First Previous |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
Next Last
リアクション
5.謎を追う者 後
迫り来るアンデッドを前に、黒崎 天音(くろさき・あまね)は静かに目を閉じていた。
「あの時の死者達か。像に魅せられここまで来るとはな」
彼の傍らで、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が呟く。しかし、パートナーは
相変わらず無防備な状態を晒している。
「不思議な現象だな……ところで、先ほどからアンデッドを前に目を閉じて何をしているのだ?」
ブルーズがふと天音の手元を見た。両の掌を合わせている事から察するに、何かに祈りを捧げているようだ。
しかし、亡者達は止まらない。歩みを止める事なく、天音の方へと向かってくる。いや、歩みといっても、浮いている者達も多いのだが。
「く……行くぞ!」
祈りの姿勢にも何ら効果がない様子だったため、ブルーズが彼の首根っこを引っ掴んでその場を離れる。アンデッドの動きは鈍いため、走ればしばらく追いつかれる事はない。
「ものは試しとはいえ、駄目だったね」
アンデッドを前にあえて戦闘をせず、佇んで祈っていたのには理由がある。
「……あの情報、どう活用していいのか迷っているんだよね」
それは、無人島で見つけた三行の文。
心に頼る者は 心により慢心し
力に頼る者は 力によって滅び
祈りに頼る者は 祈りによって救われる
の事だ。
「それで祈りでも捧げていたのか・戦闘中に無防備な状態になるなど、事前に説明してからやってくれ。我の心臓に悪い」
「ふふ、すまないね。でも祈りなんて純粋な気持ち持ってないから、そういう場面でもないと祈りのネタもないしねぇ」
「…………」
薄い微笑を浮かべ、ブルーズに言葉を返す天音。
「それにしても、祈りっていうのは誰に対する祈りなのかな?」
「パンダ像じゃないのか?」
「効果はなかったよね。それとも、目の前で祈らなければ意味がない、という事かな」
客寄せの力は働いている。その力に囚われた人を解き放つためのヒントが例の文章のような気はするのだが、まだ核心には至らない。
が、その時、
「キャーぁぁあ!!!」
と悲鳴が響いた。その方向を天音が見ると、槍を振り回して村の方から駆けてくる少女の姿があった。
「何で、アンデッドがここまで追っかけてくるのよ! しかも大勢で」
「偵察はここまでです。早く逃げましょう」
セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)と御凪 真人(みなぎ・まこと)は、村の外れからパンダに影響された人達の様子を窺っていたのだが、アンデッドの接近により、退散する事を決めた。
自分達が村に潜伏していられた事を考えると、パンダ奪還を目指して身を潜めている者達もいるはずだ。アンデッドも含めたモンスター襲来を知り、これに便乗して動き出すのは間違いないだろう。
その中に巻き込まれるのは本意ではない。
「え? さっさと逃げる? 分かった、退路は私が全力で開くわよ、全力で!」
大事な事なので二回言った。それほどまでにセルファは真剣だった。
(ああ、怖いんですね)
そんなパートナーの心情を真人は察しているが、特に突っ込みはせず、アンデッドを掻き分けていく。その後ろでは村人がパンダ像を守ろうと武器を手にしていたり、同じように笠を被った人が一般人を誘導したりしている。
「しかし、像の魅了の力は強力ですね」
笠を被っている人はおそらく大丈夫だろうが、状況が状況なので、一緒に逃げようと連れて行くわけにはいかなかった。むしろ、真人から見たら強がってアンデッドに対して武器を振り回しているセルファの方が心配だ。
なんとかアンデッドの群れを突破すると、セルファの前には青年とドラゴニュートの姿があった。
「やっと、普通の人に会えた!」
アンデッドだったりパンダ像を崇めている人だったり、まともな人をセルファはしばらくぶりに見たようだ。
「なるほど、『祈りによって救われる』ですか」
真人も合流し、天音達から無人島での三行の事を知る。
「僕が探索上で得た情報は、こんなところだね」
逆に、真人の方からは村の中の様子を天音に伝える。
「なるほどね。なんとなくだけど、心に頼るの方は、像の力で人を集めようとすると自分も魅了されてどうしようもなくなる、って解釈かな」
