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十五夜お月さま。

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十五夜お月さま。
十五夜お月さま。 十五夜お月さま。 十五夜お月さま。

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第五章


 兄が、見つからない。
 フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)は、吐きだしそうになったため息を寸前で押しとどめた。
 いけない、だって今は。
 隣を、ちらりと見遣る。
 フレデリカの横、少しの距離を置いて座っているのはフィリップ・ベレッタだ。月を見て、「大きくて丸くて、綺麗ですねー」と笑っている。見ている方の頬が緩んでしまいそうな、ゆるーい笑顔。
「そうだね」
 その顔に、思わずくすりと笑う。
 そう。行方不明の兄探しが上手くいっていないからって、今ここで落ち込む理由にはならない。それに私は先輩なんだから、先輩らしく振る舞わなくっちゃ。
「ね、フィリップ君」
「はい、なんでしょう?」
「学校にはもう慣れた? 嫌な先輩とかいない? 虐められたりしていない?」
「嫌な先輩は居ませんし、酷い事をする人も居ません」
 にこ、と笑う彼の姿は、とてもじゃないが嘘なんてついていなさそうだ。
 そっか、順調なんだな。そう思ったら、順調じゃない今の自分と比較してしまった。
 いけない、と思って月を見るけれど。
「…………」
 兄と見たときの月を思い出して、色褪せて見えてしまった。
「……先輩?」
「え、あっ」
「どうかしましたか? なんだか、悲しそうです」
 柔らかな声音に、突然泣きそうになって戸惑う。
 だめ。泣かない。
 だって私、先輩だから。
 だから大丈夫って、言わなくちゃ。
「あ、あっと。ね。兄さんも、どこかでこの月を見てるのかなって、思ったら。……なんで、私の傍に居てくれないのかなって、見つからないのかなって、思っちゃって」
 いけないのに。
 なんで話しているのだろう。自問自答しながら、つっかえつっかえ、話す。
「会いたいな。まだ会えないのかな。見つからないよ。そんなことばっか考えちゃって、フィリップ君に失礼なのに、失礼だよね、ごめんね。なんだけど、だけど、――」
 支離滅裂だし、突然だし、把握しづらいことを言っているだろうに、フィリップは真剣な表情で聞いてくれている。それが申し訳なくて、余計に泣きそうになった。
 情けない。
「この月を、お兄さんが見ているなら。それは素敵なことですよね」
「……え?」
「だって、同じ時間に同じものを見ているんですよ? 近くに居なくても、同時に同じものを見ている。距離なんて関係ないって、教えてくれているじゃないですか」
「……あ」
「だから、月を見ましょ? お兄さんと同じものを、見ましょう」
 ね。と微笑みかけるフィリップに。
 なんだ、こんなこと言われたら、どっちが先輩でどっちが後輩だかわからないや、なんて。
 思ったけれど。
「フィリップ君って、思ったよりも男の子らしくて、頼りになるんだね」
「へ? えぇ、なんですかそれ」
「ありがと」
 素直に、お礼を言っておこう。


