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十五夜お月さま。

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十五夜お月さま。
十五夜お月さま。 十五夜お月さま。 十五夜お月さま。

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第四章

 
 夏祭りの時、花火を見上げたあの場所ならば。
 月も綺麗に見えるのではないか。
 そう思った崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)は、親しい友人に連絡を取った。
 けれど、泉 美緒だけは別。
「お、お姉様?」
「迎えに来たわ。お月見しましょ」
 直接迎えに行って、一足先に小高い丘へと。

 繋いだ手。絡めた指から、美緒の体温が伝わる。
「お姉様、どこまで?」
「花火を見た場所よ。あそこなら月も綺麗に見えるでしょう」
「ああ……十五夜、ですものね、今日」
 他愛のない話をしながら、丘まで到着。前もって敷いてあったシートの上に、腰を下ろす。
 手を繋いだままの美緒も、亜璃珠の隣に座って。
 その動作だけで、ぶるん、と揺れる、大きな胸。同性なのに、気になってしまうその存在感。
「……美緒」
「はい?」
「どこをどうすれば、こんな体型になるの?」
 ぷにぷに、胸をつつきながら尋ねると、「ぁん、きゃ、はっ」と擽ったそうに美緒は笑った。
「私もそれなりにスタイルには自身あるけど、流石にここまではね……」
 言いつつさらに、脇腹もぷにり。太っているわけではない。けれど、女の子らしい柔らかさを感じる。
「ウエストとか体重とか気にならないの?」
「ん、ふ。この胸は、遺伝なんです。泉家は、代々巨乳の家系のようで。母も、巨乳なんです」
 美緒と、美緒の母親。二人並んだ姿を想像しようとして、……やめた。
「一応、他の人よりも大きいという自覚はありますわ。ですので、ウエイトコントロールも日常生活の一部。スタイルや体重は、普段から自制していますから気になりませんわ。
 ところでお姉様……お月見は、二人きりなのですか?」
 答えてから、辺りを見渡し美緒は言った。
 そう、まだ、ここには誰も居ない。
 連絡した時間よりも、いくらか早いから。
「話したいことがあってね。……美緒と、二人で」
 言葉に美緒が身構えたのを、繋いだ指から感じる。
「美緒。私にばっかりくっついているのは、よくないわ」
「……え。……あ、の。ご迷惑……でしたか?」
 不安げな瞳と、声音。
 それに対して、亜璃珠は頭を振った。
「違うの。お姉様としては、たくさんの人と触れ合って、それから成長してほしいのよ」
 意図を、理解してもらえるだろうか。
 嫌いじゃない。ついてこられて、迷惑でもない。
 むしろ嬉しいし、愛おしい。
 だけど、それだけじゃだめだから、
「幸い、私の周りにはよく出来た先輩方がいるし、ね。今はただの箱入り娘さんでも、あなたはきっと強くなれる」
「……そんな、わたくしは……」
「夏祭りの日に私がした質問の答え。覚えてる?」

――巻き込まれたとしても、百合園女学院の生徒としての誇りを失わず、胸を張って行動したいですわ。

「あの答えを聞いて、そう思ったの。
 だから美緒、あなたはもっと、色々な人と関わりなさい」
「……はい、お姉様。お姉様の言いつけどおり、わたくし、強くなります」
 顔を上げた美緒の瞳は、先程の不安など欠片もなくて。
 ただ強い意志だけが。
 そして話が終わる、その頃に。
 声が、聞こえてきた。


*...***...*


「お嬢様、紅茶が入りました」
 亜璃珠の執事である、鈴木 グラハム(すずき・ぐらはむ)が紅茶を亜璃珠に差し出す。香りを抑えたアールグレイに、焼き菓子を添えて。それが亜璃珠の好みであることは、執事である自分はよく知っている。
「和菓子には緑茶の方が都合がよいでしょうから、用意してありますが。美緒様はいかがいたしますか?」
「では、わたくしはお団子をいただきたいので緑茶を」
「かしこまりました」
 茶葉のブレンドには、自信がある。
 紅茶でも、緑茶でも。
 タシガンで慣らしたものだ。
 スキルと、知識と、実際にやってみた経験。
 合わされば、素晴らしいものになる。
「どうぞ、お嬢様方。グラハム・スペシャルでございます」