「力に頼る、というのはもし像を壊そうとしたらかえって身を滅ぼす、みたいですね」
そうなると、最後の祈りはどうなるのか。ある意味村人はパンダ様を崇め、祈りを捧げているように見えたが、それとは違うのだろうか。
「その言葉が鍵のような気はしますね。もしかしたら、今パンダ像が人を集めているのは、その文章のための布石なのではないでしょうか?」
「可能性はあるね。人が集まって町が出来、繁栄する……その時になって何かが起こるのかもしれない」
「これは、今までの情報を集めての推測ですが……」
真人は説明を始める。
「あの島の人達が亡くなったのは、島が賄える人間のキャパを超えて人が住んでしまい、資源や食料の供給バランスが崩れたのが原因ではないでしょうか。島から皆出たくないというのなら、人口は増え続けるだけですから」
「そういう状況になっても、生存本能より魅了の力の方が勝っていたから死んでいった、そういう事かもしれないね」
そこから文章について改めて考えてみる。
「それでもパンダ像に心からすがる者は、そのまま餓死し、像を崇めるのを止めて壊そうとした者は制裁を食らい、祈りを捧げた者によって、ようやく救われた。しかし腑に落ちない部分があります」
「祠は封印の籠やこの笠のように、竹を編んだものだったよ。祈りと封印、ここから推測していくと……」
天音が仮説を立てる。
「島にも像が危険だと考えた人はいたみたいだね。『祈り』がパンダ像の力を弱めて、その間に封印を施した。壊さなかったのは、その前の『力に頼る者は〜』を恐れて、なのかもしれない」
封印は出来たものの、時既に遅しで島の人の大半は死んでしまった。わずかな生き残りが脱出して、島は無人島になった。
しかし、時代がバラバラなのは説明がつかない。
「ただ、大昔のものだけじゃなく、遺留品には最近のものもありました。これをどう説明するか、ですね」
「それって、封印が弱まって最近パラミタに来た人が呼び寄せられたからじゃないの?」
セルファが言う。何気ない一言だったが、それが大きなヒントとなった。
「なるほど。それなら納得が行きます。島に来たところで、あるのは像だけ。島自体が長い事放置されていたから食料もない。だけど島から出る気にはなれないから、あとは餓死するだけです」
しかも、例の三行を亡き漂着者は知らなかった事だろう。パンダ様万歳の気持ちのまま、安らかに死んでいったのだ。
「それでも像にすがりつく彼らはアンデッドと化して、像に危害を及ぼそうとした僕達を襲ってきた。一応筋は通るね」
あと少しで、答えが見える。だがまだ見落としている点がある事に、彼らは気付いていない。
* * *
「あのパンダ像は危険なものです、急ぎましょう!」
「像の力は大きくなってるみたいだし、早くしないとね」
ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)とカレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)の二人は、パンダ村へ向かう途中で偶然顔を合わせた。元々友人同士な上に、目的が同じだったために、共に村へ足を運ぶ形になった。
「あの島で何か分かった事ある? 僕は十数の飛空艇を見つけたんだけど、それが妙なんだよね」
「妙、ですか?」
カレンが発見した飛行艇は年代がバラバラのようだった。しかも、直せば使えそうなものもあったのに、修理した痕跡もなく打ち捨てられていた。
「雲海を飛んでいた飛空挺が、パンダ像に魅了されて流れ着いたみたいな感じだよ。像の力が大きいと、周囲のものも呼び寄せちゃうみたい。今も、あの島にいたアンデッドや大荒野のモンスターが集まりつつあるしね」
彼女がそう確信したのは、自然と町が作られつつあるこの状況からだった。島にある間は、そうやって漂着する人がいたのかもしれないが、町を復興するほど多くの人を呼び込む力はなかった。
だが今は違う。このまま放っておけば、何かとんでもない事が起こってしまうのではないか。そう危惧している。
「やっぱりそうですよね。そうでなければ、携帯電話や人気キャラクターの手鏡なんかが遺跡に残されてるはずがありませんよね」
ソアもまた、無人島には場違いなものを見つけていたらしい。ただ、それだけでなく、
「あと、私が直接見たわけではありませんが、巨大な生物の足跡のようなものがあったみたいです」
