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【金鷲党事件 一】 ~『絆』を結ぶ晩餐会~ (第1回/全2回)

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【金鷲党事件 一】 ~『絆』を結ぶ晩餐会~ (第1回/全2回)

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第一章 晩餐会で
「ようやく始まったな……」
 壇上から降りてくる五十鈴宮円華を感慨深げに見つめながら、イレブン・オーヴィル(いれぶん・おーう゛ぃる) は、先日、明倫館の生徒達に語った言葉を思い出していた。

『葦原とシャンバラの絆を深めるための場を提供したい』という五十鈴宮円華の言葉は、オーヴィルの心を激しく打った。彼自身、シャンバラ教導団から葦原明倫館に転校して来た生徒である。
「シャンバラのことを、 明倫館の生徒達に伝えなくては」
 その思いが、ごく自然に湧き上がって来た。

 オーヴィルは、晩餐会に出席するという生徒を集めて、シャンバラの歴史や文化を簡単に紹介したり、シャンバラの晩餐会におけるマナーやルールを伝える講習会を始めたが、初めは、中々思う様に行かなかった。
「何故、我らがあちらに合わせねばならぬのだ。あちらから交流を求めてくるのであれば、あちらが我々に合わせればよいのだ」
 そうした声も少なからずあった。しかし、その度に、オーヴィルは次のように語った。
「シャンバラの流儀に合わせろ、という話ではないよ。マホロバや葦原の文化ももちろん尊重すべきだ。しかし、和敬清寂という言葉がある。お互いに心を開き、敬いあう。それは、明倫館の教えにも沿う物なんじゃないか?」
 こうして粘り強く説く内に、少しずつ、皆が参加してくれる様になった。
オーヴィルが何より嬉しかったのは、この講習会で要・ハーヴェンス(かなめ・はーべんす)という仲間が出来た事だ。オーヴィルと同じ転校生だった要は、彼の趣旨に賛同し、講習会を手伝ってくれる様になったのである。
 そして、講習会が軌道に乗り始めたある日、要が新しい活動を提案してきた。「まだ出席を表明していない生徒達を、出来るだけ晩餐会へ誘おう」というのだ。
 初め2人で始めた勧誘だったが、すぐに講習会に来ていた他の生徒達も協力してくれる様になった。最終的にオーヴィル達は、出席者を300人以上増やすことに成功したのである。
「明倫館に転校して、本当に良かった」
 オーヴィルと要は、心の底からそう思った。

「急ぎましょう、オーヴィル。言い出しっぺが一番最後じゃ、格好が付きませんよ」
キルティスの呼び掛けに、オーヴィルはふと我に返った。周りを見渡すと、いつの間にか残っているのは自分達だけになっている。
「そうだな……。それじゃ要、どっちが多く友人を作れるか、勝負しないか?」
「その勝負、乗りましょう」
 握り拳をコンッと合わせると、2人は、一斉に駆け出した。
「初めまして。私は、葦原明倫館のイレブン・オーヴィルと言います」
「自分は、要・ハーヴェンス。葦原明倫館の生徒です。あなたは?」
『絆』を結ぶ晩餐会は、まだ始まったばかりである。



「まぁ、邦彦様ったら、お上手ですこと♪」
 晩餐会の出席者に積極的に声を掛けていた斎藤 邦彦(さいとう・くにひこ)は、先ほどから里香(りか)という明倫館の女生徒と、話に花を咲かせていた。
 初め、1人で所在無げにしていた彼女を見つけた邦彦は、『話し下手な娘なのかな?』と思い声を掛けたのだが、それは邦彦の見込み違いだった。
 最初の内こそ、恥ずかしがって言葉少なな里香だったが、邦彦の方から自分の事を話す内にだんだんと口を開いてくれるようになり、今ではすっかり打ち解けてしまっていた。
 聞けば、彼女は五十鈴宮家の遠縁に当たるらしい。
「あぁ、面白い。邦彦様のお話はとってもワクワクするわ。ねぇ、邦彦様。もっと蒼空学園のお話をして下さいませ」
「えぇと、そうだね。それじゃ……」
 何の話をしようかと、あさっての方向を見て悩んでいた斎藤は、ふと背筋に悪寒を感じて振り返った。
 視線の先にいたのは、パートナーのネル・マイヤーズ(ねる・まいやーず) である。何人かの男性に囲まれて、彼の方をじっと見つめていた。
「す、すみません。ちょっと失礼」
 話の続きをせがむ里香に暇を告げて、斎藤はネルの方へと急いだ。
 斎藤に気づいたのか、ネルも男達との話を打ち切って、斎藤の方へとやって来る。
「お話はもういいの?ずいぶん楽しそうに話していたわね」
「あぁ、彼女、五十鈴宮家の縁戚らしくてさ、いい人に巡り会えたよ」
「そう?よかったわね」
 いかにも『興味ない』という風に応えるネル。
「な、なんだよ。妙に引っかかる言い方だな」
「別に。ああいうのが好みなのかと思って」
「あ、ああいうのって……。そんな言い方しなくてもいいだろう?あれで結構いい娘なんだぜ」
「そう?」
 まるで取り付く島もない。
「……あ、もしかして、妬いてるのか?」
「……バカみたい」
 それだけいうと、ネルはスタスタと歩き去ってしまった。
(やれやれ……。絆を結ぶよりも、保つ方が大変そうだぞ)
 そんなことを考えながら、大きなため息を一つ吐くと、斎藤はネルの後を追った。



