First Previous |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
Next Last
リアクション
2.おいでよ、客寄せパンダ村
空京の北東。
ヒラニプラから見れば南西の、パラミタ沿岸部。
そこに「客寄せパンダ村」は存在した。
村、というには粗末なものかもしれない。ほったて小屋が立ち並び、村の中央に『パンダ様』が祀られている祠がある様は、遥か昔の未開文化を彷彿させている。
「見えましたー。きっとあれです!」
小型飛空挺で移動中の咲夜 由宇(さくや・ゆう)とアレン・フェリクス(あれん・ふぇりくす)は、上空からパンダ村を発見した。
「ほんとに村が出来てるとはなぁ……くっ」
「どうしたのですか〜?」
アレンの目線は由宇の編み笠に向いていた。とはいえ、操縦中な事もあって、すぐに正面に向き直ったが。何だか笑いを堪えている仕草に見えなくもない。
由宇は少しだけ編み笠を自分用にアレンジしていた。といっても、あほ毛が潰れないように小さい穴を開けただけだが。それが笠で圧迫されると、どうにも調子が出なくなるらしい。
とはいえ、一本だけ不自然に飛び出ている様はどことなくシュールだ。
「とりあえず、村に着地するぞ」
飛空挺を操縦しているアレンが高度を下げる。
村の近くに飛空挺を停め、早速二人は中へ入っていった。
「すいません、ちょっと見学させてもらっていいですか〜?」
村人に向かって聞いてみる。こういう閉鎖的な村は、余所者に対してどこか冷たい場合が多いから、ちゃんと確認は取っておく。
「おや、あなたもパンダ様を見に? 最近は巡拝者もよく来るんですよ。さ、どうぞ」
* * *
「パンダ様」
祠の前には二人の男性がいた。クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)とクリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)だ。
「あなた様を讃える歌をお作りしました」
二人の中では、パンダ像=神の図式が成り立っている。そのため、パンダ様を讃えるべく、聖歌とも言うべきもの作ったというのだ。
「まずは二人で歌いたいと思います」
像を前で膝をつき、語りかける様はどこか滑稽だが、彼らの表情は真剣そのものである。当然、何を言おうが、返答はない。
「おお、ありがとうございます」
だが、あたかも「パンダ様」の声が聞こえているように感じるらしい。これも魅了の力の賜物か。
この村に来てからというもの、二人ともずっと歌を作る事だけを考えていた。それが自分達がパンダ様に出来る一番の奉仕として。もちろん、像に危害を加えようとするものがあれば、身を挺して守る事になるのだろうが。
「……!」
歌唱しようとしたその時、人の気配に気付く。この村にいる「同胞」とは別種のものだ。
「誰だ!?」
一応、この村にも自警組織はある。そう簡単にここまで部外者が来るとは思えないのだが……
「パンダ様への巡拝者だ。殺気の類も放ってはいない」
村で刑事を自称するマイト・レストレイド(まいと・れすとれいど)がそう説明した。女王の加護……もとい、パンダ様の加護でも特に変な兆候は見られない事から、クリストファーは警戒を解く。
しかし、パンダ像に近付こうとしていたのは巡礼者一人ではなかった。
「こんにちはー。ここにすごく素敵な像があるって聞いたんですけど、見せて頂けませんか? 他の方にもその素晴らしさを見せてあげて欲しいんです」
編み笠を被った少女が言うには、是非写真を撮らせて欲しいという事だ。
一応、怪しい事をしないように監視した上でなら構わない、として巡礼者より先に見る運びとなった。
「おっと、これ以上は近付かないように」
パンダ像から一定の距離のところで、マイトが少女を制止した。その後ろには巡礼者が控えているが、同様に止める事だろう。手が触れられる位置まで近付けたらまずい、と考えているからだ。
写真を撮り終えると、少女と巡礼者がすれ違う。そのまま彼女は像から離れていった。
きょろきょろと少女――七瀬 歩(ななせ・あゆむ)は辺りを見ている。知り合いの姿を探しているようだが、どうやらまだ到着していないようだ。
村の中を歩き回っていた由宇も、パンダ像が見えるところまで来ていた。
「あれですね〜」
パンダ像の姿を見る事が出来た。こうやって見ると、実に愛くるしい姿をしている。いっそこのままずっと見つめていた――
「由宇、何ぼーっとしてるんだ?」
アレンの声ではっとする。
「あ、えっと、ちょっとパンダ像に見入ってしまったのです」
危ない、これが魅了されるという事なのだろうか。
原因があるとしたら、笠に穴が開いているせいだろう。とはいえ、あほ毛分だけで完全に効力を失うわけでもないようなので、意志を強く持てば大丈夫そうだ。
ただ、由宇は気になった。村人は像に触れようとしないし、やって来た多分正気であろう人も一定の距離以上には近付けさせない。そのため、近くの人に尋ねてみた。
「あの、皆さん、パンダ像さんには触らないのですか?」
すると、とんでもない、という様子で村人が答えた。
「パンダ様は神聖不可侵。私達が触れるなんて、とんでもない!」
自分達に出来る事は、ただパンダ様を崇める事だけだと。
「では、お借りするなんて事は……」
そこまで口に出して、はっとした。村人の目つきが変わったのだ。
「もしや……パンダ様を我々から奪おうと?」
「い、いえ、そんなつもりはありません!」
