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第二章 テント内会議

 一方、テント内。
「それじゃ、集計結果をまとめていくぜっ」
 レオンが景気よくホワイトボードを叩いた。初めての任務を任され、仕事量にてんてこ舞いになっているレオンだったが、隣で上官のクレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)がさりげなくフォローを入れるおかげで何とか話がまとまってきた。
 これまでに集まった意見のメモや資料をたぐりよせながら、レオンが切り出した。
「まず温泉についてだ」
「俺は既に届けてある通り、混浴風呂を提案するよ。水着などを着用して男女わけない混浴の温泉にすることでコストダウンを図れるし、覗き対策やコミュニケーション促進につながると思う」
 と挙手し切り出したのは如月 正悟(きさらぎ・しょうご)。賛同の声をあげる者もいれば困ったように顔をしかめる者もおり、反応は二分されている。そんなテント内の様子を代弁するように、レジーヌ・ベルナディス(れじーぬ・べるなでぃす)がおずおずと顔を赤らめながらつぶやいた。
「あ、あのっ……その、異性と共同のお風呂というのはいくら水着などをつけたからと言っても……特に女性に多いと思うのですが、抵抗の大きい方がたくさんいると思い……ます。私も、恥ずかしいと思う方なので、その……」
「確かにねー。誰でも気兼ねなく入浴してもらうには混浴だけじゃ厳しいかも。私の友達にも苦手な子結構いるかな。……でも、混浴って聞いて来てくれる人も多いと思うから、反対ってわけじゃないよ」
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)の相槌にレジーヌもうなずく。
 混浴の利点と欠点。言い始めるとキリがなかった。
 ループの兆候を見せはじめた議題に、水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)がさっと手をあげて発言権を求めた。すかさずレオンが指名する。
「はい、水心子さん」
「メインの湯船を三分割にしたらいいんじゃない?男湯・混浴・女湯の並びにして、男性脱衣所は男湯と混浴、女性脱衣所は女湯と混浴に通じるようにするの。混浴を水着着用必須にしておけば女性客も入りやすいと思うし、水着ショップも併設すれば収益も見込めると思うのよね」
「それナイス!」
 レオンが顔を輝かせ、こそっと隣のクレアを伺った。チラリと目を向けて、小声でクレアが答える。
「……費用の方って大丈夫ですよね?」
「それくらいなら問題ないだろう」
「よかった!予算などについては自分なりに予習してきたのですけれど、何がどれくらい必要かという具体的な判断がまだピンとこないんですよ。中尉がいてくださって本当心強いです」
「……。……レオン、会議中だ。無駄口はもう少し慎め」
「は、申し訳ないです」
 しかられてしまい、照れて顔をくしゃっとさせるとレオンは再び進行役に戻った。
「それでは、温泉は大きくわけて男湯・混浴・女湯の3つを設置するということで!決をとりまーす」
「「はーーーい」」
 始終子供のころの「学級会」のような調子に、ばれないようにクレアは長い息を吐いた。レオンの熱心に学ぼうという姿勢や親しげな態度は人と接する上で評価すべき点でもあるが、上に立つ者としては彼はまだいささか明け透けすぎるところがある。これでうまく回っているのだから、不思議なものだが。
 賛成多数で決定すると、議題は「温泉の種類」に移った。
「私は露天風呂がほしいな!こんなにきれいなところだもん。景色を見ながらだと気持ちもリフレッシュできると思うよ」
 美羽の提案を書き留めつつ、レオンが大きくうなずく。
「確かに。俺も空見ながら風呂に入りたいな」
「岩盤浴や水風呂やサウナなんかもあったらいいかもねぇ〜」
「変わり湯があると、娯楽施設としても有効だからな」
 清泉 北都(いずみ・ほくと)クナイ・アヤシ(くない・あやし)の呟きをめざとく書き留めながら、レオンは顔を上げた。
