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【2020年七夕】Precious Life

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【2020年七夕】Precious Life

リアクション

「おやまぁ、雪兎(ユキト)じゃないかい!」
 サロンの奥手に立っていた老婦人は言った。
 年月に色の薄れた白髪をきっちりと結い上げたその女性の眦はきついが、ルシェールを見る瞳は優しげだ。
 手に持っていた着物をその場に畳んで置くと、裾元が乱れぬよう、ゆっくりと立ち上がる。そして、こちらに歩いてきた。
 真っ直ぐに背を伸ばしたその姿は美しい。
 椿はルシェールの後ろからそっと眺めた。
「どうしてここがわかったんだい」
 ルシェールの祖母は笑った。
「サラ・リリ……じゃなかった、先生が用意してくれたホテルの記事に気が付いたの」
「おや、そうかい。そちらさんは誰だい? 友達かい?」
「うん!」
 【友達】との言葉に、パッと花が咲いたような笑顔になった。
 くるりと祖母に背を向け、皆の方を見た。
「えっと、紹介するね。俺のおばあちゃんだよ」
「祖母の巫 美姫(かんなぎ みき)ですよ。よろしくね」
「泉 椿です」
「上月 凛です、よろしく」
「ハールイン・ジュナと言います」
「はい、よろしくね。…で、雪兎。今日は何の用なんだい」
「おばあちゃん、ヒドイよお! 俺の誕生日なのに!!」
「嘘さぁ〜、何言ってるんだい。可愛い孫の誕生日を忘れるもんかね。ねぇ?」
 ルシェールの祖母は椿に向かってウィンクした。
 椿はビックリしてルシェールの後ろに隠れる。
「おや、逃げられちまったね」
 彼女は首をすくめて見せた。
「まあ、仕事が終わったら電話しようと思ってたのさ。タシガンに行きたいって言ったら、ホテルのオーナーに止められたんでねえ。仕事が終わらないと動けないし。連絡が遅くなったのさ」
「そ、それは……」
 さすがにタシガン行きは無理だと、凛は言いそうになった。
 パラミタそのものに排除されるのが関の山だ。
「パートナーがいないって、不便なんだねぇ。どこも行けやしないよ」
 のんきに祖母は言った。
「ぱ、パートナーはアイテムではありません……」
 ハールインは言った。
「何言ってるのさ、パートナーとやらはパラミタの住人なんでしょうが」
「はい、ご婦人。その通りです」
「人を物のように思っちゃいないさね。あんた、パラミタ人かい?」
「広義からすれば、パラミタ人ですが……守護天使です」
「はぁ? 天使。こりゃあ、神様もビックリだねえ。天使かい」
「ええ、まあ」
「はぁ〜……天使。天使ねぇ。そうだ、雪兎や。あの子は……前に会った子はどこだい?」
「え? ソルヴェーグのこと?」
「そうさ。あの子も、この人と同じなのかい。天使、だっけねぇ」
「ううん、違う。……吸血鬼」
「きゅ、きゅうけつ……」
 祖母は言葉を失った。
「ゆっ、雪兎ーーーーーッ、何もされてないだろうね!」
「な、な、なっ、何にもないよぅ!」
 実は真っ赤な嘘である。
 吸血鬼との契約時に吸血行為は付き物。
 でも、この状態で言えはしない。
 凛も、椿も、ハールインでさえ、口を噤んだ。
(黙っておこう……怒ったら恐そうだ)
 それが三人の中で一致した意見だった。
「そういう話は早くしてもらいたいもんだね。変なモンと契約するんじゃないよっ」
(それ【も】、無理です。誰と契約するかはわからないし……)
 凛は思った。
「まったく……今度会ったら、あの子をとっちめてやらないと」
「あ、あのッ!」
 椿は言った。
 ソルヴェーグが怒られたら、ルシェールも悲しむかもしれない。
 椿は話を腰を折ろうと勇気を振り絞って言った。
「あ、あの……浴衣あんまし着ない…じゃなかった、着ないので……その、選んでく、ださ…」
 最後が尻切れトンボの変な言葉遣いだと、椿は消えてしまいたい気持ちになった。
「浴衣が良いのかい?」
「あ、え…慣れてないし…その…」
「何を緊張してるのさ。夏は浴衣に限るけどね、ホテルの中は涼しいんだから、着たいものを着たらいいさね」
「あ、そっか」
「そうさ。この振袖なんか可愛いし、あんたに似合うよ」
 そう言って、ルシェールの祖母は振袖を見せた。
 黒い絹に白と赤の椿の模様。
 自分と同じ名前の花だ。
 椿はときめくような気持ちが湧き起こるのを感じた。
「椿! あたしと同じだぜ♪」
「お〜や、随分とがらっぱちな子じゃないか」
「あ、え? …し、しまった!」
「ふふっ……気にするこたぁないさ。私だって下町育ちだしね。口の悪いのは、お互い様」
 ルシェールの祖母は微笑んだ。
 椿は溜息を吐いた。
「はぁ〜〜〜。よかった。自分、パラ実生だし、嫌われないかと心配してたんだ」
「何で嫌うのさ」
「だって、ルシェールはエリート校の薔薇の学舎にいるし。財閥の子だし。身分違いっぽいし」
「あんた、何言ってるんだい。身分なんてものは、それぞれに立場があるというぐらいなもので、元来、人と人をわけるものではないんだから気にすることなんかないよ」
「そうだよっ、椿ちゃん! 椿ちゃんは、俺の友達だもん! 椿ちゃんが居なかったら、俺……」
 ルシェールは悲しみに眉を下げて椿を見る。
「椿ちゃんが居なきゃ、ヤダッ!」
「ルシェールぅ〜」
「そうだぜ。学校が違うのなんか気にすることないし。普通の家から来てる生徒だって薔薇学にもいるし」
 凛は言った。
「だったら、今日はおしゃれすれば良いんじゃないか? ルシェールのおばあちゃんに、どんな色や柄が似合うと思うかとか相談してさ。色々着せ替えしてみたりしたら楽しかもな」
「そうかなあ」
「「そうだよ」」
 凛とルシェールは言った。
「じゃあ、着てみようかな。着物」
「そうきたら、早速、着替えなさいよ」
 ルシェールの祖母は笑った。
「じゃあ、俺も着る!」
 ルシェールは言った。
「あんたもかい?」
「うん」
「あんたは適当に見繕いな。そこの衣装箱の中に入ってるよ。いつものやつが」
「はぁ〜い♪」
(いつものって……)
 凛は眉をしかめた。
 椿は先ほど選んでもらった着物を羽織ってみていた。
 ルシェールは衣装箱の中から、白と蘇芳染めの着物、海老染めの着物と袴を取り出した。そして、それを持つと着替え室に入っていく。
「手馴れたもんだな」
 凛は呟いた。
「そうですね」
 ハールインも呟いた。