 葦原明倫館の秦野 菫(はだの・すみれ)梅小路 仁美(うめこうじ・ひとみ)と共に、晩餐会に参加していた。目的は、好みのタイプの女の子を見つけ、仲良くなる事。彼女は、いわゆる『百合』なのだった。
 菫のタイプは、清楚系の女の子である。自分がスタイルもよく、忍者みたいな事をしているせいか、自分とは異なる、「深窓のお嬢様」とか「可憐なお姫様」といったタイプが好きなのである。
 仁美も自分と同じ『趣味』を持つ良いパートナーではあったが、残念ながら彼女は清楚系と言うより妖艶系だった。
「いかがですか、菫さん。お好みの女性は見つかりましたか?」
 ダンス会場を一通り巡った所で、仁美が声を掛けてきた。
「そうでござるな。何人か『同好の士』と思しき人もいましたが、そういう女性には既に相手がいるもの。他にも好ましいと思う女性もいるにはいたが、『脈』があるかどうかは話しただけでは分かりませぬ故」
 晩餐会なら、清楚系も多いだろうと思って来てみたものの、タイプの女性が見つかった所で、その女性が自分と同じ『趣味』の持ち主でなくては意味が無い。見極めるにしても、こちらからある程度雰囲気を漂わせなければ、相手の『趣味』は分からない。
 ある程度分かってはいた事だったが、いざ実行してみると、改めてその難しさが実感できた。
「では、どうなさるのです?」
 口元に当てた扇子の向こう側から、眼だけが、面白そうに菫を見つめている。
「もう少し、ゆっくり話して見るでござるよ。今日の所は、次に逢う約束を取り付けるだけでも良しとしませんと」
「そうですわね。こんな人目の多いところでは、それが限界ですわね」
「それに、住まいさえわかれば、我が忍びの術で忍び込む事など造作もないでござるからな、ニンニン」
 「まぁ、菫様ったら、いけずですわね。その時は、是非私も連れて行って下さいましな。置き去りは、嫌ですわよ」
 そういって、菫と視線を絡ませる仁美。
 2人の『交流』は、これからが本番だった。



