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リアクション
6.ヴァイシャリーの夜
ヴァイシャリー湖畔に映る今夜の月は赤かった。闇龍のせいで、最近は月が見えるのもまれだ。
「えっと……、じゃあそろそろ寝るけど……」
鏡の前で髪をブラッシングしていたユズィリスティラクス・エグザドフォルモラス(ゆずぃりすてぃらくす・えぐざどふぉるもらす)に、遠鳴 真希(とおなり・まき)が声をかけた。
「おトイレは済ませました?」
「うん」
まるで、母親と子供のような会話を交わす。それがそのまま、今の二人の関係を象徴しているようなものでもあった。吸血鬼とのパートナー契約。だが、ユズは、まだ遠鳴真希を自分たちの眷属としてはいない。
「真希様は、今日はお行儀がいいですね」
すっと遠鳴真希の首筋に唇を近づけて、ユズがささやいた。
「えっ、首!?」
ちょっとぴくんと身を震わせて、本能的に遠鳴真希が身を退いた。
「お嫌ですか?」
「だって、首、痛いんだもん。……痛くしない?」
訊ねるユズに、遠鳴真希が聞き返した。
「さあ」
ちょっといじめるように、ユズが肩をすくめた。
「もーっ」
ちょっと頬をふくらませてから、遠鳴真希が自ら首筋をユズにさらけ出した。
そこへ、ユズがゆっくりと牙を突き立てていく。二人だけの、静かな時間だ。
そのとき、ユズの視界に、遠鳴真希の飾っている写真が入った。片思いの相手とのデートの写真だ。思わず、ユズの牙に力が入ってしまう。
「はっ……んくーっ」(V)
小さく遠鳴真希が悲鳴をあげた。だが、それもすぐに、吸血時の恍惚感に取って代わられていく。
窓際に移動したユズは、ベッドの上で放心したまま横たわっている遠鳴真希を振り返った。いっそ、ちゃんとした同族にしてしまえば、毎回の吸血にこんなに思い悩むこともなくなる。だが、それでは意味が違う。
ユズは窓を開けると、空の月を見あげた。
「月の本当の色は何色なのだろう……」
7.ザンスカールの夢
「こっちじゃ、こっち」
悠久ノ カナタ(とわの・かなた)が、雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)たちを手招きした。
ザンスカールの町は、他の町とはずいぶんと趣が異なる。他の町は、森や山を切り開いて造られたといういかにも人工的な感じがするのだが、ザンスカールは森を間借りして町がそこに溶け込んでいるという感じだ。もちろん、他の町のようなストリートや近代的なビルもあるが、世界樹に近づくほど建物と樹木が一体化しているのだった。
「こんなとこに、骨董屋があるのかよ」
裏道へと入っていきながら、雪国ベアが言った。
「それはいいとしてだ。お前、いいかげんそこから下りやがれ」
頭の上のララ・シュピリ(らら・しゅぴり)にむかって、雪国ベアが毒を吐いた。
「大丈夫だよ、ベアちゃん。ララ、落ちないもーん」
「そういう問題じゃねー。なんで、人様の頭の上で正座してるんだ!」
両足で耳を塞がれ、さらにスカートの裾で半ば視界を塞がれた雪国ベアが唸った。
「パンツ見えるぞ、パンツ」
「んー、だいじょーぶ」
「俺様が大丈夫じゃねー。ぐっ……調子に乗りやがって! こら、こいつの飼い主、なんとかしろ、なんとか!」(V)
雪国ベアが叫んだが、肝心のクラーク 波音(くらーく・はのん)は、ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)と楽しそうに話しながら、悠久ノカナタの待つ場所にまで進んでしまっている。
「すいません、すいません。状況はよくないですね……。今なんとかしますから」(V)
「おお、よかったぜ。やっと良識のある奴が……」
駆け寄ってきてしきりに頭を下げるアンナ・アシュボード(あんな・あしゅぼーど)に、やっと雪国ベアは安心した。
「めっ、ですよララちゃん。早く下りないと、ファイヤーストームで焼いちゃいますよ」
「ぎざま、俺様まで焼くつもりかー!!」
「ひー、ごめんなさい、ごめんなさい」
身をかがめて襲いかかろうとする雪国ベアの頭から、いつの間に戻ってきたのか、クラーク波音がひょいとララ・シュピリをだきあげた。そして、すぐに雪国ベアの肩にララ・シュピリを乗せなおした。
「ララちゃんはここだよ」
「うん、おねえちゃん」
クラーク波音に言い含められて、ララ・シュピリがおとなしく雪国ベアの肩に定着する。
