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五機精の目覚め ――翠蒼の双児――

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五機精の目覚め ――翠蒼の双児――

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序章


 シャンバラ教導団技術科にて。
「この二つの解析をして欲しいんだぜ」
ミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)が手にしているのは、『研究所』で手にした銃型の試作型兵器――魔力融合型デバイスと、第二分所で手に入れた人工機晶石だ。
 彼女が教導団を頼ったのは、何かと縁があるからだろう。一部においては、「教導団の勝利の女神」とまで呼ばれているくらいだ。
「どっちも五千年前に造られたもので、しかもほとんど発見されてない。これの原理が分かれば、きっと新しい実用的な武器が出来るはずだぜ」
 その代わりに分析した上で、技術転用が出来た場合は自分に第一号を譲ってもらうという事を条件として提示する。
 現時点ではPASDを含め、どの組織も人工機晶石は入手してはいない。今回、教導団はPASDからのヒラニプラ北部の遺跡調査に対する協力要請を受けている。協力の対価として、このデータの優先権獲得の交渉に使えるかもしれないだろう。
 教導団には教導団の思惑があり、ミューレリアからの分析依頼を受ける事になった。
 しばらく時間はかかるだろうし、成果があるかはまだ分からない。
 ただ分析結果の如何にせよ、彼女の魔力融合型デバイスは未使用品であるため、そのままでも十分に実戦で使用可能だったりする。
 ただしそれは、あくまでも消耗品であり一度きりのものでしかない。だからこそ、エミカの【紫電槍・改】のように持続して使えるようになったら、それは新たな力となることだろう。

            * * *

 ヒラニプラ郊外の山岳部近く、そこでは闇市が開かれている。しかし、少し前に大規模な手入れが行われ、以前よりは店も減っている。
 とはいえ、悪質な店を除けば健在なところも多く、活気は失われていなかった。
「リズ、写真に写っている人たちの顔は覚えた? 覚えたわね?」
「写真? 覚えたけど、何?」
 その外れの一角に、一ノ瀬 月実(いちのせ・つぐみ)リズリット・モルゲンシュタイン(りずりっと・もるげんしゅたいん)はいた。
「薪を並べて〜、新聞紙を敷いて〜、写真に着火〜」
 言葉にした通りの行動をし、月実は五機精達の在りし日の頃が写っている写真を火にくべた。
「って、大事な写真、何いきなり燃やしてるのー!?」
 リズリットが目を見開く。五千年前の写真というだけでも貴重なのに、しかも五機精以前の研究所の様子が写っているのはこれ以外にはもうないはずだ。
「豚汁が食べたくなったのよ。必要でしょ、火が。具沢山にしてっと」
 鍋で煮立たせる。
「まぁ、豚汁は美味しいけどさー。写真燃やしちゃうって結構思い切ってるよねー。ねー、月実ー。お味噌濃すぎ」
 呆れ半分、感心半分といったところか。話しながら、豚汁を口に運ぶ。そうしている間に、写真は完全に燃え尽きてしまった。
「手帳にメモってあるから大丈夫だと思うけど、どうやって会うかよね。今のところ、個人で接触できそうなのはアンバーさんとフィーアさんね」
 一旦考えてみる。
「傀儡師ならば何か知ってるかしら。とりあえずそこらへんの傀儡師関係者をふん捕まえてみるわ」
 辺りを見渡してみる。闇市にいるのも、これが理由だ。もしヒラニプラの遺跡の方に傀儡師がやってくるのなら、こういう後ろ暗い場所で準備を進めているものだろう。
「アンバーさんかフィーアさんに接触したいのは分かるけど、特に情報がないのよね。フィーアさんに関しては名前以外は何も分かってないし。だから、情報収集に専念したいってのは分かったわ」
 リズリットが月実を見遣る。ちょうど彼女は居場所を聞くために恐喝まがいな事をする寸前だった。
「けどこれじゃ私たち反逆者じゃない! ああ、お先真っ暗だわ……」
 情報収集のためとはいえ、傀儡師に取り入ろうとするのは、PASDに敵対する事を意味する。
「え、知らない? そうじゃあいいわ」
 捕まえた人間を突き放す。そもそも単独で動いている傀儡師を追うのは難しい。
 そんな彼女の前を、仮面に男が横切っていった。
(怪しいわね)
 直感的に何かを感じ取ったのだろう。
「ちょっと、月実。待てったら!」
 