 晩餐会に私服警備員として参加していたレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ) は、パートナーのミア・マハ(みあ・まは)と共にダンスを踊っていた。
 といっても、そこは女性同士の事、二人きりでという訳にはいかない。
 百合女ではごく当たり前(?)の光景でも、様々な価値観を持つ人々が集まる今日のような場所では、自重すべきだろう。
 そう考えて2人は、フォークダンスに参加する事にしたのである。これなら、女性同士手を繋いで踊っていても不自然ではないし、何より多くの人を同時に見張る事が出来るから、警備の面でも都合が良かった。
 しかし今のところ、不審な人物は見当たらない。それはダンスの参加者も、ダンスを見ている観衆も同じだ。みんな心から、この催しを楽しんでいる様に見える。
「何を考えておる、レキ」
 不意に、ミアの声が聞こえた。さっきまで他の人と踊っていたはずだが、いつの間にか、自分の隣に戻って来ていたらしい。
「うん、テロリストらしき人、いないなーって思ってさ」
 照明の届き難い部屋の隅の方へ眼を凝らしながら、差し出されたミアの手を取る。一人で座り込んでいる生徒が気になったからだ。
 眼だけそちらの方へ向けたまま、ダンスを続ける。
(こういう時、動きの単調なダンスは助かる)
と思う間に、座っていた生徒に何人かが話し掛けていた。話し掛けたのは、接待役として参加している明倫館生の様だ。あれなら任せてしまって大丈夫だろう。
「これ、レキ!」
 突然、横からミアの叱責が飛んだ。見ると、ミアがふくれっ面で立っている。
「ちょっと、こっちに来い」
「え?ちょ、ちょっと……」
 ミアに連れられ、踊りの輪から外れるレキ。
「よいか、レキ」
 何が彼女の気に障ったのか、レキにはまるで見当がつかない。
「仕事熱心なのは結構じゃ。わらわ達は、警備員として参加しておるからな。じゃがな、レキ。このわらわと踊っているというのに、まるでうわの空というのは、少々失礼じゃとは思わんか?」
 そうなのだ。フォークダンスでは、ミアと踊る時間はほんのわずかしかない。いくら警備に気を取られていたとはいえ、そのわずかな時間にそっけない態度を取られては、ミアが怒るのも無理はない。
「あ……。そうだね。ゴメン」
 レキは、素直に謝った。「同じ事をされたら、きっと自分も物凄く悲しかったろう」と思ったからだ。
「わ、わかればよい……。さ、ダンスの続きじゃ。今度は、さっきの分も合わせていっぱい踊ってもらうぞ。それと、気になるヤツがおったら、ちゃんとわらわにも知らせるのじゃ、よいな!」
「……うん!」
 ミアのやきもち焼きな所も、レキは大好きだった。



「もし、大丈夫ですか?どこか、お加減が悪いのですか?」
 突然そう呼び掛けられ、白菊 珂慧(しらぎく・かけい)は驚いて顔を上げた。いつの間にか、微笑みを浮かべた葦原の女性が、自分の前に立っている。
「え……?」
 白菊は、一瞬目の前の女性が何を言っているのか分からなかったが、彼女が手にしている白い杖を見て、はっとした。自分は、ここに座り込んで一心不乱に会場のスケッチをしていた。それを、この目の不自由な女の人は、気分が悪くて座り込んでいると勘違いしたのだろう。
「い、いえ、大丈夫です。僕……、具合が悪いわけじゃないんです。ここで、絵を描いていただけなんです。すみません……」
 立ち上がって、白菊は深々と頭を下げた。
「まぁ、絵を……?」
 微笑みを浮かべたまま、女性は小首をかしげる。
「す、すみません……。変ですよね、こんな所まで来て絵だなんて」
 白菊は、スケッチブックを強く両手で抱きしめると、うつむいてしまった。
 そうなのだ。そもそも、他の出席者との交流のために来た筈なのに、こんな所で絵を描いている自分が悪い。
「絵……お好きなんですか?」
「え?」
 白菊は、予想外の反応に、思わず声を上げてしまった。女性は、相変わらず微笑みを浮かべている。
「え、えぇ、まぁ……。好き……です」
 女性に問われるまま、白菊はそう答えた。「なんて間抜けな返事だろう」と、自分でも思う。
「あ……失礼しました。私、鬼桜 月桃(きざくら・げっとう)と申します。それで、こちらが……」と言って女性が横にずれると、その後ろに、顔に傷のある少年と、小さな男の子が立っていた。
鬼桜 刃(きざくら・じん)だ。よろしくな」
 刀傷のある少年が、仏頂面のまま挨拶する。
「僕は桜花!お兄ちゃん、絵描くの?」
鬼桜刃著 桜花徒然日記帳(きざくらじんちょ・おうかつれづれにっきちょう)は、白菊のスケッチブックをじっと見つめている。
「う、うん。……見るかい?」
「うん!」
 それから白菊は、自分がこれまで書き溜めてきた絵について語った。月桃も全く目が見えない訳ではないらしく、絵の色遣いについて、頻りに感心してくれた。聞けば、物の形がわからない分、色には敏感なのだという。初めは関心なさそうに聞いていた刃も、色々な所の話をするにつれて、徐々に質問するようになっていた。
「すごーい、お兄ちゃん、色んな所に行ったんだねー。僕も行きたいなー」
 気がつけば白菊は、持ってきたスケッチブックに描いてある、全ての絵について話をしていた。知らない人とこんなに話をしたなんて、初めての事だ。
「大丈夫。君もいけるさ。もう少し大きくなればね」
 高揚した気分のまま、白菊は桜花に言った。
「お話中、失礼致します。刃様、少々気になる女が……」
 銀髪の女性が刃に駆け寄って来ると、彼に耳打ちする。
 刃は、犬塚 銀(いぬづか・ぎん)が目で示す方向をちらりと見た。確かに、口にフォークを加えた着物姿の少女が、こちらをどこか恨みがましい目で見つめている。
「……ヴィアス?」
 思わず白菊が口走る。
「知り合いか?」
「いや、知り合いというか……。まずい、すっかり忘れてた……」
 そうなのだ。今日白菊は、ヴィアス・グラハ・タルカ(う゛ぃあす・ぐらはたるか)と一緒に来ていたのだ。自分が絵を描いている間、彼女には食事をして待っていてもらう事になっていたのだが、話に夢中になって、存在をすっかり忘れていた。
「先ほどから、たっぷり30分はこちらを睨んでおりますが」
「まぁ、お連れの方をお忘れになってしまったのですか?」
「あのお姉ちゃん、なんかコワイ」
「負の気が満ちてるな」
 刃たちが、口々に言う。
「どうしよう」
 白菊の首筋を、冷たい汗がつたう。
「謝るしか、ないのではないでしょうか」
「うん。そうだよお兄ちゃん、ちゃんとゴメンしないと」
「そう簡単に、許してもらえるものなのか?」
「……謝り方に、よりますね。それと適切なフォローが必須です」
 「そうなのか?」
「そうなんです!」
 妙に力強くと言い切る銀。
「お、教えて下さい。どうしたらいいんですか?」
 すっかり動揺してしまった白菊が、銀に取りすがる。