「ベアも、あんまり脅かしちゃだめですよ」
「御主人、俺様の熊権はないのかよぉ!!」
理不尽にソア・ウェンボリスに叱られて、雪国ベアが吼えた。
「お前たち、いいかげんにしないと、わらわは暗黒化するぞ。通り一つまともには歩けないのか。さあ、この店じゃ、早く入れ!」
呆れた悠久ノカナタが、さっさと骨董屋の中に姿を消していった。
あわてて、ソア・ウェンボリスたちがお店にやってくる。
それは、巨木がそのまま家になってしまったような骨董屋だった。本当にいくつかの樹木が組み合わさって家になっているのか、それともそういう意匠なのか、それともそれとも、その両方なのか、ぱっと見では判断がつかない。
厚い木の扉を押し開けて中に入ると、カウベルの乾いた音が店内に響き渡った。
「壊れ物が多いからな。くれぐれも、落としたり引っ掛けたりするではないぞ」
「なぜ俺様にだけ言う!」
悠久ノカナタに釘を刺されて、雪国ベアがきしゃあと振り返った。その動きで、もう少しで肩にいるララ・シュピリが、棚の上の壺を倒しそうになる。
「ララちゃん、おいたするとファイヤーストームですよ……」
「だから、俺様ごと焼こうとするな!!」
もう胃が痛いと、雪国ベアが部屋の隅っこに行っておとなしくした。
「いらっしゃいませ」
騒ぎに気がついて、店の奥から初老の店主がゆっくりと姿を現した。。
「おう、いらしてやったぜ」
「もう、ベアったら、そういうこと言わないの。ちょっと、ティーカップを見せてもらいますね」
憎まれ口を叩く雪国ベアを、ソア・ウェンボリスが叱った。
「どうぞどうぞ、ティーセットならこちらの奥の方の棚にありますので」
案内されて、ソア・ウェンボリスとクラーク波音はそちらへと移動していった。
「わあ、素敵なイヤーズプレートです」
アンナ・アシュボードが、棚に並べられた青い絵付けのディナー皿を見て叫んだ。
「あれがいいの? よし、行けベア・ララロボ。あの皿を取るのだー」
「くま゛……って、やらせるな!!」
思わず乗せられそうになって、雪国ベアが自重した。
「ねえ、このカップ、波音さんにぴったりじゃないかなあ」
星の形をした皿のティーカップを選び取ってソア・ウェンボリスが言った。白い光沢のあるティーカップには、皿に描かれた向日葵の絵が映り込んで花畑になる。また、カップの内側の底にも、向日葵の模様が刻まれていた。
「わあ、素敵だね。見てみて、あたしもソアちゃんにぴったりのカップ見つけたよー。まさにスーパーミラクルな大勝利……だねっ」(V)
睡蓮が花開いた形のような面白い形のティーカップを取りあげて、クラーク波音が言った。まるで、花その物でお茶を飲むような気分にさせられるティーカップだ。お皿は、ちゃんと蓮の葉の形になっている。
「凄い、よく見つけたよね。そうだ、お互いにプレゼント交換しましょうか」
「それ、いいよね」
ソア・ウェンボリスとクラーク波音は、お互いにキャッキャッ喜びながら、店の主人にそれぞれのティーカップの梱包を頼んだ。
アンナ・アシュボードのほうも、自分の好む皿を見つけたようである。
ララ・シュピリと雪国ベアは論外として……。
「さて、わらわは何を買って帰るとするか……」
悠久ノカナタは、ぐるりと店内を見回して言った。
ふと、古めかしい日本の香炉のような物が目につく。
「そういえば、最近ケイの寝つきが悪かったな。香でも焚いてみるとするか」
悠久ノカナタは、香炉を手に取ると店主の方へと近づいていった。
★ ★ ★
「あらためて見ると、やはり凄いなあ」
頭上に広がる太い枝々やびっしりと生い茂った葉を見あげて、神野 永太(じんの・えいた)が言った。
「同意いたします」
横を歩く燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)も、神野永太にならって上を見あげながら言った。
二人は、最近蒼空学園からイルミンスール魔法学校へと転校してきたのであった。実際にイルミンスール魔法学校の生徒になってみると、世界樹という物は、以前とは別の意味をもって圧倒的な存在感で迫ってくる。
「規模としては、世界樹だけでも超高層ビルに匹敵するちょっとした町らしいが、なんだか分かったような分からないような……」
「いずれ、把握していけると思います。永太と私の二人であれば可能かと」
「そうだね」
何か思うように言う燦式鎮護機ザイエンデに、神野永太はうなずいた。
ぱぱらぱ、ぱぱらぱー!!
