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『グラン・グリモア』
 
 
「ほう、読書会と聞いていたのだが、これはまた珍しいものが……」
 書見台の上におかれた真紅の水晶玉を見て、湖の騎士ランスロットはちょっと小首をかしげた。何やら、奇妙な懐かしさを感じる。
「私の本体は、マーリン殿の血と記憶から作られた記憶結晶です」
「なんと、マーリン殿の! 他人の記憶をのぞき見るは趣味のいいこととは言えぬが、懐かしきキャメロット時代の記憶を少し見せてはもらえぬか」
 グラン・グリモア・アンブロジウス(ぐらんぐりもあ・あんぶろじうす)の言葉に、湖の騎士ランスロットは少し遠慮がちに申し出た。
「どうぞ。お手をお翳しください。結晶に触れて、見たい記憶を思い浮かべていただければ、視界その物が変化いたします」
「うむ」
 グラン・グリモア・アンブロジウスに言われた通りに、湖の騎士ランスロットは結晶に手を翳してみた。
 懐かしき、キャメロットの森が、城が、円卓が、騎士たちが、閉じた目に鮮やかに甦る。ただ残念だったのは、マーリンの記憶なので、母国の風景は臨めなかったということだろうか。
「次は、わたくしがよろしいでしょうか」
「ああっ、申し訳ない。どうぞ、麗しき貴婦人よ」
 讃岐 赫映(さぬき・かぐや)に声をかけられた湖の騎士ランスロットは、すっと身を退いて軽く礼をとった。
「では、読ませていただきますわ」
 結晶に手を翳す讃岐赫映を見て、湖の騎士ランスロットは、美しいキャメロットの風景が多くの人の目に伝わればと思う。
 少し読書会のスペースから離れると、何やら図書室の入り口辺りでもめている者たちがいた。
「だから、俺がマーリン・アンブロジウス(まーりん・あんぶろじうす)本人だと言っているだろう。俺の物を取り返して何が悪い」
「どうどうどう。図書室ではおとなしくしましょうね」
 中に押し入って、自分の記憶から作られた魔道書を奪還しようとするマーリン・アンブロジウスを、沢渡 真言(さわたり・まこと)が必死に押し返している。
「何、マーリン殿だと!?」
 懐かしい名前を聞いて、湖の騎士ランスロットが駆け寄ってきた。
「うわ、なんだお前は! ランスロットだと!?」
 いきなりだきすくめられたマーリン・アンブロジウスは、湖の騎士ランスロットの名を聞いて目を白黒させた。
「ちょうどいい。そのまま連れていってくれませんか」
「なんだと、真言、突然何を言いだす。ああ、こうしている間にも、俺のあんなことやあんなことやあんなことが……」
 沢渡真言に言い返しながらも、マーリン・アンブロジウスは新たに自分の記憶の結晶をのぞき見しだした日堂 真宵(にちどう・まよい)の気配を感じとって頭をかかえて悶えだした。
「あんなことやあんなことか。積もる話もあるということですな。よろしい、どこかゆっくりできる所で久々に語り合うとしましょう」
「馬鹿、そういう意味じゃない。こら、は、放せ〜!!」
 騒ぐマーリン・アンブロジウスを、湖の騎士ランスロットは軽々と小脇にかかえて行ってしまった。
「ふう、助かりました」
 その姿を見送ってから、沢渡真言はほっと安堵の息をついた。
 
    ★    ★    ★
 
「何よ、これ……。あのドルイドにして大魔法使いのマーリン関係だと期待して読んでみたら。な、何よ! やだこれ赤裸々体験記じゃないっ! 湖の妖精とののろけしかないじゃない。挙げ句の果てに欺されて……」
 結晶を握り粒さんほどに強く握りしめた日堂真宵が、あわてたグラン・グリモア・アンブロジウスに取り押さえられていた。
「やめてください、やめてっ」
「やっぱり、ここは古魔道書処分市なんだわ、こんな物が展示されているなんて。これは、ぜひ、わたくしの魔道書もきっちりと処分しなくちゃ。テスタメントは、どこに行ったのかしら……」
 しがみつくグラン・グリモア・アンブロジウスをふりほどくと、日堂真宵はパートナーを捜しに行った。
 