*...***...*


 グラハムの入れたお茶を飲みながら、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は美緒の胸を見た。
 確かに、けしからん。
 けしからん胸だ。
「私が男だったら放っておかないわね……」
 思わず呟くと、きょとん、とした瞳を向けてくる。
 ああ、何も分かっていなさそうな、愛くるしい瞳。庇護欲を掻き立てられる、その表情、仕草。
「お姉様、このお団子、とても美味しいです」
 その上ぽえーっとしていて、天然だともいう。
「これは……亜璃珠やパートナーのラナがしっかりしないと危ないわね」
「?? お姉様?」
「ああ、なんでもないのよ。あんころ餅もおあがりなさい。自分で言うのもなんだけれど、なかなかの出来よ。それとも、あーん、してあげましょうか?」
「え、えぇっ!」
 頬を赤くして、ああ、可愛い。
 ただ同時に、本当にこの子は危ないと思う。同性なのに、きゅんとしてしまうのだもの。
 なので矛先を変えることにする。
「ほら、亜璃珠。あーん」
 みたらし団子を取って、亜璃珠へと伸ばすけれど。
「もうそれなりに食べたわ。それに、私は団子より花なの」
「本音は?」
「体型維持の為」
「亜璃珠はね〜お腹を気にするくらいなら運動しなさーい。……そうだ、美緒、亜璃珠に食べさせてあげなさいよ。あーんってして。亜璃珠も、可愛い妹の勧めを断ったりしないわよね?」
 にこり、意地悪く笑う。
 亜璃珠が「ちょっと、ズルいわよ」と睨んでくるけど気にしない。美緒が赤い顔で戸惑うのは可愛いから眼福。
 そうやって、祥子と美緒で亜璃珠ににじり寄っていると。
「あの。私も、頑張って作って来ました。色々、お団子を」
 ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)の、ちょっと恥ずかしそうな、控えめな声。
 固まった。祥子も亜璃珠も、固まった。
「砂糖に黄粉にみたらしにヨモギに……」
 色とりどりの、お団子。
 形はいい。つるんと丸くて、一口で頬張れそうなサイズ。
 色もいい。美味しそうな色なのだ。食欲をそそるような、色なのだ。
 だけどなぜだろう、生存本能が食べる事を拒否するような、何か禍々しいオーラを感じるのは。
「ロ、ザリンド。……お団子、よね」
「はい、お団子です。頑張りました」
 祥子の問いに、にぱー、と笑んで、ロザリンド。
「お姉様、美味しそうですね」
 美緒の言葉に、嬉しそうにはにかんで。
 祥子は亜璃珠を引っ張って、少しだけロザリンドから離れた。
「……ちょっと、亜璃珠」
「……なによ」
「ロザリンドの頑張りは認めるわよね?」
「……認めるけど」
「だから、残さないわ。残したらいけない」
「……ふ、お姉様として、当然でしょう」
 さすがね。
 意味もなく握手をして、ロザリンドの作ったお団子に手をかけた。
 味は、……なんとも言い難かった。


*...***...*


 ロザリンドの天然爆撃から逃れた美緒は。
「……あのぅ、ロザリンドお姉様。どうしてそんな、ぷにぷにと……ひゃぅ」
「うーん。美緒さんも、亜璃珠さんも、何を食べたらこのようになるのでしょうか?」
 ロザリンドに胸を突かれて、鳴いていた。
「ひぅ、何を、も、なにも。あぅ、家系なんです、わ。やん、だから、もぅ……っ」
「うーん、もう少し詳しく教えてください」
「ひゃぁんっ」
 つんつん、ぷにぷに。たまにむにっ。
 そうしていると、「こら、ロザリンド」亜璃珠が割って入った。
「あまり鳴かせないの」
「亜璃珠さんにもお尋ねしたかったんです。どうすればこうなりますか?」
「ぁんっ、ちょ、いきなり何揉んで……!」
 介入も無意味に、もにゅっ。
 柔らかさに、むぅっとなった。
「……わ、私も負けないのですから!」
「も、揉みながら言わないで!」