「ご、ごめん、ヴィアス!すっかり話し込んじゃって」
 銀からレクチャーを受けた白菊は、そう言って頭を下げた。
 ヴィアスは、フォークを咥えたまま何の反応も示さない。
「本当にゴメン!あの人達が僕の絵が好きだって言ってくれたから、つい嬉しくなっちゃって……。それで、お詫びと言ってはなんだけど。い、一緒に、お、踊って……くれない、かな?」
 頭を下げたままの白菊の目の前に、ストン!という音を立てて、フォークが突き刺さる。
 白菊がゆっくりと頭を上げると、ヴィアスがびっくりした顔で固まっていた。
「ヴァ、ヴィアス?あの……、一緒にダンスを踊って欲しいって言ったんだけど……だ、ダメかな?」
(踊って欲しいって言えば、絶対ダイジョブだって、言ったのに!!)
 今すぐ振り返って銀に詰め寄りたい気持ちをぐっと堪えながら、白菊はもう一回訊ねた。
「踊るの?」
「うん」
「でも、さっきは嫌だって」
「うん。だから、おわびに」
「で、でも、着物じゃ踊れないって、さっき白菊が……」
「大丈夫。着物でも踊れるダンスがあるんだ」
「そ、そうなのぉ?」
「うん。……ダメ、かな?」
「ううん、ダメじゃない、ダメじゃないよぅ!我、白菊と踊るのよぅ!」
 喜びの余り、白菊に抱きつくヴィアス。
「ヴィ、ヴィアス!?」
 押し倒されそうになる白菊。
「ねぇ、早く行くのよぅ。ダンス会場は、あっちなのよぅ」
 白菊に抱きついたまま一頻りはしゃぎ廻ったヴィアスは、予想外の反応に未だ呆然としている白菊の手を掴むと、そのままダンス会場へと引きずっていった。

「お兄ちゃん、仲直り出来てよかったね」
「そうね」
 そんな2人のやり取りを見ていた桜花は、嬉しそうに月桃に言った。
「さて、俺達も仕事に戻ろう。接待しなきゃいけない客人は五万といるしな」
 1人でさっさと歩き出す刃。
「……いいな」
 遠ざかって行く白菊達を羨ましそうに見つめる銀の呟きが、刃の耳に入る事はなかった。