*...***...*


「月が綺麗ですね……、まるでシズル様のようです」
 浴衣を身に纏った秋葉 つかさ(あきば・つかさ)は、そう言って加能 シズルに微笑みかける。
「わ、私は別に美しくなんかないわよ」
「いいえ。普段は太陽の陰に隠れてしまいますが、このように……美しさを出してもいいのですよ」
 つかさが見上げた月は、丸く、太陽よりも明るく輝いて。
 その美しさを存分に発揮している。
「今日、シズル様が浴衣を着て来てくださっているように、たまにでいいのです」
 星のきらめきを身に纏い、神秘的な輝きを放つ。
 シズルならば、そんな月になれると思うのだ。
 甘酒をシズルの杯に注ぎながら、つかさは言葉を続ける。
「いつも抑えているだけでは、いつかは無理が生じます」
「無理が……?」
 ちびり、ちびり、甘酒を舐めるように飲んで、団子を食べて。言葉に問い返す、シズル。
「女の子ですから、欲望に素直になる事も大切ですよ」
「……それは、異性を……見たり、とか、いう。あなたたちの活動?」
「ふふ。私ほどになれというのは、酷でしょう? ……けれど、私はこういう生き方しかできませんからね」
 遠まわしにシズルの言葉を肯定しながら、つかさも酒を飲む。
 静かに時が刻まれていく。言葉はなくても、それほど苦痛ではない。シズルもそうなのだろうか。そうだったら、いい。
「シズル様」
「うん?」
「良ければこれからもお付き合いいただけますか? のぞき部に誘う事は諦めませんけれど、それでもお許しいただけるなら」
「のぞき部、諦めてなかったのね」
「ええ、だって私からのぞき部を取ったらどうなってしまうことか」
 ふふ。嫣然と笑ってみせる。
 シズルは呆れたような、だけれど認めたような笑顔を見せて。
「私はつかささんの性格や行動、発言が嫌いじゃないよ」
「それはのぞき部に入部ということで?」
「そこまでは言ってないでしょ!」
 油断も隙もないわ、と言うシズルに笑う、と。
「月見酒が飲めると聞いて参加させてもらったが、酒器がいつまで話し込んでいるつもりだ?」
 ヴァレリー・ウェイン(う゛ぁれりー・うぇいん)が、サディスティックな笑みを浮かべながらつかさを抱き寄せた。
「な、ちょっとあなた、人のことを酒器だなんて物扱いして」
「ふん? そこのおっぱい娘は初めて見る顔だな。よろしく頼むぞ」
「あ、え、よろしく。――じゃ、なくって!」
 つかさの胸を揉みながら――という、セクハラ行為をしながら尊大に言い放つヴァレリーに、シズルがつっこむ。
 そう、シズルが。シズルの前で、私はいま辱められて、ああ。逆に、つかさはそう感じてしまう。
「ヴァレリー様ぁ……」
 とろりととろけるような声が漏れた。ヴァレリーが鼻で笑う。背筋がぞくりとした。
「ワカメ酒の用意をするか、っと……生えてないのであったな? まぁ構わぬか」
「構うわよ! 何脱がせようとしてるの、あなたはっ!」
「固いな、娘……。つかさから聞いている通りだ」
「どう聞いてるのかも疑問だけど、あなたにも疑問だわ……」
「ふむ、ままだぞ。しかしつかさが人の話をするなどと珍しい事を、と思えば、なるほどこういった娘か」
「だからどうなのよっ、勝手に納得して話を進めないで! そしてつかささんの胸を揉むのはやめなさい!」
 ああ、私は別にいいのです。止めないでシズル様。そう思いつつ、何も言わない。言えないでいる。と、
「止めるなよ、つかさはこうされる事の方が良いのだ」
「こうって……酒器だとか、物扱いが?」
「モノとして扱ってこそこやつの居場所がある。……悲しい事だがな、そういう生き方しかできぬ者も居るのだ。貴族のお嬢様にはわからぬだろうが……」
 ヴァレリーが代弁してくれた。
 さすがは、パートナーだ。わかってくれている。そのことが心地良い。
 そして同時に、シズルにもそんな自分を認めてもらいたい、受け入れてもらいたいと、思う。
 シズルのことを、好意的に思っているから、否定されたくない。
「……、」
 困ったようなシズルの顔に、少しつかさの胸が痛む。
「ふむ、弁が過ぎたか? だが、出来るならばつかさのことは否定しないでやってくれ。
 しかし湿っぽい話になってしまったな。今からでも月と酒を楽しもうではないか」

 笑い飛ばして酒を呷るヴァレリーから、少し距離を置いたシズルが、
「別に、つかささんのことを否定するつもりはないわよ」
 小さく呟いたのは、少しの酒と快楽に酔わされたつかさの、聞き間違いでなければいい。


*...***...*


 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は、文面を考える。
 考えて、メールを打って、送信ボタンをぽちり。
『Hi,瑛菜。日本では十五夜に月見をする習慣があるのよね。明後日の夜、一緒にどう? 私が、瑛菜とアテナを招待したいのだけれども、予定は如何かしら?』
 数分間、時間を置いて震えるケータイ。メールの着信音。
 開いたメールに、
『空けておくよ。楽しみ!』
 との文字を確認して、密かに拳を握りしめた。

 そして迎えた、熾月 瑛菜アテナ・リネアとの月見の日。
 場所を探し、シートを敷いて、そのシートの周囲の芝生に灯となるアロマキャンドルも設置した。
「OK、そろそろいいわね。エリシュカ!」
「はわ?」
 ローザマリアの声に、小型飛空艇で機材の運搬をしていたエリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)が目を丸くした。
「瑛菜とアテナを迎えに行くわよ。一緒に行くでしょ?」
「うゅ。行くの! アテナに、早く会いたいの〜♪」
 そう言って、走ってくるエリシュカの手を取って。
 待ち合わせ場所に行くと、すでに瑛菜とアテナは来ていた。
「やっほー、ローザ」
 ひらひらと、手を振る瑛菜に手を振り返して、小走りに近寄って。
「お待たせ、瑛菜。今日は来てくれたことを感謝するわ」
 まずは握手。
「うゅっ、アテナ〜♪ 会いたかった、の♪」
 隣では、エリシュカがアテナに抱きついていた。アテナは戸惑ったような、けれど嬉しそうな顔で、「エリシュカちゃん。くすぐったい」と笑っている。
 逆に、エリシュカがその言葉に困惑したような顔をして、アテナから離れて。
「はわ……その、エリシュカ、じゃなくって、エリー、って、呼んで、なの」
 恥ずかしそうに、言う。
 アテナは瑛菜を見上げて、首を傾げた。瑛菜が噴き出す。
「いいじゃん、呼んであげなよ。愛称で呼び合うなんて、仲良しの証拠だよ」
「アテナと、……エリー。仲良しだもん」
「♪ 仲良し、なの♪」
 まだぎこちなさの残る二人を見て、微笑む。
 瑛菜も同じ気持ちなのだろうか。顔が綻んでいた。
「……っと。いつまでもここに居るんじゃなくて」
 本題に入らないと。
「ああ、そうそう。お月見だよね?」
「そうよ。でもそれだけじゃない。呼び出しに応じてもらった、それに見合うだけの趣向を用意したのよ」
「? お茶とお団子とか?」
「ふふ。それは着いてからのお楽しみ」
 にこりと笑うと、「なんだよ」と瑛菜は頬を膨らませたけれど、その反応が楽しかった。

