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第五章 建設現場2

「これは、まいったな……」
 バグベアの襲撃からしばし。九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)は長髪をかきあげると誰にともなくつぶやいた。
 察知が早く、またジーベックら教導団チームの念入りな準備もあって、怪我人もなくやりすごせたのは奇跡的であったが、バグベアはその分の鬱憤を造りかけの温泉施設へと向けたのだった。ロゼは、目の前にある木の塀をついっとつついた。ガラガラと音を立て、塀は地面へと転がる。手をひいていた九条 レオン(くじょう・れおん)が、その様子を見てポカンと口を開けていた。
「せっかくみんな一生懸命造ったのに……ひどいですぅ」
 半べそをかいている咲夜 由宇(さくや・ゆう)の頭を、咲夜 瑠璃(さくや・るり)がよしよしと撫でる。
 しっかりと固めた土台や本留めまで至っていた柵などは無事だが、仮に置いていたものや作りが甘いところは剥がされたり角で穴を開けられたりして破壊されていた。
「これじゃ、とても今日のうちに温泉に入るのは無理かなぁ……」
 そんな言葉が漏れる中、力強い声が一同を叱咤した。
「大丈夫!間に合わせましょう」
 それは、ハーレック興業が会長、ガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)だった。パチンと指をならすと、どこから現れたのか強面の面々がネヴィル・ブレイロック(ねう゛ぃる・ぶれいろっく)を先頭にずらりと顔を出す。見た目のみで判断するなら、むしろここぞとばかり徹底的に破壊の限りを尽くしそうな一同ではあったが……。
「野郎ども、やるぞ!」
 ネヴィルの掛け声で、その大勢の男たちは協力して壊れた個所の修復に精を出し始めた。ガートルードの不敵な微笑みは、見る人を勇気づけた。
「基盤の修正は我がハーレック興業にお任せください!みなさんは加工を!夜までには完成させて、温泉で汗を流しましょう」
 一同は顔を見合わせあうと、思い思いに作業道具を手に走った。


 くずれた瓦礫や板をどけつつ、アシャンテ・グルームエッジ(あしゃんて・ぐるーむえっじ)はキョロキョロと辺りを伺いつつ彷徨っていた。様子を不審に思ったのだろう、朝霧 垂(あさぎり・しづり)が近づいて尋ねる。
「おい、何か探し物か?」
「なにか、声が聞こえないか……?」
「んっ?」

「ギィィイ……」

「ほんとだ。こっちじゃないか?」
「!」
 何気なく草陰を覗き込んだ二人は、あっと息をのんだ。熊の体、猪の頭。そこには、倒れた塀の下敷きになったバグベアの子供がどうにか逃れようともがいていた。まだ角も生えていないやわらかな毛並みは、幼生だからだろうか。
 先程襲撃を受けたばかりでわだかまりがないわけではなかったが、くりくりとあたりを伺うつぶらな瞳は害意のなさを感じさせた。
「さっきの襲撃にまぎれこんでいたのか」
「子供に罪はないしな」
 瓦礫をのけてしまうと、二人は子バグベアがどうやら怪我をしているらしいことに気が付いた。ヒールをかけてもどこか不自由そうな様子で、うまく歩かない。
「おうちまで連れて行ってあげようよ!」
 ライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)は手を打つとにっこり笑って子バグベアの頭を撫でた。この子供からは恐怖をみじんも感じなかった。
 どうにか交渉すれば、わかりあえたのかもしれない。そんな風にさえ感じさせた。
「後々厄介な存在になる。殺せ」
 だから、そう上官に指示されたときは悔しいやら悲しいやら情けないやらで、垂は思わず子バグベアを抱えると怒鳴り返して飛び出していた。
「なんでお前らはすぐに『排除しろ』って言うんだ!敵だからって、こいつは無力な子供だぞ?
 今回だって、俺たちが無理やり場所をとったから敵対しただけで、本当は友好関係を結べたかもしれないじゃないか!」
 走っていく垂がトマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)にぶつかったのは本当に偶然だった。
「痛って……。おい、大丈夫か?って……
 …………連れてるの、バグベアの子供?」
「だったらどうした」
 普段は味方のはずの教導団の軍服が恐ろしい。動物好きでバグベアと友好を結びたかったアシャンテが垂に追いつき、彼女らを庇うようにトマスを睨みつけた。
 そんな様子に戸惑いつつ、トマスは正直に打ち明けてくれた。
「え、と……。上官には止められてんだが、今からでもバグベアたちと交渉できないか行ってみるつもりだ。
 もし、君らもそうなんだったら一緒に行く……か?」
 教導団の中にも自分と同じように考える人物に出会えて、垂は心底嬉しくなった。
 交渉メンバーは、垂とそのパートナーであるライゼ・朝霧 栞(あさぎり・しおり)風霧 いなさ(かぜぎり・いなさ)、トマスと魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)テノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)ミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)、そしてアシャンテ。
「争いが始まってる中で、もう交渉は難しいかもしれないけれど。ある意味この子がいてくれたのは心強い。
 誠意を尽くして、敵意がないことさえわかってもらえれば話し合いで解決することだってできるんじゃないだろうか」
 子バグベアの頭を撫でる垂に、魯粛も微笑んでうなずいてくれた。
「私もそう思いますよ」
「襲撃しにきたバグベアたちが、集落で討伐隊と鉢合わせしてしまうかもしれない。その前に、なんとかたどり着いて攻撃を待ってもらおう」
 トマスの言葉に一同はうなずいた。
 その時、彼らは知らなかったのだ。


