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らばーず・いん・きゃんぱす

リアクション公開中!

らばーず・いん・きゃんぱす

リアクション


●Honey Hush

 数時間前に説明会が行われていた講堂、その壇上に、使命感を胸に一人の少女が立つ。
「ようこそ、私のオンステージに!」
 と手を上げるも残念ながら観客の姿はないのだった。それでも騎沙良 詩穂(きさら・しほ)は、ヘッドセットマイクを通して明るい声を上げた。
「スポットライトお願いしまーす」
 手元のリモコンスイッチを押し、光のサークルの中央に立った。
 おお、照らし出される詩穂の扮装は……。
 際どすぎるミニスカートより、ストッキングに包まれた長い両脚が露わになっている。セーラー服を改造したと思わしき上着はひどく薄い生地で半袖、胸元も大きく開いて危険度満点だ。
 ライトがゆっくりと揺れ、艶っぽい音楽が流れ出した。彼女は常にその中央に立つようにして、腰をくねらせ官能的に舞った。ゆったりとした音楽が転調、刺激的なビートを刻みはじめると、詩穂の動きもどんどん大胆になる。飛び、着地し、また飛んで宙返りした。興奮し汗が流れるたび、彼女のアクションはキレが出てくるのだった。椅子を取り出して腰掛け、脚を大きく投げ出して何度も組み替える。さらに椅子をパートナーに見立てて馬乗りになると激しく躍動する。キメのドラムビートに合わせて弓なりに胸を反らせると、
「変身!」
 と叫んだ。同時に天井が開き、そこからバシャッと水が浴びせられた。
「お待たせしました、『魔法少女☆ハニースイーツ』推参☆」
 濡れた衣服が肢体に貼り付き、髪からも水が滴っていた。肩を上気させ椅子を蹴り飛ばすと、詩穂は胸から先にステージに倒れ伏す。かぱっと音がして床の数カ所が反転した。名店『虹色スイーツ≧∀≦』のプリンがそこの姿を見せていた。
 いつの間にか観客が押し寄せている。暗い客席のほうぼうから、褐色のゴムがあらわれていたのだ。これが詩穂の作戦だった。こうやって講堂に褐色ゴム怪物を集めれば外は安全ということである。
 息荒く胸を上下させながら、女豹のように身を起こす。
 このとき詩穂は知った。怪ゴムだけではない。これに追われた学生や見学者も、この講堂に押し寄せていたと言うことを。恥ずかしさで真っ赤になる。胸がこぼれそうになり手で隠した。
(「……っ、まだ『ディテクトエビル』に反応!?」)
 しかし、ここに集めた褐色ゴムが全校のほんの一部でしかないということを詩穂は直感で悟った。
(「まだ全部おびき寄せてないというの!?」)
 ならば、と詩穂は覚悟を決めた。ヘッドマイクを口元に持ってきて告げる。
「しかし、この魔法少女☆ハニースイーツは、まだあと一段階の変身を残している……、この意味がわかるかな?」
 暫時音楽は鳴り止んでいたが、この声と共にふたたび、甘く、危険な楽曲が流れ始めた。
 詩穂はふと客席を見回し、そこに武神牙竜の姿があるのを見た。かぶりつくようにしてこちらを見ている。
「ちょっと田中さん……なんでこんなところに寄り道していますの。まあ、あの娘はセクシーでよろしいですけれども……」
 美海も彼の傍らにあった。そんなことを言いながらステージに視線が釘付けな美海に沙幸は不満げな顔をしており、セルマは気恥ずかしいのか、ステージを見上げないようにしていた。
 知り合いを見て俄然やる気は燃え上がった。詩穂は立ち上がって高らかに宣言する。
「見てて下さい! ここからが真のスイーツ魔法少女の戦いです♪」
 ステージ上方の口がまたも開いた。今度降ってきたのは黄金色の蜂蜜だ。無論、詩穂はこれを全身に浴びる。
 ヤバいとかエロいとか、待ってましたというコールが飛ぶ中、詩穂は服を脱ぎ去りスカートも大きく頭上で回して客席に投げ込んだ。その下は、ビキニの水着姿だった。
「蜂蜜は世界最古の甘味、カラメルを上回る至高にして究極の甘味! ゆえに学長も愛しているのです☆ ……さあ、いらっしゃい」
 プリンの上に身を投げ、詩穂はどことなく淫らな動きでゴム怪物たちを誘った。感極まって叫ぶ。
「このぐらい、田中さんのエロ充を守るためなら!」
 この瞬間、キャンパス内の随所から褐色ゴムが講堂に押し寄せた。(ノーン・クリスタリアたちがカフェテリアに閉じ込められ、褐色ゴムに包囲されていた部分を読み返していただきたい。あのときゴムが一斉に移動したのはこのためである)
