天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

Change×Change

リアクション公開中!

Change×Change

リアクション



●第2章 あさぱにっ! 薔薇学の巻(城 紅月 編)

「紅月…朝ですよ〜。今日は約束があるんでしょう?」
 レオン・ラーセレナ(れおん・らーせれな)はパートナーの部屋に入りながら言った。
 薔薇の学舎の朝は通常は早い。朝5時の祈りの時間があるためだ。だが、昨夜遅くまで起きていた城 紅月(じょう・こうげつ)の、本日付の朝は遅いようだった。と言っても、現在8時すぎなのだが。
 今日は、兄貴と慕う仲の良い人物と遊びに行く約束をしているのに、紅月はなかなか起きてこない。
 レオンは溜息を吐いた。
 乳白金の長髪に褐色の肌、長身という容姿が印象的な美男子が、パートナーの世話を甲斐甲斐しくする姿と言うのは、どことなくイケナイ想像をもたらすもの。
 寧ろ、レオンはそんなことを気に懸けたこともなかった。
 ただひたすらに、紅月が可愛くてしかたないのだ。
 昨日は随分と遅い時間まで部屋の明かりが点いていた。遅刻をしないようにとやって来たのだが、案の定、紅月は起きていなかった。薄い上掛けに包まって寝ている。
「おや…パジャマが。はぁ、着て寝なかったんですね」
 レオンは呟いた。
 机の上には畳まれたパジャマが置いてあった。
 暑いと言っていたのを思い出したのだ。
 夏風邪をひかなければいいと思いつつ、レオンは紅月に近付いた。
 ベッドの端に腰を掛け、紅月の寝顔を覗き込もうとし…レオンは硬直した。

「……え?」

 布団を被った紅月の頭に、変なものがある。
 何だろうとレオンは更に顔を近付けた。

「えぇ!?」

 それは――犬耳。

 思わず硬直。
 つるりとした光沢の艶やかな毛に覆われた、ダークチョコレート色の犬耳。
 垂れた耳が、紅月の黒髪の隙間から生えていた。
 レオンはそっと指で髪を掻き分けて、根元を確認する。しっかりと根元から生えていた。が、接合部分がどうなってるかを見るのが少し怖い。ようよう覗いてみると、獣人と同じような生え方だった。
 気を取り直してじっと見つめ、耳の内側の薄い桃色の地肌を見た。とても生々しい。指先でつまむと、時々ピクピクと動くし、本物だ。
 レオンは再び溜息を吐いた。
 もしやと思い、レオンは上掛けに手をかけた。そっと端をめくると、紅月の背中が見えた。風呂上りの後、シャツと下着だけで寝てしまったらしく、ズボンは穿いていない。シャツの裾を捲ると尻尾が見た。
 ふさふさとした尻尾は下着からはみ出して、覆っていたであろうそれを押し下げていた。接合部分はと言えば、無論、仙骨の辺りだ。妙にエロいその光景に、レオンは釘付けになっていた。
 惚れた相手の姿態を注視するなと言うほうが無理だ。

 (わ、私の可愛い紅月が……)

「あ、なんか……腰が…変ですねぇ」

(丸みを帯びてる気がしますが?)

 などと思っていると、紅月が寝返りを打った。
「ぅ、う〜ん……」
 布団を蹴飛ばして寝返りをうった紅月は、くるりとレオンの方を向く。
 その姿にレオンの思考は停止状態。

 (お、おんな…の…こ?)

 短いはずの黒髪は長くなり、ベッドに広がっている。白い首は細くなり、肩も細く儚い感じさえする。
 閉じた瞼には長い睫。薄く開いた唇はほんのりと赤みが増していた。
 そして…
 捲れ、肌蹴かけたシャツからぽろりと零れるのは、間違うことなき白い豊かな乳房。
「か、可愛い…」
 日に何度も囁く言葉を、レオンはしみじみと呟いた。
 あぁ、何度呟いても良いものだ。心の奥がじんわりと温かくなる。
 起きている時の紅月は、照れると殴る、怒っても殴る始末。ついつい構いたくなってレオンが何か言う度に、紅月は顔を真っ赤にして殴ってくるのだ。
 拳法を習っている紅月の拳はとてつもなく痛いのだが、拗ねたり、照れたりする顔が見たくて、レオンは性懲りもなくちょっかいを出してしまうのである。
 今は眠っていて、じっくりと眺める絶好のチャンス☆
 レオンは堪能した。