「なるほどなるほど……他にはどんなのがいいと思う?」
「はーい、はいっ!」
 元気に声を上げて、九条 レオン(くじょう・れおん)が大きく手を振る。にこにこと見上げてくる愛らしさに一同の空気も和んだ。そのレオンを抱き上げると、九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)こと通称ロゼがにっと微笑んで言った。
「自分は多少なり医学や薬学をかじっている者だが、温泉の効能を高めるために薬湯の提案したいと思う」
「いいな!そんなことができるのか。調合はできるのか?」
「任せてもらえるならやってみたいと思っている」
「んじゃ是非……!!」
 と、言いかけて、レオンがバッとクレアや教導団の上官を振り返る。その顔は「やりたいんですがやってもいいっすよね」という許可を求めてキラキラと輝いていた。
 新入生に総指揮を任せるという今回の取り組みのため、階級制度が「物事を決めるごとに上官の意見を伺う」という妙なやり取りを生んでしまっているようだった。
「今回のトップはお前だ。自分がいいと思うようにやってみろ」
 一見突き放したようなクレアの言い方に、レオンはしゅんと肩を落とした。
 今後につながる大切な任務を新入生の自分に任せてもらえたと喜び勇んで引き受けたものの、任務の責任を負うということは想像以上に重いものだった。が、不意に小さく耳に届いた付け足しにはっと背筋を伸ばす。視界を広げると、教導団の上官たちも一瞬自分に頷いてくれたような気がした。
「問題があれば我々が言う。もっと信頼してもらって大丈夫だ」
 クレアは変わらずキリリと表情を引き締めていたが、レオンは何だか安心して満面の笑みを浮かべ、ロゼへと向き直った。
「是非頼む!よろしくっ」
「了解」
 笑顔を返すロゼにうなずくと、レオンは再び書類をガサガサと広げて順に読み上げた。
「男湯、混浴、女湯にわけるのが決定事項。
 具体的な温泉の種類として、露天風呂、岩盤浴、サウナ、薬湯だろ……。と、あと書類で提出されてる意見として、打たせ湯、ジャグジー、スチームサウナ……おー、砂風呂なんかもあるぜ」
「全部あれば本格的なスパになるね」
「いっそ温水プールもあったらいいんじゃん?負傷した人のリハビリ用になるしぃ」
 両脇からメモを覗き込むようにして真白 雪白(ましろ・ゆきしろ)真黒 由二黒(まくろ・ゆにくろ)がひょっこりと顔をのぞかせる。印象や口ぶりで違いは分かるものの、双子のようにそっくりな見た目をしている。
 由二黒はにやりと不敵に笑うと、華麗に電卓をたたきながら一気にまくしたて始めた。
「で!ここからが本題なんですがね……梅琳様と一緒に寝泊まりできるツアーってぇのを設けるのはどうかなぁ?がっぽり儲かりまっせぇ〜。
 例えば、水着の梅琳……エステでリラックス梅琳……想像するだけで人が集まってくるって!……浴衣の梅琳、中華料理に舌鼓を打つ梅琳、室内縁日で射的にはしゃぐ梅琳、カラオケデュエット梅琳、同じ部屋に宿泊する梅琳、一緒のベットで寝る梅琳、油断した寝顔がカワイイ梅琳……」
 次第に加速していく相方の妄想に、雪白はオロオロと由二黒の袖を引きながらレオンの顔と交互に見やる。どうやらそっくりなのは見た目だけらしい。
「ちょ、ちょっと真黒……」
「プロデュースはもちろんこの真黒 由二黒!謝礼は今なら格安!3割でいいんで……」
「却下!」
 あっけなくレオンに笑顔で切り返されて、由二黒は不満げに口を尖らし、その隣で雪白は肩身が狭そうに身を縮めた。
「絶対儲かるのにぃ」
「す、すみません……」
 雪白に無理やり頭を下げさせられつつも、まだ何か言いたげな様子だった由二黒はテントの外にいたクレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)の手によって強制退出させられた。こってりしぼられたのか、ずいぶん後になって戻ってきた時にはすっかりおとなしくなっていた。
「梅琳様うんぬんの件はともかく、温水プールの設置は考慮に入れてよさそうだな。
 ……でも、そうなってくると建設にはかなりの時間がかかるし、今回の行程で俺たちができる範囲を超えてるなぁ」