 
『静かな秘め事』
 
 
「うん、やっぱり私と同じ匂いがすると思ったけれど、それって間違いじゃなかった」
 悠久ノ カナタ(とわの・かなた)があっさりと読み終わった『静かな秘め事』を受け取り、つい今し方読み終えたばかりのヴァレリア・ミスティアーノ(う゛ぁれりあ・みすてぃあーの)が、満足そうに言った。
「ねえ、早く回してほしいんだもん」
 目をキラキラと言うよりはギラギラとさせて、茅野菫がヴァレリア・ミスティアーノを急かした。
「はい、どうぞ」
「こ、これは……」
 手渡された同人誌を丁寧に開いた茅野菫は、食い入るような目でそれを読み始めた。
「へえ、女将の魔道書もエントリーしていたんだ。って、同人誌なのか!?」
「はい。そうなのです。百合園女学院を舞台とした、あんなことやそんなことやこーんなことを赤裸々に綴った問題作なのですわ」
 自分の本体のそばに立った同人誌 静かな秘め事(どうじんし・しずかなひめごと)が、ちょっと自慢げに如月 正悟(きさらぎ・しょうご)に言った。とりあえず、嬉しそうにストーリーの概略を説明していく。
「おや、靜香じゃない、なんでこんな所にいるのよ」
「あっ、か、母様……」
 ふらりとやってきた宇都宮祥子を見て、同人誌静かな秘め事が焦った。今回のエントリーは、パートナーである宇都宮祥子には内緒だったのだ。
「あ、お久しぶり」
「正悟までいるの?」
「せっかくだから読ませてもらってもいいかな?」
「何をよ……!」
 如月正悟に言われて、宇都宮祥子は、初めて『静かな秘め事』が読書会にエントリーされていることに気づいた。
 お腹いっぱいですという感じでとろんとした目をして堪能し尽くした茅野菫から、今は『ブラックボックス』 アンノーン(ぶらっくぼっくす・あんのーん)の手に渡っている。
「ちょっと、何を勝手な……」
「そうだ、女将、待っている間にスケブの方、お願いします。校長室で、主人公の男の娘同士の絡みのシーンで」
「いや、今は、そういう問題じゃなくて……」
 思わずスケブを突きつけられた宇都宮祥子は、文句を言いながらもアルコールマーカーを取り出してリクエストのシーンを書き始めた。もう身体が自然と反応してしまう、同人絵師の悲しい性であった。
「はい、次はあなたの番なのだよ」
 なんだかよく意味の分からないまま『静かな秘め事』を読み終えた『ブラックボックス』アンノーンが、本をそばにいたエリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)に手渡した。
「はわ……、あ、ありがとうなの」
 突然のことにちょっと驚きながらも、せっかくだからとエリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァが手渡された『静かな秘め事』に目を通してみる。
「うゅ……、こっ、これは……」
「どうしたのだ? この本がどうかしたのかな。まあ、何やら異様なオーラを放ってはいたが」
 突然顔を真っ赤に染めたエリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァを見て、『ブラックボックス』アンノーンが不思議そうに訊ねた。
「ふゅゅん、これは、♂が×で、ねこたちがあれで、何してちょめなのー」
 耳たぶまで真っ赤にしながら、エリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァが『ブラックボックス』アンノーンに説明してくれたが、はっきり言って意味不明だった。
「にゅう、ネーネ!!」
 『ブラックボックス』アンノーンに『静かな秘め事』を押しつけると、エリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァが逃げるようにしてその場を去っていった。
「やれやれ、やっと番が回ってきたかな」
 呆然としている『ブラックボックス』アンノーンの手から、如月正悟が『静かな秘め事』をひょいと取りあげた。
「お楽しみだったかな?」
 意味ありげに聞かれて、『ブラックボックス』アンノーンが本当に困った顔をする。
「どういう意味であるのかな……?」
「おやおや」
 如月正悟は、『ブラックボックス』アンノーンの耳許に口を寄せると、『静かな秘め事』の概要をささやいた。みるみるうちに、『ブラックボックス』アンノーンの顔が真っ赤になっていく。
「修正を要求する。い、今のはなかったことに!! 自分は、この本は読んでないのだ」
 あわてて『ブラックボックス』アンノーンは叫んだが、すでに後の祭りであった。