 (さすが女の子。どこもかしこも細いですね。抱きしめたくなります)

 紅月が起きないのをいいことに、レオンはやさしく抱きしめてみたりする。腕の中にすっぽりと納まるサイズと言うのも、なかなか良いものだ。
 紅月は良い夢を見ているのか、起きもせずに、なすがまま抱きしめられていた。
 幸せな休日の朝。
 レオンはずっとしてみたかったことをすることにした。それは『手を触る』こと。
 ホストという接客営業のために、紅月は自分の手を大切にしていた。人に触れ、奉仕するためには、その手を大事にすることが重要だった。これが紅月にとって大切なものなのだ。
 関わりあいたい。触れたい。温めたい。奉仕したい。
 そのために、紅月は『手』を大事にしている。
 なのに、紅月はあまりレオンには触れない。その手が使われる時は、照れ隠しのパンチやビンタの時だけなのだ。それが寂しい。
 レオンはずっと触れて欲しかっただけなのに。
 そっと触れてみる。
 紅月の想いが詰まった、白い手。
 レオンは両手で包んでキスをした。
 だが、さすがにそこまでやると、紅月の方は違和感を感じ、ピクリと体を震わせる。
「ん〜、ぅ……ん…ル…ス…の兄、貴ぃ〜」
 紅月は寝言を言った。
 レオンは溜息を吐いた。
 誰の夢を見ているのか。自分ではないだろうことが悲しい。
 だが、その溜息が致命的だった。
 手にかかる吐息で、紅月は目を覚ましてしまったのだ。
「あ、しまった!」
「わぅ〜〜〜……な、に?」
 なんか息苦しいなとて思って紅月が目を覚ましたところ、レオンの顔が目の前にあった。
「ひッ!」
 紅月は慄いて身を引く。
「こ…紅月、おはよう…」
「う〜〜〜、わぅっ! どけよ!」
 紅月は無情にもレオンを蹴っ飛ばした。
「うわッ! パジャマ着てないっ! う゛ー、わぅッ! さては、なんかしようとしたな!」
「最初から着てませんよ!」
「うそ! …んー…わぅ?」
 体に違和感を感じ、紅月が体を起こしたところ、ぷるんと胸が揺れた。
「わぅ!!! 俺の体がァ!」
 ふにゃんと柔らかい胸を鷲掴みにして、紅月は抗議した。
「レオン…お前…まさか、魔法かなんか使ったな! 変態ッ! わぅッ!」
 そして、自分の語尾が変だと言うことに紅月は気が付いた。
「ぅー、わうッ!? う゛ー、う゛ー、わぅぅッ?? はぅぅ〜〜〜…わう!」
 感情が高ぶって、紅月は動転している。語尾どころか、言葉もおかしくなっていた。
「紅月、大丈夫ですか?」
「う゛ぅぅぅぅッ!! わん! わぉーーん! レオ…ン…わうっ…直せよぉ〜、わふん!」
「私は何もやっていません! それに、そんな魔法なんかできませんよ」
「はぅー、嘘つきだわんっ!」
「誤解ですーっ!」
「れお…ん…わぅぅッ! 信じてたのに…信じてたのにぃッ!!」
 言葉が直らなくて動転した紅月の瞳から涙が零れた。
「わうぅ〜〜…ひっく…ばかぁ…」
 レオンを突き飛ばすとベッドから立ち上がる。
 そして、振り向きもせず部屋を飛び出した。

「レオンの馬鹿…ばかぁ…わぅん…」
 涙を拭って小走りに廊下を行けば、ざわめくような声が聞こえてくる。
 階段の方からだ。
 何かを探すような人々の様子に首を傾げ、紅月は階段の下を見た。
 階段を上がりかけようとしていた生徒の一人が不意に紅月の方を…上を見る。