「それは是非、私どもに協力させていただきたいですね」
 スラリとした長身に金髪を這わせ、落ち着いた物腰の女性が口を開いた。
「あんたは……」
「ハーレック興業会長、ガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)と申します。土木建築などを生業としています。
 お任せいただければ、この湯治場にこれまでのシャンバラにはない日本の最新温泉レジャーランドへと作り上げたいと思うのですが、いかがでしょうか」
「あ、どうも」
 名刺を受取りつつ、どうすべきか図りかねてレオンは一瞬つぐんだ。
 大規模な工事になることが予想される。今後のためにも、施設が整っているに越したことはないししっかりとした湯治場を造りたい。そのために、教導団の施設・工兵科の軍事機関専門技術に加えて、腕のいい民間業者の協力を仰ぐのは決して悪い話ではなかった。予算は教導団で出してもらえることになっているから問題ないが……。
 この土建屋は、どんな団体なんだろう。
 そんな不安を感じ取ったのか、シルヴェスター・ウィッカー(しるう゛ぇすたー・うぃっかー)は豪快に笑ってレオンの背を叩いた。
「構わん構わん。大事な任務じゃけぇ、急に商談もちかけてもすぐには決めれんじゃろ。ひとまず仮契約っちゅうことでやってみぃひんか?ホンマに任せるかどうかは今日のわしらの働きぶりを見て決めてもろたらええ。もちろん、試しじゃけぇ今日の分のお代はいらんし、もし任せれん思ぅたら遠慮のぅ言ってくれてええけぇ」
 シルヴェスターの態度から、「仕事ぶりを見てもらえば絶対に任せてもらえる」という自信を感じてレオンはいい印象を抱いた。あけっぴろげな物言いもすがすがしい。
「わかりました。教導団に専門の者もおりますが、土建屋さんの目の付け所や技術はまた違うところがあるでしょう。
 いい湯治場になるように、今日は協力してやってみましょう」
 さっと差し出された右手を、ガートルードは妖艶に微笑みつつ握り返した。
「関わるからには半端はしません。期待しておいてくださいね」 
 本職の土建屋もいるということで、時間はかかるかもしれないが施設は規模の大きいものへと方向性を固めてきた。
 わいわいと再びにぎわいだした意見の応酬の中で、わくわくしながらレオンに切り出したのは五月葉 終夏(さつきば・おりが)だった。
「ねぇ、その中にバグベア用の温泉も用意するっていうのはダメかな?」
「え?」
「その、今回は立場的に敵対しちゃってるけど、バグベアが先に住んでたわけだし。なんとか和解して、一緒に温泉を楽しむってことはできないかなと思って」
 邪気のない明るい表情で見つめられて、レオンは言葉を詰まらせた。そして、困った顔で申し訳なさそうに苦笑した。
「…………。
 ………………それは、できない」
「え?」
 今度は終夏が驚く番だった。
「バグベアは今回の任務の排除対象だ。敵のために割ける用意はない」
 レオンはきっぱりとそう述べたが、なぜだか終夏には彼らしくない決められたセリフをたどっているように感じた。
「……案を出してくれたのにすまない。
 それじゃ、次はその他の施設について……」
 ――仲良くできるかどうか、やってみないとわからないじゃない。
 一方的にやってきて邪魔なものを「排除する」という教導団の言い分に反論がないわけではなかったけれど、レオンがあんまりしょぼくれて見えたので終夏は言葉を飲み込んだ。
 もしかしたら彼も納得しきれてないのかもしれない。
 なんとなく、そんな気がして。
「食堂は必須でしょ!」
「メニューは……」
「それより宿泊施設や医療設備がいるんじゃないかな?」
「おい、シャワーとか風呂の洗い場も忘れんなよ」
「保養施設は後回しで、今日できる作業についても詰めないと……」
「是非アイスを置いてほしい」
「風呂上りは牛乳だよぅ」
 移った議題にあくせくしつつも気さくな笑顔を絶やさないレオンを見て、終夏は肩をすくめた。それから、いきおいよく挙手すると再び提案の渦中に戻って行った。
「私は温泉卵と温泉まんじゅうを提案するよ!これだけは譲れない」