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リアクション
★ ★ ★
「というわけで、俺たち黒髭海賊団は、英国海軍をちょちょいと捻ってやったってわけだぜ」
自慢げに言い放ってから、エドワード・ティーチ(えどわーど・てぃーち)は若返ってつるつるになってしまった顎の下をかつての癖で無意識に手でなで回した。
「ふっ、所詮は過去の栄光ですの。これからは、未来の海賊、海猫海賊団の天下ですの」
秀真 かなみ(ほつま・かなみ)が、昔は大海賊でも、今はただのガキですよとエドワード・ティーチを見下して言った。とはいうものの、彼女もまだ自分の海賊団を率いて海に出たことはない。
「青二才が、何言いやがる。俺様に逆らう奴は、どうなっても知らないぜ! 海では、俺様が法だあ」
「ここは、陸ですの。それに、今は、エドワードの方が青二才ですの」
「あんだと!」
「まあまあまあ」
さすがに見かねて、水神 樹(みなかみ・いつき)が間に割って入った。
「エドワードが俺様凄いってのはよく分かったけど、かなみはなんで海賊団作ろうと思ったの?」
水神樹が、話題を変えてみた。
「広い海をどこまでも進んでみたいと思ったの! 後、いつかパラミタ内海に自分の船を出してみたいって思うの!」
「ああ、それもいいわねえ」
船のデッキに立つ自分の姿をちょっと想像して、水神樹がうっとりとした目で言った。
「いいぜ、海はよお。ああ、船さえあれば、また一暴れできるってのによお」
悔しそうに、エドワード・ティーチが言った。
「まあ、それはそのうちね」
さすがに船はお小遣いでは買えないと、水神樹が苦笑いした。
お茶菓子でも出そうと、パントリーにポテトチップスを取りに行くが、なぜか棚が空っぽだ。
「おかしいなあ。昨日、お菓子はたくさん補充してきたはずなのに」
「ああ、それなら、俺様が食ってやったぜ。俺様の胃袋に貢献できたんだ、光栄だと思いな」
首をかしげる水神樹に、エドワード・ティーチが臆面もなく言い放った。
「喧嘩は、相手を見てから売りなさい。かなみ、あの子が入るぐらいの樽を持ってきて。二人で楽しいゲームをしましょう」(V)
エドワード・ティーチの言葉にカチンときた水神樹が、秀真かなみに命じた。
「はーい」
元気よく答えた秀真かなみが、すぐに立ちあがる。
「いや、ちょっと待て、冗談だろ。そんな、お菓子食べたぐらいで酷いじゃないか。おい、なんとか言えよ」
海賊黒髭を樽に入れると聞いただけで、何か本能的な危機を感じてエドワード・ティーチが叫んだ。
「さあて、どうしようかしら」
楽しそうに、水神樹は笑うと、騒がしいパートナーたちを見回して微笑んだ。
★ ★ ★
「では、新パートナー歓迎、闇鍋パーティーを開催しまーす」
芦原 郁乃(あはら・いくの)の宣言で、寮の部屋に集まった蒼天の書 マビノギオン(そうてんのしょ・まびのぎおん)と十束 千種(とくさ・ちぐさ)がパチパチと嬉しそうに拍手した。ただ一人、秋月 桃花(あきづき・とうか)だけがちょっと浮かない顔である。
「日本の伝統料理である闇鍋という物を食べられるなんて幸せです」
真顔で、蒼天の書マビノギオンが言った。いや、それは違うからと、秋月桃花が目で訴えた。
「ええ。で、これが、その闇鍋なのですね。なんと刺激的な……」
ぐつぐつと、何か魔女の大鍋で秘薬が泡だっているような料理らしき物を見つめて、十束千種がつぶやいた。
各自三品の具材を持ち寄れというルールだったので、各人は普通に野菜や肉を持ち寄ったはずなのであるが、どこをどうすればこんなことに……。
「さすが、家庭科5の郁乃様です……」
秋月桃花が、関心とも諦めともつかない表情でつぶやいた。
「でも、こんなこともあろうかと、すべての味を自分色に染めてなんとかしてしまう、カレーという魔法のソースを具材として鍋に入れておいたのです。これならば、郁乃様の料理でも美味しくいただくことができます」
