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湯治場を造ろう!

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第七章 ヒラニプラ温泉<男湯>

「いくぞー!せーのっ」
「「「お疲れ様でしたー!!」」」
 
「今日はみんなありがとう!いろいろあったけど、おかげさまで無事に立派な湯治場ができそうだぜ!」
「さっそく温泉に入って一日の疲れを癒してください」
「至らない面ばかりだったと思うけれど、みんなのおかげでなんとか建設の見通しが立ちました!支えてくれて本当に、本当にみんなありがとう!!」
 教導団を代表してレオン・ダンドリオンとエレーネ・クーペリア(えれーね・くーぺりあ)が前に立ち、ぺこりと頭を下げる。特にレオンの表情は、一仕事終えてホッと緩んでいる。初めてのこと続きで、なんだかんだと気を張っていたのだろう。
 凶悪な種族で、捕食者と獲物と言う根っから敵対した存在ではあった。けれど、この地がバグベアたちの犠牲の上にできたことを、時がたっても忘れないように、誰が言い出したのか湯治場には自然と『バグベアの湯』という名前がついた。
「レオンもおつかれー」
「いい感じに仕上がってよかったな」
 優しい野次にはにかみながら、レオンはこくりとうなずき再びふかぶかと頭を下げた。


 みんなが打ち上げ気分で会話に花を咲かせている頃。
「にひひっ」
 そーっと湯船を覗きこみ、誰もいないのを確認してから服を脱ぎ棄てる。リース・アルフィン(りーす・あるふぃん)は鼻唄まじりにごきげんだった。
「みんなには悪いけど、ぬけがけして一番風呂入っちゃうんだから!いっひっひっひ」
 作業の終わりを見計らっての強行。お疲れ様ーなんて笑顔でスイカを配り、みんなが食べている間に我先に湯船にどぼんとね!我ながらござかしいぜ、フッ。
「わーい!広い!一人!貸切状〜態〜!!」
 一番風呂はリースの夢のひとつだった。念願叶い、感動に打ち震えながらそろそろと足を急がせる。その手には小ぶりのスイカ。後から入ってきた女の子たちと一緒に、風呂場でスイカ割りというのもなかなかオツなものだと思って持ってきた。
 洗面器を手に、かかり湯をしてからふと気が付く。
「あ、タオル持って入るの忘れちゃった……」
 でも女湯だし、一人しかいないし別にいいや。
 すぐに思い直すリースの視線の先に、人影が映った。しかも、すでに浸かっている模様。最初に入ったせいもあるだろうが、壁と簡単な屋根がついたおかげで湯煙がもうもうと籠っており、相手はわからない。
「一番じゃなかった……」
 ショックを隠し切れないまま、しかしならば二番風呂だ。明日早起きしてリベンジするもんねバーカカーバ……なんて思っていることなどはおくびにも出さず、リースはにこやかに話しながら湯船へと足をのばした。
「どーもお疲れ様です。湯加減どんなかんじですか?」
 相手も答える。
「いやー、いいお湯だぜ。あんたも冷えるから入ってきたらどうだ……。
 って……ん?」
 その声は、明らかに女性のものではないように、思えた。
「え?」
「え?!」
 同時に驚いて、立ち上がる。リースの前に居た人物――武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)は心底びびっていた。
「リース?!え、なん……(いや、俺たしかに男湯に入ったよな!入ったって!!女と一緒で面倒がおこると嫌だからすっげー確認したし!!)」
「え、あ、あ……いっ、いっ……!!!」
「待て!間違いだ!俺すぐにでるから頼むから落ち着いて……!!」
 しかし、こういう場合に責められるのはかなりの確率で男なわけであって。
「い、い、いっ……もご?!」
 リースは驚きのあまり悲鳴を上げようとし、させまいと手を伸ばした牙竜はうっかりバランスを崩して倒れ掛かることになった。うっかりね。うっかり。わざとじゃないんだよ。
 ぐにゅん。
 気が付くと、全裸でリースを押し倒した挙句、恐ろしい部分をわしづかんでいた。咄嗟に、思った言葉が口を突いて出る。
「あ、柔らかい……」
 和むのもつかの間。
「いいいいいいぃぃぃぃぃやああああああああああああああああ!!!何が柔らかいじゃああああああ!!!」
 太ももの付け根の上に乗った何らかのモノの感触や、全裸で押し倒されたうえに胸をもまれてしまうという事態にリースは狂乱状態に陥った。
「ま、待て!リース誤解だ!!わざとじゃないんだ!!」
 言い訳するも、股間にぶら下がっているアー○ストロング砲が丸出しでは何一つ説得力はなかった。
「もうお嫁にいけないぃぃぃいいい!!!」
 力任せに手に持っていたスイカは、牙竜のデリケートゾーンにクリーンヒットし、彼はそのまま下半身だけ湯船から生やして男湯に沈んだ。
「おー、ナイスシンクロ!」
「てか、ち×こでかいなー」
 入れ替わりで入ってきた男性陣には大うけだった。
 悲劇的に泣きながら走り抜ける中、絶対責任とってもらうと心に誓うのに必死だったために、リースは脱衣所が男性であふれていることに気が付かなかった。
 そう。彼女が入っていたのは、男湯だったのだった。リースはそのまま脱兎のごとく逃げ出した。
「今、裸の女の子が走って行かなかったか?」
 ぽかんとつぶやく久多 隆光(くた・たかみつ)に、
「願望じゃないですか?」
 戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)が真顔で答えた。中学生みたいになぐり合った。
 ガラッ。
 そこに暖簾をかきわけてアシャンテが入ってきた。
「…………」
 アシャンテ、女の子。
 ここ、男湯。
 アシャンテは何も気が付いていないらしく、バグベア集落で一緒になった隆光を見ると、あろうことか普通に話しかけてきた。
「お疲れー、さっきは大変だったなー。見ろ、下着までどろどろだ。早くさっぱりしたいな」
 ――あれ?アシャンテ男の子だっけ?
 あまりに普通な様子に隆光は一瞬落ち着きかけ、しかし脱いだ下着やその中身を目撃するとさすがに赤面して目をそらした。
「あー、あーそのー、アシャンテさんや」
「何だ?」
「気づいてないかもしれないから言うけど、ここ、実は男湯だぜ!」
 なるべく爽やかに告げてみたのだが、彼女の反応は限りなく鈍かった。
「? それがどうしたんだ?」
「!!(参ったぜ露出狂なのか?)」
 実際は性別に無頓着なだけなのだが、アシャンテは風呂場のしきたりにのっとって全裸になると嬉しそうに湯船に向かっていった。
「ぎゃぁああ!!」
「は、ハレンチよぉ〜〜!!」
 中から野太い叫びがこだましている。きっと股間を押さえながらガン見しているのだろう。眼福、眼福。
「裸の女の子が入っていきませんでしたか?」
 問う小次郎(やはり真顔)に、隆光は
「願望じゃねーの?」
 と返して、中学生のように笑いながら固く握手をかわした。
「あ、あの……アシャンテ様……」
「お疲れローランダー!ここは広いからローランダーのように大きくても一緒に入れて嬉しいな!」
「ありがとうございます。いや……できれば聞いていただきたいのですが、実はですね」
「え?」
 アシャンテは真の紳士であるローランダーが勇気を出して女湯の存在を説明するまで、男湯でまったりくつろいでいた。それは男陣にとって女神であり、拷問だった。

