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狙われた村

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狙われた村

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第1章 異変

 イルミンスールの森の側に、沼を囲む形で形成された散村が存在している。
 主に村の北側にはぶどう農園、西側は牧場、南側は小麦を中心とした田畑が広がっている。
 そして、東側には民家や売店、飲食店、宿などが建ち並んでいる。
 ぶどう狩りや牛の乳しぼり、ドーナツ作りなどを体験することができるため、各地から行楽客が頻繁に訪れている、のどかで、時に賑やかな村だ。
「今日はめいっぱい食べるぞ〜」
 馬車から降り立った羽高 魅世瑠(はだか・みせる)が体をぐっと伸ばした。
 ジャタ族の衣装を纏ったその姿。そして彼女の仕草は現地人にしか見えないが、一応地球人だ。そして裸族だ。
 設立の経緯から、神楽崎分校の生徒会長を務めてきた彼女だけれど、今日を最後に退任することになっている。
 その後は生徒会嘱託職員のキャラ・宋(皇甫 伽羅(こうほ・きゃら))に手伝ってもらいながら、農家の四女であるシアルがしばらくの間、生徒会長を務めるそうだ。
 バイクで到着する仲間達を魅世瑠はにこにこと眺める。
 魅世瑠は最初から生徒会長になろうなんて、そして自分に務まるとも全く思っていなかったけれど、設立をけしかけた手前、責任を取る形でガラでもない役職に就いたのだった。
「ずいぶんとみんなにゃあ助けられたよな。お蔭で分校はあたしの手にゃあ余るくらいまで育っちまった」
「なんだ魅世瑠、失踪っていうか、死亡フラグおったててんじゃねぇぞ?」
 しみじみと言う魅世瑠に、パラ実生達がげらげらと笑い声を上げる。
「何言ってるんだ、旗なんて立ててないぜ。ああそうか、もう神楽崎分校じゃねぇんだし、新たに若葉分校の旗作らねぇとな」
 真面目な顔で魅世瑠はそう答えた。
「羽高生徒会長はぁ、随分頑張って下さいましたねぇ。今日は慰労会と考えて、思い切り食べて下さいねぇ」
 キャラは乗ってきたサンタのトナカイから、色々とレアな食べ物を下ろして、うんしょっと担ぎ上げる。
 改造バイクで騒がしく訪れたり、下品な会話も飛び交ったり――こちらの話しなど聞かずに村にわれ先にと入り込んでいく分校生達は、猿人の群れのようでもあったけれど。
(すっかり遠足気分ですぅ)
 キャラもにこにこ笑みを浮かべている。
(教導団の遠足に比べたら天国……いやいやなんでもありません)
 口に出しそうになるセリフを飲み込んで、村の中へと歩き出す。
「克服できるといいですわね」
 ジュリエット・デスリンク(じゅりえっと・ですりんく)は、緊張した面持ちのブラヌ・ラスダーと舎弟達に声をかける。
「おうよ!」
 ブラヌは真っ直ぐ真剣な目で舎弟達と村を見据える。
 彼等の凛々しいまでの決意が見受けられた。
 ジュリエットはそんな彼等に微笑みを向ける。
 道中、何故ドーナツが嫌いなのか尋ねてみたところ、彼等は動揺しながら適当な理由を並べて話しを逸らそうとしてきた。
『話したくもないような、恐ろしい体験でしたのね』
 ジュリエットは同情するような視線で言いつつ……内心、これは使えるかもとほくそ微笑んでいたのだった。
「おーい、なんか村ん中変だぜ? 倒れちまったやつもいるし」
 そこに、先に村に入った分校生が数人戻ってくる。
「ガスか……!?」
 レン・オズワルド(れん・おずわるど)は、瞬時に近くの木に登って、村の様子を確認していく。
「皆さん、ちょっとここで待っててくださぁい」
 キャラは皆にそう声をかけると、光学迷彩で姿を見えにくくして村の中へ偵察に向っていった。
「ここは慌てないで状況を整理して……」
