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リアクション
「これも何となくだけど、中心になっている一匹がいるような気がするな。それを探し出せば何か解るかもしれないね。森の奥か、中心……蝉に影響するような何かがあるのか、それとも居るのかな?」
呟きながら歩みを進める天音とブルーズは、気付けば随分と森の奥深くへ到達していた。転がる生徒の影も、最早無い。無遠慮に歩みを進める天音をいつでも庇える立ち位置を保ちながら、ブルーズはどこか焦りのような感情が込み上がるのを感じていた。
「……天音」
思わず、といった様子で零れた呼名に、他ならないブルーズが口元を押さえる。
「何?」
「……いや、何でもない。行こうか」
当然の如く返る問い掛けに、ブルーズはゆるゆると頭を振った。怪訝と視線を向ける天音は、しかしすぐに「そう」と視線を逸らしてしまう。或いは既に内心を読み取られてしまっているのではないか――そんな落ち着かない心地が、ブルーズの焦燥を一層掻き立てた。
そうして彼らは、進んでいく。誘い込まれるように、森の奥へ、奥へ。
***
「えーと……皆、どうしちゃったのかな?」
ばたばたと倒れている生徒達の姿に、ファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)は不安げに尻尾を垂らして呟いた。
彼の眼前にはパートナーの呼雪たちのみならず、同じ学校の生徒達から見知らぬ生徒まで、様々な人間が真夏の森で眠りこけるという、酷く異様な光景が広がっていた。
「と、とりあえず原因を突き止めないと」
流石のファルも、この状況に異常を感じ取っていた。そんなファルの視界を、不意に一匹の蝉が横切る。
「……? 蝉?」
ぶんぶんと羽音を鳴らし飛び回る蝉は、まるで“近付くな”と警告しているようにさえ見えた。この状況下でそれでは、疑うなと言う方に無理がある。ぴんと勢い良く尾を立てたファルは、差し込む月光に爪を煌めかせた。
「よーし! 逃がさないよ!」
「我も手伝おう」
ふと傍らで響いた声に、ファルはぎょっと肩を跳ねさせた。慌てて向けられた丸い赤眼には、いつからいたのか涼しげな雰囲気を湛えた藍澤 黎(あいざわ・れい)の姿が映る。冷静な彼の面持ちに安堵を抱き掛けたファルは、次の瞬間ぴしりと表情を凍らせた。
「……な、何してるの?」
「ああ、凍らせている」
あくまで落ち着いた調子で語る言葉とは裏腹に、黎はやたらめったらに氷術を放ち続けていた。素早く避ける蝉にこそ当たらないものの、その留まるべき樹を次々に凍りつかせ、徐々に逃げ場を奪っていく。
「さ、寒い……えいっ!」
ぶるりと身を震わせたファルは、ふと蝉が集まる一角に目を付けた。咄嗟に放ったバニッシュが、蝉の一匹を撃ち落とす。一人では捉え切れない蝉の動きを捉えた事に、ファルは両手を掲げて歓声を上げた。
「これなら何とかなりそうだね!」
「喜んでいる暇は無いぞ。ほら、早く撃つんだ」
冷静な声音とは裏腹な黎の指示に、ファルは彼もまた暑さにやられかけてしまっていることを察した。曖昧な笑みを浮かべて頬の鱗を掻くファルに、黎は怪訝と眉を寄せる。
「……何をしている? ほら、早くしないと逃げてしまうぞ」
「あ、うん! 今撃つ今撃つ!」
慌てたように声を上げて、ファルは再びバニッシュを放った。どこか心落ち着かない連携は、しかし僅かずつながら確実に蝉の数を削っていく。
そんな彼らとは反対側の、森の端。こちら側でも、蝉との戦いは始まっていた。
「シトロネラのアロマオイルにはね、虫よけの効果があるの」