「ちょっと、ジョセフ、いくらなんでも食べ過ぎなんじゃないかしら?」
 赤羽 美央(あかばね・みお)は、そう言って傍らのジョセフ・テイラー(じょせふ・ていらー)をたしなめた。
「オゥ、そんなことないデース。ミーはそんなに食べてないデース!せいぜい、美央の2倍位デース。美央がガールの癖に2人前も食べるから、ミーが沢山食べてる様に見えるだけデース」
 そういいながらも、ジョセフは決して食べる手を止めようとはしない。
「私、そんなに食べてません。大体ジョセフこそ、吸血鬼でしょう?吸血鬼なら吸血鬼らしく、血でも吸ってればいいじゃないですか」
 淡々と、無表情なまま美央がツッコミを入れる。
「フゥ!ミオはヴァンパイアのことがまるでわかってマセーン!ヴァンパイアは『血しか、食べられない』訳じゃアリマセンヨ。『血が、好きなだけ』デース!そして、ミーは、『血も、普通の食べ物も、美味しい物は全部好き』なんデース!!」
 そう言ってジョセフは、まるでマンガに出てくるエセ外国人のように大げさに肩をすくめた。そういう間も、口は器用に動かしている。
「それよりミオ、先ほどから、アソコのボーイがアナタにアツーい視線を送ってますヨ?もしかして、ナンパじゃないデスカ?」
 そういってジョセフがフォークで指し示す先には、確かにタキシード姿の青年が立っている。
「え?ウソ?あたし今日タキシードだよ。ナンパな訳ないって」
「イェイェ。例えミオが何を着ていようトモ、ミオの魅力は分かる人には分かるモノデース。ソゥ、ちょうどミーのようにネ」
(ジョセフみたいな人にナンパされるなんて、真っ平御免だわ)
と切り返す暇もあらばこそ、いつの間にかジョセフはその青年に声を掛けていた。
「ヘーイ!そこのボーイ!そんなトコロで見つめててもダメデース!ナンパならナンパらしく、当たって砕けまショウ!」
 突然怪しい外国人に声を掛けられ、青年が戸惑っているのをいい事に、ジョセフは彼をズリズリと美央の前まで引きずって来た。
「ヘイ、ボーイ!ファッチュアネイッマ!!」
 もはや、英語かどうかすら良くわからないアクセントである。
「ク、クロト・ブラックウイング(くろと・ぶらっくういんぐ)です」
 意外にも、通じていたらしい。
「オーケイ、オーケイ!クロト、ミーの名前はジョセフ。こっちのガールの名前は……」
「赤羽美央です」
 ジョセフを遮って、美央が挨拶する。正直、ジョセフに任せておいたら、なんて紹介されるか分かったものではない。
「ご、ごめん、赤羽さん!ホントにナンパなんかじゃないんだ。ただ、タキシード着た女の子みたいな人がいると思ってよく見たらやっぱり女の子で、それで、見てたらなんだかスゴイ勢いで食べてるから、気になっちゃって……」
「ホラ、やっぱりミオばかり見てマース」
「スゴイ勢いだなんて……失礼な人ですね」
 無表情なまま、美央が言う。
「ち、違う!スゴイ勢いだったのは、こっちの男の人で、僕はただ……」
「ナンパなんデスネ?」
「違うって!」
「もう、いいです」
 美央は「ふーっ」と大きくため息を吐くと、言葉を続けた。
「すみません、連れが無理やり連れてきてしまって。迷惑かけたみたいですね。本当にごめんなさい。ほら、ジョセフも謝んなさい」
 クロトと眼をそらしたままそう言って、ペコリと頭を下げる美央。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺の話も、最後まで聞いてくれ。俺はただ、面白そうな子だと思ったから、ちょっと話がしたかっただけなんだ。でも、なんて声を掛けていいかわからなくて……」
「えっ?」
 驚いて、頭を上げる美央。自然とクロトと眼が合う。顔が赤くなっていて良くわからないが、何となく、この青年は本当のことを言っているような気がした。
「あ、あのさ……。少し、話し相手になってもらっても、いいかな?」
「は、はい……」
 照れ隠しに頭をかきながらそう言うクロトに、やはり照れ隠しにうつむいたまま、首を縦に振る美央。
「ほーラ、やっぱりナンパだったジャナイデスカ」
 いつの間にいなくなったのか、2人から遠く離れた柱を寄りかかりながら、ジョセフはそう呟いた。
 もちろん、カクテルグラスのナッツを、口に一杯にほうばりながら。