「さすがは、桃花様です。でも、どこでカレーとやらを手に入れたんですか?」
パチパチと拍手しながら、蒼天の書マビノギオンが訊ねた。
「さっき、外にできていたテントでカレーを配っていたんです。せっかくですから、そのルーをお鍋一杯分もらってきました」
「おおー、桃花さん凄いです」
十束千種が感心する。
「えー、そんな物入れなくても、私の闇鍋は楽しく美味しいのに……」
「それは謝った価値観です」
「えー」
容赦なく秋月桃花に突っ込まれて、芦原郁乃がちょっと頬をふくらませた。
「でも、美味しそうですよ。とにかくいただきましょう」
とりなすように言って、十束千種がカレーシチューのようになった鍋の中身を器に盛った。
「あっ、美味しいですよ」
一口食べて、蒼天の書マビノギオンが叫ぶ。
「本当だ、味見のときは衝撃的な味だったけど、ずいぶんと変わってる」
作った本人である芦原郁乃ですら、首をかしげた。
「その時点で、食べ物でないと認識しなさい。でも、思った以上にカレーでなんとかなったわね」
普通に食べられることに自分でもちょっと驚きながら、秋月桃花が言った。まずければすぐに廃棄しようと思っていたのだ。
「お替わりー」
十束千種が、あっさりと一敗目を平らげて言った。
★ ★ ★
「はははははは、ついに着いたぜ。はるばる来たぜ、パラミタ内海〜♪」
ブロロロロロロロー。
眼前に広がるパラミタ内海を見て、ハーリー・デビットソンも嬉しそうであった。
「よし、行くぜ、行くぜ、行くぜ!!」
躊躇することなく、南鮪は海の上に乗りだしていった。ハーリー・デビットソンの浮遊能力と軽身功で怒濤のように海の上を走っていく。
「よし、このままパラミタ内海を横断だ!」
さすがにそれは無理である。
「行くぜ、行くぜ、行く……ぶくぶくぶく」
しばらくして、あっけなく力尽きたハーリー・デビットソンが、南鮪と共に沈没した。
だが、そのまま海の藻屑として消え去る運命かに思われた二人であったが、なぜか沈んだ直後に浮かびあがってきた。バックパックに詰め込んでいた大量の喪悲漢が空気をため込んで浮きになったのである。まさに奇蹟と言えた。
「せ、せめて、沖に見えたあの島までは行きたかったぜ……」
そのまま波に運ばれて浜辺に打ち上げられた南鮪は、ピューッと水を噴き出してからそう言って気を失った。
★ ★ ★
「御苦労だったね。身体は大丈夫かい?」
ふらつくアルディミアク・ミトゥナにゾブラク・ザーディアが訊ねた。
「いえ、大丈夫です。少し休めば、またできます」
「そうか、すまないね。お前たちも少し休みな」
気丈に言うアルディミアク・ミトゥナにねぎらいの言葉をかけると、ゾブラク・ザーディアはその場に集めた魔法使いの部下たちにも声をかけた。
アルディミアク・ミトゥナが先ほどまで入っていた装置は、円筒形のシリンダーのような物であった。上下に金色のリングがあって、その間に光条のシリンダーのような物が発生する。
これは、ゾブラク・ザーディアたち海賊が、パラミタ内海からサルベージしたパーツを修復して作り上げたものであった。もちろん、彼女たちだけではそのようなことはとても無理であったが、浮き島への物資の大量輸送を請け負うことで、オプシディアンと名乗る黒曜石の仮面をつけた男が協力してくれたので実現に至っている。
原理は分からないが、この装置が剣の花嫁から光条のエネルギーを吸い上げる性質の物であることだけは明白であった。だが、迂闊にこの装置を使えば、放っておくと際限なくエネルギーを吸い取って、拘束した剣の花嫁を殺してしまう。かといって、一日数分だけの使用では、とうてい望む結果は得られないはずであった。ただ一つの例外を除いては……。
「すべては、お嬢ちゃんのおかげだねえ。本当は、一人にだけに負担をかけたくはないのだけれど」
テーブルを挟んでアルディミアク・ミトゥナと紅茶を飲みながら、ゾブラク・ザーディアは言った。