そう言いながら蝉を囲い込むように木々へオイルを塗り付けるリアトリス・ウィリアムズ(りあとりす・うぃりあむず)の言葉に感心した様子でうんうんと頷きながら聞き入り、豊臣 秀吉(とよとみ・ひでよし)は受け取ったオイルをべたべたと御影へ塗り付け始めた。すっかり眠り耽っている彼が起きる様子は無い。傍らのマルクスにも申し訳程度にオイルを塗ってやると、秀吉ははてと首を傾げた。
「これで、本当に御影殿は安全なのじゃろうか?」
一頻り手荒な手段を試した秀吉のお陰で傷だらけなマルクスの傍ら、傷一つ無く眠る御影を心配そうに見守りながら、秀吉は独りごちる。そんな彼の呟きを聞き留めたフリージア・ヴァルトハイト(ふりーじあ・ばるとはいと)は、リアトリスに倣って木々へとオイルを塗りながら、困ったように苦笑いを浮かべた。
「それは、少し違うと思うアル……」
「え、これで唯斗兄さんを守れるんじゃないんですか……?」
戸惑う声を上げたのは、同じく唯斗の頬へオイルを塗りつけていた紫月 睡蓮(しづき・すいれん)だった。彼女の言葉に困ったように眉を下げたフリージアは、リアトリスへ助けを求める。
「そ、そうじゃなくて……オイルで蝉を追いこんで、やっつけちゃおうって事だよ」
困惑を滲ませたリアトリスの説明に、二人はようやく納得した様子で頷いた。オイルまみれのパートナーを暫し眺めると、すぐに思考を切り替える。
「よし、わしも助太刀いたしますじゃ!」
「私も、手伝います!」
目を輝かせて樹へと向かう二人の後姿を見送り、フリージアとリアトリスは顔を見合わせると、どちらともなく微笑ましげな笑声を零した。
***
「夢なら何してもいーんじゃねってなわけで、突発競技ピーチフラッグ選手権を開催しまーす」
戯けた声音で宣言する南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)の言葉に、オットー・ハーマン(おっとー・はーまん)はぴくりとヒゲを跳ねさせた。
「ルールはお尻につけた旗を取りあいキャッキャウフフする。自分のが取られたら負け。ほーら、こっちにはKoiの好きそうなKくんがたっくさんいるよー。あっ、K雪くんうまいなあ」
独りきりの空間でさも競技を始めたかのような声を上げる光一郎に、それと知らないオットーはぶるぶると肩を震わせた。
『それがし知性の徒ドラゴニュートである、鯉ではござらぬ!』
「へー。あ、おしりタッチ! はあいKくん失格ー」
オットーの抗議を意にも介さず聞き流し、光一郎は更にオットーを煽る言葉を重ねた。
「いやあ、Kくんばっかりでウッハウハだなあ」
『……鯉ならまだしも、色ボケ沼の主の鯰呼ばわりとはおのれ。ここは立場の違いというものを拳でわからせる必要があるようだっ!』
劣情を刺激されたオットーは言われてもいない言葉を苦々しげに絞り出すや否や、開いた口から火術を吐き出した。不意の一撃に逃れる術の無いまやかしを火が呑み込むのにも構わず、立て続けに火術を放つ。
『それがし貴様に尽くす気が少しだけありメイドに転職したというのに、まさか初仕事が貴様の薄汚れた品性を洗濯することになろうとは……』
おうおうと大袈裟な泣き声を挟みながら、しかし裏腹に苛烈な炎を浴びせるオットーに、光一郎が構う様子は無かった。攻撃を仕掛けてくる偽物のオットーすら無視して、ひたすらオットーをからかうよう声を上げ続ける。
「おおっとKくんファインプレイ! 今のは見事ッスねー、記録に残したいくらい」
『いい加減にせぬかあああああ』
オットーの怒号に、光一郎は尚更ペースを上げていく。一頻りパートナーをからかった彼が思い出したように武器を手にした頃には、既に偽物はどこへともなく姿を消していたのだった。
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