 魅世瑠の側でそう言うノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)の後ろで、どさりと音がする。
 レンが木から飛び下りた音だ。
「賊が入り込んでいるようだ。ここは任せても大丈夫だな」
 そう言葉を残すと、レンは村の中へと走っていく。
「あ、レンさん……!」
 やれやれとノアは息をつく。自分は連絡の為にもここに残った方が良さそうだ。
「皆、入ったらダメ……っ」
 竹芝 千佳(たけしば・ちか)は、到着したばかりの分校生に声をかけながら、パートナーの高木 圭一(たかぎ・けいいち)の服をぎゅっと掴んだ。
「偵察が終わるまで、大人しくしてろー。スイーツは逃げないからな」
 教師である圭一の言葉に、パラ実生達は不満げながらもうぃーと返事を返してくる。
 しばらくして、銃声が響いた後、偵察に村に入っていたキャラが戻ってくる。
「薬で眠らされているようですぅ」
 村人や、先に入り込んだ分校生のうち数名が村の中で倒れていたが、いずれも外傷はなく、ただ眠っているだけだった。
 ガラの悪い男が、倒れている小さな女の子を連れていこうとしていたため、キャラはやむを得ずチョコバルカンで付近にいた男達を倒し、女の子を近くの家に隠した後、急いで戻ってきたのだ。
「出かけ前に聞いた手口そっくりですので、多分この辺りに出没しているという盗賊の仕業ですぅ」
 出かけ前、若葉分校総長である神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)のパートナーゼスタ・レイラン(ぜすた・れいらん)により、この辺りに盗賊が出るという話を皆、聞かされていた。
 薬を大量散布して、村人を眠らせてからごっそり収穫物や金目のものを盗んでいく。
 眠らなかった奴等は容赦なく切り殺す。
 万が一の時には寝た振りをして凌ぐの一番。
 とのことだった。
「楽しいことになってきたじゃねぇか」
 バイクから降りたゼスタがにやりと笑みを浮かべる。
「いや、全然楽しくないだろうが……」
 対照的に圭一はどうしたものかと苦笑する。
 銃声を聞いて、盗賊達はこの東側に集まってきているかもしれない。
「皆眠っている……!?」
 話を聞いたヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)は目をきらきら輝かせた。
 彼女もドーナツを食べに来たわけだが。
 村にあるだろう、金目のものの方が好物なわけで。
 火事場ドロというか、どさくさに紛れてというか。
 これはチャンスなのではないかと密かに胸を躍らせていく。
「こらこら!」
 駆け出していきそうなヴェルチェの腕を圭一は掴んで止めて、分校生達に目を向ける。
「幸い今日は、俺を含めて契約者が多い。せっかく来たんだ。ドーナツとフルーツを楽しむために、頑張ってみるか?」
 強制することなく、分校生達に村の救助を提案していく。
「トーナツ、食べたいもんね」
 千佳も圭一の服を掴みながら、そう言葉を発した。
「おうよ! よし、番長、指示を頼む」
 真っ先に声を上げたのは、魅世瑠だ。
「おお、ドーナツの為に邪魔する奴等は捕まえちまおうぜ!」
 番長の吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)が野球のバットを手に、バイクから降り立ち、村へと向う。
「分校の団結を見せ付けてやろうぜ!」
 魅世瑠がその後に続き、分校生達も「おー!」と声を上げると、それぞれ武器を手に続いていく。
「ボクは飛空艇で様子をみるね。カティはゼスタ先生達の側にいて」
 鳥丘 ヨル(とりおか・よる)はパートナーのカティ・レイ(かてぃ・れい)を残して、小型飛空艇ヘリファルテに乗り込み、飛び立った。

「盗賊は、他人の命を奪う事に躊躇しない人達のようです。どうか自分の命を最優先に」
 村の中に入り、軽く周りを見回した後、関谷 未憂(せきや・みゆう)は友である分校生達にそう話していく。