「ねぇ、剛太郎、どうですか?似合ってますか?」
 そういってイブニングドレスの裾を摘むと、コーディリア・ブラウン(こーでぃりあ・ぶらうん)大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)の目の前でくるりと一回転して見せた。剛太郎の返事を、期待に満ちた眼で待っている。
「う、うん。似合ってるよ。すごく……素敵だ」
 いつもと違う、着飾ったコーディリアの美しさに圧倒された剛太郎は、そう答えるのがやっとだった。
 元々剛太郎は、今日の晩餐会には、正規の警備員として参加を希望していた。それがどういう訳が私服での警備に廻されてしまい、正直少し落ち込んでいたのである。
でも、もし正規警備員になっていたら、こんな姿のコーディリアを見ることは出来なかっただろう。今は「正規の警備員に廻されなくて良かった」と、心の底からそう思っていた。
「有難う。剛太郎も、とっても素敵です。まるで、剛太郎じゃないみたい」
 思わぬ台詞に、剛太郎は真っ赤になってしまった。何しろ、剛太郎はこれまでタキシードなんて着たことがない。何回か礼装を着る機会があるにはあったのだが、自衛隊にいた時には指定の礼装があったので、タキシードを着る事はなかったのである。
「そ、そうで……ありますか?」
 緊張のあまり、他人と話す時のように軍人口調になってしまっている。
「はい、まるで……そう、王子様みたいです」
「お、王子でありますか?」
「はい。素敵な王子様に見えます」
 眩しそうに剛太郎を見つめるコーディリア。心なしか、頬が上気している様に見える。
 そんなコーディリアを見つめている内、剛太郎の体が自然に動いた。
「姫、私と踊って下さいませんか?」
 気がつくと剛太郎は、コーディリアの手を取ってそう口走っていた。しかもご丁寧に、片膝までついている。
(自、自分は、一体何をしているのだ!な、何とかごまかさなくては!)
 剛太郎が、我に返ったその時。
「はい、王子様。喜んで」
 コーディリアはスカートの裾をつまみ、軽く腰をかがめた。
「エスコートして下さい。王子様」
 はにかむコーディリア。
「き、恐縮であります!」
 顔を真っ赤にして敬礼する剛太郎。
 そのまぶたには、ダンスを受けてくれた時の、コーディリアの花が咲いた様な笑顔が焼きついていた。



 楽しげにダンスを踊る男女に何気なく眼をやりながら、五月葉 終夏(さつきば・おりが) は内心冷や汗をかいていた。
 晩餐会に私服警備員として参加すると決めた時、終夏とパートナーのブランカ・エレミール(ぶらんか・えれみーる)が選んだのが、楽団のヴァイオリン奏者だった。終夏は元々ヴァイオリンを弾くのが好きだったし、ブランカに至っては自称『歌って踊れるヴァイオリン弾き』だ。迷う余地は無かった。
 今弾いているのは、ヨハン・シュトラウス2世の『皇帝円舞曲』。ウィンナーワルツの中でも著名な一曲で、これまでにも何回も弾いたことがある。
 終夏は、過去何回かプロのオーケストラや楽団に混じって演奏したことがあったが、一緒に演奏していて、自分の腕が劣っていると感じた事など一度もなかった。
 しかし、今日は違う。この楽団の奏者達のレベルは、今までとは比べ物にならない。レベル、というか、むしろや次元が違うといった感じだ。
 自分1人が、演奏に乗り切れていない。当日まで配属される楽団が決まらなくて、音合わせする時間がなかった事も、今となっては悔やまれる。
 ブランカはというと、すっかり楽団に溶け込んでしまっている。すっかり、協演に酔いしれてしまっているといった感じだ。
 至福の一時を満喫するパートナーを横目で睨みながら、終夏はどうにか演奏を終えた。

「お疲れ様」
 振り返ると、そこには楽団の奏者の男性が立っていた。楽団でも最年長者で、担当する楽器は確かヴィオラだったはずだ。
「少し、話してもいいかな?」
 正直、少し一人きりにしておいてもらいたい所だったが、男性の柔和な笑みに、断る事が出来なかった。
「君、警備員なんだってね」
「は、はい……」
 終夏はうつむいたまま、何とかそう答えた。
「みんな心配してたんだよ、警備の人が参加するっていうから、どんな下手糞が来るんだろうってね」
(やっぱり、下手って思われてた!!)
 ショックの余り、頭が真っ白になる。
「良かったよ。君みたいな人が来てくれて」
「え?」
 想像もしなかった言葉に、呆然となる。
「音合わせもしてないのに、あれだけ弾けるなんて相当なもんだ」
「で、でも、私、一人で音を乱してて」
 慌てて否定する終夏。
「そんな事ないさ。君は良くやってるよ。何より、我々の演奏に加わろう、乗ってこようって、一生懸命になってくれる。私はね、それが嬉しいんだ。みんなも、きっとそう思ってる」
「で、でも……」
 男性の言葉に、終夏は胸が一杯になった。おもわず、言葉に詰まる。
「大丈夫。みんな、君と演奏するのが楽しいんだ」
「あ、有難うございます。わ、私……」
 終夏は、感極まって泣き出してしまった。
「さぁ、涙を拭いて。お客さんが待ってるよ」
「はい!」
 終夏は、差し出された手を取って立ち上がった。



