは眉をひそめた。
「あれが天秤座? 仮にも最後を飾る試練なんだぞ。手を抜きすぎだろう」
「まあまあケイ、きっと遺跡を作った人にも事情があったんですよ」
 ソアが宥めようとするが、ケイは納得できない。
「事情ってどんな?」
「それは、その……きっと、締め切りがあったんです! 敵が攻めてくる前に、遺跡を完成させなくちゃいけなかったとか……」
 ソアが助けを求めるような目でリフルを見る。
「締め切りというものは、無情にやってくる」
 リフルは彼女なりのフォローをした。
「ほ、ほら! 古代シャンバラ史に詳しいリフルさんもこう言っています」
 ソアが必死になっているのを見て、ケイはふう、と一つ大きく息をついた。
「こんなこと言っててもしょうがないよな。悪かった。ソア、物体のスケッチをしたんだろ。リフルに見せてみろよ」
「あ、そうでした」
 ケイに言われて、ソアはスケッチブックを広げる。
「最初は山羊の角に形が似てるって思ったんですけど……山羊座の試練じゃないんだったら、違うのかもしれませんね」
「だが、あの遺跡が十二星華に関わるものだったことは間違いないだろう。だとすれば、あそこで見つかった羅針盤が示したこの物体も、十二星華に関係があるはずだ」
「そうですよね。はい、これですっ。リフルさんは何に見えますか?」
 ソアのスケッチを見たリフルは、即答した。
「握り損ねたおにぎり」
「リフルさん、色々とひどいですっ!」

  ☆ ☆ ☆

 天城 一輝(あまぎ・いっき)たちは、万全の準備をして今回の調査に臨んでいた。
 一輝はアーティフィサーとなり、スキルは役に立ちそうなものを使えるようにしてきた。パートナーのローザ・セントレス(ろーざ・せんとれす)は、押しつけるだけで攻撃できる高周波ブレードを武器としてチョイス。足場の悪いところでの戦闘も想定して、重い盾や鎧は身につけていない。ユリウス プッロ(ゆりうす・ぷっろ)は杖代わりのフェザーピアス一本に霊糸の長衣という軽装だ。そして、三人とも足袋を履いている。
「これは飛空艇に違いない。まずは、近くに溝がないか探すぞ」
 一輝は、謎の物体を飛空艇と断定していた。だとすれば、墜落して機体が地面に埋没した可能性が高い。このような場所に巨大な物体があるのがその証拠だ。
 墜落時にできた溝が発見できれば、それとは逆の方向に操縦室があるはずだ。あとは入り口を探して中に入り、操縦室まで行ってみたい。これが一輝の考えだった。
「この不安定な足場です。これが飛空艇だとすれば、バランスを崩して倒れるという恐れもありますわね」
 ローザが物体を見上げて言う。
「もし少しでも動いたり違和感を覚えたりしたら、すぐに知らせますわ」
「頼んだぞローザ」
 一輝とローザは、なんとか歩けそうな場所がないか探す。と、そこにローザマリアとグロリアーナがやってきた。
「Hi. あんたたちも下から行くのね。よかったらこれを使わない?」
 ローザマリアは、予備の杭を差し出しながら二人に気さくに話しかける。が、慎重な性格で決して世渡り上手とも言えない一輝は、黙ってローザマリアを見つめた。
 そんな一輝を尻目に、ローザはローザマリアの好意を素直に受け入れる。
「これはご親切にありがとうございます。助かりますわ」
「礼には及ばないわよ。私はローザマリア。ローザって呼んでちょうだい。よろしくね」
「あら、貴様もローザというのですわね。私もローザという名前ですのよ」
 自分も『あんた』と言っておいてなんだが、初対面で『貴様』呼ばわりされ、ローザマリアはきょとんとする。見かねて一輝が説明した。
「立ち居振る舞いこそ優雅に見えるかもしれんが、ローザは、会話を続けるうちに汚い単語が飛び出す残念なヴァルキリーなんだ。気にしないでくれ」
「あら、失礼なことをほざきやがりますわね」
 ローザは不満そうな顔をする。
「少し紛らわしいが、ローザは今まで通りローザ、おまえのことはローザマリアと呼ばせてもらおう。俺は天城 一輝だ」
「わらわはグロリアーナという。よろしく頼むぞ」
 自己紹介も一通り終わったところで、四人は杭を打ち打ち物体を目指した。