            * * *

 ヒラニプラ某所。
「へえ、よく僕がここにいるって分かったね」
 傀儡師は、来訪者へ向けて言い放った。
「あんたを探していた」
 仮面の男は告げる。
「十二歳くらいの少年、だって聞いていたが……まさかこんな姿だったとはな」
「僕には姿形なんてほとんど意味ないよ。まあ、この姿なら今回の仕事に役立ちそうだけどね」
 微笑を浮かべる傀儡師。
「それで、要件はなんだい? 生憎、厄介な仕事を抱えているから依頼はお断りだよ」
 どうやらツァンダでの件は、あくまでも仕事として行ったらしい。あくまでも請負人として、でありクライアントはクライアントだと割り切っている節がある。
「取引がしたい」
 仮面の男は手に持っていた菓子折りを手渡す。
「情報屋ですらまだ手に入れてない情報、あんたなら持ってるはずだ」
「まあ、そう簡単にこちらの情報は流さないからね。うん、あるよ。だけど、無条件に教えるわけにはいかないなぁ」
「こちらの望む情報を提示してくれるのなら、今後手に入れた五機精の情報を渡そう」
「残念だけど、五機精の今後の情報源は確保して……いや、もしかしたら」
 傀儡師の頭を何かが過ったようだ。
「ああ、こっちの思い違い。気にしないでね。それで、何がお望みだい?」
「銀髪の魔女、黒ドレスの女それから……」
 最も聞きたい事を最後に告げる。
「アンバー・ドライについてだ」
 一瞬空気が硬直する。傀儡師の口元が歪んだ。
「へえ、あの電気使いが気になるんだ。知ってるのは、電撃で僕が操る人形――あれは機甲化兵っていうやつだっけかな、を容易く壊したって事くらいかな。あとは電気を操れるだけあって、機晶石が体内にあるくせに操れないんだ。困ったものだよ」
 自分と相性が悪い事で、苦々しい思いをしたらしい。
「銀髪の魔女は、奇妙な仮面を被ってたね。顔のないのっぺらぼうみたいな感じのやつ。外では大した事ないのに、室内に入った瞬間急激に強くなる。そういう魔法特性なんだろうね。で、黒ドレスの方は金髪で、二十歳くらいかな、見た目は。馬鹿力だったり、いきなり翼が生えたりともう訳が分からない」
 様子を見る限り、彼女達に勝てなかったようだ。それが今回の仕事を「厄介」だと言っている理由なのかもしれない。
「まあ、残念だけどこんなもんだね。そのアンバー・ドライとやらの事、僕だって知りたいくらいだよ」
 その時である。

「アンバーの情報ならここにあるわよ!」

 声を発したのは月実だった。
「ちょっと月実、何いきなり上がり込んでるのよ!」
 リズリットが怒鳴る。
「だって、アンバーがどうとか聞こえてきたのよ。行くしかないじゃない。だからリズ、資料を」
「あ、アンバーの資料? ちゃんとお腹にしまっておいたよ」
 と、リズリットは着物をごそごそとまさぐる。
「はいどうぞ……じゃなくてぇ!」
 飛び入った上に謎の羞恥プレイ状態に陥り、思わず叫ぶリズリット。
「ちょうどいいね」
 にやりと微笑む傀儡師。しかし、それ以上に仮面の男がそれに食いついた。
「見せてもらってもいいか?」
「いいわよ。それに、もし追っているんなら是非手伝わせて欲しいわ」
 協力を申し出る月実。
(ちょっとここまでする、普通!?)
 月実の傍らでリズリットはただただ開いた口が塞がらなかった。彼女からしたら、自分のパートナーがアンバーらと出会って仲良くなりたいがための行動として映っているのだろう。
 そのためにPASDではなく、敵対勢力に加担する事も惜しまないらしい。
(こりゃいいぜ。待ってろよ、アンバー・ドライ)
 仮面で素顔を隠しながらも、トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)は歓喜を表情に出さずにはいられなかった。資料には一人の少女の姿があった。それが五機精の一人、アンバー・ドライで間違いはないようだ。
「ところで、どっちが傀儡師さん?」
 月実がふと思ったことを尋ねる。思わず入ったとはいえ、どっちが本人なのか区別がついていなかったのである。
「そもそも傀儡師、ってのも呼びにくいな。名前はないのか?」
 仮面の男――トライブが傀儡師本人に尋ねる。これで彼が傀儡師でないと月実も分かったはずだ。
「マスター・オブ・パペッツ。でも、これじゃ長いよね。そもそも僕の名前じゃないし。あえて名乗るんなら――マキーナ。マキーナ・イクスかな」
 傀儡師が名乗る。マキーナ・イクスと。
「マキーナか。あとは連絡先だ。今後情報交換する時、連絡取れた方がいいだろ?」
 今後行動する際に相手と連絡が取れた方がいい、そう考えての事だ。遺跡に一緒に向かうのは今回くらいのものだろう。
「そうだね。まあ宜しく頼むよ」

 かくして傀儡師――マキーナは協力者を得て、ヒラニプラの遺跡へ向かう。だが彼も気付いていた。自分の仕事に協力するのは、建前上であるという事に。
(ならばお互いに利用し合おうじゃないか。それも仕事のうちなんだから)