「みなさーん、これより、動物ショーを開幕しまーすっ♪」
フェルセティア・フィントハーツ(ふぇるせてぃあ・ふぃんとはーつ)は、そういって屋外にある特設ステージに登場すると、早速その場でとんぼを切って見せた。
 早くも、会場からどよめきが上がる。
「あ、動物ショーっていっても、ショーをするのは私じゃないよ!」
 と耳と尻尾をピコピコさせながら否定する。フェルセティアは猫型獣人なのだ。
「ショーをするのはこの人と、この子達!動物使いのアーシャと、元気いっぱいの動物さんたちです!はくしゅー!!」
 フェルセティアの口上と共に舞台の袖から現れるアシャンテ・グルームエッジ(あしゃんて・ぐるーむえっじ)。顔には、白い仮面を被り、ピエロの様な派手な赤い衣装を身に着けている。
 アシャンテは、無言のまま舞台の中央に立つと、おもむろに懐からティーカップを4つ取り出し、ジャグリングを始めた。今日の動物ショーは、アシャンテは一言もしゃべらず、語りは全てフェルセティアが行うことになっている。
「あれあれ、アーシャ?今日は動物さんのショーじゃないの?動物さんがいないよ~??」
という振りを合図に、ティーカップに変化が現れた。見る間に手が生え足が生え、さらに頭が生えると、空中で思い思いにポーズを決め始める。
 ティーカップに見えたのは、ティーカップパンダだったのだ。
 パンダ達は次々とユーモラスなポーズを決めた後、華麗に着地した。
途端に、会場が歓声と拍手に包まれる。
(今日の舞台、いける!)
 アシャンテの予感通り、ショーは最後まで大盛況だった。
「毒蛇が逃げちゃった!」といって客席に忍び込ませた蛇を、お客さんに絡みつかせたり(この時は、女性客の何人かが危うくパニックになりかけた)、最後にはフェルセティアを乗せたパラミタ虎が、火の輪くぐりをするという大技も披露した(なぜかアンコールで、フェルセティアが1人で、火の輪くぐりをしていたが)。
 お客さんの惜しみない拍手と賞賛を全身に浴びて、この日ばかりは2人とも、嫌な事を忘れる事が出来たのだった。



 一方、ステージから程近い所に造られた、こちらも特設の演武場では、弓道衣に弓掛けを身に着けたランゴバルト・レーム(らんごばると・れーむ)が、100メートル先の的の真ん中を立て続けに射抜くという、見事な弓の技を披露していた。
 クロスボウやアーチエリーのような洋弓と異なり、和弓は矢をまっすぐ飛ばすだけでも高い技量を要求する。その和弓で、100メートル先の的の中心に連続して当てるレームの腕は、まさに神業と言える。
 客席の最前列で演武を見つめている五十鈴宮円華の口からも、頻りに賞賛の言葉が漏れていた。
 いよいよ残りの矢があと1本となったとき、1人の女性が日本刀を手に、的とレームの間に立った。途端に会場内がざわめく。
 女性の名は、牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)
 アルコリアは、レームに向き直ると、刀を下段に構えた。レームの放つ矢を、刀で切り落とそうと言うのだ。
 レームは矢をつがえると、大きく弓を引き絞った。レームを見据えたまま、微動だにしないアルコリア。折から吹き込んできた風に、彼女の髪が長くなびく。
「シュッ!」
「キンッ!」
 弓弦が弾ける音と共に放たれた矢が、刹那の後に刀に弾かれ、大きく宙を舞う。
 矢は、音もなく地面に突き刺さった。見れば、二つに割れている。
 会場が、一瞬にしてどよめきと拍手に満たされた。
ゆっくりと息を吐き、刀を鞘へ戻すアルコリア。弓を下ろしたレームは、円華に向かって一礼すると、静かに姿を消した。
 一人残ったアルコリアは、改めて円華に一礼すると、両腰の刀を抜いた。そのまま、ゆっくりと演武を始める。
 舞う髪に剣の閃きを映しながら、刀と一つになって舞うアルコリアに、会場内が再び息を呑む。
 しかし、アルコリアの舞いは、観衆に向けられたものではない。その舞いは、円華一人に向けられたものだった。そんなアルコリアの思いを知ってか知らずか、固唾を呑んで見守る観衆の中でただ一人、円華は微笑みを浮かべている。
 やがて舞いは終わり、会場は再び拍手に満たされた。