「ならば、ちゃんと顔を見せてもらおうか」
村人が由宇の笠に手を伸ばした。
「由宇!」
それをアレンが止めようとする。だが、ここで騒ぎを起こせば村人の矛先が全部自分達に向く。しかも、相手は一般人のようだ。手荒な真似は出来ない。
由宇の笠を取り去る村人。
「警告しておく。パンダ様に触ろうとしたら、この村の人はその者を敵とみなす」
これで、像を持っていくのは容易でない事が分かった。
「うう、怖かったのです……」
ただの人間のはずが、やたらと危機迫るものがあった。それが信仰心ゆえのものなのだろうか。
ふと、笠を被り直す前にパンダ像を見る。いや、見てしまったというべきか。
「可愛いのです〜」
由宇は段々と像の姿に魅了されていった。
「ああ、パンダ様〜、持っていこうだなんて言ってごめんなさい」
「由宇、どうした?」
アレンが由宇の異変に気付いた。まさか本当に像を見つめただけで心変わりするなんて思ってなかったのだろう。
「……本当に魅了する力があるみたいだねぇ」
ただ、このまま由宇を放置するわけにもいかないと考えたのか、彼女を抱きかかえ、一旦像から遠ざかる。
* * *
(これが、あの島にあったパンダ像かぁ〜)
巡拝者として、何とかここまでやって来れた五月葉 終夏(さつきば・おりが)は、その姿を瞳に映した。
三度笠タイプとはいえ、編み笠を被ったその姿は僧侶風と言えなくもない。笠のおかげで正気を保っているが、ともすれば愛くるしいパンダ像の姿に心を奪われそうになる。
(やっぱり、長居は無用みたいだね)
パンダ像を確保して戻るだけの時間はあると説明は受けたが、どんなに長く見積もっても三時間程度しかもたなそうだと終夏は感じた。
どちらにせよ、巡拝と言っている以上、長時間留まるのは危険だ。魅了の力もそうだが、村人に勧誘される可能性もある。
笠を被ったまま、彼女は両手を合わせて目を閉じる。そして静かに拝み始めた。
(何を成し遂げたいのかは分からないけど、ほどほどにして下さいね)
パンダ像に果たして意思があるのは定かではない。だが、こうやって町を作ろうとしているのを見ると、それがあるように思えてならないのだ。
(……君にはどんな想いが込められているか、いつか教えて下さいな)
それを知る日は、果たしてくるのだろうか。
拝み終え、終夏は目を開くと、パンダ像に背を向けて一歩前へと踏み出す。そのまま手に持っていた箒に跨り、上昇した。もちろん、笠が飛ばされないように注意して。こうすれば、地上にいる村人も追っては来れまい。
(ん、あれは……?)
飛翔したからこそ、それを遠くに望む事が出来た。
まるで呼び寄せられるかのように、村へと向かってくるモンスター達の群れが。
「みんな、ここにモンスターが大勢向かってきてるよー!!」
地上に向かって大声でその事を告げる。
荒野からは獣が、雲海の方からは生命なき亡者が。村の周囲にはまばらに笠を被った人影も見えるが、それについては言わなかった。
どちらにせよ、モンスターが来たらなかなかパンダ像を奪還するのもままならないだろう。
「パンダ様だ、奴らの狙いはパンダ様だ!」
「亡者共め、パンダ様は絶対に渡さないぞ!」
一瞬だけ動揺が起こるも、一般人、契約者共に「パンダ様を守る」という意志は一致している。しかし、契約者ならいざ知らず、ただの人間にはゴースト一体相手にするのも酷だ。
「戦える者――契約者は武器を取るんだ! どんな敵が来ようとも、パンダ様は絶対に守らなければならない!!」
近藤 勇(こんどう・いさみ)が声を張り上げた。パンダ様万歳なせいか、御馴染みの新撰組の羽織がなぜか白黒のパンダカラーになっている。
皆がパンダ様万歳なおかげで、近藤が掲げた「尊パンダ攘夷」思想も抵抗なく受け入れられた。今こそ、一丸となる時だ。
「パンダ様の愛で方も分からないような魑魅魍魎など、一匹残らず成敗してくれる!」
槍を構え、躍起になっているのは原田 左之助(はらだ・さのすけ)だ。パンダ像に魅了され、もはや像以外は自分の契約者と新撰組仲間くらいしか正常に認識出来ていないらしい。
「あの愛くるしい御姿、それが汚される事などあってはならない! 近藤さん、真、行くぞ」
外でモンスターを迎え撃つつもりで、走り出していく。
しかし、その前にやる事があるだろう。
「左之、その前に一般人の避難だ。契約者でない者達は安全なところへ」
と、言っても外にいる以上戦いに巻き込まれるだろう。家の中で大人しくしていてもらうしかない。
「そんな、俺達にも戦わせてくれ!」
「パンダ様を守りたいという気持ちは一緒だ。例えこの身が犠牲になろうとも!」
村人も、自分達も戦うと言って聞かない。
「死ぬなんて言うな! パンダ様が悲しむだろ。その気持ちだけで充分だ。あとは俺達に任せてくれ」
マイトが一般人を説得し、契約者達が敵を迎え撃てるように準備を進める。
だが、こうしている間に、モンスター以上に危険な存在、即ちパンダ像を奪還しようと目論む契約者達もまたこの村へと急行している。
何人かは既に潜伏しており、機を窺っているのだが、モンスター襲来を聞いて皆それどころではなくなっているために、気付いている者はまだ少ないだろう。
もっとも、「パンダ様」に危害を加えようという動きを見せていれば、マイトだけでなく他の村人も分かるはずだ。それほどまでに、皆パンダ像に心酔しているのである。
First Previous |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
Next Last