「オレ達の目的はあくまでドーナツだ。血生臭いとこで食いたかねぇよな!」
 竜司も分校生達に、自分の命を大切に、相手への攻撃もほどほどにと指示を出していく。
 ドーナツを食うためには、ドーナツの作り手……眠っている村の人達を安全な場所に運ぶ必要がある。
 邪魔をされないためにも、賊は捕縛しておく必要がある。
 そして、オレの優子の顔に泥を塗るような行動は慎むようにと、命じていく。
「村の女の子が『家族を助けてくださってありがとうございます』ってドーナツ作ってくれるよ!」
 リン・リーファ(りん・りーふぁ)が男子分校生に笑顔で言い、数少ない女子分校生には。
「『勇敢なお嬢さん、村を救ってくれてありがとう』ってイケメンパティシエがドーナツ作ってくれるよ!」
 などと元気に言うのだった。
「しゃーねーなー」
「美味く食いたいしな〜」
 面倒そうに言う分校生達だが、結構事態を楽しんでいるようだった。
「場合によっちゃー、身包み剥いでやっちまってもいいと思うんだがな」
 そう言葉を漏らしたのはゼスタだ。
 未憂は訝しげな目をゼスタに向けた後、彼の言葉を否定するかのように皆にこう言う。
「どうか誰も、盗賊のようにはならないでください」
「いや、盗賊はパラ実の就職先だしな、手口を学ぶ意味でも良い勉強になるんじゃないか」
「確かに、そうかもしれませんが、若葉分校からはそういった道に進んで欲しくないと思っています。神楽崎優子さんもそう思っているはずです。話し合ったこと、ないのですか?」
 未憂がゼスタに問いかけると、彼は軽く、にやりと笑みを浮かべる。
「未憂チャンは、リーダーシップとれそうだね。ま、俺は生徒じゃねぇし、美味いスイーツが食えれば過程はどうでもいいからな。見守らせてもらうぜ」
「……みゆう、つかうの……?」
 プリム・フラアリー(ぷりむ・ふらありー)が空飛ぶ箒を未憂に差し出す。
「あ、はい。ありがとうございます」
 未憂はプリムから箒を受け取ると、ゼスタの言動にひっかかりを覚えながらもリンと一緒に空へと飛び立った。
 プリムは心配そうに、未憂達を見送り、村を見回すのだった。
 ゼスタのこともちらりと見る。
 見た目や雰囲気、言動から彼のことはまだ『先生』と呼ぶ気にはなれなかった。
 それでも指示を仰ぐ必要はあると思われるため、携帯電話を握り締めながら、彼の側にいることにする。
「眠ってドーナツ食えなくなるのはごめんだからな、風向きには注意しろよ! オレ達は入り口から近いこの辺りのドーナツ製造者を村の外に運ぶぞ」
 竜司の言葉に、分校生達が「おー」と声を上げる。
「ドーナツ作りが上手そうなおばちゃんが倒れてるぜ!」
 そして、早速魅世瑠が分校生と共に、倒れていた村人を入り口の方へと運び出していく。
「金銀財宝とかはなさそうな村よねー。これはホント盗賊の身ぐるみ剥いでお宝探すか、ドーナツ守った方が得かしらん♪」
 ヴェルチェはそんな事を言いながら、ドアの空いている家の方へと向っていく。
 竜司は盗賊の捕縛に向かう前に、ゼスタの前に立った。
「生徒じゃねぇといっても、優子のパートナーなら、オレの舎弟も同然だ。まあ、一応教師らしいから、作戦に加わらなくてもいいが、優子はオレの女だとかいう妄想は程ほどにしておけよォ、現実と区別がつかなくなるとヤベェからな、グヘヘ」
「ん? そうそう、ちょっと気になってたんだが、神楽崎とお前って、どんな関係?」
 ゼスタの問いに、竜司は堂々とこう答える。
「優子はオレの女だ(但し竜司妄想上)。一目惚れされちまってなァ(思い込み)。今じゃ、ベタ惚れで困るぜ(錯覚)。ああ見えて、手を繋ぎたいと迫ってくる可愛い女だ(握手を求められただけ)」
「なるほど……」
 ふむふむとゼスタは頷いた後、パンパンと竜司の肩を叩いた。
「お前、超イケメンだからなー。神楽崎もぞっこんだろうよ。妬けるぜッ!!」
 そう言い、何故か大笑いしながら、見守り姿勢になり後方に下がるのだった。