 山をある程度下りたふもとの村。
 たどり着いたケーニッヒ・ファウスト(けーにっひ・ふぁうすと)天津 麻衣(あまつ・まい)は廃墟といってもいいその様子に言葉を失っていた。
「これは……どういうことだ」
 荒らされた村の様子、人けのなさ。ようやく見つけた村人は、荷物をまとめてまさに出ていくところであった。
「他に行くとこねぇから居座ってきたけどもう限界だ。暮らす分にゃええとこだったんだけどなぁ……。奴らが住み着いてからは、住人も消えるか出てくかで減るばっかりだ」
「何を言って……」
 村人は、虚ろな目を見開いて二人を凝視した。
「アンタらまだ会ってないのかね?……バグベアだよ。
 奴ら、人を食うんだよ。頭からバリバリバリバリ。こっちのことなんざぁ餌かいいカモくらいにしか思ってねえ。
 でなくとも殺すのを楽しんでんだ」



「なぁんだ、戦ってみると案外あっけないものですねぇ」
 頭から過剰に血をかぶった――ほとんど返り血だ――アルコリアがつまらなそうにため息をつく。そのまま家に帰ってしまいそうなノリである。樹は苦笑しながら呟いた。
「……確かに」
 集落のバグベアは全頭沈黙していた。とっくにSPが切れていたというのにしばらく元気に暴れていた六黒も、バグベアとの決着がついて討伐隊のほとんどと対峙するようになってくるとさすがに不利と判断したのか、
「楽しかったぞ。またどこかで戦おう」
 と魔王然とした口調でそう残すと、あっさりとどこへともなく去って行った。
「二度と来んなーー!!」
 一番のとばっちりをくらったエヴァルトは心の底から叫んでいたが、六黒には気に入られてしまったようだった。己を過信することなく、好き勝手暴れてさっぱりと去っていく超自己中心さに、恵琳はすがすがしさすら感じたものだ。
 銃を直しながら隆光は違和感を覚えていた。
 最初は混乱したものの、パターンがつかめると戦いはそう難しいものではなかった。苦戦を聞いていた割に攻撃も受け止められる範囲のものだったし、どうやら相手は戦いを引き延ばそうとしていた感がある。
「うまくいきすぎていないか……」
 その時、通信が入って隆光は携帯をとった。
『よかった!やっと繋がった』
「ども、連絡ご苦労様です。こちら討伐隊、バグベアの排除に成功……」
『現場がバグベアの襲撃を受けた。怪我人は出なかったものの、主力クラスは相当に強い。
 そろそろそちらに戻るころだ。充分に注意されたし!』

ドン!!

「うわぁ……まじっすか」
 倒したものたちよりも一回りたくましいバグベアが数頭、えげつない殺気を放ちながら集落へと戻ってきた。ドン引きする隆光とは真逆に、アルコリアが蕩けそうな歓声をあげる。
「くきゃはははは!くく、うきゃきゃきゃきゃっ!!」
 手足をパタパタさせる可愛らしいはしゃぎっぷりに反し、笑い方が完全に奇人めいていた。
「仕方ない。徹底的にやるしか……」
 音井 博季(おとい・ひろき)がそう言って身構えかけたとき、
「待って!!」
 バグベアの子供を連れた垂たちが、双方の間へと飛び込んできた。
「戦うのは待ってくれ!少しでいいんだ、俺たちに話し合う時間をくれ!!!」