天御柱学院へ

なし

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蒼空学園へ

らばーず・いん・きゃんぱす

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らばーず・いん・きゃんぱす

リアクション


●青春ね、と彼女は苦笑した

「何かあったのか小山内?」
「えっ?」
 学内を隠密移動する小山内南を、偶然に緋山 政敏(ひやま・まさとし)が呼び止めている。
「もしかして……見えました?」
 振り返った南はいささか残念そうな顔をしている。繰り返す、隠密行動中だったのだ。政敏から身を隠していたわけではないとはいえ、失敗は失敗である。
(「しまったな……」)
 傷つけるつもりはなかったのだが政敏は、つい見えてしまった自分の観察眼を少々恨んだ。しかしそれをおくびにも出さず、
「いやあ、可愛い子のことはどうしても気になるんでな〜。いまも偶然、小山内のことを考えていただけで……」
 上手な誤魔化しとはとても言えないが、それでも南はくすっと笑って、
「気にしないで下さい。私が未熟なだけですから……それと、前みたいに『南』でいいです。呼び方」
「あ……そうか。なら南ちゃん、何か探していたようだがどうかしたか? 俺? 俺はもちろん、南ちゃんを捜していたんだ。これからどこか行かないか? お茶とか……」
「って、あなたは話を進めたいのかごちゃごちゃにしたいのかどっちですかっ!」
 政敏に強烈な足払いが炸裂した。でん、と尻餅ついた彼を押しのけ、カチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)が南に一礼する。
「お久しぶりです。そこの男が失礼しました。……事情、教えてもらっていいですか?」
「南も来てたのね。おひさ」
 リーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)も顔を見せている。
 事情を聞くと、カチェアはしばし黙してから告げた。
「ゴスロリ少女に白風呂敷ですか……」
「ゴスロリ少女が白い下着だったら俺は嬉しいわけだが……」
「政敏は黙ってて下さい! 黒い服装の人なら珍しくないので、風呂敷状の白いものを追ったほうがよさそうですね」
 そういうことなら、と、リーンは片手を出して掌を上に向けた。その手に、ポンと政敏が自分の携帯電話『cinema』を握らせる。このあたりの以心伝心ぶりに、カチェアは軽い嫉妬を感じた。リーンが何も言わなくても、政敏は彼女の求めるものを知っているのだ。
「サンキュ、蒼学のパソコンから空大の構内記事や学内サークルの非公式Webサイトにアクセスして、何が起こっているのか聞いてみるわね。これが手っ取り早いわ」
 情報機器の操作にかけては、この世界でリーン・リリィーシアに並ぶ者はそうはいない(半ば伝説化している 『有機コンピューター』ダリル・ガイザックとあと数人くらいだろうか)。リーンは素早い操作で事情を調べはじめた。ものの数十秒とせぬうちに、現在大学内に怪ゴムが出現して騒動になったいること、その怪ゴムは三種あること、それに、三種にはそれぞれに特徴があることを掴んでいた。
「うちら三人は分業制なんでね。情報収集はリーンの担当、力仕事はカチェアの担当……」
 さりげなく政敏は、南の肩を抱きながら説明していた。
「では政敏さんは?」
「俺? 美女担と……あ痛っ!」
 政敏は飛び上がった。弁慶の泣き所を押さえてぴょんぴょん跳びはねている。ものすごく良い当たりのキックが飛んだのだ。
 またカチェアかと思いきや――実際カチェアも蹴ろうとしていたのだが――これを行ったのは、彼女ではなかった。
「緋山さんは担当無し。さっさと帰って下さい」
 有栖川 美幸(ありすがわ・みゆき)だった。氷のように冷たい目で彼を見ている。天御柱学院の白い制服が目に眩しい。
「手加減という言葉を知らないのかぁ〜」
 と、脚を押さえ転げ回る政敏を完全に無視し、美幸はリーンに歩み寄って両腕をひろげた。
「お久しぶりです」
「お久しぶり、元気してた?」
 リーンはその身をハグする。二人はしばし、無言で抱き合った。その際、さりげなく後ろ脚で美幸は政敏に蹴りを入れ、後方に転がしてしまった。
「美幸、それはあまりにもやり過ぎではないか?」
 苦笑気味に告げるのは美幸の契約者、綺雲 菜織(あやくも・なおり)だ。
「私、あの人嫌いですから」