 講堂の扉を開け放ち、林田 樹(はやしだ・いつき)が姿を見せた。ゴムが大量移動しているのを目にして追ってきたのだ。
「ん? なんだこの騒ぎは」
 ステージには人々が群がり、色とりどりのゴム怪物も群がっていた。
「あそこにいるのは騎沙良詩穂さんです! 怪物に襲われています!」
 ジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)が気づいて声を上げる。
「そうか、案内嬢か! 過激な格好をしていたゆえ一瞬気づかなかった。助けるぞ!」
 樹はジーナ、それに林田 コタロー(はやしだ・こたろう)緒方 章(おがた・あきら)とも語らってステージに登り、褐色ゴムに一斉攻撃を開始した。沙幸やセルマ、牙竜たちも参加して、なんとか大半を討ち、残りを追い散らすことに成功したのである。
「なんとかなったな……」
 さすがに少々くたびれたので、樹は椅子(詩穂がステージで使っていたもの)に手をかけて息をついた。
「それにしても、ピンクのゴムも入り交じっていたな。しかも『リア充死ね』だとかなんとか、妙に恨みがましい口調で叫んでいた……あれは何なんだ」
 はーい、はい、はいっ、と元気にコタローが手を上げた。
「ねーたん、こた『りあじゅーちね』って、のっかれ、きーたよーなき、するお」
「あの恨みがましい言い方でか?」
 うんっ、とコタローは大きく頷いて言った。
「うっとね、こないら、ぷーるにいって、かめしゃんにのったとき、かめしゃんのうえにいたおにーたんがいってたお!」
「カメに乗っていた男か……もしかしてそれは……」
 樹にも心当たりがあった。確かその彼は、如月正悟と名乗っていた。
「れも、ねーたん『りあじゅーちね』って、なーに?」
 眼を輝かせてコタローは問うた。
「コタ君、それは私が解説しよう」
 ぴんと人差し指立てて、章が意味ありげな笑みを見せた。
「一言で言えば『リア充』というのは、僕と樹ちゃんのような関係のことさ」
 語りながらごく自然に、するりと樹の肩を抱いた。
「人もうらやむ仲の良さを持つ男性と女性のことを、リア充というんだ!」
 章の問題行為(?)に超高速で反応した者が二人ある。一人はジーナで、
「むきー! どさくさに紛れてナニをしくさってやがるですかこのバカ餅! 樹様に相応しいのはこのワタシなのですー!! 離れ……」
 と章の顔面にエルボーを入れようとした。そしてもう一人(?)は、
「リアジュウシネ−!」
 どこかに身を潜めていた桃ゴムというわけだ。
 しかし桃ゴムは目的を達することができなかった。樹が腰の銃を抜き撃ちし、これを倒したからだ。
「どうやら、人前でいちゃつくとこの桃色のが飛びかかるワケか」
 章はなにやら嬉しそうに、倒した桃ゴムを見おろしている。
「そのようですね、バカ餅」
 と言いながら、どんと力押しでジーナは章を突き放した。しかも樹と腕を組んでいる。
「さっ、樹様。餅は放っといて、ワタシと共に探しましょう!」
 どん、次はジーナが突き飛ばされる番だった。章が負けじと押し返したのである。
「ナニ言ってんだい、僕の方が樹ちゃんに相応しいんだ。樹ちゃんは僕の妻になる存在なんだから、軽々しく手出ししないでくれる?」
 コホン、と樹は咳払いしてから腕を伸ばすと、
「喧嘩両成敗!」
 ジーナと章、両者の頬を引っ張った。
「ジーナ、アキラ。その行動がこのゴムを呼び寄せているというのがわからんのか?」
「いひゃいいひゃい樹ひゃん。わくぁっははら、もーやめへー!」
 相当痛いらしい。章は涙を流してじたばたし、
「わかいまひたー。らいりょーふれふ、もーひまひぇんれふー。手を放ひれくらひゃい」
 大変素直にジーナも従うのである。
「とにかく、その『リア充死ね野郎』……っていうかプールで会ったことのある如月氏を捜しせばいいんだな。行くぞ」
 それを聞きつけてセルマは声を上げた。
「如月正悟さんのことですよね。俺たちも懲らしめに……いや、諫めに行くんです。ご一緒しましょう」
「そういう話なら、魔法少女☆ハニースイーツも一肌脱がなければなりませんね? まあ、これ以上脱いだら生まれたままの姿になっちゃいますけど」
 蜂蜜べとべとのまま詩穂も気炎を上げる。
 いざ鎌倉……いや、いざ如月研究室!