「ふむ、来たな」
 ローザマリアとエリシュカが、瑛菜とアテナを連れてくることを殺気看破で確認したグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)は、上杉 菊(うえすぎ・きく)に合図を出す。
 火術一閃。
 瞬時にキャンドルへと火が走り、明かりが灯った。
「わ、」
「ひぅ?」
 瑛菜とアテナの驚いたような声が聞こえて、笑みがこぼれる。
「よく来たの。歓迎するぞ、二人とも」
「お茶の準備も出来ていますよ」
 シートに座った二人へと、菊が微笑みかけた。右手で、茶を用意したテーブルを示し、
「お抹茶と、信玄餅と、それから」
 言葉を切って、ライザに繋ぐ。
「シフォンケーキと紅茶も用意してある。今宵の夜宴は和洋折衷ぞ。好きな方を選ぶが善かろうて」
「アテナ、ケーキがいいの」
「うゅ、エリーはアテナと同じもの、が、いいの」
「善かろう、紅茶にミルクや砂糖は? ああ、エリーの好みは知っているぞ、座っておれ」
 手伝おうとしたエリーを制し、紅茶を入れて。
「アテナも、エリーと同じ味の紅茶がいい」
 アテナの言葉に首を傾げる。
「ふむ? 其方ら、そんなに仲が良かったか?」
「うゅっ♪ エリーはアテナの、しんゆう、だよ♪」
「だもんっ」
「そうか」
 楽しそうに笑う二人に、楽しくなったから。
 ライザも、自分が食べる分のシフォンケーキを取り分ける。
 気分だけでも、お揃いで。

「あたしはお餅のがいいな。十五夜って言ったらお餅でしょ」
「かしこまりました。どうぞ、瑛菜様。これは父が生前好んでいた物です。美味にございますよ」
 信玄餅を差し出して、抹茶を点てて。
「御方様は如何いたしますか?」
「瑛菜に同じく」
「かしこまりました」
 ローザマリアにも信玄餅を差し出して。
 食べる二人を、静かに見る。
「? あれ、食べないの?」
 信玄餅を頬張った瑛菜が、尋ねてきた。控えめに手を振り、「いえ、わたくしは」と笑んでみせる。
 もてなす側だから、一緒の物を食べるのに気が引けたのだ。
「なんで? 美味しいよ。あんたも食べればいいじゃん。ほら、あーん」
 けれど瑛菜はそうやって、餅を差し出してきたから。
 食べないでいるわけにもいかないし、口を開いて餅を頬張って。
 ああやはり、これは美味です。ほうっと和んだのと同時に、「瑛菜のあーん……」じぃっと、ローザマリアがこっちを見ていることに気付いて、表情が固まった。
 瑛菜は気付いているのかいないのか。
「はい、ローザ。あーん」
 同じことを繰り返し。
「ん」
 ローザマリアはそれで微笑み、菊が胸を撫で下ろしたのは、月が知ってる小さな秘密。

「さて、そろそろね」
 茶会を楽しんでいる時に、ローザマリアが言った。瑛菜は目を丸くする。
 そろそろ? 何がだろう。解散? まさか。
 お茶会はこれからじゃないのか。
 もっといろいろ話すのではないのか。
 ローザマリアがライザへと手を向けた。途端、キャンドルが消える。
「へ、何?」
 戸惑う声にはお構いなしに、辺りでいろいろなものが動く、気配。だけど見えない。
 と、突然周りが照らし出された。光術だろうか。
 そこにはステージがあった。淡い光で幻想的に照らし出された、ローザマリアの結成するバンドのステージ。
「今宵は私達『Blue Water』のナイトステージ“MilkyWay&MoonLight”へ来てくれてありがとう。お礼に素敵な夜を、貴方に――」
 アテナの隣に座っていたエリシュカが、いつの間にかドラムの前に座っていて。
 ゆったりとしたリズムで、皆をリードしはじめる。
 続いてローザマリアのギターと、菊のキーボードが鳴らされ。
 ライザのベースが、重みを添えた。
 周囲の雰囲気に配慮した、静かに見守る月のような、また、道を照らし出す月のようなの温かさの曲。
「素敵だね、瑛菜お姉ちゃん」
「うん。演奏してくる楽しさが伝わってくる」
 自分達を誘ったのは、このためもあるのだろう。
 純粋に、嬉しくて。
 アテナと一緒に、音に身を委ねた。