「巨大生物? ってことは、力を増したパンダ像がドラゴンのような生き物まで呼び寄せたから、あの島が滅んじゃったのかな?」
現に、今もそのようなモンスターの類は呼び寄せられている。まだそこまで巨大なものはいなそうだが、このままだと本当にドラゴンが飛来してもおかしくはないだろう。
「……だから、あの像は危険なんです。早く行かないと」
「そのためにも、あれの正体を暴いて適切な処理をせんとな」
カレンの傍らから、ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)が言う。
「まったくだぜ。この世でもっともプリチーな生き物である白熊様を差し置いて、人を惹き付けるパンダ像なんて生意気だよな。こうなったら村人の前でどっちが本当に魅力的か確かめてやるぜ!」
ソアのパートナー、雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)はどうにもパンダ像が危険、というよりはパンダが人を魅了しているという状況が許せないらしい。
「ベア、目的が変わってますよ」
ソアが苦笑した。
しかし、そんな彼女をふと見た時、カレンは気付いた。ソアもベアも編み笠を被っていない。このまま村へ入れば間違いなく魅了されてしまうだろう。かといって、予備を持ってきているわけでもない。
「あ、そのまま村に入ったら魅了されちゃうよ」
もうすぐ村に着きそうだ。今ならまだ編み笠を取りに葦原へ行ける。が、ソアは編み笠の事をまだ知らないようだ。
「これ被ってないと、パンダ像の魅了する力を防げないんだって」
「そうだったんですか。でも、大丈夫ですよ。だって――」
笑顔でカレンと目を合わせるソア。
「カレン!!」
異変に気付いたジュレールが叫ぶ。
「――――!!」
咄嗟にソアの放った氷術を避ける。至近距離だったため、一瞬遅ければ直撃だっただろう。
「パンダ様が危険なわけありませんから。友人として、カレンさんにもパンダ様の素晴らしさを教えて差し上げますよ」
いったい、いつからだったのか。もう村は目と鼻の先だが、既に彼女は魅了済みだった。
(遅かった……!?)
もっと早く気付いていれば。
そしてソアがこんな状態であるという事は、
「く……」
ジュレールに向かって、ベアが攻撃を繰り出そうとしてきた。
「パンダ様、さっきのは頼むから忘れてくれ。パンダ様なんかと比べたら、白熊なんてまるでダメだよな。ああっ、俺様もパンダ型ゆる族になりたいぜええぇぇーー!!」
やはり彼も魅了済みである。先刻のパンダ像への暴言を恥と思っているらしく「この世に唯一絶対なものはパンダ様以外にはない」とまで言ってしまう始末である。白熊のゆる族なら身体をパンダ柄にすればそれでパンダ型ゆる族になれるような気がするが(漢字で書けばパンダにも熊の字があるし)どうやら当人は気付いてないらしい。
「ああ、その笠があるからパンダ様の素晴らしさが分からないんですね」
まずい、笠を死守しなければ自分も「パンダ様万歳」になってしまう。それだけは、カレンは絶対に避けたいと必死だ。
(一緒にパンダ様の素晴らしさを分かち合えれば、友達を傷つけずに済みますね)
当初はパンダ像を守るため、近付く者を村の仲間に突き出そうとしていたが、編み笠の事を知ったら別だ。このパンダ様への思いを共有しよう、という方が平和的だし、パンダ様もそれを望むだろう。
そう、ソアはカレンと合流した時点で既に魅了済みだったのだ。像を守るためとはいえ、村の外に出るのには抵抗があったが、『パンダ様を絶対に守る』という強い暗示のおかげで外へ出れたのだ。とはいえ、魅了された状態は変わらない。
しかし、彼女は気付く。身体の動きが鈍っている事に。
「ごめん、魅了されるわけにはいかない!」
カレンがしびれ粉を撒いたのだ。
「くそ……」
ジュレールも同じように撒いたらしく、ベアも動きを止める。
「カレン、このまま村の中へ突っ込むぞ!」
この時、彼女達とは別方向からやってきていたアンデッド達は村の中への侵入を果たしていた。戦闘が始まっている。
彼女達のように像に近付こうとしている者も、騒ぎの中で動くはずだ。ならばそれに紛れて突破するしかない。
笠だけは飛ばされたり、壊されたりしないように死守しつつ、二人はパンダ村へと飛び込んでいった。
First Previous |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
Next Last