*...***...*


「普通のお団子じゃ面白くないから、コレを作ってきたぜ!」
 魔法少女マジカルみゅーみゅーと化したミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)が、どーんと差し出したのは、
「これは……タコヤキ!?」
「大きさも形も似ている。これはもはや、お団子の亜種と言っても過言ではないぜ」
「いいえ、過言よ?」
「さーて、火術火術、あっためてアツアツで提供だぜっ♪」
 祥子や亜璃珠の声を軽くスルーして、ミューレリアはぼっ、と火を灯し、タコヤキを温める。
 味に自信は、ある。
 料理が下手だった私は過去の私。今は、スキルが――みらくるレシピがあるのだから!
「さぁ! 召し上がれなんだぜ!」
 美緒やラナ・リゼットにずずいと差し出すと、食べてもらえた。反応を、待つ。
「……美味しいですわ!」
「ええ。外側はかりかり、中はふわふわとろりで……」
 称賛の言葉に、思わず万歳。自信があっても、不安がなくても、やはり褒められると違う。
「あ、こっちはデビルフィッシュが嫌いな人用に作ったものなんだぜ! チーズを核にしてるから、食べられるだろ?」
「それは、もはやたこ焼きではありませんね……」
 ロザリンドが苦笑する。苦笑しつつも、箸はチーズタコヤキに伸びていた。
「ん? じゃあ、チーズ焼き? まぁ、いーよな!」
「はい、いいです。だってミューレリアさんのタコヤキ、美味しいですし。うーん、レシピを教えて頂けませんか?」
「ふっふっふ。企業秘密と言いたいところだが、ロザリンドにならこっそりと教えてやってもいいんだぜ!」
「本当ですか!」
「また後日一緒に料理作ろうぜ♪ 今日はタコヤキや団子食って、お月見するんだぜー」
 見上げた月は、丸く輝いている。


*...***...*


「そっかー、お団子作ろうって発案したのはミューちゃんだったのかー」
 地元である北海道のきび団子を作って持って行ったら、「こっちのと違う!」「でも美味しいわよ」「歩さん、作り方教えて頂けませんか?」などという評価を受けた七瀬 歩(ななせ・あゆむ)が、月を見上げながら隣に座るミューレリアに話しかける。
「日本人じゃないミューちゃんが知ってたってことは、結構みんな知ってるのかな。
 お団子は、お月さまで兎さんが餅つきして作ってるんだよー」
「それは知らなかったぜ? 月に兎が住んでるのか?」
「うーん、よくわかんない」
「なんだそりゃ、あはは」
 笑って、月を見て、団子を食べて。
 グラハムが淹れた緑茶を飲み、ロザリンドにレシピを伝授していたら。
「これで上手に作れるでしょうか……」
 ぽつり、少し悲しそうな呟き。
「え? リンさんって料理苦手でしたっけ?」
「そんなつもりはなかったんですけど……」
 ロザリンドが、ちらりと祥子を見遣る。
 ロザリンドお手製団子を食べた祥子は、心なしか顔色が悪かった。メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)に介抱されている。
「だから、今度こそは美味しいお団子を作って皆様に振る舞おうと思ったんです」
 祥子を見ながら、ロザリンドが拳を握りしめたのを見て、その手をきゅっと握った。
「うん、その気持ちがあれば、きっと美味しいものが作れるよ! あたしも応援する!」
「歩さん……!」
 友情を育みつつ。
「歩お姉様」
「あ。校門でよく見かける、」
「泉美緒です。お団子、とても美味しかったです。ご馳走様です」
「わざわざ挨拶に? えっと、美味しかったなら嬉しいなっ。まだいっぱいあるから、食べていってね!」
「はい!」
 笑顔の美緒に、笑顔で返す。明るくて、話していて気持ちの良い相手だ。あと、胸が大きい。
「……ねぇねぇ、何を食べればそんなに大きくなるの?」
「わたくしのこれは、家系なんです」
「そっかぁ……」
 家系じゃ、どうしようもない。
「いや別に悩んでるわけじゃないけどね!?」
「?」
「や、あはは。なんでもないよ。ところで亜璃珠さん、お団子あんまり食べてないよね。具合でも悪いのかなぁ?」
 グラハムに淹れてもらった紅茶を飲んで、一人静かに月を見ている亜璃珠。
 ふと、彼女の隣に重箱があることに気付いた。
「来られなかった子へ、お土産にするんですって」
「なるほど。良いなぁそれ。あたしもいくつか持って行こうっと」
 決めて、お団子を丁寧に梱包し直す。
 ふと、月を見て。
 まんまるで、大きくて、お月さまをバックに写真を撮ったら。
 いい思い出やお土産になるんじゃないかなー、なんて思って。
 いつ言いだそうかな、と今からわくわく。