 
 金 仙姫(きむ・そに)は、豪華な食事の並ぶテーブルを前に、歌と舞いを披露していた。
 封印より目覚めてから、大勢の観衆の前で歌ったことは一度もなかったが、ディナーショーの歌い手に触発され、飛び入りで参加したのだった。
 かつては、『鶯の君』と呼ばれ称された仙姫である。その美しくも哀歓溢れる歌声と、時に激しく、時にゆったりと流れる舞いは、たちまち座の人々を虜にした。
 結局仙姫は、アンコールも含めて立て続けに5曲を歌い、舞台を降りた。
「すごい、素敵だった、仙姫ちゃん!私、感動しちゃった!!」
 パートナーの橘 舞(たちばな・まい)は、目に涙すら浮かべて仙姫を出迎えてくれた。
「わらわもこれほど楽しかったのは久しぶりじゃ。やはり宴はよいのう」
 仙姫は、心の底から楽しそうに笑った。



「お嬢さん、踊っていただけますか」
「はい。喜んで♪」
 皆川 陽(みなかわ・よう)は、女性にダンスを申し込み、あまつさえ手を取って、甲に口づけまでしているテディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)を、感心半分あきれ半分で見つめていた。
 元々、華やかな場の苦手な皆川が今日の晩餐会に出る事になったのは、引っ込み思案な皆川を心配したテディが、強引に勧めたからである。
「いいかい、陽。晩餐会は僕が手本をみせるから、その通りにやってみるんだ。いいね?」
 今日も、そう言われているのだが……。
 正直、とても真似出来そうにない。
「それじゃあね、静音(しずね)。私はこちらの殿方と踊ってくるから」
「じゃあな、陽。静音さんのお相手、しっかりな」
「「え、ちょ、ちょっと……テディ!」
「ま、待って!」
 テディ達は、陽と静音の悲鳴など気にも留めず、ダンス会場へと消えて行く。陽は、静音と言う内気そうな女の子と二人、取り残されてしまった。
 気まずい雰囲気が漂う。
「あ、あのっ!」「あ、あのっ!」
 思わず、同時に声を掛けてしまう2人。
「ど、どうぞ、お先に……」
「い、いえ、私ならお気になさらず……」
 話が続かない。
 掛ける言葉を必死に探す内に、陽は、うつむいたままの静音の手に、涙一つ、ポツリと落ちるのを見た。
(僕は。彼女にこんなにつらい思いをさせているのか)
 そう思うと、陽は急に自分がこの上もなく情け無くなってきた。
「ダメですね、僕」
 ポツリと、陽が話し始めた。
 「折角テディが僕のために女の子と話す機会を作ってくれたのに、僕はちっとも話せやしない。しかも、君にこんなつらい思いまでさせている」
「そ、そんなことないです……」
 静音が、弾かれたように顔を上げた。
「そんなことありません!私が、私がいけないんです!」
静音は弾かれたように、話し始める。
「折角、私が男の方とお話できるようにって、気を遣ってもらったのに、私、どうしても自分からお話する勇気がでなくって、それで『私はなんて情けないんだろう』って、そう考えたら何だか悲しくなってきて……あなたのせいなんかじゃありません!」
 溜め込んでいた物を一気に吐き出す様に、泣き出す静音。そんな彼女を見つめている内に、陽の中で、『何か』が動き始めた。
「ううん、そんなことないよ。やっぱり、悪いのは僕のほうだよ。だって、君はこんなにもはっきりと、自分の気持ちを話してくれたんだもの。今度は、僕の番だよ」
 陽は、涙に塗れた静音の眼を見て、言った。
「静音さん、よかったら、今夜は僕にエスコートさせてくれないかな?テディみたいには上手く出来ないけど……」
「は、……はい。よろしくお願いします」
 ここでもまた一つ、新しい『絆』が生まれようとしていた。