「いいえ、元々この装置は、何百と集めて初めてまともに使えるものですから。たった一つでは、十二星華であり、星拳を持つ私だけにしかできません。気にしないでください」
ローズティーの酸味のある香りにほっと一息つきながら、アルディミアク・ミトゥナが答えた。
同じ機能を持つ機械は、蒼空学園を襲った光条砲台や、ヒラニプラにあった殲滅塔にあったかもしれない。あるいは、まったく同型の物は、タシガンの古城をつつむ霧の中で見た者もいるはずだ。
だが、彼らはまだこの機械のことは知らなかった。
「いくら、星拳でエネルギーの補充ができるからといって、無理はさせたくないが、時が迫ってるからね。無理をさせるが我慢しておくれ。せめて、その星拳が完全な物だったら、もっと負担なく高出力が出せるんだけどねえ」
「それは、私が頭領に謝らなくてはなりません。あのココとかいう者から、未だに星拳を奪い返せないでいるのですから」
申し訳なさそうに、アルディミアク・ミトゥナがゾブラク・ザーディアに頭を下げた。
星剣の中でも、双星拳スター・ブレーカーはかなり特殊な性格の物に分類される。光条兵器としての本来の攻撃力は強化型光条兵器とたいして差がないし、その射程距離は光条部分を射出することで多少は稼げるというものの、基本は腕の届く範囲だけである。だが、その真の力は、物理攻撃以外の攻撃の吸収能力にあった。衝撃波も含め、それらの攻撃に関しての防御だけを言えば一定範囲では無敵である。
そのエネルギー吸収能力と変換増幅能力を駆使すれば、本来のエネルギーチャージ能力を遥かに凌ぐ効果をこの機械で引き出すことができるのであった。普通の剣の花嫁であれば簡単に全エネルギーを搾り取られてしまうところを、外部から魔法エネルギーを星拳に供給することによって、理論上は無制限に取り出すことができるわけである。まさに、双星拳スター・ブレーカーとアルディミアク・ミトゥナの組み合わせは、この機械にとっては数百人の剣の花嫁にも匹敵するのである。
とはいえ、理想はやはり理想であって、実際にはアルディミアク・ミトゥナの負担は無視するには大きすぎるものであった。もし星拳が本来の両手が揃った形であれば、負担もかなり軽減されたことであろう。それこそが、ゾブラク・ザーディアがココ・カンパーニュ(ここ・かんぱーにゅ)を狙うように海賊たちに命令し、アルディミアク・ミトゥナに暗示を追加した理由でもあった。
「気にすることはないさ。今でも充分に役にたっているんだから」
ゾブラク・ザーディアは微笑んで見せたが、その心の内はその表情通りではなかった。
必要なのは、十二星華であり、双星拳スター・ブレーカーだ。厳密に言ってしまえば、アルディミアク・ミトゥナではない。双星拳スター・ブレーカーが手に入るのであれば、誰がそれを使っても構わないのである。
ココ・カンパーニュがアブソーブを使いこなしている以上、星拳さえあればどの剣の花嫁でも構わないはずだ。あるいは、星拳を引き継いだ契約者でも。ゾブラク・ザーディアは、勝手にそう思い込んでいた。それ故の独自の判断である。もちろん、実際に試さなければ、その保証はない。だが、そこまでの心配はしていないというのが海賊たちの甘さでもあった。
そのためには、さっさとココ・カンパーニュを殺して奪い取ってしまった方が早かった。それによってアルディミアク・ミトゥナが相討ちになったとしても、方法はいくらでもある。最悪、海賊たちがマッシュルームと暗喩しているマ・メール・ロアの設備を使って二人を蘇らすことも可能かもしれない。それは、それを手に入れれば分かることだ。
「いずれにしろ、これを使う機会はじきにやってくるさ」
ゾブラク・ザーディアは、海賊島の内湾のドッグに係留された準飛空挺ヴァッサーフォーゲルを見あげてつぶやいた。
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