*...***...*


「メイベル、見て回ったけど変な人はいなかったよ」
 大輪の花火を散らしたピンクの浴衣を纏ったセシリア・ライト(せしりあ・らいと)の報告に、メイベルはへらり、ゆるい笑みを返した。
「良かったですぅ。今日は、不純な動機を持った方はいないみたいですねぇ」
 ロザリンドのお団子を残さずに食べたことにより、食べ過ぎで多少気分を悪くした祥子を介抱するため場所を動けなくなったので、セシリアに見回りを頼んだのだ。
 いまここに居るのは、ほとんどが女の子。
 しかも、百合園女学院新入生の中でも、ある意味注目株の泉美緒とラナ・リゼットが居て。
 美緒は、他校の生徒からも一番注目されていそうだし、変な人にまで目をつけられているのではないかと、心配になって来てみたのだ。
「無防備すぎますものねぇ」
「そうだよね」
 七瀬歩と話す美緒は、年相応の少女らしく笑っていた。無邪気に無防備に、にこにこと。
「心配になってしまうのですぅ。……異性だけじゃなくて、同性とかからも」
「あはは……」
 とはいえ、そんなことばかりに神経をとがらせ続けるのも、この月に失礼だ。
 なにせ、大きくて丸い、普段より一層輝く月の夜なのだ。
「皆で仲良く、楽しみたいものですぅ」
 中秋の名月を眺めながら。
 仲睦まじく笑う友を見て。
 その輪に入り、のんびりとして。
「いろいろ、話したりもしたいですねぇ。歌のこととか、料理のこととか。美緒さんにも、お聞きしたいことが山ほどですぅ」


*...***...*


 見回りに出ることになったセシリアの代わりに、ススキを花瓶に活けて三方の上に月見団子を乗せるセッティングをしていたステラ・クリフトン(すてら・くりふとん)が、「できましたね」満足そうに、微笑む。
「ステラ様、お疲れ様ですわ」
 丁度その時、フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が通りかかり声をかけて来た。
「フィリッパさん」
「見事に活けられて……綺麗ですわね」
「ありがとうございます。折角のお月見ですし、頑張ってみたんです」
 性格の几帳面さが如実に表れている。バランス良く飾られ、左右対称。一分のブレもない。
「お茶……は、グラハムさんが淹れてくれているようですね」
 亜璃珠の執事の鈴木グラハムが、先程から茶を入れ団子を運び、せわしなく動いていた。
「でしたら、わたくしたちもお月見を楽しみましょう? セシリア様の作ってきた月餅もありますし」
 フィリッパの提案に、ステラは頷いて立ち上がる。
 自分だって、準備しているのだ。
「私、甘いものばかりでは塩辛い物も欲しくなると思って。醤油煎餅や、たまり醤油につけた濡れ煎餅なども持ってきているのです。一緒に配って回りましょう」
 メイベルやセシリア、フィリッパと揃いの浴衣の裾を、ほんの少しだけ秋の風に揺らしながら。
 月餅と煎餅を入れた箱を持って、配り歩く。


*...***...*


「西洋にはお月見というものがありませんの。あちらでの月は、どちらかと言うと狂気をもたらすものと考えられていますから」
 月餅を食べる美緒に、フィリッパは話しかける。
「ですが、メイベル様のパートナーになって、百合園に来て……日本の風習にも慣れてきましたわ」
「お月さまを見て、お団子を食べたり……ですか?」
「はい。お祭などにも、参加させていただきましたね。花火、ですか? 夜空に咲く」
「綺麗ですよね」
「ええ、とても」
 少し前に見た、夏祭りでの花火を思い返して唇がほころぶ。
 美緒も、花火を見たのだろうか。そしてそれを思い返しているのだろうか。同じように笑っていた。
「フィリッパお姉様。お月さまのお話、もうしてくださらないの?」
「月の話ですの? そうですわね……日本や中国では、月に対して親しみを抱いているようですが、こういった風習があるのも興味深いと思いますの」
「興味深い?」
「ええ。先程歩様も言っておられましたが、月に兎が済むと言う伝承。愛らしさを感じますわ。
 こういった文化の違いも、地球だけでもありますのに。地球とシャンバラの人々の間にも当然ありますから――」
 大変なものだ、と思う。
 思うだけだけれど。
「でもそんな違いは簡単に飛び越えられるもの。
 今、皆でこうして楽しんでいます。そうでしょう?
 ……なんだか、お月さまの話からかけ離れてしまいましたね」
 望まれた話と違うことを話したけれど、美緒は感激したような瞳でこちらを見上げていて。
 それから、強く月を見て。
「はい。この月の下で、みんなが、楽しんでいる。それが、今ですよね?」
「ええ」
 頷いたところで。
「みんなー! お月さまをバックに、写真撮ろうよー!」
 歩の提案する、声。
 素敵な素敵な、提案の声。