そこへ、けたたましいクラクションを鳴らして一台のバイク型機晶姫が暴走してきた。
「ははははは、このままパラミタ内海まで突っ走って海を渡ってやるぜ!」
長旅の疲れも見せず、ハーリー・デビットソンの上で南鮪が叫んだ。
そのままけたたましい音をたてながら、世界樹の枝の下を横断して姿を消す。
「なんだったんだ、今のは。イルミンスールにも暴走族とかいるのか!?」
「計算不能です」
呆れる神野永太に、燦式鎮護機ザイエンデは淡々と答えた。
「とにかく、いろいろと見て回ろう。行くよ、ザイン」
「はい」
さしのばされた手をとると、燦式鎮護機ザイエンデは神野永太と歩いていった。
★ ★ ★
「なんだか変なバイクの音がしましたけど、なんなんでしょう」
「さあ、暴走族じゃないのか」
鷹野 栗(たかの・まろん)とレテリア・エクスシアイ(れてりあ・えくすしあい)は地上から聞こえてきた騒音に顔を見合わせた。
「嫌だなあ、イルミンスールにも暴走族なんかが現れたのかしら」
「今までは、空飛ぶ箒の暴走飛行族だったけど。バイクだなんて、無粋な奴だよな」
「そういう問題じゃないと思いますよ」
論点がずれているとばかりに、鷹野栗がレテリア・エクスシアイに言った。
とりあえず、宿り木に果実にやってくると、鷹野栗たちは遅いランチを食べ始めた。
「で、結局、お前ってどんな本なんだよ」
近くのテーブルで、春夏秋冬 真都里(ひととせ・まつり)は、魔道書である小豆沢 もなか(あずさわ・もなか)に訊ねていた。
「文庫本だよ」
買ってもらったアイスクリームをちびちびとなめながら、小豆沢もなかが答えた。
「だー、だからどんな内容だって聞いてんだろ」
頭をかきむしって、春夏秋冬真都里は叫んだ。
「ここも、ちょっとうるさいかも……」
その声にちょっとびっくりして、鷹野栗が振りむく。
「えーと、だから、内容は……」
声のトーンを落として、春夏秋冬真都里が再度質問した。
「読めばいいんだもん」
小豆沢もなかが、一刀両断に切り捨てた。
「だー! それが面倒くさいから聞いてんだろが。もなかは自分のことだからよく知ってるだろ。かいつまんで説明しろ」
「忘れた」
「うわああああ、こいつ、もう、わけ分かんねえ。契約した挙句、本屋でお前を買わされた俺の身にもなってみろよ!」
思わず立ちあがって春夏秋冬真都里が叫んだ。
「うん、そうだよね、もなちゃん、まつりんに買われちゃったんだもんね……。身も心も……まつりんのものだもんね……」
うつむきがちに、小豆沢もなかが言った。店内がざわつき、その場にいた者たちの視線が痛いくらいに春夏秋冬真都里に突き刺さる。
「ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ、もう! そういう誤解を受けそうなことを大声で言うんじゃねぇ!」
のたうつように春夏秋冬真都里が叫んだ。
「あの〜、お店の中では静かにしてくださいね〜」
ミリア・フォレスト(みりあ・ふぉれすと)が、カウンターの上のキメラのぬいぐるみをポンポンと叩きながら春夏秋冬真都里を注意した。目が笑っていない。
「はは、ははははは……」
店内の客が、一斉に引きつった笑いを浮かべて静かになった。
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