「さて、我は工(たくみ)の仕事を披露するか」
 一輝たちと別れたユリウスは、足場を踏み固め、木を使って道を作るつもりだ。時間はかかっても、道さえしっかりと作ってしまえば、後の作業が楽になる。
「誰か、木を伐採するのを手伝ってくれないか」
 ユリウスが大きな声で呼びかける。それに反応したのは、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)たちだった。
「木を伐採、ですかぁ?」
 メイベルは空飛ぶ箒を止め、ユリウスに尋ねる。ユリウスが自分のやろうとしていることを説明すると、フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が彼の計画に賛同した。
「それはよい考えですわね。わたくしもお手伝いいたしますわ」
「気持ちはありがたいが、女子供に力仕事をさせるわけにはいかないな」
 ユリウスは首を振る。
 これに異を唱えたのは、セシリア・ライト(せしりあ・らいと)だ。
「女の子だからって甘く見ないでよね! 考え方が前時代的だよ」
「我はローマ時代の英霊だからな」
「あ、そうなんだ。とにかく、僕たちだって十分役に立つもんね!」
 セシリアの主張に、ユリウスはそこまで言うのならと頷く。
「分かった、お前たちに頼むとしよう」
「それでは、行ってきますぅ」
 メイベル、セシリア、フィリッパの三人は、木が多く生えているところまで箒で飛んでいった。
「あの方々、よからぬことを考えているようですね。蕪之進さん、ちょっと邪魔してきてください」
 メイベルたちの後ろ姿を見て、藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)が言った。
「またかよ。……お嬢さぁ、俺が言うのもなんだが、たまにはもっと建設的で創造的なことができねぇのか?」
 宙波 蕪之進(ちゅぱ・かぶらのしん)が答える。
「そうですねえ。それでは、あのお三方の干し首で、だんご三姉妹でも作りましょうか♪」
「ゴメン、今のなし! すぐに行かせていただきます!」
 優梨子の言葉を聞いた蕪之進は、前言撤回してメイベルたちの後を追った。

「まったく、お嬢には適わないぜ! ……まあ、首無し殺人事件勃発よりはマシか」
 蕪之進がぼやきながら歩いていると、前からメイベルたちの声が聞こえてきた。
「私とセシリアさんはハンマーしか持っていないので、フィリッパさんお願いしますぅ」
「分かりましたわ」
 フィリッパが、高周波ブレードで木を伐採しようとする。そこで、蕪之進が彼女たちに声をかけた。
「おーい、あんたたち、ちょっと待て」
「きゃっ」
 振り返って蕪之進の姿を見るなり、メイベルは怯えたような表情をした。無理もない、蕪之進は、外見がチュパカブラ(UMA。主に南米で目撃され、家畜の血を吸うとされる)そのもののゆる族なのだ。
「何者だ! メイベルちゃんに手出しをするつもりなら、僕が相手になるよ!」
 セシリアが警戒して前に出る。蕪之進はフレンドリーな口調で言った。
「おいおい、ひどいなあ。助言してやろうっていうのに。勝手に木を伐採するのはよくないだろ? 倒木を使えよ。そうだな……これなんかいいと思うぜ」
 土木建築の知識がある蕪之進は、中が腐っており、かつ一見そうは見えない木を選んで指さす。
「確かに、仰る通りですわね」
 フィリッパが高周波ブレードを下ろす。メイベルは蕪之進に向かって頭を下げた。
「悲鳴を上げたりしてすみませんでしたぁ。親切な方だったんですねぇ」
「……僕もあんなこと言って悪かった」
 セシリアも謝罪する。
「気にするな、慣れてる。それじゃあ頑張ってくれ」
(悪いな。まあ、後でもっとひどいことが起こるんだが……うまく切り抜けてくれ。お嬢には逆らえねぇ)
 基本強欲な悪党である蕪之進だが、純真な乙女三人の笑顔を見ると心が痛む。
「あなたは一緒に行かないのですかぁ?」
「ああ、この姿じゃ他の奴らを驚かせちまうからな」
 蕪之進はメイベルたちの元を去ると、他の生徒に見つからないよう光学迷彩とブラックコートでその姿と気配を消した。

「その木はもう少し手前に置いてくれ。ああ、そこでいい」
 メイベルたちは、ユリウスの指示を受けて切り分けた木を並べている。その近くに、強盗 ヘル(ごうとう・へる)がやってきた。
「この前は、羅針盤なんて面倒な手順を踏ませられたんだ。ここにはきっといいお宝があるはず……ってなんだありゃ?」
 予想外の物体が山腹から突き出しているのを見て、ヘルは呆れるように言った。一方、パートナーのザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)は興味津々だ。
「羅針盤の入手に呼応するかのように突如現れた謎の物体……ロマンを感じますね。一見すると何かの入れ物か乗り物の様な雰囲気ですが……はてさて」
「なぁ、これ実はバカでかいラーメンどんぶりだった、なんてオチじゃねえよな? リフルにピッタリっちゃピッタリだが」
「それはそれで調査のしがいがありますね。まぁ、違うと思いますけど」
「冗談だって……」
 ザカコに真顔で答えられ、ヘルは反応に困る。
「さて、もたもたしていないで行きましょう」
「おう、んじゃ頼むぜ」
 ザカコはヘルを抱えると、バーストダッシュをジャンプに乗せて大きく跳び上がる。もう少しで物体上面の平らな部分に乗れるところまでやってきたとき、二人の目の前に突然何かが飛び出してきた。
「何ですか!?」
「避けられねえ!」