 美幸はにべもない。やれやれ、と肩をすくめ菜織は政敏に肩を貸し、立ち上がらせながら耳元で囁いた。
「美幸が失礼をしたね。今はこの温もりで許して貰えるかな?」
「ま、女に蹴られるのは慣れてるさ。どうせなら、もっと近いと嬉しい」
 こうか……、とまるでキスするかのように唇を近づけた菜織に、
「はいどうもありがとうございます綺雲さーん」
 と、カチェアが声をかけ、政敏と彼女の間に割って入って二人を引き離した。
 綺雲は、苦笑気味の表情とともに離れて、一同に向き直った。すっくと立つ姿勢は、非の打ち所がないほどに完璧だ。彼女は武家の血筋、北辰一刀流の剣術と礼儀を厳しく躾けられた現代の士(もののふ)である。
「君が小山内君だね。はじめまして」
 綺雲は自分と、パートナーの美幸を紹介して握手を交わした。
「さっそくだが緋山君、我々と諸君の追っているものは同じらしいゆえ、協力したいのだが構わないか」
 綺雲も黒衣の少女を追っているという。興味があるのはもちろんだが、鏖殺寺院の殺人兵器『クランジ(The CRUNGE)』の可能性も否定できない、と彼女は言った。
「図書館の中途階から飛び降り、姿をくらませた黒衣の姿が目撃されている。その情報を入手してね、気になって探していたんだ」
「クランジ――」
 南は身をすくませていた。彼女はかつて、クランジに囚われ、自分そっくりのコピーを作られた記憶がある。
「大丈夫? 不安ならやめたって……」
 というカチェアを、政敏が制していた。
「いや、それであっても気になるんだろう。探すか?」
 南は、頷いた。
「それに不安がる必要はない。前、君が捕まったときは一人だったが、今日は、俺が一緒にいる」
 安心させるべく笑みを見せて政敏は続けた。
「それに、怖いカチェアをはじめとする頼もしい仲間たちもな。今度はきっと怖い目は見ないだろう」
「はい、ですから私……『彼女』を探します。たとえクランジであっても」
 南は力強く応じる。
「そうでなくっちゃな。よし、行こうぜみんな。どうでもいいが男は俺一人か」
 政敏が声をかけるとリーンはその左に寄り添い、カチェアがそれを横目に見ながら並び、彼の右隣に綺雲が並ぼうとして美幸に邪魔された。その一歩後ろで、
(「私……入る隙間ないですね……」)
 南はふとそんなことを思い、寂しげに笑った。けれど感傷は、ここまでだ。
 そのとき、ごうと音を上げ炎が立ち昇るのが見えた。火柱は小屋のような建物を挟んだ前方だった。一も二もなく急行する。
 政敏一行は小屋を回って広場に出た。
「良いところに来てくれましたね!」
 大量の白いゴムに囲まれた状態で、コトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)が片手を挙げた。ゴムの焼けるむっとする匂いが辺りに充満している。黒髪、黒翼の蒼天の巫女 夜魅(そうてんのみこ・よみ)が見とがめられたらしい。ぞっとするほどの数の白ゴムたちに包囲されているとはいえ二人は無傷のようだ。
「わーい、政敏だーっ!」
 政敏の姿を見つけると、夜魅は包囲網の一角を火術で焼き尽くし、戦時であることも忘れて彼にとびついた。
「元気にしてたか」
 政敏はちゃんと期待に応える。夜魅を抱きとめて両腕で抱え上げていた。
「戦闘中ですよ、緋山さん!」
 短銃を抜き撃ちながら美幸が声を荒げた。
「戦闘中だからこそこんな無茶ができるのさ」
 ほらっ、と左腕で夜魅を抱いたまま、政敏は助走して跳んだ。右手には銃だ。追って跳躍する白ゴムをあるいは踏み台とし、あるいは撃ち、ついにはコトノハの背後を取った敵に乱射を浴びせ、彼女の真横に着地した。
「王子様参上。君が既婚者で残念だぜ。ここで何か一言くれないか」
「銃を乱射するとは物騒な王子様ですこと。一言ですか? ゴムだけに『これはゴルゴムの仕業だ』なんてのはいかがでしょう?」
 コトノハはくすくすと笑った。
「ゴルゴンゾーラのしわざだー!」
 夜魅も応じ、政敏を加えた三人で中核を形成する。
 周辺から攻めの手を上げるのは、カチェア、リーン、南、綺雲と美幸だ。
「緋山君はやることがいちいち格好良いな」
 菜織はなにか、政敏の活躍を自分のことのように喜んでいる。
「目立ちたがり屋なだけです!」
 美幸はまったく認めようとせず、その一方で精神感応で白ゴムと意識をつなごうとしたのだが効果はなかった。
(「夜魅も政敏なんかに興味があるのかしら……うう〜」)
 カチェアは微妙に苛立っており、その思惑をなんとなくわかっているリーンは、
(「青春ね」)
 と微苦笑を禁じ得なかった。