「広くて、気持ちいいねぇ〜」
 男湯のさらに奥。扉を開けると露天風呂になっている。星空や自然が満喫できて人気が高いのだが、いかんせん寒いため人の入れ替わりが激しく、中に比べて人数は少ない。
 その端で目立たないように湯に浸りながら、清泉 北都(いずみ・ほくと)はちらりと隣のパートナーを見上げた。「はい?」と優しげに視線を合わせるクナイ・アヤシ(くない・あやし)にゆるゆると首を振って顔の下半分を湯に沈める。
「なんでもないよぅ」
 いつもののんびりした口調だったが、髪の合間に見える耳が赤くなっていることに気が付いてクナイは嬉しくなった。北都は自身の気持ちの変化に戸惑いながら、それでも嫌な気はしなかった。
 相手の湯に火照った肌や、濡れた髪が気になるようになった。自分に向けられる優しい笑顔が、他の人へのそれとは違うことに気が付いた。触れようと思うと、緊張するようになった。それを、幸せだと思う。
 誰にもばれないようにお湯の中で手を伸ばし、勇気を出してクナイの手に触れた。
「!」
 クナイは少しだけ驚いて、見ているこっちが恥ずかしくなるような笑顔をうかべてそっと手を握り返してくれた。クナイがいるから、自分が変わっていくこともそんなにこわくない。
「……牛乳、置いてくれるんだって〜」
「……あがったら、一緒に飲みましょうね」
「……うん」
 そうして何でもない会話ができることが、楽しくて不思議で、嬉しい。北都はつられてふにゃ、と笑った。

「おい、混浴も覗きにいくけど、一緒に行くか?」
「いや、ここでのんびりしてます」
「そっか。じゃ、またな」
 隆光と別れ、小次郎は本格的にのんびりと湯に浸かった。こんなにのんびりするのも久しぶりだなぁと、ぼんやり思う。普段はどうもせわしなくていけない。
 まったりと笑い合っている人たちを見ながら、
「(まだ粗は目立つけど、いい湯屋になりそうですね)」
 小次郎は大浴場にて江戸の老人さながらの長湯を楽しんだ。