*...***...*


 月を背後に写真を撮って。
 もう遅いから別れようか。
 そんな話をする時間。
 ロザリンドは思う。
 色々なことがあったこと。
 世界が大きく変わっていること。
 今も、変わらず動いていること。
 だけど。
 だけど、自分達の友情が変わらないこと。
「祥子さん」
「どうしたの、ロザリンド」
「私達は、東西別々になってしまいますが――来年もまた、ここで一緒に月を見る事が、できますよね?」
「……、ええ。できるわよ。そうだ、不安ならお月さまにお祈りしましょう」
 これだけ大きな月だもの。
 一つくらい、お願い事を叶えてくれるわよ。
 そう微笑む祥子と一緒に、指を組んで、目を閉じて。
 どうかお月さま、お願いします。
 来年も、私達が、一緒に、この月を見られますように。


*...***...*


「すみませんでしたッ!」
 帰り道。
 美緒がラナと二人だけになった時間。
 突然、そう声をかけられて、驚いて足を止める。
 振り返った先に居たのは、如月 正悟(きさらぎ・しょうご)だった。
 思い出されるのは、ろくりんピックでの――胸を鷲掴みされた、こと。
「わ、ぁっ」
 なので、思わず変な声が出て、ラナの後ろに隠れてしまった。
 ラナはそんな美緒をかばって、静かに前に立ったまま。
「あー。あー……の。何も変なことをしないと、この見事に巨大なお月さまに誓うから、少しだけ話をさせてもらえないかな」
 正悟のその言葉に、「……話、ですか」胡散臭そうな声音を隠せないまま、美緒は問う。
「そう、話」
 真っ直ぐ美緒を見据える目が、真剣だったから。
「……ちょっとだけなら、構いませんわ」
 そう、答えた。

 持ってきた御座を引いて、正悟はそこに座り込む。「座る?」と促すと、少し距離を開けて美緒が隣に座った。ラナは立ったままだ。
「改めて、申し訳なかった。テレビ中継のある場所で、あんな事故を起こして……」
 謝罪の意を込め、買ってきたお茶と団子を渡す。
 ……受け取りはしてくれたけれど、手をつけようとはしない。警戒されているのか、お月見帰りですでに満腹なのか。
 まぁ、どちらでもいい。今こうして、付き合ってもらえているだけ僥倖だ。
「……事故、ですよね?」
「事故、です」
 受け答えしながら、その手に握ってしまった感触を思い出す。
 弾力がありながら、至上の柔らかさを併せ持った――……
「って! 違うから!」
 煩悩を振り払うように、頭を振ったら。
「……ぷ、くす」
 美緒に、笑われた。
 いや。
 笑って、くれた。
 正直、声をかけた時に怯えられて少し傷付いたのだ。自分が起こした事故なのに。
「よかった」
「?」
「なんだか、楽しそうだから」
 なんとはなしに言った言葉に、美緒はにっこりととびきりの笑顔で。
「はい。素敵なお姉さま方に出会えて、いい友人をもって――わたくしは、とても、幸せなんです」
 ちょっとズレた答えだけど。
「今回の件。俺の貸しってことで」
 言って、立ち上がる。
 長居し過ぎた。夜更けに長く、男女が共に居るものではない。
「機会があったら返すからさ。その時はよろしく」
 ひらひら、と振った手に、ひらひら、と返してもらった時の嬉しさは、思ったよりも大きかった。