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第五章 肥料と正座と作戦終了


「むぅ、困ってしまいましたな」
 腕を組み、セオボルト・フィッツジェラルド(せおぼると・ふぃっつじぇらるど)は唸る。
 彼の手には、つい最近試験品が完成した巨大作物生育剤がある。これを、倉庫の中に設置して実験するというのが、彼の目的だった。
 しかし、この事を董琳に相談したら、物凄い速さで否定された。
「せっかく世界の食糧危機に対応するために作ったこの肥料を、このまま他の魔道具と共にしまってしまうのは忍びないのですが……」
 作物を巨大化させる肥料は、もしかしたら今回の事件の原因かもしれない。いや、実際にはまだ倉庫に入れていなかったので、原因であるのはありえないのだが、その名前の響きであったり、効用であったりで誤解される恐れがある。
 そうなると、この研究は禁止にされるかもしれない。このサンプルも、処分されるかもしれない。それは大変困る。
「せめて、今回の試薬品が本当に効果があるのか、実験だけでもできれば……」
 効果が無ければ誤解を解けるし、効果があるならばそのデータからのちのち同じものを作ることはできるだろう。効果の真偽がわからないまま処分されるのが、最も恐ろしい。
 腕を組みながら、せめてもう一度教官と話をしてみようか、と董琳教官が運ばれていった保健室へと足を向けた。
 その途中で、やんややんやと議論している一団を見かけた。
 ルカルカ達である。なんとなく話を聞いてみると、どうやら事件に関して色々と考察をしている様子だった。
「ちょっといいですかな」
 閃いたセオボルドは、彼らに声をかけた。
「どうやら、今回の事件のことを調べているご様子なので、自分が見つけたこの肥料のようなものもお渡ししたいのです。原因かどうかはわかりませんが、もしかしたらも考えられますからな」



「大体ですね、あなたは教官なのでしょう。それが、あんな情けない姿を見せてどういうことなんですの? 挙句の果てに気絶するなんて、わたくし達は生徒達の見本であるべきであるというのに、わかっていらっしゃるのですか!」
「はい、申し訳ありません」
「誰にしても、苦手なものや嫌いなものはあります。それは仕方のない事でもあります。だとしても、いえ、だからこそですわ。見本であるべきわたくし達は、凛としていなければなりませんの。例えどんな事があろうと、だというのに―――」
 保健室では、鈴による説教が続いていた。
 相手はもちろん、董琳である。硬い床に正座をして、じっとお説教を聞いている。
 中に入るのを拒んだり、中に入ってから特に何もしていなかったり、挙句の果てに最後は気絶して保健室に運ばれてしまった身である彼女には、反論の余地は微塵も残っていなかった。
 説教はしばらく終わりそうに無い。



 インスミールの森。
「私が案内できるのはここまでです。ここは決して楽園と呼べるような場所ではありませんが、恐らく人の手で駆除されるという心配は無いと思います。それでは」
 ジーナが手を振ると、ゴキブリ達はそれぞれ好きな方向に向かって走り出した。
 一人になると、ジーナは大きく息を吐いた。ずっと感じていた緊張が、ほぐれていく感覚が少しだけ気持ちいい。
「あとは、みんなの力次第ですよ」
 既にそこには居ないゴキブリ達にエールを送る。
「教導団のみなさんごめんなさい。本当にごめんなさい」
 教導団のある方に向き直り、ジーナは深く頭を下げた。
 しばらく頭を下げ続けた。
 顔をあげて、一息つき自分の学校に戻ろうとジーナが来た道に背を向けた時に、ふと彼女は思い出したようにこう呟いた。
「ジュゲムさん達は、大丈夫だったのでしょうか?」



 それは、激しい戦いだった。
 語られることはなく、やがて事件の収束と共にその戦いは誰の記憶からも消えてしまうだろう。
「へへ……さすがに、死ぬと思ったぜ」
 ジュゲムは、ふらふらとした足取りで大荒野を進んでいた。
「だが、オレは勝った! 生きている! フフフ、ハーッハッハッハッハッハ!」



 こうして一部の人々にはすごく単調な、そしてごく一部の人々には激動のような危険物倉庫のゴキブリ駆除作戦は終了した。
 巨大昆虫がありふれたものであるインスミールの森では、新種のゴキブリも大した話題にのぼることはなかった。しぶとい彼らの事だから、きっと生き延びているだろう。
 今回の作戦の舞台となった危険物倉庫は、近々大規模な改装が行われることになった。巨大な害虫が動き回ったせいで棚などが壊れ、またカビが空調内部に入り込んでいたりと甚大な被害が出ているらしく、一つ一つ修繕していくくらいならいっそまとめてやってしまえ、という事らしい。
 なお、当然のことではあるが、ゴキブリやダニの死骸のほとんどはその日のうちに焼却処分されている。残っているのは、生徒が自主的に研究目的で回収したサンプル程度である。食堂でおいしいと評判のから揚げ定食は全く今回の作戦とは微塵も関係していない。

 余談ではあるが、最近董琳はペットを飼い始めたらしい。そのペットとは、多くの人の予想に違わず、ゴキブリである。今回の作戦での自分のふがいなさを反省し、今後似たような作戦であっても毅然と対応できるように、との理由があるのだそうだ。最近では、夜中の物音が気になってなかなか寝付けず、困っているのだそうだ。


担当マスターより

▼担当マスター

野田内 廻

▼マスターコメント

 はじめましての人も、またお会いしましたねの人も野田内廻です。よろしくお願いします。
 というわけで、今回の作戦はこのような形になりました。お楽しみいただけましたでしょうか。

 個人的には、ゴキブリとか大変苦手なので、色々と大変でした。
 ちょっと調べようと思って、ゴキブリで検索して見たサイトのトップにでかでかと貼られた写真を見てしまいまして……写真はもっと小さいものを貼るべきだと思うんだ。
 うん、本当に一瞬気が遠くなりました。
 検索してはいけない単語に入れるべきですね、ごきぶり、と。
 まだ鮮明に記憶に残っているので、夢に出ないといいなぁと思いつつ今日はこの辺りで。

 それでは、また機会がありましたらよろしくお願いします。
 ではでは