「いたぞーーーー!」

「え?」
 いたぞと言われて驚いた紅月は、涙に濡れたままの睫を瞬かせ、相手を見つめた。

「紅月が女になってる! ひゃっほー! マジすっげぇ…」

 時に、こういう生徒はいるものである。
 薔薇の学舎には上流階級の子息が多く集っているが、一般の生徒もいないわけではない。そして、一様にヒマな人間と言うものは、何か起こるとお祭りを始めるものだ。
「わぅ…どうしたらいいんだ」
 紅月はその場に凍りついた。
 自分の学校が男子校だということを今更ながらに思い出したのである。
 生徒の声を聞きつけて、他の生徒も集まってくる。
「トラブルに巻き込まれた生徒を面白がるなんて、君、下品だよ!」
「馬鹿言うなよ、ここは男子校だぜ」
 ローアングルからの眺めは格別と、そいつは紅月を見上げていた。犬耳と尻尾を生やした美女がシャツと下着姿で泣いていたら、お年頃の少年は無視なんか出来ないのはしかたがないことだろう。だが、好奇の目に晒された方はたまったものではない。
 紅月は自分の身を庇うようにシャツの襟をかき寄せた。
 騎士道精神に溢れた生徒の方は、見上げまいとしながら、はやし立てる生徒を諌めようとした。
「それでも騒ぐことじゃない! 可哀想だよ!」
「うるさいなぁ」
 二人が言い合いをはじめようとしたその時、二人の前に薔薇のマントを羽織った美青年が近付いてきた。
「何を騒いでいるのかな」
 そう言ってやってきた人物はイエニチェリのルドルフ・メンデルスゾーンだ。
 口の悪い生徒の方はルドルフの姿を見て、ビクッと反応した。
 紅月も驚いて、ますますその場から動けなくなる。
「ルドルフさん…」
「聞いてくださいっ! 彼はトラブルに巻き込まれた人間を面白がってるんです」
「まあ、そんなに声を荒げたりするものではないよ」
 ルドルフは階段の上を見上げた。そして、すぐに状況を理解すると、何事もなかったように視線を下げる。その間、ルドルフは声を一切発することはなかった。紅月への配慮である。
「わかった…」
 沈黙を破る声も静かだ。
 ルドルフは見上げることなく、紅月に言った。
「下に降りてきてくれるかな?」
「…は、い」
 ルドルフの落ち着いた様子に影響されたか、気持ちの高ぶりが少しはマシになった紅月は小さな声で言った。
 呼ばれて階下に降りると、紅月はルドルフの方へと歩いていく。
 ルドルフは溜息を吐いた。
 自分のマントを脱ぐと、紅月の肩にかけてやる。
「女の子はむやみに肌を見せるものじゃない」
「俺…おと、こ…」
 先輩で、イエニチェリのルドルフを見た途端、安心したのか、涙が零れた。
「それでも、今は女の子だ。見た目はね。君が男なのは知っているよ、校内で見かけるのだから。でも、シャツ一枚で歩き回った君も悪いのだよ? もっと、状況を把握したまえ」
「ごめん…なさい…。…っぅ…レオンがひどいことするんだ……」
「レオン? あぁ、パートナーだね? 彼が悪いということではないと思うが…この学舎は朝から奇妙なトラブルに巻き込まれていてね。君と同じように、性別が入れ替わり、獣の耳が生えてしまった生徒が何人か出ている。僕はそういう生徒を探していたんだ」
「俺と同じ?」
「そうだ。こちら側も一時的なものだと判断している。その間、学校を退去していてもらわなければならないだろう」
「退去…」
 このまま学校を追い出されるのではないかと言う恐怖に身が竦んで泣き出す、紅月。
 ルドルフは苦笑した。
「大丈夫だ。一時退去と言っただろう? 我が学舎が、すぐに生徒を捨てたりすることはけっしてない。これはただの悪戯だ。すぐに元に戻る。でも、今はここに居てもらうわけにはいかない」
 他にも同じような人がいるからと慰めるルドルフだが、規則は規則ということで、紅月に一時退去を命じるのだった。